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- 委任状争奪戦(プロキシーファイト)とは-フジメディア・ホールディングス
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コラム
2025年05月29日
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2025年5月16日、フジメディア・ホールディングス(FMH)の取締役会は、定時株主総会に提出する取締役候補者案を決定した。これは先に大株主(ダルトン)から提案のあった取締役候補者案と異なるものであったことから、ダルトンは委任状争奪戦を開始する意向を示している1。
委任状争奪戦とは、会社以外の株主が提出した議案(本件では取締役候補選任議案)と会社が提出した議案が異なる場合に、株主が自己の提出した議案に賛成する委任状(proxy)を出すよう他の株主に働きかけることを言う2。一方で、会社は自社提案に賛同するよう株主に委任状の提出を要請するため、委任状争奪戦(プロキシーファイト)と呼ばれる。
株式会社における取締役の選任は、合計して議決権の過半数を有する株主が出席したうえで、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行われる(会社法309条1項)。この出席株主には、(1)株主が直接株主総会に出席する場合に加え、(2)議決権を代理行使する(=委任状による)場合(会社法310条1項)、(3)書面により議決権行使する(=議決権行使書による)場合(会社法311条1項・2項)を含む。委任状争奪戦とは、この二番目にある委任状について、提案株主が提出した議案の可決される水準(≒全議決権の過半数)になるまで獲得できるかどうかを争うものである3。
取締役選任議案が株主総会に付議されるとき、株主は単独で議案、すなわち取締役候補選任議案を提出することができる(会社法304条)。また、会社からの株主総会開催通知に株主提案が議案として記載されるためには、株主総会の8週間前までに会社に請求する必要がある(会社法305条1項)4。
この請求がなされた場合において、典型的には、会社が送付する議案書には第一号議案として会社提案の取締役候補選任議案が、第二号議案として株主提案の取締役候補選任議案が記載される。会社の送付する議決権行使書や委任状において、会社は第二号議案に反対である旨が記載されている。また、記入欄が空白で署名のみが記載された委任状又は議決権行使書が会社に返送された場合には、第一号議案賛成、第二号議案反対の取扱いとする旨が記載されている5。
提案株主は単に説明会やウェブなどで自己の提出議案に賛同するよう求めることができる。この場合、規制はかからない。しかし、さらに進んで、提案株主が書面等で個別に委任状の提出を依頼する行為など、明示的な働きかけを行う場合には、金融商品取引法(金商法)施行令が定めるところに従わなければならない(金商法194条)とされる。金商法施行令の定める点は以下の2点であるが、詳細は「上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令」(以下、規則)で定められている。
(1) 委任状勧誘に際し、その相手方(被勧誘者)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項を記載した書類(=参考書類)を交付する(施行令36条の2)6。なお、委任状には議案ごとの賛否を記載する欄を設ける(規則43条)。
(2) 委任状の用紙及び参考書類を交付したときは、直ちに、これらの書類の写しを金融庁長官(実務的には財務局長)に提出する(施行令36条の3)。
会社法上および金商法上、会社は提案株主の委任状獲得に協力すべき義務は課されていないため、提案株主は他の株主に対して、自己の経済的負担において委任状と参考書類を送らなければならない。委任状等の送付先は株主の株主名簿閲覧・謄写権(会社法125条)を通して入手することとなる。このように提案株主の負荷が重いため、大塚家具7等の事例などがあるものの、頻繁に行われるものではない。
最後に、金商法に反する委任状勧誘を行った場合は、法人・個人ともに30万円の罰金が科される(金商法205条の2の3第2号、207条1項6号)。また、違法な委任状勧誘に基づく株主総会の決議であっても、その違法性は決議結果の成否には影響しない。ただし、手続に重大な違反があるときには「著しく不公正な」決議方法として決議取消事由(会社法831条1項1号)となるとするのが判例・多数説である8。
会社をコントロールするには過半数の株式を保有するのが一般的である。ただ、FMHなどの認定放送持株会社については、一の株主が3分の1を超える株式を保有しても、3分の1を超える議決権部分についてその権利行使ができない(放送法164条)9。したがって株主が放送局の経営にモノ申したいときには、法的制約から直接的な支配権の取得が困難なため、遠回りではあるが委任状争奪戦などを通じて影響力を行使する必要がある。
1 2025年5月25日日経新聞朝刊7面参照。
2 江頭憲治郎「会社法(第8版)」p355参照。委任状合戦ともいう。
3 三番目の議決権行使書において提案議案に賛同するよう働きかける行為に後述の金商法の適用があるかどうかは説が分かれている(江頭憲治郎「会社法(第8版)」p357参照。
4 この請求を行うには、株主が総株主の議決権の100分の1以上または300個以上を6か月以上保有している必要がある。
5 神作裕之「議決権行使書面と会社の勧誘する委任状の取扱い」ジュリスト1553号p103参照。
6 一定の場合は電磁的に行うことができる。
7 東洋経済記事 https://toyokeizai.net/articles/-/63342 参照。大塚家具の事例では会社側・株主側とも機関投資家などの大株主に対して自分に賛同するよう交渉合戦が行われたとのことである。
8 松尾直彦「金融商品取引法(第7版)」p804参照。
9 なお、外資の議決権行使についても、外資の株式全部をあわせて20%以下に規制されている(放送法161条、116条)。
委任状争奪戦とは、会社以外の株主が提出した議案(本件では取締役候補選任議案)と会社が提出した議案が異なる場合に、株主が自己の提出した議案に賛成する委任状(proxy)を出すよう他の株主に働きかけることを言う2。一方で、会社は自社提案に賛同するよう株主に委任状の提出を要請するため、委任状争奪戦(プロキシーファイト)と呼ばれる。
株式会社における取締役の選任は、合計して議決権の過半数を有する株主が出席したうえで、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行われる(会社法309条1項)。この出席株主には、(1)株主が直接株主総会に出席する場合に加え、(2)議決権を代理行使する(=委任状による)場合(会社法310条1項)、(3)書面により議決権行使する(=議決権行使書による)場合(会社法311条1項・2項)を含む。委任状争奪戦とは、この二番目にある委任状について、提案株主が提出した議案の可決される水準(≒全議決権の過半数)になるまで獲得できるかどうかを争うものである3。
取締役選任議案が株主総会に付議されるとき、株主は単独で議案、すなわち取締役候補選任議案を提出することができる(会社法304条)。また、会社からの株主総会開催通知に株主提案が議案として記載されるためには、株主総会の8週間前までに会社に請求する必要がある(会社法305条1項)4。
この請求がなされた場合において、典型的には、会社が送付する議案書には第一号議案として会社提案の取締役候補選任議案が、第二号議案として株主提案の取締役候補選任議案が記載される。会社の送付する議決権行使書や委任状において、会社は第二号議案に反対である旨が記載されている。また、記入欄が空白で署名のみが記載された委任状又は議決権行使書が会社に返送された場合には、第一号議案賛成、第二号議案反対の取扱いとする旨が記載されている5。
提案株主は単に説明会やウェブなどで自己の提出議案に賛同するよう求めることができる。この場合、規制はかからない。しかし、さらに進んで、提案株主が書面等で個別に委任状の提出を依頼する行為など、明示的な働きかけを行う場合には、金融商品取引法(金商法)施行令が定めるところに従わなければならない(金商法194条)とされる。金商法施行令の定める点は以下の2点であるが、詳細は「上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令」(以下、規則)で定められている。
(1) 委任状勧誘に際し、その相手方(被勧誘者)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項を記載した書類(=参考書類)を交付する(施行令36条の2)6。なお、委任状には議案ごとの賛否を記載する欄を設ける(規則43条)。
(2) 委任状の用紙及び参考書類を交付したときは、直ちに、これらの書類の写しを金融庁長官(実務的には財務局長)に提出する(施行令36条の3)。
会社法上および金商法上、会社は提案株主の委任状獲得に協力すべき義務は課されていないため、提案株主は他の株主に対して、自己の経済的負担において委任状と参考書類を送らなければならない。委任状等の送付先は株主の株主名簿閲覧・謄写権(会社法125条)を通して入手することとなる。このように提案株主の負荷が重いため、大塚家具7等の事例などがあるものの、頻繁に行われるものではない。
最後に、金商法に反する委任状勧誘を行った場合は、法人・個人ともに30万円の罰金が科される(金商法205条の2の3第2号、207条1項6号)。また、違法な委任状勧誘に基づく株主総会の決議であっても、その違法性は決議結果の成否には影響しない。ただし、手続に重大な違反があるときには「著しく不公正な」決議方法として決議取消事由(会社法831条1項1号)となるとするのが判例・多数説である8。
会社をコントロールするには過半数の株式を保有するのが一般的である。ただ、FMHなどの認定放送持株会社については、一の株主が3分の1を超える株式を保有しても、3分の1を超える議決権部分についてその権利行使ができない(放送法164条)9。したがって株主が放送局の経営にモノ申したいときには、法的制約から直接的な支配権の取得が困難なため、遠回りではあるが委任状争奪戦などを通じて影響力を行使する必要がある。
1 2025年5月25日日経新聞朝刊7面参照。
2 江頭憲治郎「会社法(第8版)」p355参照。委任状合戦ともいう。
3 三番目の議決権行使書において提案議案に賛同するよう働きかける行為に後述の金商法の適用があるかどうかは説が分かれている(江頭憲治郎「会社法(第8版)」p357参照。
4 この請求を行うには、株主が総株主の議決権の100分の1以上または300個以上を6か月以上保有している必要がある。
5 神作裕之「議決権行使書面と会社の勧誘する委任状の取扱い」ジュリスト1553号p103参照。
6 一定の場合は電磁的に行うことができる。
7 東洋経済記事 https://toyokeizai.net/articles/-/63342 参照。大塚家具の事例では会社側・株主側とも機関投資家などの大株主に対して自分に賛同するよう交渉合戦が行われたとのことである。
8 松尾直彦「金融商品取引法(第7版)」p804参照。
9 なお、外資の議決権行使についても、外資の株式全部をあわせて20%以下に規制されている(放送法161条、116条)。
(2025年05月29日「研究員の眼」)

03-3512-1866
経歴
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2025年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
松澤 登のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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