2023年07月24日

かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか-決着内容の意義や有効性を問うとともに、論争の経緯や今後の論点を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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10――今回の決着の課題(2)~医療機能情報提供制度は機能するのか?~

第2に、「医療機能情報提供制度がどこまで機能するのか」という点も疑問が残る。患者から見ると、医療機能情報提供制度の「刷新」を通じて、医療機関が果たしている役割などが明らかになる意味は大きいと考えられる。

だが、医療サービスの特性として、患者―医師の情報格差が大きい点、患者が医療の質を評価しにくい点、ニーズの発生が不確実な点などがあり、他の財やサービスと異なり、市場の考え方が機能しにくい。このため、情報を開示されたとしても、患者は医療の質まで評価できない。

一例として、これまでも「上手な医療のかかり方」のキャンペーンの下、政府は国民に対し、「かかりつけ医を持って下さい」と働き掛けたり、夜間・休日の外来の安易な使用などを戒めたりしていた21が、そもそも上記のような構造を持つ医療サービスで、患者の決定だけに委ねることには限界がある。実際、政府から「かかりつけ医を持とう」「かかりつけ医で発熱外来は受けて下さい」などと呼び掛けられても、「かかりつけ医をどうやって選んでいいか分からない」と感じる国民は多かったのではないだろうか。新型コロナウイルスの発熱外来やワクチン接種に関して、国民がかかりつけ医を探して彷徨った様子は平時で起きていることが短期間、かつ顕著に表れたに過ぎない。

さらに現行制度では公表されている情報が正しいのかどうか、第3者的に評価する仕組みが存在しない。このため、実効性を高める上では、国民にとって分かりやすい情報提供が欠かせない上、行政による評価・認証なども必要となる。

その点で参考になるのはイギリスの仕組みであろう。イギリスの公的医療保障制度であるNHS(National Health Service)のウエブサイトでは、居住地域の住所や郵便番号を入力すると、住民は最寄りの診療所の住所や連絡先、待ち時間、定期的に実施されている患者向けアンケート調査の結果、近隣の診療所との比較などを把握できる。

別にイギリスの仕組みをダイレクトに採用する必要はないが、今回の制度改正の実効性を高める上では、患者の意思決定を後押しできるような分かりやすい情報提供と、正確性を担保する第3者による評価の仕掛けが欠かせない。

しかし、国民や患者から見ると、報告されている内容が正しいのか、第3者による客観的な評価が求められるが、こうした視点は医療部会意見書から読み取れない。むしろ、自民党における事前審査では、国・都道府県による関与は一層、緩められた22
 
21 上手な医療のかかり方を巡る経緯や論点、限界については、2020年2月5日拙稿「『上手な医療のかかり方』はどこまで可能か」を参照。
22 2023年2月7日『ミクスOnline』記事、同月6日『共同通信』記事。

11――今回の決着の課題(3)

11――今回の決着の課題(3)~かかりつけ医機能報告制度は機能するのか~

1|実効性の課題
第3に、かかりつけ医機能報告制度の実効性についても課題は残されている。先に触れた医療機能情報提供制度と同様、報告される情報が正しいのか、どこまで信頼できるのか、行政による担保が必要だが、制度設計の詳細は決まっておらず、自民党における事前審査では、国や都道府県の関与は緩められている。

さらに、今回の制度改正を通じて、医療行政に関する都道府県の役割は一層、大きくなったが、地域医療構想に関する病床再編の議論がコロナ以前でも停滞気味だった点を踏まえると、どこまで都道府県が役割を果たせるのか疑問も残る。

このほか、かかりつけ医機能の一つには在宅医療が含まれており、都道府県は市町村との連携も意識する必要がある。具体的には、在宅医療を充実させる上で、介護・福祉との連携を強化する必要があり、専門職の情報共有などを促す医療・介護連携は最近の診療報酬改定や制度改正で論点の一つに位置付けられている23

このため、かかりつけ医機能を強化する上では、医療・介護連携が不可欠であり、かかりつけ医機能を含めた医療行政を地域で調整する都道府県と、介護・福祉行政を司る市町村の連携が従来以上に大きな課題となる。
 
23 例えば、2015年度制度改正を通じて、介護保険財源を転用する形で実施されている「在宅医療・介護連携推進事業」では、在宅ケアの資源マップの作成などが市町村に義務付けられている。2022年度診療報酬改定では、在宅医療を手掛ける医療機関の加算要件の一つに、同事業との連携が加えられた。2021年度介護報酬改定では、医学的管理や薬剤調整などについて、医療機関と介護事業所の連携強化を促す加算が創設された。詳細については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」、2021年5月14日拙稿「2021年度介護報酬改定を読み解く」、介護保険発足20年を期したコラムの第12回を参照。
2|地域医療連携推進法人は都市部で通用するのか?
かかりつけ医機能報告制度で明らかになった過不足を穴埋めする方策として期待されている地域医療連携推進法人制度についても、その有効性には一定の留保が必要であろう。

そもそも、かかりつけ医の定義を日医など診療団体が定めた際、当時の日医会長は「高い目標を掲げています。(筆者注:診療団体内部では)『こんなに高い目標はできません』と言われましたが、理想は高く掲げて、少しでもそこに近づこうという考え方です」と説明していた24

このため、多岐に渡るかかりつけ医の機能を1人の医師、1つの医療機関で担保することは現時点では非現実的であり、筆者も連携の必要性を感じているし、「地域医療連携推進法人を活用する方向性は重要」という部会意見の方向性も支持する。

特に新型コロナウイルスへの対応では、回復した重症患者を一般病床に転院させられずに「目詰まり」が起きるなど、医療機関の連携が課題とされた。これは平時モードの医療でも、急性期病床で改善した患者の円滑な在宅復帰を促す上では、リハビリテーションなどを提供する回復期病床に転院させる連携も論点となっている25。さらに既述した通り、在宅ケアの部分でも医療機関と介護事業所の連携が重視されている。こうした連携を後押しするための報酬改定や制度改正も実施されている。

しかし、これらの対応だけで連携が図れるのか、再考の余地がある。そもそも日本の医療制度では、患者が医療機関を自由に選べるフリーアクセスの下、それぞれの医療機関が患者獲得を巡って争っており、連携しにくい環境である。つまり、競争は連携を妨げる方向で働く。特に人口も、医療機関も多い都市部では、医療機関同士の連携が進みにくい。

さらに、患者は「A病院で心臓」「B病院で膝」といった形で、複数の医療機関を同時に選択できるため、医療機関とのファーストタッチである「医療の入口」を複数持てることになる。この状況では「医療の入口」に関する責任主体が明確になりにくく、「全ての訴えや問題に対応する」というケアの包括性が担保されにくい。

例えば、プライマリ・ケアでは、▽予防、治療,リハビリテーションなどの機能、▽よくある日常的な病気を中心とした全科的医療、▽小児から老人まで幅広い年齢層に対応――などを意味する「包括性」(Comprehensiveness)が重視されており、プライマリ・ケアを担う医師が患者の「代理人」のような形で、幅広い健康問題に責任を持つことに力点が置かれる。

一方、プライマリ・ケアでは協調性(Coordination)も強く意識されており、▽専門医との密接な関係、▽チーム・メンバーとの協調、▽住民との協調――などが掲げられている26

しかし、「医療の入口」に関する選択肢が多いと、ケアの包括性が高まりにくく、その結果として、他の専門職はどこに相談したらいいか分からなくなり、連携も阻害する方向に働く。つまり、「医療の入口」が複数にまたがることを認めるフリーアクセスでは、ケアの包括性を低くする方向に働く可能性がある。

こうした状況を踏まえると、地域医療連携推進法人も「万能」とは言えない。もちろん、在宅医療での連携など都市部に応じた使い方も想定されるが、フリーアクセスの軌道修正を通じて「医療の入口」を絞ることで、ケアの包括性を高める方向性も意識する必要がある。

その半面、ケアの包括性を高めるため、「医療の入口」を絞ろうとすると、医療機関の選択に関する患者の自由を奪うことになる。その意味で、「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」は二律背反を含んでおり、今回の論争の大きな焦点となった。この点については、後半で詳述することにしたい。
 
24 2019年9月1日『社会保険旬報』No.2758における日医の横倉義武会長の発言。
25 コロナ対応と地域医療構想との共通点に関しては、2021年10月26日拙稿「なぜ世界一の病床大国で医療が逼迫するのか」を参照
26 プライマリ・ケアの「包括性」「協調性」に関しては、日本プライマリ・ケア連合学会ウエブサイトを参照。本稿では上記の定義に沿って、「ケアの包括性」という言葉を使う。http://www.primary-care.or.jp/paramedic/

12――今回の決着の課題(4)

12――今回の決着の課題(4)~書面交付制度は機能するのか~

1|かかりつけ薬剤師・薬局制度は先例になる?
書面交付制度を考える上で、一つの先例となるのは、かかりつけ薬剤師・薬局制度かもしれない。現在、薬剤師・薬局の分野では、調剤を中心とした対物業務から、在宅ケアなど対人業務にシフトチェンジする重要性が意識されており、様々な制度的な手当てが講じられている27

こうした制度改正の始まりとして、2016年度診療報酬改定で創設されたのが「かかりつけ薬剤師指導料」である。この仕組みでは、▽患者による同意の取得、▽患者1人に対して、1人の保険薬剤師のみがかかりつけ薬剤師指導料を算定、▽薬剤服用歴管理指導料に関する業務を実施、▽患者が受診している全ての保険医療機関、服用薬などの情報を把握――などの要件を満たせば、「かかりつけ薬剤師・薬局」として加算を受け取れる仕組みになっている。

このうち、「患者による同意の取得」が今回の書面交付に近い要素を持っている。さらに、かかりつけ薬剤師指導料では、患者1人に対して1人の保険薬剤師だけが算定できる仕組みになっており、患者にとっての「調剤・服薬指導の入口」が制度上、絞られている。
 
27 薬剤師と薬局の対人業務シフトに関しては、2021年10月15日拙稿「かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか」を参照。
2|書面の関係は1対1なのか、それとも複数なのか?
しかし、かかりつけ医に関する今回の制度改革案では、1人の患者に対して書面を交付できる医師が1人なのか、複数なのか定まっていない。具体的には、部会意見では、審議の過程で示された意見として、「情報の一元化やその調整窓口を想定し、患者と医師との関係は1対1にすべき」「複数の医療機関から書面の交付を可能とすべき」という間逆の内容を同時に言及しつつ、詳細は有識者などによる今後の検討に委ねるとされており、細部が決まっていない。

この点は先に触れた「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」の二律背反で論点になり得る。例えば、1人の患者に対して書面を交付できる1人の医療機関に限定した場合、患者―医師の関係性が固定的になり、ケアの包括性を高める方向に働く半面、フリーアクセスの軌道修正に繋がる要素を持つことになる。

一方、複数の医療機関が1人の患者に対して書面を交付できるようにすれば、患者の受療の選択肢は確保されるが、ケアの包括性は高まりにくくなる。筆者自身は「かかりつけ薬剤師指導料の考え方を参考に、ケアの包括性を高めるため、1人の患者に対して1人しか書面を交付できない仕組みにする必要がある」と考えているが、この点は2024年度に実施される予定の診療報酬改定を含めて、今後の論点になる可能性が高い。

具体的には、かかりつけ医機能を評価しているとされる「地域包括診療加算」「機能強化加算」などの診療報酬が見直される際、取得要件の一つに書面交付が組み込まれるかどうか、その際には1対1の関係性になるかどうか、といった点がポイントとなりそうだ。

では、こうした決着に至る過程として、どんな議論が展開されたのだろうか。この背景には、新型コロナウイルス対応などで、かかりつけ医が注目されたことで、2021年秋以降、制度化、あるいは機能強化に関する議論を振り返る必要がある。以下、主な議論を振り返ることで、その論点や対立点を考察したい。

13――かかりつけ医を巡る論議の経緯

13――かかりつけ医を巡る論議の経緯

1|財政審、諮問会議の動向
今回の見直し論議は2021年10月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)による問題提起から始まった。会合では、身近な病気やケガに対応するプライマリ・ケアの充実を以前から提唱している有識者、日本プライマリ・ケア連合学会の草場鉄周理事長らがプレゼンテーションを実施した。このうち、草場氏による説明の概要は下記の通りだった28
 
  • かかりつけ医への住民の緩やかな登録システムを通じて、行政、かかりつけ医が連携して住民の健康サポートを隙間なく担うシステム、つまり、新型コロナウイルスへの対応を契機に、「かかりつけ総合医制度」を構築していくことが必要。
     
  • 現在のかかりつけ医については、国民自身が自由に選ぶ形だが、国民は自分自身の健康管理に対応するかかりつけ総合医を平時から選択し、そこで基本的に健康問題の問題を相談できる状況を作る。その中に予防医療、健康増進の支援も受けられる体制も作る。
     
  • 医療機関は選択した患者を登録し、日々の診療だけでなく、感染症などの有事の場合には保健所、行政などと連携しつつ、登録した患者に関する健康管理を支援する。
     
  • 平時でも訪問診療、オンライン診療が当然、必要な時に提供できるようにする。総合病院など各科の専門医療を受ける際には、原則的にかかりつけ総合医から紹介する。
     
  • 診療報酬に関しても、治療・検査行為ごとに報酬が支払われる今の出来高払いの下では、健康問題が生じた場合に全て支払われるのに対し、健康の維持には報酬が支払われない。このため、総合的な健康管理に対する対価は出来高払いではなく、登録住民に比例する枠組みを組み込むことで、出来高払いと包括払いを併用する。
     
  • こうした医療を担うプライマリ・ケア専門医である「総合診療医」を育成するとともに、プライマリ・ケアを担う開業医、病院勤務の医師を対象に公的な研修、認証制度を国として整備していく必要がある。
 
つまり、患者が必ずかかる医師を指名する登録制度を導入するとともに、その医師が日々の健康管理や感染症対応に責任を持つ体制が必要という訴えだった。さらに、診療所や中小病院に対する診療報酬は現在、出来高払いで支払われているが、これを登録した人口に応じて支払う包括払い(「人頭払い」と言われる時もある)を組み合わせる必要性が指摘された。

こうした議論を踏まえ、財務省は2021年11月の会合29で、かかりつけ医に関する診療報酬の位置付けなどが不明確だった点とか、コロナ対応で発熱難民が生じた点などを指摘。その上で、「かかりつけ医機能の要件を法制上明確化したうえで、これらの機能を担う医療機関を『かかりつけ医』として認定するなどの制度を設ける」「かかりつけ医に対し利用希望の者による事前登録・医療情報登録を促す仕組みを導入していくことを段階を踏んで検討していくべき」などと訴えた。

その後、同年12月に取りまとめられた財政審の建議(意見書)では、「我が国医療保険制度の金看板とされてきたフリーアクセスは、肝心な時に十分に機能しなかった可能性が高い」と厳しいトーンで指摘し、かかりつけ医機能の定義の法定化や登録制度の段階的な導入などが提唱された。
 
28 2021年10月11日、財政審財政制度分科会資料、議事録を参照。文章は文語体に変えるとともに、読みやすいように再構成した。
29 2021年11月8日、財政審財政制度分科会提出資料を参照。
2|2021年末に決まった「新経済・財政再生計画改革工程表」の記述
その後、2021年12月に決定された「新経済・財政再生計画改革工程表2021」では、「かかりつけ医機能の明確化と、患者・医療者双方にとってかかりつけ医機能が有効に発揮されるための具体的方策について検討を進める」「かかりつけ医機能に係る診療報酬上の対応について、その影響の検証等を踏まえ、2022年度診療報酬改定において必要な見直しを検討」という方向性が示された。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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