コラム
2025年01月17日

分権から四半世紀、自治体は医療・介護の改正に対応できるか-財政難、人材不足で漂う疲弊感、人口減に伴う機能低下にも懸念

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~地方分権から四半世紀、自治体は医療・介護の制度改正に対応できるか~

国と地方の関係を大幅に見直した地方分権一括法が2000年4月に施行された後、今年で四半世紀になります。この時の改革では、国と地方の関係を「上下・主従」から「対等・協力」に変えるとともに、自治体の裁量が広げられました。その後も、「三位一体改革」と呼ばれた国・地方税財政の見直しを含めて、自治体の裁量を拡大する制度改正は積み上げられています。

さらに、筆者の主な関心事である医療・介護に関して、厚生労働省は「地域の実情」に応じた体制整備の必要性を強調しており、自治体の主体性が期待されています。

しかし、自治体の現場を見ていると、恒常的な財政難や人材不足の中、新たな制度改正に対応しなければならないため、疲弊感が広がっているように映ります。さらに、人口減少が進むと、市町村の機能低下も懸念されるため、筆者は「25年間続いた分権論議が曲がり角を迎えつつある」「自治体の実情を丁寧に見ないと、いくら『地域の実情』に応じた体制整備を期待しても、国の片想いになりかねない」と感じています。今回は地方分権改革から四半世紀を迎えるタイミングを機に、医療・介護・を中心に、国と地方の関係や自治体の事務を再検討します。

2――地方分権改革の四半世紀

1|地方分権一括法の制定
まず、2000年度に実施された地方分権改革を簡単に振り返ります。この時の改革では、国と地方の関係を「上下・主従」から「対等・協力」に変えるとともに、国の事務の執行を自治体に委ねていた「機関委任事務」が廃止され、「法定受託事務」「自治事務」に類型化されました。

このうち、前者の典型例はパスポートの発給です。ここで、パスポートをお持ちの方は確認して下さい。発行者の名義は「外務大臣」になっていると思います。ただ、別に外務省の窓口に並んだ記憶はなく、最寄りの自治体で申請したと思います。これは法律に基づき、国が自治体にパスポートの発給事務を委ねているためです。

一方、法定受託事務以外の事務は自治事務になり、法令に違反しない限り、自治体が自由に判断できるようになりました。つまり、国の関与を限定し、自治体の裁量が拡大したわけです。

なお、この頃に筆者は駆け出しの記者として、自治体を取材しており、首長が「改革の旗手」と言われる人だったこともあり、「自治体が変わる」と強く期待していた記憶があります。
2|三位一体改革などの見直し
しかし、この時に税財政の見直しが宿題として残されました。自治体から見ると、いくら事務の裁量が広がっても、補助金などの形で国に財布を握られていると、自由に使途を決められません。しかも、国の補助金では様々な要件も定められるほか、「どこに予算を付けるか」という個所付けでは国の判断が入るため、自治体の裁量は小さくなります。

そこで、国と地方の税制を一体的に見直す「三位一体改革」が小泉純一郎政権期に議論されました。ここで言う「三位一体」とは、(1)国庫補助金の廃止・縮減、(2)これで浮いた国税を地方税に振り替えることで、自治体に税源を移譲、(3)上記を踏まえ、自治体の財源保障・財政調整の機能を持つ地方交付税の見直し――という3つの一体的な見直しを意味します。

しかし、(1)は補助金改革に反対する関係各省、(2)は税収を失うことを恐れる財務省、(3)は自治体への影響力低下を懸念する総務省の反発を招くことになるため、関係各省の対立が先鋭化しました。実際、この頃に筆者は補助金を所管する中央省庁をいくつか担当していたのですが、どこの役所も疑心暗鬼に陥り、有識者や記者を「あの人は○○省の回し者」などと色眼鏡で見る雰囲気が霞が関全体に広がっていたことを記憶しています。

それでも約4兆円規模の国庫補助金見直し、約3兆円の税源移譲が実現しました。一方、自治体に配分される地方交付税(赤字地方債と呼ばれる臨時財政対策債を含む)は約5兆円が削減される結果となり、自治体は厳しい財政運営を強いられました。これは当時、「地財ショック」と呼ばれ、自治体関係者に衝撃を与えるとともに、折しも進んでいた市町村合併を促す要因にもなりました。

その後も、自治事務を縛る法令を再検証する「義務付け・枠付け」の見直しが進められたほか、民主党政権期には国の補助金や出先機関廃止などを目指す「地域主権改革」(もう誰も覚えていないかもしれないですが…)が議論されました。現在も「地方分権」と冠した制度改正は細々と積み上げられており、最近では「計画策定を義務付ける規定が自治体の負担に繋がっている」という判断の下、この見直し論議が持ち上がりました1

一方、小泉政権から第1次安倍晋三政権期には、47都道府県を廃止して広域自治体を作る「道州制」の議論が少しだけ盛り上がりましたが、今や雲散霧消しています(こちらも覚えている人は少ないかもしれません)。このため、四半世紀に及ぶ分権論議は「国―都道府県―市町村」の三層構造を前提に、都道府県や市町村の権限や財源を強化する議論が展開されていることになります。
 
1 この時の議論については、2022年8月3日拙稿「自治体の行政計画について、国はどこまで関与すべきか」を参照。
3|医療・介護における「地域の実情」に応じた体制整備
近年の傾向として、筆者の関心事である医療・介護の領域では「地域の実情」に応じた体制整備の必要性が盛んに強調されています。元々、厚生省(現厚生労働省)の直轄部門は脆弱であり、医療や福祉の事務執行は自治体に委ねられていました2

さらに、近年は病床再編などを目指す「地域医療構想」に加えて、医師確保・偏在是正、身近な病気に対応する「かかりつけ医機能」の強化、新興感染症対策、介護予防、認知症施策、生活困窮者自立支援、分野・制度にとらわれずに支援する「重層的支援体制整備事業」などについて、地域ごとに体制整備に努めることが期待されている形です3

直近の動きとしては、2024年12月に示された社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会意見書でも「地域の実情」という言葉が20回以上も登場しています。この意見書では、地域医療構想が2025年に期限切れを迎えるのを前に、生産年齢人口が大きく減少する「2040年」をターゲットに据えたポスト地域医療構想を進める方針のほか、外来や在宅医療、医師確保、精神障害への対応など様々な論点が網羅されました。その際、策定主体となる都道府県が地元医師会や市町村などと連携しつつ、切れ目のない医療・介護提供体制の構築を図ることが強く意識されました。

確かに高齢者や専門職、医療機関や介護事業所の数は地域ごとに違いますし、住民の支え合いの力なども一様ではないため、自治体が主体的に対応することは欠かせないと思います。この発想については、身近な自治体に権限を多く委ねることで、住民参加の下で制度を運用することを重視する「補完性の原理」(principle of subsidiarity)という原則とも一致しています。
 
2 厚生省の事務が分権的な構造を有している歴史的な背景などに関しては、2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。
3 医療・介護改革で「地域の実情」という言葉が多用されている様子や論点などについては、2023年3月の第1回から2024年12月の第6回まで拙稿コラムで取り上げた。このうち、地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。医師偏在是正に関しては、2024年11月11日拙稿「医師の偏在是正はどこまで可能か」を参照。かかりつけ医機能の強化に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。新興感染症対策の内容は2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
4|分権を望まなかった分野なのに…
その半面、今の現象について、筆者は少し皮肉な構図と思っています4。これまで医療・介護行政の責任拡大に関して、自治体は消極的だったためです。

例えば、三位一体改革に際して、全国知事会など地方六団体は子育て支援や教育に関わる補助金廃止と税源移譲を積極的に求めたのに対し、医療や介護の責任拡大には消極的な態度にとどまっていました。特に紛糾したのが国民健康保険(以下、国保)に関する新たな都道府県負担で、国は医療費に関わる定率補助の一部を都道府県に「移譲」する案を示しました。

ただ、これでは都道府県の自主性が高まらないため、全国知事会は強く反対。それでも国保を運営する市町村は都道府県の負担強化を歓迎したことで、最後は都道府県の財政負担が拡大されました。

さらに、2006年改革を通じて、都道府県は医療費の抑制目標と実現策を掲げる「医療費適正化計画」の策定などを義務付けられたものの、この時も積極的だったとは言えず、当時の新聞では44道府県知事が「反対」の意見を持っていたと伝えられています5

そもそも介護保険が2000年度に創設された際、保険者(保険制度の運営者)を市町村に委ねたことで、当時は「地方分権の試金石」などと喧伝されていた6ものの、当の市町村では「(筆者注;全国町村会は)心の底からこれに賛意を表したことは一回もなかった」7との声が公然と示されていました。

以上のような経過を踏まえると、医療・介護で自治体サイドは一貫して権限や財源の移譲を望んでいなかったのに、近年の制度改正では自治体の自主性が求められていることになります。これは皮肉な状況と言えるのではないでしょうか8

ただ、医療・福祉に関する自治体の権限強化の流れを振り返ると、市町村に老人福祉計画の策定を促した1990年施行の「福祉八法」制定9に始まり、保健所を改組した1994年の地域保健法制定10、住民の支え合いなどを規定する「地域福祉計画」の策定を促した2000年の社会福祉法制定など、様々な制度改正が積み上げられており、分権の流れは一貫していると言えます。
 
4 この点については、2020年1月7日拙稿「医療と介護の国・地方関係を巡る2つの逆説」でも述べた。
5 医療費適正化計画は保健指導の強化などを通じて、医療費を抑えることを目的に、都道府県が6年周期で作っている。2023年通常国会では、内容の充実が図られる制度改正が実施された。詳細は2024年7月17日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか」を参照。当時の記事については、2005年11月20日『朝日新聞』を参照。
6 地方分権の試金石と言われた経緯や背景は介護保険20年を期した拙稿コラムの第14回第15回を参照。
7 全国町村会編(2002)『全国町村会八十年史』全国町村会 pp10-11。
8 ただし、三位一体改革で自治体が移譲を望んだ子育て分野でも、2012年の子ども・子育て支援法制定を境に、市町村の権限を強化する流れが強まっている。
9 老人保健法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法、社会福祉法、社会福祉・医療事業団法を指す。
10 この時の改正では、住民に身近な事務は市町村の保健センターに移譲された。2024年1月9日拙稿「地域保健法から30年で考える保健所の役割」を参照。

(2025年01月17日「研究員の眼」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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