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2025年07月11日

トランプ関税の日本経済への波及経路-実質GDPよりも実質GDIの悪化に注意

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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■要旨
 
  1. トランプ関税の影響は現時点では限定的にとどまっている。財務省の貿易統計によれば、米国向け輸出額は減少しているが、数量ベースでは横ばい圏で推移している。特に自動車は25%の追加関税にもかかわらず、契約通貨ベースでの大幅な輸出価格引き下げにより数量の減少が抑えられている。
     
  2. 関税引き上げによる輸出への影響は、(1)価格競争力の低下による数量減少と、(2)数量の落ち込みを緩和するための輸出企業の価格引き下げ、の2つがある。数量減少の場合、売上減少に応じて変動費も減るため収益悪化はある程度抑えられるが、下請け企業など取引先の収益が悪化する。逆に価格引き下げの場合、数量は維持されるが、変動費が減らないため輸出企業の利益率は大きく悪化する。実際に自動車産業では、輸出価格の急低下が収益悪化につながり、日銀短観でも経常利益計画が大幅に下方修正された。
     
  3. マクロ経済面では、輸出数量の減少は実質輸出と実質GDPの減少をもたらし、企業収益の悪化を通じて国内需要(消費・投資)も押し下げる。一方、輸出価格の低下は実質輸出に影響しないため、実質GDPに直接的に影響しない。しかし、交易条件の悪化による実質国内総所得(GDI)の減少、企業収益悪化を通じて、最終的には国内需要を減少させ、実質GDPも押し下げる。試算では、実質GDPは、米国向けの輸出数量が10%減少した場合に▲0.46%、輸出価格が10%低下した場合に▲0.16%減少する。一方、実質GDIの減少幅は、どちらの場合も▲0.47%である。
     
  4. 現状、自動車メーカーなどが価格引き下げによって関税負担を吸収し、数量の減少を抑制しているため、GDP統計上の実質輸出や実質経済成長率への影響は限定的となる可能性がある。しかし、その裏では企業収益の悪化や海外への所得流出が進行しており、実質的な経済のダメージは大きい。また、関税率がさらに引き上げられた場合には、価格引き下げによる対応が困難となり、輸出数量の減少を通じたより広範な経済悪化が懸念される。輸出数量と輸出価格のどちらが減少するかによって、日本経済への波及経路や影響の大きさが異なるため、今後の経済指標の動向を慎重に見極める必要がある。

 

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月11日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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