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- 東宝の自己株式取得-公開買付による取得
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コラム
2025年10月28日
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要旨
- 東宝はエイチ・ツー・オーの保有する東宝株式を取得することを公表した。
- 自己株式の取得にあたっては、原則として株主総会の決議を経る必要がある。
- 公開買付けの手法を採用することで、例外的に取締役会決議で自己株式の取得を可能とする会社法の規定があり、今回、東宝はこの例外規定により迅速に自己株式を取得することとした。
2025年10月15日付(以下、日付に関してはいずれも2025年)で、東宝株式会社(以下「東宝」)は、エイチ・ツー・オー リテイリング(以下「エイチ・ツー・オー」)が保有する自社株の取得を公表した(以下「お知らせ」)1。取得の手法として公開買付けが用いられることとされており、その内容を以下で確認する。
まず、株式会社は株主との合意によって自己株式を取得できる。取得を行うには、あらかじめ株主総会の決議が必要であり、定めるべき事項は(1)取得する株式の種類・数、(2)交付する金銭等の内容・総額、(3)株式を取得することができる期間である(会社法156条1項)2。
このように自己株式の取得が原則的に可能とされたのは平成13年のことであり、それ以前は例外的にしか認められてこなかった。これは、債権者保護、株主間の平等、会社支配の公正性の確保、内部者取引などの違法行為防止といった理由によるものである3。しかし、特に上場会社の財務戦略の観点から自己株式取得の自由化を求める声が強く、現在は一定の手続きを経れば自己株式の取得が可能となっている。
ところで今回の自己株式の取得がおこなわれることとなったきっかけは、エイチ・ツー・オーから政策保有株式見直しの一環として東宝株を売却するとの意向の連絡を東宝が受けたことである。東宝はもともと株主への利益還元のため、年間配当金85円を下限として、配当性向35%かつ機動的な自己株式取得を目標に掲げていた。しかし、エイチ・ツー・オーの売却は東宝にとって予期せぬものであり、迅速な意思決定が求められた。
上記で述べた通り、会社法は自己株式取得にあたっては株主総会決議で行うものとしており、この場合は時間を要することとなる。一方で、会社法は一定の場合には取締役会決議によって自己株式を取得できる例外規定を設けている。具体的には公開買付けによる自己株式の取得を行う場合である(会社法165条1項)4。
ここで公開買付けとは、公告により不特定多数の者に対して株券の買付け等の申込みを勧誘し、金融商品取引所外で買付けを行う行為を指す(金融商品取引法第27条の2第6項)。
そして会社法では公開買付け等により自己株式を取得することを取締役会で決定できる旨を定款で定めることができる(会社法165条2項)とする。この定款規定のある会社では取締役会決議により自己株式を取得できる(同条3項)。「お知らせ」によれば、東宝はこの例外規定に基づき、エイチ・ツー・オーの同意を得た上で、10月15日付で取締役会において自己株式の取得を決議した。
具体的に案件を見ると、エイチ・ツー・オーは保有する株式約879万株(東宝の発行済み株式総数に対する所有割合は5.19%)のうち、170万株(同じく所有割合1%)について、東宝の自己株式取得に応ずることとした。なお、エイチ・ツー・オーの保有する残りの株式の処分については未定とのことである。
そして、公開買付けの手続きに則り、買付け等の申込み等の勧誘を10月16日付の公告により開始している。公開買付けは東宝とエイチ・ツー・オーとの合意に基づくものだが、公募形式であるため、他の一般株主も応募することができる。
この点、本公開買付けでは買付価格が取締役会決議前日(10月14日)終値を10%ディスカウントした価格とされている。つまり一般株主にとっては市場で売却するほうが高く売却できるため、買付期間(10月16日から11月13日まで)において何か想定外のことが起きない限り、一般株主が応募する可能性は低いと考えられる。他方、エイチ・ツー・オーにとっては所有割合1%という大量の株式を市場で売却する場合には、おそらく市場価格が下落することとなる。そのため、公開買付けに応募するほうが市場で売却するよりも、売却価格の予測可能性が高く合理性がある。そして時価より低い価格の設定をすることにより、東宝の一般株主の保有する株式価値を毀損する可能性が低い。
ただ、本公開買付けにおいては買付総株数を200万株(取得価額の総額は約175億円)とし、エイチ・ツー・オーの売却する170万株よりも若干多い株式数として一般株主からの応募機会を提供することとしている5。
なお、「お知らせ」によれば、東宝は取得した自己株式についてどう処分するかを決めていない。そのため当面は発行会社自身が保有する「金庫株」として保有することになる。金庫株は自益権(配当請求権など)および共益権(株主総会における議決権など)のいずれの権利も否定されている(会社法453条かっこ書き、308条2項)。
自己株式の取得によって市場に存在する発行済み株式数が減少するため、株価の上昇やROE(Return On Equity、自己資本利益率)等財務指標の向上が期待される。エイチ・ツー・オーのみならず、一般株主の利益にも寄与する施策として注目される。
1 https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20251014572432/ 参照。
2 具体的な取得にあたっては取締役会決議で取得価格等を決議する(会社法157条1項・2項)。
3 江頭憲治郎「株式会社法(第8版)」(2021年有斐閣)p250参照。
4 このほか、市場において行う取引によって自己株式を取得する場合も取締役会決議で可能とされている(同項)。
5 本文では述べなかったが、自己株式の取得は剰余金と並ぶ株主への財産分配の一方法とされる。そのため自己資本の毀損につながらないように財源規制がある。具体的には自己株式の取得により交付する金銭等の総額がその効果の発生する日における分配可能額を超えてはならないとされている(会社法461条1項2号・3号)。
(2025年10月28日「研究員の眼」)
03-3512-1866
経歴
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
2025年4月 取締役保険研究部研究理事
2025年7月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
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