コラム
2020年08月21日

20年を迎えた介護保険の再考(11)認知症ケアとの関係-市町村の主体性、民間企業との連携が重要

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~認知症ケアと介護保険の関係~

加齢による要介護リスクをカバーするための社会保険制度として、介護保険制度が発足して4月で20年を迎えました。介護保険の論点や課題を考える連続コラムの第9回10回では、最近の制度改正で論じられている「地域包括ケア」「保険者機能」などの言葉を深堀しました。第11回は今後、社会全体で考える必要がある認知症ケアと介護保険の関係を取り上げます。

認知症と言うと、今でも「何も分からなくなる人」という偏見が根強く、重度な人を意識した制度構築が語られがちです。もちろん、「重度な認知症の人のケアをどうするか」といった点は非常に重要なのですが、全ての人が重度なわけではありませんし、多くの介護サービスを必要とするわけでもありません。つまり、「認知症ケア=介護保険」とは言い切れない面があります。

そこで、今回は認知症ケアと介護保険の関係を考察したいと思います。

2――認知症ケアの重要性

まず、認知症ケアが今後、私たちの社会にとって大きなテーマになる点を考えます。日本で現在、何人が認知症なのか正確な数字が分からないのですが、国が頻用する調査研究1によると、90~94歳高齢者の約6割、95歳以上高齢者の約8割が何らかの形で認知症になっているとされており、「人生100年時代」が言われる中、認知症ケアは今後、大きな課題になると言えます。

しかし、アルツハイマー病など認知症になる病気(一般的には「中核症状」と呼ばれます)は様々であり、これを完全に防ぐ薬は現在、開発されていません。さらに脳トレーニングや体操などを通じた「予防」が模索されていますが、そのエビデンスは必ずしも十分とは言えません。

実際、英国の医学誌に掲載された論文2では、認知症になるリスク要因として、難聴や肥満など計35%の要因が「潜在的に変更できる可能性があるリスク」(Potentially modifiable)とされている一方、65%は「潜在的に変えられないリスク」(Potentially non modifiable)と整理されています。

つまり、現在の医学では認知症を予防するのは極めて難しく、「誰もが認知症になるリスクがある」という前提で、安心して老後を暮らせられる社会を作っていく方が重要と思います。いわゆる「認知症バリアフリー社会」とか、「認知症フレンドリー社会」と言われる社会です。

では、介護保険は認知症とどのように関わるのでしょうか。次に、政府が2019年6月にまとめた「認知症施策推進大綱」(以下、認知症大綱)を見てみましょう。
 
1 2013年3月公表の厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業(代表者:朝田隆)「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」総合研究報告書を参照。
2 Gill Livingston et.al(2017)“Dementia Prevention, intervention, and care”The Lancet Vol.390を参照。

3――認知症ケアと介護保険の関係

1|認知症大綱の記述から見る認知症ケアと介護保険の関係
認知症関係施策の強化を目的とした認知症大綱では「介護保険」という言葉が計20回登場します(見出し、工程表も含む)。例えば、下記の表現が見られます。
 
認知症の人が、それぞれの状況に応じて、適切な介護サービスを利用できるよう、市町村及び都道府県は介護保険事業計画及び介護保険事業支援計画を適切に策定し、計画に基づいて介護サービス基盤を整備する。

つまり、認知症の人の生活を支えるため、自治体が計画に基づいて介護保険サービスを提供する旨が盛り込まれています。確かに介護保険サービスの利用という点で見ると、認知症の人はヘルパーによる訪問介護など様々なサービスを利用しているほか、重度な人は特別養護老人ホームなどの介護施設に入居しています。さらに。認知症の人が共同で住む「グループホーム」(認知症対応型共同生活介護)、認知症の高齢者が通う認知症対応型通所介護など、認知症の人を想定したサービスも設けられています。このため、認知症の人の生活を支える上で、介護保険サービスの基盤を整備するという記述に不自然さはありません。

さらに認知症大綱を見ると、地域支援事業や保険者機能強化推進交付金といった介護保険関係の制度の活用を通じて、認知症の人の社会参加活動を促すという記述も見て取れます。このうち、地域支援事業は介護保険20年を振り返る(下)で述べた通り、介護保険料を「転用」する枠組み。次回で触れる在宅医療とともに、「認知症総合支援事業」という事実上の補助制度が設けられており、多職種のチームが早期介入などを目指す「認知症初期集中支援チーム」などの必要経費に充当されています。一方、介護予防や財政運営などに関して、市町村の取り組み度合いを評価する「保険者機能強化推進交付金」の評価項目にも認知症ケアが含まれています。

しかし、「認知症ケア=介護保険」ではありません。以下、(1)認知症の人の全てが重度ではない、(2)介護保険は全てのニーズをカバーするわけではない――という点で説明を試みます。
2|認知症の人の全てが重度ではない
第1に、認知症の人が全て重度ではない点です。確かに重度な方に関しては、介護保険サービスを通じて生活を支援する必要がありますし、在宅ケアが難しくなった場合、特別養護老人ホームやグループホームに入居する選択肢も準備されています。

しかし、認知症と聞くと、「何も分からなくなった人」「人生が終わった」という先入観が今でも強いように思います。実際には軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)と診断された方を含めて、多くの人は街の中で暮らしており、認知症の人が日常生活で接点を持つスーパーや金融機関、公共交通機関、図書館など社会のあらゆる場面で、どれだけ配慮できるかが重要になります。こうした観点に立つと、「認知症ケア=介護保険」とは言い切れないこと、むしろ社会全体で官民横断的な工夫が必要であることに気付きます。

例えば、認知症大綱では鉄道やバスなど公共交通事業者に対し、認知症の人に対する接遇研修を義務付ける施策が盛り込まれました。これが実現すると、認知症の人が外出した際、駅で行き先や帰り方、切符(今は余り言わないかもしれませんが)の買い方などを忘れてしまっても、駅員が適切に対応してくれれば、外出の不安を減らせます。認知症大綱に関しては、拙稿3で取り上げた通り、肝煎りだった「予防」の方針が当事者団体から批判を招くなど、新味性に乏しかった(言い換えると、本当の意味で認知症ケアに役立つ新規施策はほとんど見当たらなかった)のですが、この点は前向きな施策と言えます。

さらに、認知症の人や家族、関係者が気軽に集える「認知症カフェ」のような場で、社会参加の機会を持ってもらう観点も重要になります。このため、「認知症ケア=介護保険」と狭く捉えず、官民問わず取り組む必要があると思います。
 
3 認知症大綱に関する経緯や議論については、2020年8月13日拙稿「認知症大綱で何が変わるのか」を参照。
3|介護保険は全てのニーズをカバーするわけではない
第2に、介護保険は全てのニーズをカバーするわけではない点です。第2回第3回で述べた通り、介護保険は要介護認定を通じて必要度を判定し、区分ごとに設定された区分支給限度基準額(以下、限度額)に沿って保険給付の上限が定められています。このため、在宅ケアを受ける人に関しては、限度額を超えると、全て自己負担になります。

さらに訪問介護サービスでは、日常的なニーズしか給付対象としていません。例えば、ヘルパーが自宅を訪ねた時の話として、「台所やベッドの周りは掃除してくれたが、換気扇は綺麗にしてくれなかった」「日常的なごみは出してくれたけど、粗大ごみは断られた」という話を耳にします。

つまり、日常的なケアしか対象としておらず、それ以外では別の手立てを考える必要があります。現実にはヘルパーの裁量とか、自治体ごとのローカルルールで異なる可能性がありますが、介護保険は全てのニーズをカバーすることを想定していないことには留意する必要があります。

言い換えると、介護保険サービスの充実だけで認知症の人の生活を支えるのは困難だし、やはり社会全体で工夫する必要があるという結論になります。

4――重要な市町村の役割

このように書くと、「何か解を持っているのか」と言われそうですが、それほど明確な解を持っているわけではありません。しかし、筆者は「中央政府でできることには限度がある」と考えています。

そもそも論を言うと、認知症ケアを含めた介護を巡る状況は個別性が大きく、中央政府レベルでの統制は困難です。例えば、高齢化の進展度合いなどは地域で異なりますし、課題解決に使える資源も地域ごとに異なるはずです。例えば、住民同士の繋がりが残っている地域では、介護保険サービスに頼らなくても、生活支援のニーズは充足できるかもしれません。一方、大都市部では住民同士の繋がりが弱い半面、民間企業が多いため、生活支援のニーズは配食サービスなどで対応できる可能性があります。

さらに、同じ要介護度でも「どんな暮らしを望むか」「家族と同居しているか、独り暮らしか」といった点で、介護保険サービスに対するニーズも変わるため、ケアプラン(介護サービス計画)に盛り込む介護保険サービスは変わって来ます。

そこで、介護保険制度では市町村の主体性や市民参加、利用者の「自己決定」を重視しました。こうした構造こそ介護保険20年の足取りを振り返る(上)で論じた通り、あるいはこの後の第14回で取り上げる通り、介護保険が制度創設時に「地方分権の試金石」と呼ばれた所以です。

つまり、認知症ケアに限らず、介護を巡る現状や課題は地域ごとに千差万別であり、どこかの自治体のモデルを参考にして、上っ面だけ真似ても何の意味もありません。認知症カフェを開催する住民組織やボランティア団体などとの連携を図る上でも、市町村の役割は非常に大きいはずです。結局、答えは足元にしかないのです。

もちろん、「政府の対応が十分」と弁護する気はありませんが、現場、しかも住民の生活に最も身近な市町村の役割は大きいと思います。特に、筆者が期待しているのは後述する民間企業との連携です。

5――民間企業の役割も重要

1|接遇の工夫など余地は大きい?
自宅で暮らしている認知症の人は普段、認知症ではない人と同様、金融機関を使ったり、電車に乗ったり、スーパーで買い物したりしています。その際、金融機関や鉄道事業者、小売業者が認知症の人に対する接遇方法を学んだり、分かりやすい説明に心掛けたりするだけで、認知症の人の社会参加機会は広がります。

しかも、これらは必ずしも特別なことを求めているのではなく、少し不安そうに立っている人を見掛けた時、鉄道の窓口職員やバスの運転手、スーパーの店員が「認知症の人かも」と思いを巡らせる回路を持ちつつ、「詰問口調で話さない」とか、「丁寧に説明する」といった形で接遇に少し工夫を講じるだけでも、認知症の人が外出の際に不安を感じる場面を減らせると思います。

さらに民間企業が所有する建物の一角を認知症カフェのような場に開放することも、立派な社会貢献ではないでしょうか。確かに収益拡大を第一に考える民間企業に対して、「採算を度外視して認知症ケアに取り組め」と強制するつもりはありませんが、顧客を大事にする観点とか、地域社会との共生を図る観点に立てば、赤字を出さない範囲で地域社会に貢献できることは多いと思います。

若年性認知症の人にとっては、就労継続も大きな課題になります。そこで、当事者の能力や意思に応じた働き方を支えるため、会社が労務管理、人事管理、職場環境の整備などを図る必要もあります。
2|経産省のWGは制度、商品を提供する目線?
このように民間企業の役割は大きいと言えますが、この点について、どのような議論が政府内で展開されているのでしょうか。ここで認知症大綱を見ると、先に触れた通り、交通事業者の接遇計画策定に加えて、▽認知症に関する取り組みを実施している企業の認証制度の創設、▽認知症の人の意見を踏まえて開発された商品・サービスの登録をする仕組み――などが盛り込まれています。

一方、経済産業省の「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」が2020年3月に公表した中間とりまとめでは、「認知症予防に資するとされる民間の商品やサービスの評価・認証の仕組み」「認知症の予防、診断、治療、ケア等のための研究」に力点が置かれています。

ただ、認知症の人を民間企業とともに地域で活動する住民、一緒に働く従業員という視点で捉えれば、こうした特別な取り組みだけでなく、日常的な業務の中でも様々な貢献や対応が考えられると思います。さらに、この後の第13回で述べる通り、多様な主体の参加を促す「介護予防・日常生活支援総合事業(新しい総合事業)」などの枠組みが整備されているため、市町村がコミュニティレベルで民間企業との連携を試みれば、その効果は一層増すと思います。

こうした活動については、「住み続けられるまちづくりを」「パートナーシップで目標を達成しよう」などをうたった国連の持続可能な開発目標(SDGs)の流れとも符合していると思います。商品や技術の開発だけが「イノベーション」ではないはずです。
3|認知症条例の記述
もちろん、上記のような姿を実現することは難しく、綺麗事に聞こえるかもしれません。しかし、認知症の人が住みやすい社会を形成する上で、民間企業が関わって行く取り組みはイギリスで試みられています4。さらに、日本国内でも幾つかの自治体が認知症ケアに関して条例を定める際、民間企業の役割に言及しています。例えば、当事者の意見を丁寧に取り入れた和歌山県御坊市の「認知症の人とともに築く総活躍のまち条例」(2019年4月施行)では、「市内で事業を営む個人又は法人」を意味する事業者の責務として、下記の内容を盛り込んでいます(下線は筆者)。
 
  • 事業者は、認知症の人が安心して自らの意思や力に応じて働くことができるよう、その人の特性に応じた配慮を行うよう努めるものとする。
  • 事業者は、認知症とともに暮らしていくことに関する知識や対応力を深めるため、従業員に対し必要な教育を実施するよう努めるものする。
  • 事業者は、認知症の人が暮らしにかかわる必要なサービスや支援を安心して利用できるよう環境の整備に努めるものとする。
 
いずれも努力義務規定ですが、認知症の人の就労支援、認知症の理解に向けた従業員の教育、認知症の人が使いやすいサービスなどの環境整備を盛り込んでいます。やはり「認知症ケア=介護保険」と狭く捉えていると、こうした視点は見落とされると思います。

さらに、滋賀県草津市の「認知症があっても安心なまちづくり条例」(2020年7月施行)は事業者について、「市内において事業を行う企業その他の団体または事業を行う場合における個人」と定義しつつ、3つの役割を明記しています。草津市は条例の解説版を公表しており、「▽」で条文、「・」で解説を紹介します(下線は筆者。大意を変えない範囲で文章を一部修正)。
 
  • 事業者は、認知症に関する理解を深めるとともに、従業員等に対し必要な教育を行い、認知症の人の特性に応じて適切な対応を行うよう努めるものとする。
     
    • 事業者は従業員に対し、認知症に関する正しい理解や対応を教育するとともに、認知症の特性に応じたやさしい対応ができる環境づくりに努める。日常生活の様々なシーンで正しい対応を行うことで、認知症の人が地域で今までどおりの生活ができる一助となる。
       
  • 事業者は、認知症の人およびその家族が働きやすい環境で就労が継続できるよう努めるとともに、認知症の人の特性に応じた配慮の下で、社会参加および社会で活躍できる機会の創出に努めるものとする。
     
    • 若年性認知症の人は、本人や配偶者が現役世代であり、病気のために仕事に支障が出たり、離職を余儀なくされたりすることで、家族の生活への影響が大きくなる。さらに、子どもへの心理的影響や親の介護と重なるなど、経済的・精神的負担が大きい。現在では働き盛り世代の介護者も多く、仕事と介護の両立が課題となっている。そこで、認知症の人や家族の就労の継続と認知症の人の特性に応じた就労への配慮や、介護状況に応じた配慮を事業者に求めている。さらに、 認知症の人も社会の一員として、その有する力を活かす役割や活躍できる場を提供するよう努めることを規定している。
       
  • 事業者は、市、地域組織および関係機関が実施する認知症施策および取組に協力するよう努めるものとする。
     
    • 事業者がこれらの役割を可能な範囲において果たすことで、認知症の人やその家族の暮らしやすい環境が整えられる。
 
御坊市と同様、いずれも努力義務規定とはいえ、従業員の教育、若年性認知症の人に対する雇用支援を盛り込んでいるほか、認知症の人や家族が暮らしやすい環境整備に向けた市役所や地域組織、専門的な支援に当たる関係機関との連携をうたっています。以上のような規定を見れば、「認知症ケア=介護保険」と捉えるのは誤りだし、民間企業が取り組める潜在的な余地は大きいと言えます。

なお、与党では認知症基本法案5の審議が進んでおり、今後は自治体レベルで認知症施策に関する計画が策定されます。その際、計画の根拠規定としての認知症条例を定める動きが広がると思われます。こうした民間企業との連携を模索する動きが自治体レベルで進むことを願っています。
 
4 イギリスの取り組みについては、徳田雄人(2018)『認知症フ5 認知症基本法に関する議論については、拙稿2019年3月26日「議員立法で進む認知症基本法を考える」を参照。

6――おわりに

第11回は認知症ケアと介護保険の関係を取り上げて来ました。認知症ケアを考える際、日々の生活を支える市町村、さらに民間企業の役割が重要になります。「認知症ケア=介護保険」と狭く考えると、発想が貧困になり、コミュニティで起きていることに関心を持てなくなるリスクがあります。市町村、民間企業が現場レベルで連携の実を上げて欲しいと思います。

第12回は認知症ケアと同様、介護保険財源が「転用」されている在宅医療との関係性を論じます。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2020年08月21日「研究員の眼」)

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【20年を迎えた介護保険の再考(11)認知症ケアとの関係-市町村の主体性、民間企業との連携が重要】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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