コラム
2020年09月16日

20年を迎えた介護保険の再考(14)地方分権の「試金石」-保険料の水準を市町村が決定することにした意味

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~地方分権の「試金石」とされた理由~

加齢による要介護リスクをカバーするための社会保険制度として、介護保険制度が発足して4月で20年を迎えました。介護保険の論点や課題を考える連続コラムの第11回は認知症ケア、第12回は在宅医療との関係、第13回は介護予防・日常生活支援総合事業(総合事業)などを取り上げつつ、市町村が主体性を発揮する必要性を強調しました。

しかし、市町村の主体性は制度創設時から論じられており、言わば「古くて新しい問題」と言えます。そこで今回は「地方分権の試金石」と呼ばれていた制度創設時の議論に立ち返りつつ、介護保険制度における市町村の役割を再考したいと思います。具体的には、介護保険料の水準を市町村が決定することになった意味を考えつつ、総合事業など介護保険財源を「転用」する仕組みについて、どういった姿勢で臨むべきか考えたいと思います。

2――地方分権改革の経緯と多面性

1|地方分権と介護保険の関係
地方分権を積極的に推進するための法制定をはじめ、抜本的な施策を総力をあげて断行していくべき1。こうした決議が1993年6月、衆参両院で可決され、国から地方に権限・財源を移譲する地方分権改革が明示的に進められるようになりました。その一つの成果が2000年施行の地方分権一括法であり、国が自治体を出先機関のように扱う「機関委任事務」の廃止などが進められました。つまり、介護保険と地方分権改革は同じ時期にスタートしたことになります。

しかし、介護保険は地方分権改革の議論で真正面から取り上げられたわけではありません。むしろ、その以前から社会保障政策では1990年制定の「福祉八法」を通じて「老人福祉計画」の策定を市町村に義務付けたり、1994年の地域保健法を通じて健康づくりに関する保健所の権限を市町村に移譲したりしており、市町村の役割と権限が少しずつ強化されていました。

このため、地方分権の結果として介護保険が生まれたのではなく、元々は別々の流れで始まった改革が同じ時期に施行されたことで、関連性が強く意識されたと言えます。
 
1 1993年6月3日、第126回国会会議録衆議院本会議。参議院本会議の議決は6月4日。
2|地方分権改革の多面性
ここで、注意しなければならないのは地方分権改革の多面性です。地方分権改革は様々な政治勢力や主張の「混声合唱」2としてスタートした面があります。地方分権の経緯について、ここで長々と論じるつもりはありませんが、1970年代の革新自治体に代表されるように「自治体の役割を大きくするべきだ」という議論(仮に「分権重視論」と呼びます)に加えて、第2次臨時行政調査会などの議論を経て、「行財政改革を通じて国の役割を小さくする一環として、民間委託とともに地方への権限移譲を重視すべきだ」という議論(仮に「小さな政府論」と呼びます)も影響していました。

このほか、「一極集中是正の観点に立ち、地方分権が必要」「意思決定の迅速化など統治機構を改革する観点に立ち、国の仕事を地方に移す」という趣旨の意見も示されており、様々な意見の「混声合唱」が大きくなる中、1993年8月の非自民連立政権による細川護熙内閣の発足、さらに1994年6月の村山富市内閣発足といった政変を経て、地方分権改革が政治・行政の主要テーマに位置付けられるに至りました。

このため、地方分権改革の推進に際しては、関係者が同床異夢となる場面が見られました。例えば、小泉純一郎政権期には国・地方の税財政を見直す三位一体改革(国庫補助金の廃止、地方への税源移譲、地方交付税の見直し)が進められたものの、最終的に交付税が大幅削減され、地方分権の機運は急速に萎みました。つまり、先の類型で言えば、自治体の税財源充実を望む「分権重視論」が「小さな政府論」に押され、国の財政再建が優先された結果、交付税の削減という結果を招いたと言えます。
 
2 西尾勝(1999)『未完の分権改革』岩波書店pp2-9。同著では第2次臨時行政調査会以来の「行政改革」、選挙制度改革や腐敗防止などの「政治改革」、地方の権限拡大を重視する「地方制度改革」の3つで整理している。
3|介護保険への影響
こうした「混声合唱」は当時の潮流であり、介護保険制度も影響を受けたと考えられます。具体的には、福祉八法から市町村の役割や権限を大きくする分権の流れとともに、行政サービスの効率化を目指す「小さな政府論」も反映していたと考えられます。

例えば、介護保険制度が創設された背景の一つとして、膨張する医療費を抑制する目的があった点については、第1回で述べた通りです。さらに、介護保険20年を振り返る拙稿で述べた通り、サービス提供者に株式会社やボランティア団体などの参入を認めた点も見逃せません。これは計画経済ではなく、純粋に市場経済でもない「準市場」(quasi-market)と呼ばれ、効率性など市場原理の良い部分を計画的な福祉に取り入れるという視点を持っており、介護保険制度だけでなく、やはり同時期に実施された社会福祉基礎構造改革の基本的な考え方としても位置付けられました。さらに、第6回で述べた契約制度についても、準市場的な考え方の一つの表れと言えます。

つまり、「混声合唱」としてスタートした地方分権改革と同様、介護保険制度の創設に至る議論も多様性を含んでいたことになります。なお、準市場は第16回で述べる予定です。

3――地方分権改革の利害得失

では、地方分権改革の先行きは常に明るいと言えるのでしょうか。まず、プラス面として、住民に身近な地域で判断できる点が挙げられます。どんなに国の役人が優秀だったとしても、コミュニティや国民の生活の隅々まで統制するのは困難ですし、地域に責任を移譲すれば、地域の実情に沿って課題解決策を模索することが可能です。こうした考え方は第11回第13回で述べた通り、介護保険制度の基本思想であり、地域の実情に沿って提供体制を改革しようとする「地域医療構想」とも共通しています3

一方、地方分権改革にもマイナス面はあります。例えば、制度の運営を地域の裁量に委ねることになり、財政力とか、首長や自治体職員の力量次第で地域格差が広がる危険性です。これは現在、私たちが目の当たりにしている現象でもあります。具体的には、新型コロナウイルスへの対応では、新型インフルエンザ対策等特別措置法を通じて、都道府県に実効権限を付与しており、地域ごとで取り組みに差異が生まれやすくなっています。これは刻一刻と変わる感染症に対して、地域の実情に応じて機動的に対応できるメリットがある半面、「都道府県による対応の差が大きいこと、言い換えれば地方分権の課題が見えてきています」という指摘4の通り、地域格差という別の問題を引き起こします。

こうしたプラス、マイナスの両面は介護保険にも当てはまります。例えば、A市が介護保険制度や第13回で述べた総合事業などを用いて、住民や企業とともに高齢者の暮らしを支える取り組みを進めたとします。これに対し、隣のB市の住民が「A市を見習ってB市も良い政策を考えるべきだ」といった議論が住民や議会で盛り上がれば、住民を交えた議論とか、地域間の競争を促している点で、地方分権改革の考え方と親和的になります。

ただ、A市の取り組みを視察した政治家や役人が「A市の取り組みを『横展開』(筆者注:国の役人が好きな言葉です。要は「全国に広げる」という意味)するため、国の制度に取り込む」という考え方に囚われれば、国の統制を強化することになり、中央集権に繋がります。しかも、多くの市町村が介護保険について前向きな運営に取り組んでいないと判断されれば、「横展開」を望む意見は強まります5

一方、「A市とB市の地域格差はけしからん」という平等主義的な意見も、格差の調整が中央政府に委ねられた場合、結果として中央集権を招きます。つまり、格差を生みやすい地方分権に対しては、国主導による「横展開」を望むような統制的な意見と、一律的な対応を望む平等主義的な意見の挟み撃ちに遭いやすいのです。

この点については、19世紀フランスの思想家、トクヴィルが「誰もが隣人とほとんど同じと思うので、ある一人に適用される規則が他のすべての人に同じように適用されないとなれば、(筆者注:平等を望む市民は)その理由が理解できない」「いかなる中央権力も平等を愛し、平等を奨励する。(略)政府は市民の好むことを好み、市民の憎むことを当然憎む」「民主的世紀には、個人の独立と地方の自由は常に工夫の産物であろうと思う。中央集権が自然な統治であろう」と論じている通りです6。つまり、平等を望む市民の意識が中央集権を招き、政府も市民の意思に従おうとするため、自然と中央集権が進むと言っているわけです。

では、こうした危ういバランスの中、介護保険制度はどう設計され、どう推移したのでしょうか。地方分権の観点で介護保険の20年を振り返ります。
 
3 地域医療構想に関しては、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月11日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」。コロナ禍の影響に関しては、拙稿2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」も参照。
4 2020年8月4日『m3.com』配信記事における自見はなこ厚生労働政務官インタビュー。
5 ここでは詳しく述べないが、市町村の裁量で弾力的に運用できる制度について、市町村の態度は前向きとは言えない。具体的には、市町村の判断で基準を満たしていない事業所を保険給付の対象に加えられる特例(基準該当サービス)を実施しているのは208団体、在宅生活をきめ細かく支援する地域密着型サービスに関する報酬を独自に設定しているのは19団体、限度額を独自に上乗せしているのは14団体にとどまる。2019年9月17日「介護保険事務調査の集計結果」を参照。
6 Alexis de Tocqueville(1840)“De la démocratie en Amérique”[松本礼二訳(2008)『アメリカのデモクラシー第2巻(下)』岩波文庫pp214-215、p223、p224]。

4――本当に「試金石」だったのか?

1|地方分権の「試金石」
機関委任事務の廃止に伴い、自治体の事務は「法定受託事務」「自治事務」に区分けされました。前者はパスポートの発給など国が法律で自治体に事務を担ってもらう事務、後者は法令に反しない限り、自治体の裁量に委ねられる事務を指します。介護保険は自治事務に区分けされ、「地方分権の試金石」と呼ばれました。

ここで「試金石」と呼ばれた背景を探るため、介護保険がスタートした2000年版の『厚生白書』を見てみましょう。『厚生白書』では市町村が保険者を引き受ける意味について、(1)住民の意見を踏まえた行政が促される、(2)サービス供給のための負担についても市町村が責任を持つ、(3)市町村の判断で制度を柔軟に組み立てられる――の3点を挙げつつ、下記のように指摘されています。
 
介護保険制度では、多くの役割が市町村に期待されている。実際には、高齢者福祉に関するこれまでの取組み状況の違いから、地域によってサービスの水準に差はみられるが、住民のニーズに応え、地域の間で切磋琢磨することで、介護サービスの基盤が充実していくことが期待される。制度をどのように運営し、また魅力あるものにしていくか、市町村の取組みが注目されるところであり、まさに地方分権の試金石といえよう
 
つまり、サービス水準について地域格差が出たとしても、「住民のニーズに沿って切磋琢磨」を通じて地域ごとの主体性が問われるとしており、それが「地方分権の試金石」と言えるとしています。中でも、(3)に関しては、要介護度ごとに定められた区分支給限度基準額(以下、限度額)の引き上げとか、独自のサービスを追加する「上乗せ・横出し」も認めている点を論じているわけです。

しかし、「試金石」という割に、保険者を担わされた市町村の権限は大きいとは言えません。例えば、第2回で述べた要介護認定に関しては、どんな項目でチェックするか国の基準で定められており、事業者に支払われる介護報酬の単価、事業所の施設・人員の基準なども国が全国一律で決めています。

さらに事業所の認可に関しても、多くが都道府県の所管となっています。現時点では、(1)在宅ケアをきめ細かく支援する地域密着型サービスの事業所、(2)ケアマネジャー(介護支援専門員)が勤務する居宅介護支援事業所――の指定権限を持っていますが、前者は2006年度に創設され、後者は2018年度から実施されており、「試金石」と言われていた20年前の時点で、市町村の権限は今よりも小さかったことになります。

つまり、「試金石」という看板とは裏腹に、市町村の権限は余り大きいとは言えませんでした。実際、市町村の間では当時、「市町村の自主性で介護保険の根幹が決まるわけではない」といった不満も出ていました7。それにもかかわらず、「試金石」と呼ばれた理由はどこにあったのか。この謎を解くヒントは保険料設定にあります。これは先に触れた『厚生白書』の2番目、つまり「サービス供給のための負担についても市町村が責任を持つ」という点が絡んで来ます。
 
7 土屋正忠(1999)『介護保険をどうする』日本経済新聞社p137。土屋氏は武蔵野市長であり、後に衆院議員に転じた。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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