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- 同意なき買収への対応策-ニデックによる牧野フライス買収提案
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コラム
2025年06月02日
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2025年5月7日、東京地裁は、ニデックが同意なしに買収(以下、本TOB)を仕掛けたことに対する牧野フライスの対応策を差し止めるよう求めた仮処分申請を却下した(以下、「本決定」)。いわゆる「買収防衛策」の差止請求事案と言えそうだが、牧野フライスによれば期間の余裕を設けるために行うものであり、買収防衛策ではないと主張している。対して、ニデックは買収防衛策に他ならないとしている。この視点は重要であり、後述する。
経緯としては、2024年12月27日、ニデックは牧野フライスに対して公開買付けの予告を行った。予告によれば、ニデックは牧野フライスを完全子会社とすることを目的とし、2025年4月4日を公開買付けの開始日、公開買付期間を31営業日、公開買付価格を11000円(牧野フライスの2024年12月26日の株価は7750円)、買付け予定数の下限を牧野フライスの総議決権数の50%、買付け予定額の上限は設定しないとしている1。
これに対し、牧野フライスは独立社外取締役で構成される特別委員会を設置し、本TOBの妥当性・公正性を検討し、並行してニデックと折衝を行ってきた。特に牧野フライスは、同社及び株主が本TOBの是非を検討し、また、競合する第三者からの買収提案の交渉期間を確保するため、予告で示された2025年4月4日ではなく、5月9日に公開買付けを開始するよう求めていた。しかし両者の折り合いはつかず、2025年3月19日牧野フライスはおおむね以下の対応策を実施することを公表した。
このような対応策が合法かどうかであるが、判例として、ブルドックソースがスチールパートナーからの公開買付けに際して行った買収防衛策に関するものがある。具体的には、新株予約権をスチール以外のみが行使できるようにして交付したブルドックソースの防衛策が、株主平等原則に違反し、著しく不公正なものであるかどうかが争われた(最高裁判所決定(平成19年8月7日))4。ブルドックソース事件では、当事案は特定の株主による経営支配権の取得に伴い,株式会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されることになるような場合であることや、株主総会の特別決議によってほとんどの株主の賛同を得て防衛策が決定されていることなどから、著しく不公正ではないとした。
ブルドックソース事件と牧野フライス事件との相違は、ブルドックソース事件ではi)株主総会の特別決議としたこと(牧野フライス事件は普通決議を予定)、ii)買収者の買収により企業価値がき損されるとしたこと(牧野フライス事件ではそのような事情は認められていない)、iii)スチールに新株予約権の価値に相当する経済価値が提供されている(牧野フライスではそのような取扱いはない)ことが挙げられる。他方、牧野フライス事件では、ア)買収を認めないとすることを企図したものではなく、ニデックの被る不利益は単に時期を一か月後ろ倒しにすることにすぎないこと、イ)期間を延ばせば株主に合理的判断を行う期間が確保されること、またウ)より好条件の競合する買収提案が期待できる。これらのことに鑑みれば、ニデックが被る不利益は限定的であると判断され、かつ買収者以外の株主の利益に反するものとも言えないため、ブルドックソース事件のような厳格な基準を適用するまでもないということが本決定で示されたと考えられる。
以上のような判断に基づき、今回の対応策は通常の買収防衛策とは異なり、買収者に対する侵害度合いが特に少ない対策と認定されたことが本決定に関する裁判所の姿勢を決めたと思われる。
なお、2025年5月9日に、ニデックから公開買付け中止の申出を受け、牧野フライスは対応策を廃止した5。一か月を待てない理由については、ニデックからの明確な説明はされていない6。
1 本事案の内容については、牧野フライスプレスリリースhttps://ir.makino.co.jp/news/pdf/2025/20250319.pdf 参照。
2 この方針は新株予約権を行使しない株主に強制的に普通株式を割り当てることを意味する。
3 なお、この場合買付者は買付け価格を減額することが認められる(金商法27条の6第1項1号、金商法施行令13条1項2号)。
4 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=35027 参照。
5 https://ir.makino.co.jp/news/pdf/2025/20250509.pdf 参照。
6 NHKニュースhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20250508/k10014800191000.html では「買収を継続すれば会社に損害を生じさせる可能性があることを考慮した」とだけしている。
経緯としては、2024年12月27日、ニデックは牧野フライスに対して公開買付けの予告を行った。予告によれば、ニデックは牧野フライスを完全子会社とすることを目的とし、2025年4月4日を公開買付けの開始日、公開買付期間を31営業日、公開買付価格を11000円(牧野フライスの2024年12月26日の株価は7750円)、買付け予定数の下限を牧野フライスの総議決権数の50%、買付け予定額の上限は設定しないとしている1。
これに対し、牧野フライスは独立社外取締役で構成される特別委員会を設置し、本TOBの妥当性・公正性を検討し、並行してニデックと折衝を行ってきた。特に牧野フライスは、同社及び株主が本TOBの是非を検討し、また、競合する第三者からの買収提案の交渉期間を確保するため、予告で示された2025年4月4日ではなく、5月9日に公開買付けを開始するよう求めていた。しかし両者の折り合いはつかず、2025年3月19日牧野フライスはおおむね以下の対応策を実施することを公表した。
(1) 取締役会の定める基準日における株主に対して、1株当たり1個の割合で新株予約権の無償割当てをする。新株予約権の行使により普通株式1株以下が交付されるが、その行使価格は1株当たり1円である。
(2) 未行使の新株予約権については、会社(牧野フライス)は普通株式を対価として、株主から取得することができる2。
(3) 例外事由該当者(=ニデック)に割り当てられた新株予約権については、会社は、TOBが継続中でないことおよび議決権保有割合が20%未満であることといった条件を満たさない限り普通株式に交換することのできない第2新株予約権を対価として、例外事由該当者から取得することができる。
このような対応策が合法かどうかであるが、判例として、ブルドックソースがスチールパートナーからの公開買付けに際して行った買収防衛策に関するものがある。具体的には、新株予約権をスチール以外のみが行使できるようにして交付したブルドックソースの防衛策が、株主平等原則に違反し、著しく不公正なものであるかどうかが争われた(最高裁判所決定(平成19年8月7日))4。ブルドックソース事件では、当事案は特定の株主による経営支配権の取得に伴い,株式会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されることになるような場合であることや、株主総会の特別決議によってほとんどの株主の賛同を得て防衛策が決定されていることなどから、著しく不公正ではないとした。
ブルドックソース事件と牧野フライス事件との相違は、ブルドックソース事件ではi)株主総会の特別決議としたこと(牧野フライス事件は普通決議を予定)、ii)買収者の買収により企業価値がき損されるとしたこと(牧野フライス事件ではそのような事情は認められていない)、iii)スチールに新株予約権の価値に相当する経済価値が提供されている(牧野フライスではそのような取扱いはない)ことが挙げられる。他方、牧野フライス事件では、ア)買収を認めないとすることを企図したものではなく、ニデックの被る不利益は単に時期を一か月後ろ倒しにすることにすぎないこと、イ)期間を延ばせば株主に合理的判断を行う期間が確保されること、またウ)より好条件の競合する買収提案が期待できる。これらのことに鑑みれば、ニデックが被る不利益は限定的であると判断され、かつ買収者以外の株主の利益に反するものとも言えないため、ブルドックソース事件のような厳格な基準を適用するまでもないということが本決定で示されたと考えられる。
以上のような判断に基づき、今回の対応策は通常の買収防衛策とは異なり、買収者に対する侵害度合いが特に少ない対策と認定されたことが本決定に関する裁判所の姿勢を決めたと思われる。
なお、2025年5月9日に、ニデックから公開買付け中止の申出を受け、牧野フライスは対応策を廃止した5。一か月を待てない理由については、ニデックからの明確な説明はされていない6。
1 本事案の内容については、牧野フライスプレスリリースhttps://ir.makino.co.jp/news/pdf/2025/20250319.pdf 参照。
2 この方針は新株予約権を行使しない株主に強制的に普通株式を割り当てることを意味する。
3 なお、この場合買付者は買付け価格を減額することが認められる(金商法27条の6第1項1号、金商法施行令13条1項2号)。
4 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=35027 参照。
5 https://ir.makino.co.jp/news/pdf/2025/20250509.pdf 参照。
6 NHKニュースhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20250508/k10014800191000.html では「買収を継続すれば会社に損害を生じさせる可能性があることを考慮した」とだけしている。
(2025年06月02日「研究員の眼」)

03-3512-1866
経歴
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2025年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
松澤 登のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/06/02 | 同意なき買収への対応策-ニデックによる牧野フライス買収提案 | 松澤 登 | 研究員の眼 |
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