コラム
2025年10月17日

日本における「老衰死」増加の背景

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――老衰死の増加

近年、「老衰」による死亡が増加している。「老衰」による死亡は、2018年には「脳血管疾患」を抜いて、「悪性新生物」「心疾患」に次いで図表1に示す主な死因の中で3番目の多さだ(図表1)。老衰による死亡は、2023年には約20万人に達し、総死亡者数約157万人のおよそ12%を占めている。現状の増加傾向が続けば、まもなく「心疾患」を上回り、日本で2番目に多い死因になる可能性がある。
図表1 主な死因別死亡率(人口10万人対)の推移(2023年の死因順位1~5位)
老衰死の増加の背景には、主として、高齢化の進行と、公的介護保険の浸透にともなう在宅医療の充実があると考えられている。2000年の介護保険制度の導入以降、在宅医療や介護施設での看取り体制が整いはじめ、病院以外の場所で亡くなるケースが増えてきた1。在宅医療・介護の現場では、本人や家族との対話を通じて、延命治療を控えた看取りを選択する事例が増加しているとみられる。加えて、病院と比べて積極的治療が行われにくいという実態も指摘されている。

さらに、新型コロナウイルス感染症の影響により、感染が契機となって老衰死に至るケースが増加したとする分析も報告されている2
 
1 篠原拓也「老衰の増加-公的介護保険制度の浸透が影響?」ニッセイ基礎研究所 基礎研レター(2022年4月19日)https://www.nli-research.co.jp/files/topics/70929_ext_18_0.pdf?site=nli
2 日本経済新聞2023年1月17日「コロナ国内初確認3年、経済正常化進む 死者は最多水準」

2――日本は「老衰死」が特に多い

注目すべき点として、日本は他の先進国と比較して、老衰死の割合が特に高い点があげられる。林他の分析によれば、日本では2020年に10.3%、2022年に12.1%と上昇しているのに対し、人類死因データベース(The Human Cause-of-Death Database)を使った60歳以上の死亡に対する老衰死の割合は、例えばアメリカでは0.2%(2018年)、ドイツでは0.3%(2016年)、フランスでは0.8%(2015年)、イングランド・ウェールズでは1.7%(2016年)と、日本と比べて大幅に低く、低下傾向を示す国が多い3,4
 
3 Reiko Hayashi, Teruhiko Imanaga, Eiji Marui, Hiroshi Kinoshita, Futoshi Ishii, Emiko Shinohara, Motomi Beppu, Senility deaths in aged societies: The case of Japan, Global Health & Medicine, 2024, 6 巻, 1 号, p. 40-48, (2024/03/17)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ghm/6/1/6_2023.01127/_pdf/-char/ja
4 林玲子、別府志海、石井太、篠原恵美子「老衰死の統計分析」人口問題研究 78-1(2022年3月)https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/22780101.pdf
(1)統計や制度の影響
この違いには、統計や制度の変化が影響している。戦後しばらくの間、日本では老衰死が多かった(図表1)。1950年に日本でWHOによる「疾病及び関連保健問題の国際統計分類第6版(ICD6)」が導入された。この分類では、「老衰」が「症状・老衰および定義されていないもの」に分類され、診断名不明確な病態と捉えられることがあったため5、統計上は死因として記録されにくくなった。その後、1995年のICD10適用時に、死亡診断書様式と診断書マニュアルが改訂され、老衰を死因として記載するのは、「高齢者で他に記載すべき明確な死亡原因がない自然死」といった記載が追加されたことで、再び増加してきたと考えられている4

さらに、2000年に介護保険制度が始まり、在宅医療や介護施設での看取り体制が整備されたことも、病院以外での「自然な最期」を選ぶ環境を後押ししたと考えられる。在宅医療の現場では、本人や家族と話を通じて、自然な最期を選択するケースが増えている。加えて、病院に比べて積極的な治療が行われにくいという現実も、老衰死の増加に影響していると考えられる。また、2017年には、日本呼吸器学会が「成人肺炎診療ガイドライン2017」を公表し、易反復性の誤嚥性肺炎や老衰の状態では、積極的治療よりもQOLを重視したケアを初めて推奨した。これにより、従来「肺炎」とされていた症例の一部が「老衰」として記載されるようになり、老衰死の統計的増加につながったとの分析もある6
 
5 実際日本でも、老衰で亡くなった方を検査しなおした結果、その多くで老衰ではない何らかの死因があったとされる(参考文献4「老衰死の統計分析」)。
6 日本経済新聞2019年6月11日「三大死因に初めて「老衰」死亡診断書の書き方変化?」
(2)社会的価値観の影響
社会的価値観の影響もあるようだ。上述のとおり、老衰は、診断名不明確な病態と捉えられるため、欧米では、日本と比べて、高齢者に対しても明確な診断が与えられ、本人の意思に基づいて治療方針を決定する傾向がある。その背景に、日本よりも古くから終末期ケアの制度やACP(アドバンス・ケア・プランニング7)が整っていたことが考えられる。

一方、日本では、「老衰による死」を「大往生」として肯定的に受け止める傾向がある。例えば、「老衰で亡くなること」に対しては、8割以上が「安らかな死である」と考えており、十分な医療を受けられていないといった印象は低い8。また、厚生労働省による「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査9」によれば、「どこで最期を迎えたいかを考える際に、重要だと思うこと」として、20歳以上の一般国民で最も多かったのが、「家族等の負担にならないこと」で7割を超えていた。異なる文化との厳密な比較はないようであるが10、家族に迷惑や負担をかけたくないといった思いは強い。国民医療費の議論においても、老衰死が多い地域では医療費が低い傾向があることが示されている11。終末期にある高齢者においては、生活の質を重視して過剰な検査を避けるといった考え方は日本では受け入れられていると考えられる。
 
7 日本では「人生会議」等と言われ、もしものときのために終末期に望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組み。
8 日本経済新聞2025年7月5日「老衰死8人に1人…増える「大往生」 高齢化以外の要因も」
9 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」(2023年12月)https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_r04.pdf
10 本村昌文「日本における老い・看取り・死をめぐる<迷惑>意識―異なる文化圏との比較に向けてー」文化看護学会誌2024年16(1) https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunkakango/16/1/16_1_63/_pdf/-char/ja
11 日本経済新聞2021年5月21日「大往生、医療費抑える モデルは神奈川・愛知・和歌山」等。

3――死因統計

ただし、総死亡者の1割以上が「老衰」という、詳細な死因を特定しない形で記録されている現状については、評価が分かれる。

死因統計は、医療や介護の質を評価し、政策の改善につなげるための資料となる。また、死因統計の精度や国際比較の妥当性といった視点では、死因が厳密に記録され、他の死因が隠れていないことが確認できることが望ましい。しかし、現在、老衰死の多くが「老衰」とだけ記載され、他の疾患や具体的な経過が記録されていないケースが少なくない4。死因が医師の考え方によるともなれば、統計的な精度に欠け、医療・介護の現場の実態を正確に把握することが難しくなる可能性がある。

本人と家族が希望する最期を守りながら、社会としてどのように死因を記録し、受け止めていくのかが、今後の検討課題だろう。

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(2025年10月17日「研究員の眼」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

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