2024年09月11日

2024年度トリプル改定を読み解く(下)-医師の働き方改革、感染症対策など、その他の論点を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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9――強まる審議会バイパスの動き

1|相次ぐ中医協の「外堀」を埋める動き
最後に、診療報酬改定に関して、中医協をバイパスする動きが一層、強まっている点を指摘する。医療制度の長い歴史を振り返ると、診療側と支払側、公益委員が合意形成しつつ、中医協を舞台に診療報酬を含めた意思決定が下されていたことは間違いない。実際、医療制度の教科書的な文献35でも、制度運営の基本的な考え方を「国民各層間、医療提供者間、および両者の間の『和』をできるだけ維持し、表だった対立を回避する」という「バランス」に求めており、その舞台装置として中医協は長く機能してきた。

しかし、近年は中医協の審議がバイパスされる動きが強まっている。具体的には、年末の予算編成で改定率が決まる際、診療報酬改定の方向性が事実上、決まっているケースが少なくない。例えば、2022年度改定では、本体改定率が決着する際、財務相と厚生労働相が合意文を交わすことで、急性期病床の適正化を含めた医療提供体制改革に取り組む方向性が確認された36

さらに、臨時的に実施された2023年度改定でもマイナ保険証の加算などが決まった際、中医協では議論されなかった37。今回の2024年度改定で改定率に細かく「ミシン目」が入ったのも、(上)で取り上げた通り、年末の大臣合意の影響であり、中医協の「外堀」を埋めるような傾向が続いている。

実際、日医からは「特に最近は改定率だけではなく、(筆者注:中医協の外で)細部まで決めています」38という指摘が出ている。中でも2024年度改定で、数多くの「ミシン目」が入ったことに対し、日医は「内訳まで具体的に示されてしまったことは残念」39、「中医協の裁量権がかなり狭まっていると感じています。(略)本来は中医協で議論すべき内容」40といった不満を漏らしている。

それだけでなく、公益委員も「正直なところ、中医協の議論の方向性のかなりの部分が中医協の外で決まってしまったという印象を持っています。改定率がその時点の政府の政策を反映するのは当然ですし、それを否定するものではありませんが、中医協でもう少し時間をかけて丁寧に議論したかった。この印象は、前回改定時から変わっていません」41と述べている。このため、中医協がバイパスされているという感覚は立場を超えて共通していると言える。
 
35 池上直己、J.C.キャンベル(1996)『日本の医療』中公新書214~215ページを参照。
36 2022年度診療報酬改定における意思決定過程については、2022年1月17日拙稿「2022年度の社会保障予算を分析する」を参照。
37 2023年度診療報酬改定の経緯については、2023年2月2日拙稿「2023年度の社会保障予算を分析する」を参照。
38 2024年5月2日『m3.com』配信記事における日医常任理事の長島氏のインタビューを参照。
39 2024年6月11日『社会保険旬報』No.2930における日医常任理事の長島氏に対するインタビューを参照。
40 2024年6月24日『週刊社会保障』No.3273における日医常任理事の長島氏に対するインタビューを参照。
41 2024年5月13日『週刊社会保障』No.3267における中医協の小塩隆士会長(一橋大経済研究所特任教授)に対するインタビューを参照。
2|バイパスが続く背景
こうしたバイパスが続く背景として、財務省の圧力が考えられる。つまり、本体のプラス改定を呑まされている財務省の苛立ちが大臣合意の内容に反映し、厚生労働省に財源の使途や制度改正の「担保」を求めていることで、中医協の議論がバイパスされるような流れが続いている。

例えば、前回の2022年度診療報酬改定では、改定率を0.1%上乗せさせる見返りのような形で、日医が反対していたリフィル処方箋(一定程度の条件で繰り返し使える処方箋)の導入が決まった。今回の改定でも、(上)で述べた通り、生活習慣病関係の加算見直しで0.25%分のマイナスを受け入れさせる代わりに、改定率が積み上げられた。これらの意思決定に際して、財務省の意向が反映されているのは間違いないだろう。

しかし、これだけでは十分な説明とは言えない。給付適正化に向けた財務省の圧力は昔から絶えず続いており、今に始まった現象とは言えない。このため、パイパスの背景を探る上では、もう少し要因を深く考察する必要がある。

そこで、中医協バイパスに関する関係者の利害得失を考えると、今の事態が必然的に起きている可能性が見えて来る。まず、健保連など中医協の支払側にとって、自らも参画する審議会の議論が軽視されるような事態は受け入れにくい面があるかもしれないが、給付抑制を進めたい点では財務省と利害が一致している。このため、中医協のバイパスを通じて、給付抑制に繋がるような見直し項目が事前に決まること自体、健保連にとってマイナスとは言えない。

一方、日医はリフィル処方箋や生活習慣病関係の減算など、給付抑制や医療機関の収入減少に繋がる改定を受け入れることになる分、不満を持つのは当然である。その半面、見直しによる減額は改定率を増やすための「代償」となっており、受け入れざるを得ない面がある。

実は、厚生労働省も恩恵を受けているように映る。厚生労働省は日医と同様、診療報酬の増額を望む立場だが、制度の持続可能性を高める給付抑制も進めようとしている。それにもかかわらず、厚生労働省が企図する制度改正に対しては、日医や与党など様々な利害関係者の反発に遭いやすい。このため、関係者を説き伏せる「外圧」として、厚生労働省が予算決着時の大臣合意などを使っている面もありそうだ。

そもそも、最近の改定率を巡るパワーゲームの大前提は「財政難」「プラス改定」の2つである。つまり、この二律背反的な条件の下、それぞれが利益を最大化するために動き、中医協バイパスの動きに繋がっている。
3|官邸主導の影響
それでも疑問は残る。中医協バイパスを生み出している「財政難」「プラス改定」という構造は今に始まったわけではなく、1990年代後半から顕著に見られる傾向である。このため、首相官邸主導による意思決定など最近の変化も加味する必要がありそうだ。

具体的には、従来の医療政策は中医協を中心とする関係団体間の利害調整か、自民党関係議員による裁定で決まっていた。特に、昭和期に四半世紀も続いた武見太郎会長の時代には、日医が自民党との太いパイプを通じて、厚生省(当時)の意思決定を覆すような事態も少なくなかった。

しかし、様々な制度改革が医療政策の決定過程に影響を及ぼしていると考えられる。例えば、2005年に起きた中医協の汚職事件を契機に、改定率は内閣、診療報酬の細目は中医協という役割分担に変わった。言い換えると、中医協の権限が縮小したことで、内閣主導で意思決定できる余地が大きくなった。

さらに、経済財政諮問会議の創設など一連の統治機構改革を通じて、首相官邸の主導による意思決定が可能となり、その影響が医療にも及んでいる点も見逃せない42。それでも2012年に自民党が政権に復帰した後、日医も当時の横倉義武会長と政府首脳の太いパイプを通じて、状況の変化に適合できていた面があったが、大臣合意で「外堀」を埋められる最近の傾向を見ていると、統治機構改革を含めた一連の制度改革が中医協バイパスを生み出している一つの要因と考えられる。
 
42 この点を労働政策と対比させると、共通点が見られる。労働政策は伝統的に使用者、労働者、公益委員の3者で構成する審議会での合意形成が重視されており、診療側、支払側、公益委員の利害調整が図られる医療政策と共通している部分があった。しかし、1990年代後半以降の労働政策では、経済政策の一環として、労働規制の見直しなどが政治的に注目されるようになり、しかも近年は官邸主導で意思決定される傾向が強まっている。例えば、安倍晋三政権期に決まった「同一賃金、同一労働」などの働き方改革は完全に官邸主導だった。詳細については、澤路毅彦ほか(2019)『ドキュメント「働き方改革」』旬報社、山田久(2019)「労働政策過程の変容と労働組合」『日本労働研究雑誌』No.710、三浦まり(2005)「連合の政策参加」中村圭介ほか編著『衰退か、再生か』勁草書房などを参照。ただ、医療政策では伝統的に政府・与党と太いパイプを持っている日医の影響力が強く、審議会における利害調整よりも政治決着が図られることが多かったため、合意形成が重視されていた労働政策との違いには留意する必要がある。

10――おわりに

10――おわりに

本シリーズでは、6年ぶりとなった「トリプル改定」の経過や論点などを取り上げた。次の節目となる2026年度診療報酬改定を展望すると、(上)で論じた賃上げ対応は今後も論点になる可能性が高い。しかも、出産費用の保険適用という難題43も控えており、2024年度改定と同様、改定率をプラスに向かわせる要因が多い。一方、国の厳しい財政事情を踏まえると、歳出改革路線は今後も継続するため、(上)で述べた生活習慣病関係の加算見直しとか、今回で説明した選定療養を用いた薬剤費の追加負担制度の見直しなどが焦点になりそうだ。

さらに、(中)で触れた通り、急性期医療の適正化を含めた医療提供体制改革を診療報酬改定で誘導する傾向が強まっている点とか、今回で言及した中医協をバイパスする動きについても、2026年度改定以降に継続する公算が大きい。

しかし、こうした意思決定は現場にシワ寄せをもたらす可能性もある。具体的には、全国一律の診療報酬では、地域差を考慮できないため、医療資源にアクセスできない患者が増えるなど弊害が生まれる危険性である。

一方、政府は現在、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」の強化44や、2025年に期限を迎える「地域医療構想」の後継版の検討45など都道府県を主体とした医療提供体制改革の検討を進めており、今回で取り上げた医師の働き方改革と併せて、「地域の実情」に応じた体制整備の必要性を盛んに強調している46 。言わば都道府県を主体とした分権的な対応が期待されている。このため、都道府県には「地域の実情」に応じた体制整備に向けた主体性が期待されるほか、一連の医療提供体制改革と診療報酬改定の「喰い合わせ」の悪さは認識する必要がある。

このほか、介護と障害に関しては、賃上げ対応を含めた人材確保が最大の課題である。今回の改定に関して、社会保障審議会介護保険部会長と障害部会の会長を務める有識者が「(筆者注:賃上げに向けて)一定の社会的コンセンサスが得られている中での改定だった」47と述べており、この傾向は次の節目である2027年度も変わらないだろう。

しかし、(上)で指摘した通り、訪問介護の不可解な引き下げに関しては、厚生労働省の説明は合理的とは言えない。介護現場の苦しい状況を鑑みると、早急な軌道修正が求められる。

さらに、(中)で述べた医療・介護連携とか、今回で言及した感染症対策、医療的ケア児やヤングケアラーの支援などでは多職種・多機関連携の充実が一層、求められる。特に今後、単身世帯への対応とか、認知症ケアなど困難化・複雑化するケースが増えるため、多職種・多機関連携の促進に向けた現場の工夫と、国・自治体によるバックアップが必要になる。
 
43 厚生労働省は2024年6月、関係団体の代表や有識者で構成する「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」を発足させ、2026年度における出産費用の保険適用に向けた論点整理などを開始した。出産育児一時金の引き上げから保険適用の論議までの経過や背景については、2023年6月27日拙稿「出産育児一時金の制度改正で何が変わるのか?」も参照。
44 ここでは詳しく触れないが、かかりつけ医の位置付けや定義が曖昧だったことが新型コロナウイルス禍で浮き彫りになり、その機能強化を巡って財務省、日医、健保連などが激しい攻防を繰り広げた。結局、2023年通常国会で創設が決まった新制度では、入退院支援や介護との連携など、かかりつけ医が地域で果たしている機能を可視化し、自治体や地域の医師会が協議しつつ、機能を充足することが想定されている。現在、厚生労働省の審議会で詳細な議論が進んでおり、2025年度からスタートする見通しだ。法改正の内容や検討経過に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。なお、新たな制度の論点などについては、別稿で考察することにしたい。
45 ここでは詳しく触れないが、2017年3月までに都道府県が作成した地域医療構想では、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年をターゲットに、医療提供体制改革を進めようという意図が込められていた。具体的には、都道府県が2025年時点の医療需要について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分して推計。さらに、4つの病床区分ごとに人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。その上で、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにした。その結果、全国的な数字では、高度急性期、急性期、慢性期が余剰となる一方、回復期は不足するという結果が出ており、高度急性期や急性期病床の削減と回復期機能の充実、慢性期の削減と在宅医療の充実が必要と理解されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。なお、地域医療構想は目標年次が1年後に迫っており、厚生労働省は2040年頃を見通したポスト地域医療構想の議論を始めている。この点については、稿を改めて検討する。
46 「地域の実情」という言葉は近年、医療・介護・福祉領域で頻繁に使用されている。その使われ方や自治体の実情、今後の方策や論点などについては、「地域の実情」という言葉に着目した拙稿コラムを参照(リンク先は第1回)ここで専ら取り上げた医療提供体制改革については、第4回を参照。
47 2024年4月号『月刊社会福祉』における菊池馨実早大教授に対するインタビューを参照。

(2024年09月11日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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