2025年02月06日

2025年度の社会保障予算を分析する-薬価改定と高額療養費見直しで費用抑制、医師偏在是正や認知症施策などで新規事業

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5――社会保障関係予算の主な内容(2)~高齢福祉分野~

1|認知症関係
高齢福祉分野では、2024年1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)の関係事業が目を引く。同法では、認知症の人が尊厳を持って暮らせるようにするための国や自治体の責務などが規定されている24ほか、同法に基づいて同年12月に決まった「認知症施策推進基本計画」(以下、基本計画)では「認知症になったら何もできなくなるわけではない」「認知症になっても希望をもって自分らしく暮らし続けることができる」といった「新しい認知症観」の下、国や自治体の責務や施策の方向性が定められている。

しかし、基本法や基本計画では施策の方向性が定められているに過ぎず、認知症の人や家族の意見を反映しつつ、その理念を地域社会に浸透させる上では、自治体や企業、中でも住民の暮らしに身近な市町村の役割が重要になる。このため、基本法では自治体に対し、自治体版の基本計画を策定することを努力義務として定めており、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、計画策定に当たる自治体に対する相談対応や伴走支援に当たるための経費として、それぞれ1億3,000万円と3,000万円が盛り込まれた。

このほか、自治体が認知症施策の展開に使える「認知症総合支援事業」も拡充された。同事業は在宅医療・介護連携推進事業と同じく地域支援事業の一つであり、2025年度当初予算案では、地域の支え合いの形成などに努める「認知症地域支援推進員」を専任で配置する市町村の支援を充実させる見直しが盛り込まれた。
 
24 認知症基本法の考え方や内容については、2024年6月25日拙稿「認知症基本法はどこまで社会を変えるか」を参照。
2|訪問介護の支援予算
さらに、人手不足が著しい訪問介護に関するテコ入れ策として、「訪問介護等サービス提供体制確保支援事業」という仕組みが始まることになった。具体的には、経験年数が短いヘルパーでも安心して従事してもらうため、研修体系の構築や同行支援などが想定されており、2024年度補正予算で90億円が盛り込まれた。2025年度当初予算案でも、消費税収を充当しつつ、都道府県単位に設置されている「地域医療介護総合確保基金」のメニューの一つに位置付けられた。

訪問介護については、以前から慢性的な人材不足の状況にあり、近年の物価上昇の影響を受けている。さらに、2024年度介護報酬改定では基本報酬が引き下げられたことで、経営悪化に拍車が掛かっており、今回の施策に繋がった面があるが、状況が改善するかどうか不透明だ。

6――社会保障関係予算の主な内容(3)

6――社会保障関係予算の主な内容(3)~少子化対策~

1|「次元の異なる対策」実質初年度での対応は?
2025年度当初予算案では、岸田政権が重視した「次元の異なる少子化対策」の関係施策も盛り込まれた。この関係では出生数の減少に対応するための施策として、国・自治体の合計で3.6兆円を投じることが決まり、2024年12月の「こども未来戦略」では男性の育児休暇取得の支援とか、所得制限の撤廃を主な柱とする児童手当の拡充など各種施策が列挙されていた25

これに基づき、児童手当の拡充が2024年10月から実施されており、2025年度から平年度ベースになるなど、2025年度は実質的に「次元の異なる少子化対策」が本格実施された年となった。政府の資料では「3.6兆円のうち8割強を実現」と説明されている。

一方、財源に関しては、国民負担を増やさないという方針の下、歳出削減などで対応するとされており、既に触れた通り、歳出削減策を盛り込んだ「改革工程」も同月に取りまとめられている。具体的には、既定予算の見直しで、約1.5兆円を賄う一方、残りは歳出削減で確保するとされており、うち1.1兆円は医療保険料に上乗せする「子ども・子育て支援金」で対応するとされていた。

この考え方の下、2025年度当初予算案では、既述した高額療養費の見直しなどを通じて、1,700億円程度の負担軽減を期待できるとされている、さらに、2023年度予算と2024年度予算では、薬価削減などを通じて計3,200億円程度の削減が実現した26とされており、3カ年合計の費用抑制額は4,900億円程度になると説明されている。
 
25 こども未来戦略の内容については、2024年2月1日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)」を参照。
26 65~74歳の前期高齢者の医療費に関する財政調整の見直しでは、2023年改正を通じて、医療費の一部に関する配分方法が変更された。詳細については、2024年7月17日拙稿『全世代社会保障法の成立で何が変わるのか』を参照。
2|少子化対策に関わる新たな施策・事業
少子化対策に関わる新たな施策・事業としては、1歳児に関する保育士の配置を6対1(子ども6人に保育士1人)から5対1(子ども5人に保育士1人)に改善する取り組みとして、処遇改善やデジタル機器の導入などに取り組んでいる事業者を対象に、「1歳児配置改善加算」が創設されることになった。予算額は109億円。

さらに、公定価格上の保育士の給与についても、人事院勧告を踏まえつつ、2024年度補正予算で+10.7%が確保され、2025年度当初案でも必要額が計上された。それぞれ所要額は1,150億円、1,607億円と見込まれている。

このほか、特別な配慮を要する子どもと世帯への支援として、▽生活に困窮している妊婦への支援に関して、関係機関のネットワーク形成などを目指す「特定妊婦等支援機関ネットワーク形成事業」(1,600万円)、▽発達に特性のある子どもと家族に関する多機関連携を強化する「地域におけるこどもの発達相談と家族支援の機能強化事業」、▽貧困などで支援を要する子どもに対する食事の提供や居場所づくりなどに努める「地域こどもの生活支援強化事業」――などが新規事業として盛り込まれた。人工呼吸器などを付けて暮らす「医療的ケア児」など特別な配慮を要する子どもに対する健診を充実させるため、市町村向け補助事業も新たに計上された(4,500万円)。

2024年度補正予算でも、▽過疎地での保育機能を確保するためのモデル事業(2億9,000万円)、▽妊産婦健診を受けにくい地域を対象に、移動に要した経費の一部を助成する事業(1億3,000万円)、▽2024年通常国会で改正された子ども・若者育成支援推進法に基づき、過度に両親などの介護に従事するヤングケアラーの実態調査に取り組む市町村への支援予算――なども盛り込まれた。

なお、「次元の異なる少子化対策」とは別に、税制改正でも少子化対策に関する対応が幾つか講じられた。このうち、児童手当の拡充に関わる見直しとして、2023年12月の与党税制改正大綱では、高校生などを扶養する親の所得税に関する控除額を年38万円から25万円に、個人住民税の控除額を年33万円から12万円に見直す案が示されていた。結局、2024年12月の与党税制改正大綱では現行水準を維持し、2025年以降に結論を得るとされた。

さらに、子育て世帯を対象に、2024年度限りで創設された住宅ローン控除の上乗せ措置や住宅リフォーム税制の拡充措置を2025年度限りで継続する方針が打ち出されたほか、結婚・子育て資金の一括贈与に関する非課税措置の適用期限も2年延長されることになった。このほか、生命保険料の支払額の一部を所得税の課税ベースから差し引く「生命保険料控除」についても、子育て世帯の遺族保障の枠の上限額が4万円から6万円に拡充されることも決まった。

7――社会保障関係予算の主な内容(4)

7――社会保障関係予算の主な内容(4)~その他~

1|日本版CDC発足
新型コロナウイルス対応を踏まえた施策の一環として、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合した新たな専門家組織として、「国立健康危機管理研究機構」(JIHS)が2025年4月に発足する。2025年度当初予算案では設置経費として174億円が盛り込まれた。その準備経費として、2024年度補正予算でも65億円が計上された。

この組織を新設する話は元々、2022年6月に決まった「新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組を踏まえた 次の感染症危機に備えるための対応の方向性」にさかのぼる。この時、政府の司令塔機能を強化する方針とともに、「医療対応、公衆衛生対応、危機対応、研究開発等の機能を一体的に運用するため、国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターを統合し、感染症に関する科学的知見の基盤・拠点となる新たな専門家組織」を整備する必要性が提唱されていた。これは感染症対策の司令塔として有名なアメリカの「米疾病対策センター(CDC)」に倣って、「日本版CDC」と呼ばれることが多く、2023年通常国会で国立健康危機管理研究機構法が成立していた。

同機構の役割としては、研究と臨床対応を通じて感染症流行の早い段階から患者情報を迅速に分析したり、症状や重症度、感染経路などに応じた対策を早期に検討したりすることが期待されている。さらに、科学的な知見に基つき、必要に応じて政府に提言する機能のほか、ワクチンや治療薬の開発の支援や平時からの専門家育成なども想定されている。

今後は内閣の司令塔として2023年9月に発足した「内閣感染症危機管理統括庁」や厚生労働省に新設された「感染症対策部」、病床調整などを担う都道府県27、ワクチン接種などを担当する市町村、新薬やワクチンを開発する民間企業などと連携した対応策の強化が求められる。
 
27 この関係では、都道府県が医療機関と協定を事前に結ぶことで、新興感染症に関する対応を強化するための制度改正が2022年臨時国会で実施された。詳細については、2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
2|住まいを中心とした生活困窮者自立支援事業などのテコ入れ
さらに、生活保護に至る前、または脱却後の暮らしを支援する「生活困窮者自立支援制度」などについて、居住支援の観点に基づきテコ入れが講じられた。そもそも住まいの支援については、長らく国土交通省の施策として理解されており、低所得者向け住宅の整備などを除くと、社会保障の範疇で必ずしも理解されていなかった。

しかし、高齢者人口の増加などを受けて、近年は「居住福祉」「居住保障」の必要性が論じられるようになっている28。2023年12月に決まった改革工程でも、「地域住民の生活を維持するための基盤となる住まいが確保されるための環境整備が必要」「住まい政策を社会保障の重要な課題として位置付け、必要な制度的対応を検討していく」との方針が示されており、2024年通常国会で生活困窮者自立支援法などが改正された。

こうした流れの下、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、生活困窮者自立支援事業のメニューが拡充され、▽高齢者、低所得者など要配慮者の相談対応などを担う「住まい相談支援員」を自治体の相談窓口に配置、▽家計改善のため、家賃が低い住宅に転居する際の支援、▽家計状況の把握と収支均衡、生活支援などを図る「家計改善支援事業」の拡大――などの経費が盛り込まれた。

このほか、生活保護法の改正を通じて、不動産仲介業者への同行支援などを展開する「被保護者地域居住支援事業」が法定化されており、未実施の自治体を支援する経費も2024年度補正予算に計上された。

住まいの支援の関係では、分野・属性を問わずに支援する「重層的支援体制整備事業」のテコ入れも図られた29。これは2021年度から始まった制度であり、80歳代の高齢者と50歳代の引きこもりが同居する「8050問題」など、今までの支援から漏れていた個人や世帯の支援が重視されている。さらに、趣味や就労などの社会参加機会の確保とともに、こうした場を運営する住民や企業との連携も意識されている。同事業でも住まいの支援が強化されることになり、2025年度当初予算と2024年度補正予算では、入居後の見守り支援などに関わる予算や事業が盛り込まれた。
 
28 住まいの保障については、国立社会保障・人口問題研究所編著(2021)『日本の居住保障』慶應義塾大学出版会、野口定久ほか編著(2011)『居住福祉学』有斐閣などを参照。
29 重層的支援体制整備事業については、医療・介護・福祉関係の審議会報告などで多用されている「地域の実情」に着目した拙稿コラムの第6回を参照。
3|孤独・孤立対策の推進
2024年4月に施行された孤独・孤立対策推進法の関係でも、幾つかの事業が2024年度補正予算と2025年度当初予算案に計上された。この関係では、新型コロナ対策で社会的距離の確保が求められる中、孤立や孤独が社会問題になったことで、対策の必要性が論じられるようになった。

具体的には、2021年2月に孤独・孤立対策相が置かれた30ほか、同年12月には「孤独・孤立対策の重点計画」が初めて作られた。さらに、2024年度当初予算では「孤独・孤立対策推進交付金」が創設され、NPO(民間非営利団体)などへの助成も始まった。

こうした経緯を踏まえ、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、名称が「社会参加活躍支援等孤独・孤立対策推進交付金」に変更され、それぞれ24億円、1億3,600万円が盛り込まれた。この事業では、地方における官民連携を強化するとともに、就職氷河期世代を含む中高年層に対する働き掛けを強化するとしている。

さらに、日常的な繋がりなど可能な範囲で困っている人を支援する「つながりサポーター」養成講座を広げるため、2024年度補正予算で4億1,000万円が計上されるなど、ネットワークや居場所の形成に取り組む団体を支援するための経費が2024年度補正予算と2025年度当初予算案に盛り込まれた。
 
30 石破内閣で「共生・共助担当相」に変更された。

(2025年02月06日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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