コラム
2023年03月31日

「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(1)-審議会報告の文言から見える政府の意図と自治体の現実

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~「地域の実情」に応じた体制整備を考える~

2024年度は医療・介護分野で多くの制度改正が予定されており、2023年度は国や自治体で様々な見直し論議が展開される見通しです。具体的には、診療報酬と介護報酬の同時改定に向けた検討に加えて、都道府県が6年サイクルで見直している「医療計画」、市町村が3年周期で策定している「介護保険事業計画」の改定作業なども進みます。

ここで、注目されるのは「地域の実情」という言葉が政府の審議会報告などに多用されている点です。具体的には、「地域の実情に応じた在宅サービスの整備」といった言葉遣いであり、「地域の実情」という言葉は医療・介護制度を巡る一種の「流行語」(?!)となっています。

そこで、今回から6回シリーズで、「地域の実情」という言葉の意味を深掘りするとともに、国・自治体に問われる対応を考察します。第1回は医療・介護について、「地域の実情」という言葉を使っている近年の政府文書などを取り上げるとともに、その意味を再考します。さらに、地域の実情を踏まえないまま、制度や事業を前提に物を考える「制度頭」「事業頭」など、自治体の運用状況を取り上げます。第2回以降は「地域の実情」に応じた医療・介護の体制整備に向けて、必要な手立てを考えて行きます。

2――審議会報告書などで多用されている「地域の実情」という言葉

1|2022年12月の医療部会意見書
まず、医療・介護に関して、「地域の実情」という言葉が審議会報告などで多用されている実例を見て行きます。まず、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会が2024年度制度改正に向けて示した意見書では、「地域の実情」という言葉が5カ所で使われており、下記のような文言が盛り込まれています(下線は筆者)。
 
  • 医療機関は地域の実情に応じて、その機能や専門性に応じて連携しつつ、自らが担うかかりつけ医機能の内容を強化する仕組みとすることを基本的な考え方としてはどうか。
     
  • 現在の2025年までの取組を地域の実情を踏まえつつ着実に進めるために、対応方針の策定率を目標とした PDCA サイクルの強化や構想区域の評価・分析など都道府県の責務の明確化により取組を進めるべきではないか。

前者は身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」の機能強化に絡む文言。かかりつけ医に関しては、昨年末までに見直し論議が盛り上がった末、幾つかの制度改正が決まりました1。ここでは、都道府県が診療所や中小病院から「ウチの診療所は在宅医療を提供している」といった報告を受けた後、集まった情報をベースにして、都道府県が「A地区では在宅医療が不足している」などの形で、地域の実情を可視化することが想定されています。さらに、足りない機能に関しては、地域の官民関係者が集まる「協議の場」で対応を議論し、必要な方策を自主的に進めていくことも意識されています。この際に「地域の実情」に応じた機能強化と、それを支える国の仕組みづくりが求められると言っているわけです。

後者は2017年度から本格スタートした「地域医療構想」に関する部分。地域医療構想についても詳述は避けますが、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年を意識し、急性期病床の削減や在宅医療の充実など、人口減少や高齢化の進展などに応じた医療提供体制改革の推進が想定されています2

しかし、日本の医療提供体制の大宗を占める民間医療機関に対し、国や都道府県は強制力を持っていないため、地域の関係者を通じた合意形成を通じて、「地域の実情」に応じた体制整備が都道府県に期待されています。ここでも「地域の実情」がキーワードになっていることを確認できます。

このほかにも医療部会意見書では、歯科医や薬剤師、看護師の確保に関しても、「地域の実情」に応じた体制整備が必要と訴えています。
 
1 かかりつけ医の決着に関しては、2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る論争とは何だったのか(上)」(全2回、リンク先は第1回)を参照。
2 地域医療構想は2017年3月までに各都道府県が策定した。人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になる2025年の医療需要を病床数で推計。その際には医療機関の機能について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分し、それぞれの病床区分について、2次医療圏ごとに病床数を将来推計した。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになる現状の対比を通じて、需給ギャップを明らかにした。その上で、医療機関の経営者などを交えた「地域医療構想調整会議」の議論を経て、合意形成と自主的な対応による見直しが想定されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
2|2022年12月の医療計画見直しに関する検討会意見書
6年サイクルで見直される都道府県の医療計画の改定に向けて、厚生労働省の「第8次医療計画等に関する検討会」(以下、検討会)が2022年12月に公表した意見書でも、同じ傾向を見て取れます。

意見書での登場回数は何と29回。既述した地域医療構想に加えて、医師の確保や偏在是正、外来機能分化3、在宅医療の充実、救急医療や精神疾患、災害医療、僻地医療、がん対策など、医療計画に盛り込まれている内容を網羅する形で、医療計画の策定主体である都道府県が「地域の実情」に沿った対応を取るように促している形です。

これに関連し、検討会座長の遠藤久夫氏(学習院大学教授)は専門誌のインタビューで、「医療提供の基本的な部分は診療報酬でコントロールできるにしても、地域ごとの細かなニーズへの対応は(筆者注・全国一律の)診療報酬では難しい」「都道府県が主体になり、地域の医療者や住民と一緒になって、その地域に適した医療の提供体制をつくっていくことが必要」と述べています4
 
3 詳細は省くが、医師偏在の是正では「医師確保計画」「外来医療計画」という仕組みが2020年度から始動している。2020年2月17日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(全2回、リンク先は上)を参照。外来機能分化では、医療機関の報告を基に、紹介患者の受け入れを重点的に担う「紹介受診重点医療機関」を各地域で選定する流れが想定されている。2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」をそれぞれ参照。
4 2023年2月1日『社会保険旬報』No.2881を参照。
3|2022年12月の介護保険部会意見書
3年に一度の介護保険改正に向けて、社会保障審議会の介護保険部会が2022年12月に公表した意見書では、「地域の実情」という単語が14回登場します(中見出しも含む)。今回の意見書では、負担と給付の見直しなど多くのテーマについて結論を先送りした5ので、「地域の実情」という言葉は新規施策だけでなく、既存制度の説明でも用いられているのですが、少し事例を挙げると、こういった表現が使われています(下線は筆者)。
 
  • 柔軟なサービス提供によるケアの質の向上や、家族負担の軽減に資するよう、地域の実情に合わせて、既存資源等を活用した複合的な在宅サービスの整備を進めていくことが重要。
     
  • 地域の実情に応じた介護人材確保対策が実施できるよう地域医療介護総合確保基金の中で様々なメニューを用意し、自治体を支援していく必要がある。
 
前者は在宅サービスの基盤整備を指しています。後者では、地域医療介護総合確保基金6という補助金を使いつつ、深刻化する人材不足に対応する必要性に言及しており、いずれも「地域の実情」に沿った対応が期待されています。
 
5 次期介護保険制度改正の動向については、2023年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。
6 引き上げられた消費税収を活用した基金。都道府県単位に設置されており、病床再編や在宅ケアの基盤整備、人材確保などに充当できる。地方負担を加味した事業費ベースで医療分は1,029億円、介護分は734億円。
4|2022年12月の全世代型社会保障構築会議の報告書
省庁横断的に社会保障の将来像を議論するため、首相官邸に設置されている「全世代型社会保障構築会議」が2022年12月に示した報告書も同じ傾向を看取できます。

報告書を読むと、「地域の実情」の登場回数は4回(脚注を含む)。既述した資料に比べれば少ないですが、かかりつけ医機能の充実、介護保険の見直しに加えて、居住保障の文脈でも「地域の実情」に沿った対応策が求められると指摘されています。
5|コロナ対応、新興感染症対策でも「地域の実情」がキーワードに
以上のような形で、「地域の事情」に沿う必要性は新型コロナワクチンの接種でも論じられていました。当初は集団接種が想定されていましたが、「医師の確保などが都市部では困難」との声が出たことで、政府は「各市町村において地域の実情に応じて適切に体制を構築していただきたい」と言明するに至ったのです7。本来の立て付けで言うと、ワクチンの予防接種は国の方針を基に、自治体が事務を執行する「法定受託事務」なのですが、迅速なワクチン接種を進める上では、市町村の判断に基づき、「地域の実情」に応じた接種が期待されたわけです。

新興感染症に対応するための体制整備に関しても、「地域の実情」が取り沙汰されています。こちらも制度設計の詳細は省略します8が、都道府県を中心とした体制整備を盛り込んだ改正感染症法の審議に際して、厚生労働省幹部が「地域の実情に応じた運用というのはあり得る」と答弁しました9

さらに、新興感染症対策を医療計画に組み込むため、検討会が2023年3月にまとめた意見でも、「地域の実情」という言葉は11回も登場します。このように見ると、「地域の実情」が医療・介護制度改革における流行語(?!)になっている様子を看取できます。
 
7 2021年2月9日、加藤勝信官房長官(当時)の閣議後記者会見における発言、同日『NHK NEWS WEB』配信記事を参照。
8 2021年通常国会で成立した改正医療法では、都道府県が6年周期で策定する医療計画に新興感染症への対応が義務付けられた。さらに、昨年の臨時国会で成立した改正感染症法では、都道府県が医療機関と事前に協定を締結し、新興感染症が発生した際の対応を義務付ける仕組みの導入などが決まった。前者の制度改正は2021年7月6日の拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」、後者の制度解説は2022年12月27日の拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
9 2022年11月15日、第210回国会参議院厚生労働委員会における厚生労働省の榎本健太郎医政局長による答弁。

3――なぜ「地域の実情」に沿う必要があるのか?

では、なぜ「地域の実情」に沿う必要があるのでしょうか。その理由として、人口減少や高齢化の進行スピード、人員・資源の違いなどで地域差が大きく、国一律の対応が困難になっている点を指摘できます。

少し極端な例ですが、写真のようなコミュニティを見て、「一律の対応が可能」と思う人は恐らく皆無でしょう。実際の問題で言うと、自治体の人口や規模、年齢構成が違うし、都市部と地方では、医療・介護の事業所や専門職の数も異なります。
写真:「地域の実情」の違いの対応
さらに今後、大都市部では高齢者人口の増加が予想される一方、地方では高齢者人口さえ減っている地域も散見されます。このため、「地域の実情」に沿った体制整備が必要であり、暮らしに身近な自治体の主体的な役割が求められます。

こうした筆者の見解については、様々な反論が有り得ます。例えば、「国の責任の放棄であり、自治体に丸投げすれば、地域差が広がる」「地方分権なんて今頃、流行らない」といった指摘です。

しかし、写真のような違いに直面した時、こうした意見は説得力を持たなくなると思います。さらに、医療・介護など旧厚生省の政策は伝統的に国直轄ではなく、自治体に執行を委ねてきた経緯があり、厚生労働省の出先機関である厚生局に担わせるのは非現実的です10

傾聴に値する指摘として、「今後の人口減少を踏まえると、自治体としての機能が成り立たなくなるのでは」という意見が考えられそうです。確かに今後の人口減少を考えると、自治体単独での運営が困難になるケースも想定されるため、事務の広域化などは欠かせません。筆者自身としても「将来的に全国一律の三層構造(国―都道府県―市町村)の仕組みは難しくなる」と思っています。

ただ、どんなに機構を改革しても、医療・介護など住民の暮らしに身近な業務は誰かが担う必要があります。結局、「地域の実情」に応じた体制整備が求められる点に変わりはありません。

さらに、いくら行政機構を広域化しても、自治体内部の違いや実情を意識する必要があります。例えば、「平成の大合併」で周辺市町村を編入した市町村では、役所の規模は大きくなった一方、コミュニティの差異に直面しているケースは少なくありません。合併していない市町村でも、昔ながらの宿場町や農村、高度成長期に整備された団地、ファミリー向けの団地などが併存するような場合、丁・番地単位に解析度を上げつつ、コミュニティの状況を把握する必要があります。

例えば、弊社が立地している東京都千代田区で見ても、官庁やオフィス、マンション、商店が並んでいると思われるかもしれませんが、大通りを少し入ると民家は少なくないですし、弊社の周辺では、お祭りの時に番地単位の町会が活躍しています。こうした違いを踏まえつつ、「地域の実情」に沿った対応を講じられるのは自治体(医療は都道府県、介護は市町村)しかあり得ません。
 
10 旧厚生省の行政が伝統的に分権的である点については、2020年7月20日拙稿「医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因を考える」を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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