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地域保健法から30年で考える保健所の役割-新型コロナ対応を踏まえ、関係機関との連携などが必要に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~地域保健法から30年で考える保健所の役割~
具体的には、新興感染症対応に関する予見可能性を高めるため、都道府県が医療機関と事前に協定を締結する仕組みが始まります。さらに新興感染症対策に関して、都道府県が「予防計画」を策定する際、保健所などと事前に協議することも定められており、これらは新型コロナ対応で浮き彫りになった課題に対応する狙いがあります。
一方、奇しくも今年は保健所の根拠となっている地域保健法が制定されて30年になります(その以前の法律は保健所法)。普段の生活で、保健所は身近な存在とは言い難いですが、新型コロナ対応では保健所の業務逼迫がメディアに何度も取り上げられたほか、新型コロナ対応を振り返る自治体の報告書では、保健所の機能強化が言及されています。
そこで、今回は新型コロナ対応を踏まえた体制整備の動向とか、30年前に制定された地域保健法の検討過程などを振り返ることで、保健所の在り方を再考したいと思います。具体的には、2024年4月から施行される改正感染症法の内容などを取り上げることで、都道府県と保健所が平時から連携することが想定されている点を考察。さらに、住民に身近な業務は市町村、感染症対策などは都道府県の保健所に切り分けた地域保健法の趣旨自体、間違っていない点を指摘し、平時と有事の両立を図るため、関係者の連携強化や人材育成などが求められる点などを論じます。
2――コロナ禍を踏まえた法改正
最初に、新型コロナ対応における保健所の動向を簡単に振り返ります。保健所は原則として都道府県、例外的に政令市、中核市、特別区が設置しており、新型コロナへの対応では濃厚接触者の把握や健康管理、入院先の調整、ワクチン接種などに追われ、保健師や職員の過酷な勤務ぶりが連日のように報道されました。さらに、保健所のキャパシティーを遥かに上回る形で、陽性者が急激に増加すると、クラスター(感染者集団)潰しが機能しなくなり、医療逼迫に拍車が掛かることになりました。
保健所の業務自体は感染者の数や医療提供体制の逼迫度、コロナウイルスの特性などに応じて、3年間で色々と変容したのですが、保健所職員の連名による解説原稿1を基に作った資料1を見るだけでも、かなり多くの業務が保健所に担われていたことを確認できます。
1 白井千香ほか(2022)「新型コロナウイルス感染症に対する地方自治体および保健所の対応」『保健医療科学』Vol.71 No.4を参考に作成。
2 古屋好美ほか(2023)「COVID-19を経験したわが国の健康危機管理の課題と展望」『日本公衆衛生雑誌』70巻9号、江川紹子(2022)『「想定外」をやっつけろ!』時事通信社、、関なおみ(2021)『保健所の「コロナ戦記」』光文社新書に加えて、尾身茂・脇田隆宇監修(2023)『新型コロナウイルス感染症対応記録』(地域保健総合推進事業)、内田勝彦(2021)「保健所の悲鳴を聞いてほしい」『文藝春秋』2021年3月号などを参照。ここでは詳しく取り上げないが、保健所の逼迫に関する全国紙や地方紙、専門誌の報道も参考にした。
次に、都道府県のコロナ対応を総括する報告書のうち、保健所に関わる部分をいくつかチェックしてみます。例えば、東京都が2023年8月に公表した「感染症対応を踏まえた都保健所のあり方検討会報告書」では、「感染症有事には大幅に保健所の仕事量が増加するため、感染状況に合わせて臨機応変に拡充できる職員体制(サージキャパシティ)を確保することが必要」「新興感染症などの災害級の事態に迅速に対応するには、疫学調査やハイリスク者対応など保健所が担うべきコア業務にいかに特化できるかが重要」などの認識が書かれているほか、デジタル化や専門人材の育成などが今後に必要な施策として言及されています。
2022年12月に公表された大阪府の「保健・医療分野における新型コロナウイルス感染症への対応についての検証報告書」でも、「感染規模に応じ、業務の重点化・集約化の方針づくりや保健所業務のフローの点検・見直しを踏まえた業務のシステム化導入を検討」「協議会等を通じ、府と政令・中核市保健所の感染対応業務の標準化や、保健所を中心とした医療機関等とのネットワークの充実」「平時から、全所体制の検討や応援職員、外部人材受入の事前準備、執務室確保や設備を整理」「専門職以外の職員への研修等による業務体制の強化」「有事の際の速やかな全所体制構築や応援・外部人材確保の仕組みづくりの検討」などが盛り込まれています。
政府としても、新型コロナ対応を教訓とした体制整備に努めており、2022年臨時国会では、資料2のように感染症法などが改正され、原則として2024年4月から施行されることになりました3。資料2をご覧頂くと分かる通り、水際対策の強化とか、広域的な人材調整など様々な内容が盛り込まれており、最も注目を集めたのは「医療措置協定」でした。
これは新興感染症対策について、都道府県と医療機関が事前に協定を締結し、感染が拡大した場合、協定に沿った対応を医療機関に求める制度です。コロナ禍では、ややもすると、国や都道府県の対応が後手に回ったり、医療現場でも特定の医療機関に負担が集中したりしたため、平時から体制を整備することで、有事における予見可能性を高めようという狙いがあります。
この法改正を受けて、保健所業務の在り方を定めた「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」が2023年3月に改正されました。ここでも、平時から危機に備えた準備を計画的に進めたり、予防計画の実行性を担保したりする必要性が強調されており、それぞれの保健所が「健康危機対処計画」を策定することが盛り込まれました。
以上のような内容を踏まえると、新型コロナ対応を一つの教訓として、保健所業務の在り方が国・自治体レベルで再考された結果、都道府県を中心に新興感染症対策を強化4する一環として、保健所には有事だけでなく、平時から都道府県などとの連携が求められるようになったと言えます。
一方、コロナ禍の間には「行政改革で保健所の機能が縮小されたことがコロナ危機を増幅させた」といった言説を耳にしました。確かに資料3の通り、1990年代以降、保健所の数は激減しており、国・自治体で進んだ行政改革が影響したことは間違いないのですが、こうした意見を筆者は一面的と考えています。ここで保健所法が戦前に制定された背景とか、保健所法に代わって地域保健法が制定された理由を考えます5。
3 この時の法改正に関しては、2022年12月27日拙稿『コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか』を参照。
4 2024年4月に改定される「医療計画」では、従来の精神疾患などと併せて、新興感染症対策も記載事項として追加される。この時の法改正に関しては、2021年7月6日拙稿『コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか』を参照。
5 保健所の歴史については、厚生省健康政策局計画課監修(1988)『保健所五十年史』日本公衆衛生協会発行などを参照。2020年9月15日拙稿『感染症対策はなぜ見落とされてきたのか』も参照。
(2024年01月09日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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