コラム
2024年12月05日

「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(6)-重層事業が最も難しい?内在する制度の「矛盾」克服がカギ

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~重層事業が最も難航か?内在する矛盾の克服がカギ~

2024年度には医療・介護分野で多くの制度改正が実施されました。こうした中、第1回で確認した通り、国の審議会資料では、医療・介護提供体制を整備する際の視座として、「地域の実情」という言葉が多用されました。そこで、2023年3月に書いた第1回では、「地域の実情」に沿った対応が必要な理由とか、「地域の実情」を踏まえないまま、事業や制度ありきで物を考えてしまう自治体サイドの「事業頭」「制度頭」の悪弊なども論じました。

さらに、第2回第3回ではデータによる実情把握(マクロ)と個別事例の収集・分析(ミクロ)の両面で「地域の実情」を把握する重要性とか、関係者との合意形成や庁内外のチーム形成の必要性などを強調しました。その上で、昨年11月の第4回では各論の手始めとして、医療提供体制改革における都道府県の役割、今年4月の第5回では高齢者介護における市町村の役割を検討し、国の制度を戦略的に活用する必要性を強調しました。

最終回の第6回では、2021年4月から始まった「重層的支援体制整備事業」(以下、重層事業)を取り上げます。これは多様な主体の支え合いを作る「地域共生社会」の実現に向けて重視されている事業であり、▽属性や世代を問わない包括的な相談支援の体制整備、▽参加支援、▽住民同士の関係づくり(地域づくり支援)――の3つを通じて、分野や制度の縦割りとか、「支え手」「受け手」の関係にこだわらず、支え合う体制の整備が目指されています。

しかし、筆者の見立てでは、「地域の実情」が期待されている様々な改革のうち、重層事業の難易度が最も高いと考えており、「使いこなせる市町村は限られる」と悲観的に見ています。今回は重層事業の趣旨や目的、背景などを考察しつつ、市町村に期待される対応などを指摘したいと思います。

2――地域共生社会とは何か?

1|福祉の枠組みを超えた地域政策
まず、上位概念として「地域共生社会」の言葉を整理します。これは最近、厚生労働省が掲げている考え方で、委託研究も含めた報告書や説明資料、スライドが数え切れないぐらい作られています。

ここでは、筆者が「最も分かりやすい」と感じたスライドとして、2021年10月のセミナーで使われた厚生労働省の資料を図表1で添付します。

これを見ると、制度に基づく福祉サービス(ここでは「制度福祉」と総称します)を単に提供するだけでなく、居場所づくりとか、雇用創出、地域文化、ワークライフバランスなど広範な内容が網羅されており、「制度福祉の枠組みを超えた福祉政策」という印象を抱きます。しかも、図表1の下に出ている通り、農林や環境、産業、交通まで意識するのであれば、福祉政策の枠組みさえ超えた地域振興策の側面を持っていると言えます。
図表1:地域共生社会に関する厚生労働省の説明資料
2|議論され始めた経緯
この概念の始まりは2015年9月の「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」にさかのぼります。ここで分野・属性にとらわれない包括的な支援体制の必要性とか、地域の支え合いの重要性などが強調されました。その後、2016年6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)で、「全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り高め合う地域共生社会を実現」などの文言が盛り込まれました。2017年通常国会では社会福祉法が改正され、地域の課題を丸ごと受け付ける「包括的な支援体制」の整備が市町村の努力義務とされました。こうした経緯を踏まえ、地域共生社会を実現するためのツールとして、2021年4月から重層事業が始動したわけです。

ここで高齢者福祉に詳しい方であれば、「地域包括ケア」との違いが気になるかもしれません。いずれも多義的に使われる曖昧さを有しており、概念の議論に深入りしたくないのですが、地域包括ケアでは主語を「高齢者」に据えており、主に高齢者支援に特化して理解されていました1。これに対し、地域共生社会では障害や若者なども含めた幅広い範囲がカバーされている違いがあります。

しかし、厚生労働省の資料や文献などを読む2と、「地域包括ケアの全世代化」という文脈だけでは、地域共生社会という言葉が浮上した経緯や背景を見誤るような気もします。まず、就労や住まい、家計改善などを支援する「生活困窮者自立支援制度」からの流れを無視できません。これは元々、2008年の「リーマンショック」で非正規雇用労働者が職を失い、社会保険方式を中心とするセーフティーネットの脆弱性が浮き彫りになったことが挙げられます。一般的に社会保険方式では会社と従業員が保険料を拠出し合うため、政府から見ると財源調達に優れるものの、雇用と給付が紐付くため、非正規雇用者は社会保険の網から外れるデメリットがあります。さらに、経済的なショックやグローバル化で雇用情勢が悪化すると、給付まで根こそぎ影響を受けてしまいます。

これらの弊害がリーマンショックで顕著になったため、居住支援などの事業が暫定的に作られた後、2015年度から生活困窮者自立支援制度がスタートしました。この時点で経済的困窮だけでなく、社会的孤立の問題も議論されたものの、「法律上の定義」が困難という判断で見送られました。その後、2018年改正で「地域社会から孤立しているもの」が対象に追加されたのですが、生活困窮者自立支援事業の制度化過程で、地域の支え合いを重視する重層事業とか、自治体での対応が2024年度から本格的に始まった孤独・孤立対策3に繋がる議論が意識されていたことが分かります。

さらに、障害福祉の分野に目を向けると、バリアフリーや社会参加促進の文脈で「共生社会」の必要性が論じられていましたし、近年は同じような考え方が認知症施策でも論じられています。このほか、2000年制定の社会福祉法で福祉施策の方向性を定める「地域福祉計画」が制度化された時点でも、住民主体の支え合いづくりが重視されており、最近では子ども家庭福祉でも地域との連携が意識されている4ため、様々な議論が地域共生社会に流れ込んだように映ります。
 
1 2014年制定の地域医療介護確保総合推進法では、「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」などと定義されている。多義的で曖昧な点は「地域包括ケア」でも指摘できる。詳細は介護保険20年を期した拙稿コラムの第9回を参照。
2 主立った文献として、菱沼幹男(2024)『コミュニティソーシャルワーク』有斐閣、平野隆之(2023)『地域福祉マネジメントと評価的思考』有斐閣、同(2020)『地域福祉マネジメント』有斐閣、宮本太郎ほか編著(2023)『生活困窮者自立支援から地域共生社会へ』全国社会福祉協議会、永田祐(2021)『包括的な支援体制のガバナンス』有斐閣、椋野美智子編著(2021)『福祉政策とソーシャルワークをつなぐ』ミネルヴァ書房、池原毅和(2020)『日本の障害差別禁止法制』信山社、鏑木奈津子(2020)『詳説 生活困窮者自立支援制度と地域共生』中央法規出版、原田正樹ほか編著(2020)『地域福祉ガバナンスをつくる』全国社会福祉協議会、新川達郎ほか編著(2019)『地域福祉政策論』学文社、牧里毎治ほか編著(2007)『協働と参加の地域福祉計画』ミネルヴァ書房、武川正吾(2006)『地域福祉の主流化』法律文化社などを参照。三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2023)「重層的支援体制整備事業を検討することになった人に向けたガイドブック 重層的支援体制整備事業を始めてみたけどなんだかうまくいかない人に向けたガイドブック」、同(2021)「重層的支援体制整備事業に関わることになった人に向けたガイドブック」(全て社会福祉推進事業)も参照。
3 2024年4月施行の孤独・孤立対策推進法では、新型コロナウイルス対策で人の移動が制限されたことで、個人の孤独・孤立が進んだとして、社会の繋がりを作ることが意識されており、重層事業と重複する部分が多い。
4 例えば、子育て支援のニーズを持つ世帯を地域住民が支える「子育て援助活動支援事業」が創設されるなど、地域社会や住民との連携が意識されている。
3|「分野・制度の縦割り」を超えるとは?
しかし、地域共生社会の定義は抽象的であり、具体的な政策に落とし込む必要があります。ここでのポイントの一つは「分野・制度」の縦割りを超えるという部分と思われます。

つまり、日本の社会保障制度では、高齢者福祉(介護)、子育て、障害者、生活困窮者など分野ごとに発展しました。このため、それぞれの分野で制度が整備されているものの、制度間の連携が十分とは言えず、複合的なニーズを抱える人などへの対応が抜け落ちてしまう点が問題視されました。

例えば、高齢者支援で言うと、以前の市町村では保健師が高齢者だけでなく、世帯の構成員の相談を幅広く受け止めていたものの、2000年度に介護保険制度が作られた後、要介護認定を受けた高齢者は専らケアマネジャー(介護支援専門員)の担当になりました。

その後、2006年度に地域包括支援センターが発足した際、軽度な要支援者は同センターの担当に移管されたほか、多くの市町村で同センターの運営は民間に委託されました。この結果、市町村に所属する専門職が要支援者に接する機会を失うという「副作用」を生みました。さらに、保健師の担当も「高齢」「母子」「障害」などと専門分化するようになり、それぞれの専門性は高まったものの、市町村の保健師が高齢者や世帯の暮らしを継続的かつ全体的に見ることが難しくなっています。

同様の傾向は高齢分野や保健師に限らず、他の分野や専門職でも起きていると思います。言い換えると、制度を縦割りで精緻に作った分、細分化と専門分化が進んだものの、本来は何かしら手助けが必要なのに制度福祉を受けられない「制度の狭間」に落ちる人への対応とか、継続的な支援などが困難になっているわけです。こうした欠点をフォローするため、分野や制度の縦割りを超える施策が求められるようになったと言えます。
4|「支える側」「支えられる側」を超えるとは?
もう一つ、「支える側」「支えられる側」の関係性を超えるという点も重要です。つまり、今までの福祉制度では、「要介護認定を受けたので、介護保険サービスの受け手になる」「要介護者をケアマネジャーや介護職が支援する」といった形で、関係性が固定化されがちでした。

これに対し、地域共生社会では今まで支援を受けていた高齢者なども支える側に回ることが想定されています。分かりやすい例で言うと、要支援認定を受けている高齢者が近くの住民と一緒に、趣味の絵を描く場を作ることで生き甲斐を作り、そこに引きこもり気味の人とか、子育て中の世帯も顔を出すようになり、やがて参加者が主催者の側に回るといったイメージでしょうか。

3――重層事業とは何か

次に、重層事業を概観します。重層事業は「困難や生きづらさでも支援の対象となり得るため、全ての人々の仕組みとする」「実践で創意工夫が生まれやすい環境を整備」「これまでの専門性や政策資源を活用」などの点が重視されており、「相談支援」「参加支援」「地域づくり支援」の3つが柱です。

このうち、相談支援では、地域包括支援センターなど既存の枠組みの活用が期待されているほか、専門職の訪問や住民からの情報などで継続的に繋がる支援として、いわゆるアウトリーチ的な関与も期待されています。

さらに、「参加支援」では地域社会との接点が重視されており、「地域づくり支援」では社会との繋がりを回復できる就労の機会や居場所の形成などが想定されています。このほか、関係者全員を調整する「多機関協働事業」、プランの適切性などを協議する「重層的支援会議」を開催することが想定されており、各分野で分かれた財政制度の転用も部分的に認められています(いわゆる交付金化)。

では、この事業で何が変わるのでしょうか。例えば、80 歳代の親と引きこもりの50歳代の子どもの組み合わせによる生活問題(いわゆる8050問題)の場合、「高齢者福祉(介護)」「障害者」「生活困窮者」などに該当しないと、十分な支援を提供できませんでした。極論を言えば、両親が亡くなった後、50歳代の子どもが「生活困窮」などで相談に来ない限り、対策を検討できませんでした。

これに対し、重層事業の場合、早い段階で親からの相談に対応することが可能になります。さらに、専門職が地域に出るアウトリーチ的な支援も想定しているため、親の支援に関わっている専門職から「少し気になる世帯があるんだけど……」といった相談にも対応する可能性も広がります。あるいは民生委員や住民など地域社会のネットワークを介して、情報が入る可能性も意識できます。

次に、「参加支援」では、50歳の引きこもりの人の特性やニーズに着目することが考えられます。例えば、「周囲との関係性が作れず、就職しても長続きしない」という経験を持っている場合、両親が亡くなった後のことを考えると、最終的には「就労」が目標になるかもしれません。

しかし、これまで何度か就職に失敗しているのであれば、最初は短い時間で試行的に働けるような機会を探すとか、趣味や関心事に合わせた場に顔を出してもらうことで他者とのコミュニケーションに慣れることを考える必要があるかもしれません。例えば、50歳代の人がプラモデル作りを趣味としている場合、参加者同士がプラモデルを見せ合うような場に参加してもらうのも一案です。

最後に、「地域づくり支援」の部分で言うと、就労支援など行政が作る場に加えて。既述したプラモデルに着目し、参加者がプラモデルを自慢し合うような場を住民主体で作っていくことも想定できます。お試しとして、そういった場をインターネット上に作ることも検討できるかもしれません。

要は「引きこもりの人=就労支援」などと固定的に考えるのではなく、その人の状況に応じて、個人と周囲の両方に柔軟に関わっていく必要があるわけです。

これは「個を地域で支える援助と、個を支える地域を作る援助を一体的に推進する手法」5と一般的に理解されているソーシャルワークの手法です。誤解を恐れずに言うと、筆者は重層事業について、「制度が細分化または専門分化された結果、失われた市町村のソーシャルワーク機能を取り戻すためのツール」と理解しており、大きな可能性を見出しています。

しかし、重層事業を市町村が使いこなすのは極めて困難と考えています。以下、その理由として、(1)緩やかなソーシャルワークを制度福祉に取り込んだ矛盾、(2)ルールに縛られる市町村に柔軟性を求める矛盾――という2つを指摘したいと思います。
 
5 ソーシャルワークについては。様々な定義や考え方が論じられているが、ここでは岩間伸之ほか(2019)『地域を基盤としたソーシャルワーク』中央法規出版を参照。

(2024年12月05日「研究員の眼」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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