コラム
2023年07月26日

「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(3)-行政の権限強化だけで解決できない難しさ、合意形成が重要に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~関係者との合意形成が重要に~

2024年度は医療・介護分野で多くの制度改正が予定されており、様々な見直し論議が進んでいます。こうした中、第1回で確認した通り、国の審議会資料などでは、医療・介護提供体制を整備する際の視座として、「地域の実情」という言葉が多用されています。さらに第1回では、「地域の実情」に沿った対応が必要な理由とか、「地域の実情」を踏まえないまま、事業や制度ありきで物を考えてしまう自治体サイドの「事業頭」「制度頭」の悪弊なども指摘し、第2回ではデータ面によるマクロの把握だけでなく、個別事例の収集・分析を通じたミクロの積み上げが求められる点などを指摘しました。

第3回は合意形成の重要性を強調します。第2回でも少し触れた通り、「地域の実情」に応じた医療・介護提供体制の構築には関係者の合意形成が重要になります。

しかし、一部には「自治体の権限を強化すべきだ」という意見が根強くあります。第3回では、こうした意見が短絡的である点を指摘するとともに、「自治体は何を実施したらいいのか」「どんな姿勢で自治体が臨めばいいのか」といった点を具体的に考察します。

2――関係者の合意形成が重要な理由

図1:開設者別で見た病院数の内訳(2021年現在) 1|民間中心の提供体制
まず、医療・介護の提供体制で、国や自治体のウエイトがどれだけ小さいか見たいと思います。医療提供体制に占める国・自治体のウエイトは極端に低く、病院数で見ると、図1の通りに国は3.9%、都道府県との関係が深い公的医療機関1は14.6%にとどまる一方、民間の医療法人が69.2%を占めています。一方、民間医療機関の規模は総じて小さいため、病院の病床数で開設者別シェアを見ると、国の比率は8.3%、公的医療機関のウエイトは20.5%に上がりますが、それでも医療法人は55.7%を占めています。

こうした構造は新型コロナウイルスへの対応で、国や都道府県が病床を確保する上でのボトルネックの一つとなり、2021年通常国会では感染症法などが改正され、国や都道府県が民間医療機関に病床確保を勧告できるようになりました2

さらに平時モードの改革である「地域医療構想」に関しても、都道府県の権限が強化されましたが、有事、平時ともに法改正時に「あくまでも協力を中心に」3、「実際に使うということを想定しているわけではない」4といった国会答弁が示されており、民間中心の提供体制が完全に軌道修正されたわけではありません。

一方、介護については、都道府県や市町村が事業所の指定権限を有しており、医療に比べると行政の権限は大きいと言えますが、制度創設時から「民間活力の活用」が意識されたことで、提供体制に占める国や自治体のウエイトは低くなっています。

しかも、原則として医療法人しか参入できない医療5と違い、介護では株式会社やNPOが数多く参入しており、例えば訪問介護では営利法人が70.3%を占めるのに対し、自治体は0.2%にとどまります(2021年現在)。

以上のような状況を踏まえると、国や自治体が自らコントロールできる部分は極端に小さく、「地域の実情」に応じた医療・介護提供体制を実現するボトルネックになる面があります。例えば、地域医療構想に基づく病床推計が150床ほど余る地域について、もし国や自治体が運営する病院が大宗を占めていれば、自らの判断で病床削減を決定できます(それでもアクセスが悪くなる住民への説明が課題となりますが)。

しかし、民間中心の提供体制では、都道府県がいくら将来の推計やビジョンを示しても、民間に強制力を行使できるわけではありません。ここに「国や自治体の権限を強化すべきだ」という意見が出る背景があります。実際、財務省は財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の席上、都道府県の権限強化を促す資料を何度も提出しており、2023年5月に公表された直近の建議(意見書)でも、「もう一歩踏み込んだ法制的対応が必要」と主張しています。さらに、有識者の間にも「国や自治体の権限を強化せよ」「自治体のガバナンス向上を」などと威勢の良い意見をチラホラ見掛けます。
 
1 ここで言う「公的医療機関」には都道府県、市町村による公立病院に加えて、済生会や日本赤十字などの病院も含まれている。両者を区分けして表記する時もあるが、以下、公立も含めた概念として、公的医療機関で統一する。
2 民間中心の提供体制がボトルネックになった点については、2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。
3 2021年2月3日、参院内閣委員会・厚生労働委員会連合審査会における田村憲久厚生労働相の答弁。
4 2014年4月23日、第186 回国会会議録衆議院厚生労働委員会における原徳壽医政局長の答弁。
5 ただし、特別養護老人ホームなど施設系サービスは社会福祉法人などに限定されている。
2|権限強化の議論がなぜ間違っているか
では、国や自治体の権限を強化すれば済むのでしょうか。こうした意見について、筆者は「広域的な対応など権限強化も検討する余地はある」と考えていますが、いきなり権限強化に結び付ける意見には違和感を禁じ得ません。そもそも民間の医療機関や介護事業所には「営業の自由」が担保されており、自由を制限するのであれば、それを上回る公益性が求められます。このため、いくら医療・介護の提供体制改革が重要と言っても、自由よりも行政による強制や統制を前提とする発想について、自由を貴ぶ筆者には受け入れ難い面があります。

さらに、実務面でも非現実的です。医療・介護の現場では、そこで働く従事者と、サービスを利用する患者・利用者が存在しており、毎日稼働しています。それにもかかわらず、現場を知らない自治体職員が現場に土足で上がり込み、「この病床は過剰です」「この介護事業所は予防に力を入れるべきだ」などと言っても、理解を得られるとは思いません。

実際、地域医療構想に伴う病床再編が進まないとして、厚生労働省が2019年9月、「再編・統合に向けた検討が必要な公的医療機関」を名指ししたところ、首長や現場の経営者、従事者が「強引な手法」と猛反発し、厚生労働省は地方への説明などに追われました6

現場に目を向けても、仙台医療圏の4つの公的病院について、宮城県が再編統合案を打ち出したところ、仙台市長や患者団体が反発し、調整は難航しています。県の判断を伝える報道記事7を見ると、人口減少に伴う医療需要の減少とか、県全体の医療機関配置のバランス、医師の残業を制限する働き方改革8の影響、病院施設の老朽化対応や経営改善の必要性などの理由が説明されており、かなり首肯できる内容を多く含んでいます。

しかし、「目の前の病院が消える」といった事態に直面した時、地元の市町村長や住民、患者、現場の従事者などから不安や不満が出るのは当然と言えます。こうした形で病院や病床の再編を巡り、地方自治や診療の現場が混乱したケースは枚挙に暇がありません9

ここで、少し面白い調査結果を紹介します。コロナ禍の前に内閣府が公表した世論調査で、「医療機関の統廃合の賛否」を尋ねたところ、「賛成」「どちらかといえば賛成」を合わせると、計68.9%の人が賛成と答えています。

一方、「反対」「どちらかといえば反対」と答えた人に理由を問うたところ、図2のようにアクセスの悪化が理由に挙がっています。これを少し戯画っぽく説明すると、こんな感じではないでしょうか。
 
夜の情報番組で、日本が世界一の病床大国であることが紹介され、コメンテーターが苦虫を噛み潰したような表情で、「医療には数多くの岩盤規制がありますから」「医療の抵抗勢力を一掃する必要があります」などと言っているのを見て、会社員のAさんは食後のコーヒーをすすりつつ、「医療界の発想は古いんだよ」「だから医療機関も統合すればいいんだ」と呟いた。

しかし、その翌日に朝のローカルニュースで、近所の病院の再編問題が伝えられると、今度は朝食を摂りつつ、「あの病院は便利なのに。。。それは困る」と反対に回っている――。
 
つまり、「総論賛成、各論反対」の典型的な状況です。しかも、これは普段、「病床をもっと削減すべきだ」「自治体の権限強化を」などと威勢の良い意見を言っている人でも陥る状況です。つまり、反対意見にも相応の理屈があり、「抵抗勢力」などと全てを切って捨てられない難しさがあります。
図2:病院統合に反対する理由(複数回答可)
 
6 当時の経緯については、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。
7 2021年12月28日『河北新報』などを参照。
8 医師の働き方改革については、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。
9 最近の目立ったケースとしては、秋田県大館市の扇田病院に関して、市が無床化を提案したのに対し、住民団体が反発して議論がストップした。愛知県東栄町では2021年、町営診療所の機能縮小を巡り、町長の出直し選挙に発展した。
3|既に移譲した権限さえ自治体が使いこなせていない?
もう一つの見逃せない論点として、自治体に既に数多くの権限が移譲されているのに、自治体が使いこなしていない事情があります。筆者も医療・介護提供体制改革には総論として賛成しており、税源・権限の移譲など自治体の役割・権限を強化する必要性には部分的に同意します。例えば都道府県単位で診療報酬単価を調整できるようにする「地域別診療報酬制度」は既に制度化されているにもかかわらず、実行するまでの手続きが詳細に決まっていない10など、幾つか不備があります。

しかし、既に自治体に多くの権限が移譲されているのも事実であり、第2回で指摘した「制度頭」「事業頭」の弊害に見られる通り、自治体が権限を使いこなしているとは言えない状況です。この事実を無視し、「自治体の権限を強化すべきだ」といった形で、一足飛びに制度改正に期待する意見には到底、与し得ません。むしろ、現場レベルの運用論を手始めに意識することが求められます。
 
10 全国一律で決まっている診療報酬の単価を都道府県で調整できるようにする制度。2006年医療保険制度改革を経て、この仕組みは制度上、存在しており、財政制度等審議会では何度か実施を求める意見が示されている。その後、奈良県が前向きな姿勢を見せたが、日本医師会(日医)は強く反対しており、実行されたケースは一度もない。
4|求められる丁寧なプロセス
以上のような思考プロセスを辿ると、最終的に自治体がコーディネーターのような存在となり、既存制度を上手く使いつつ、地域の関係者の合意形成を丁寧に取って行く必要があることに気付かされます。例えば、病床再編の場合、医療機関を経営する経営者、そこで働く従事者、地域の医師会、医療機関を利用する患者・住民など主要な関係者の意見を丁寧に聞きつつ、可能な限り多くの人が合意できそうなポイントを探す必要があります。

高齢者介護の体制づくりに関しても同じです。いきなり「軽度者の予防を強化したい」と市町村が持ち掛けても、利用者減少に伴って目先の収入が減ってしまう民間介護事業者にとっては死活問題です。あるいはケアマネジャー(介護支援専門員)に対して、高齢者の体操教室など介護保険以外の地域資源を組み込むように依頼しても、多くのケアマネジャーは他のサービス事業所の系列子会社で働いているため、親会社の事業所の経営を考えると、一気に対応を変えるのは困難な事情があります11

このため、市町村職員がデータや事例などを基に、丁寧に必要性を説明するとともに、最初は趣旨に賛同してくれる人達だけで小さくスタートし、実績や成果を徐々に積み上げつつ、連携・協力関係の輪を広げて行く対応が求められます。
 
11 この点については、何回か拙稿で取り上げたことがある。2020年7月16日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」などを参照。
5|役所内部の意思疎通、合意形成も重要に
付言すると、役所内部の意思疎通、合意形成も重要になります。例えば、都道府県で言うと、病床再編を担当する部署と国民健康保険の担当者、医療介護連携に関わる部門は複数の部署に分かれていることが多いと思われます。このため、庁内で緊密な情報共有が必要になります。

同じような状況は市町村にも見受けられます。第2回では、マクロのデータとミクロの個別事例を重ね合わせる必要性を強調しましたが、どちらかと言うと、事務職が介護保険事業計画の策定を通じて、全体的な施策の立案に関わる一方、保健師やケアマネジャーは個別事例に知悉しています。このため、両者での緊密な情報共有が求められますが、必ずしも連携が取れているとは思えません。

さらに、専門職でも縦割りが起きています。一例を挙げると、以前の保健師は公衆衛生や予防の観点を持ちつつ、社会福祉的なアプローチも加味して個人とコミュニティの双方に関われる専門職でしたが、今は「軽度者は地域包括支援センター」「介護保険サービスの利用はケアマネジャー」といった形で細分化されており、市町村に所属する保健師の関心は要介護になる前の高齢者の虚弱(フレイル)対策に限られている感があります(しかも、保健師の業務は近年、地域ごとに担当を割り振るのではなく、「高齢」「障害」「母子」といった形で分野ごとに分けられており、それぞれの専門性を深められている反面、保健師に不可欠なジェネラリストの視点が失われているように映ります)。

もちろん、自治体の規模が小さいと、一人のスタッフが複数の事務や事業を所管しているケースもありますが、こうした専門分化された体制は専門的な支援を可能としている半面、ややもすると縦割り思考になり、全体として整合性が付かなくなる危険性さえ考えられます。

実際、筆者が3年前から関わらせて頂いている市町村支援プログラム12では、「フレイル防止のための体操教室に力を入れているのに、介護給付費の多くが軽度者に割かれており、その事実を講師陣や事務局から指摘されるまで担当者が知らない」というジョークのような事例に出くわします。

では、どうやって合意形成を取れるのでしょうか。第2回と重なる部分が出て来ますが、もう少し深掘りしたいと思います。
 
12 藤田医科大、愛知県豊明市を中心とした人材育成プログラム(老人保健事業推進費等補助金)。2022年度は医療経済研究機構が事務局となり、政策形成支援にシフトした内容となった。
https://www.ihep.jp/agile_program/
http://www.fujita-hu.ac.jp/~chuukaku/kyouikushien/kyouikushien-96009/index.html
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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