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20年を迎えた介護保険の再考(10)自立支援、保険者機能-意味の変容、曖昧な言葉遣いの実情を問う

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~自立支援とは何か?~
第10回も言葉遣いにこだわり、最近の制度改正で使われる「自立支援」「保険者機能」という曖昧な言葉遣いの実情を問い直します。
2――2018年度制度改正で使われた「自立」「保険者機能」
つまり、高齢者に介護保険サービスをできるだけ使わずに済むように、体力を付けてもらいたいという意図が表れており、保険者(保険財政の運営者)の市町村が「保険者機能」を発揮することが想定されていました。その後、2021年度制度改正では、高齢者が体操などで気軽に通える「通いの場」の拡充が重視されたため、リハビリテーションに特化した議論は少し後景に退きましたが、やはり重度化防止などを図るための自立支援が重視されています。
しかし、天邪鬼(あまのじゃく)な筆者としては、「自立」「保険者機能」という2つの言葉が引っ掛かっています。第9回も論じた通り、言葉の定義を一定程度、厳密にしなければ、政策の体系化や政策評価が困難になるためです。まず、制度創設時の議論に立ち返りつつ、「自立」の意味を探ります。
3――制度創設時の「自立」を巡る議論
介護保険制度の足取りを振り返るシリーズの(上)あるいは拙稿で論じた通り、1994年12月の「高齢者介護・自立支援システム研究会」報告書が制度創設の流れを作りました。その報告書の前文は自立について、下記のように書いています。
介護の基本理念として、高齢者が自らの意思に基づき、自立した質の高い生活を送ることができるように支援すること、すなわち「高齢者の自立支援」を掲げ、そして、新たな基本理念の下で介護に関連する既存制度を再編成し……。
ここで言う「自立」とは自らの意思に基づくこと、つまり「自己決定」を意味しているように読めます。これは介護保険制度と同時期に実施された社会福祉基礎構造改革でも踏襲されており、第6回で触れた通り、社会福祉基礎構造改革では行政による「援護」「更生」的な要素を持っていた福祉の思想が抜本的に見直され、利用者本人の自己決定が重視される形にシフトしました。当時の解説書は福祉サービスの意義について、「利用者の自己決定による自立支援」と強調しています1。
こうした自己決定を意味する「自立」は元々、障害者福祉から始まりました。具体的には、1960年代後半以降のアメリカで始まった障害者の当事者運動を踏まえ、自らの人生を自ら決める「自己決定権」の行使を自立と見なす考え方であり、自立を測る物差しは「補助なしで自分だけで何を行えるかでなく、援助を得ながら生活の質をいかに上げられるか」と考えられるようになりました2。
しかし、2018年度制度改正で用いられていた「自立」とは要介護状態の改善を意味していたので、当初の「自己決定」という意味から変容したことになります。それだけ「自立」という言葉が多義的に使われていると言えます。
1 社会福祉法令研究会編(2001)『社会福祉法の解説』中央法規出版p110。
2 障害者福祉の自立に関しては、定藤丈弘(1993)「障害者福祉の基本的思想としての自立生活理念」定藤丈弘ほか編著『自立生活の思想と展望』ミネルヴァ書房を参照。
しかも、自立という言葉は高齢者介護や障害者福祉に限らず、様々な法律で使われています。社会保障関係法における自立の多義性については、以前の拙稿3で類型化を試みたことがあるのですが、例えば生活保護法は目的として「自立を助長」を挙げており、この解釈について、1951年に初版が発刊された旧厚生省官僚による古典的な解説書では、「公私の扶助を受けず自分の力で社会生活に適応して生活を営むことのできるように助け育てて行くこと」と説明されています4。
さらに、障害者雇用促進法は「職業的な自立」(条文上は「職業生活において自立することを促進」)に言及しており、児童福祉法についても2016年の全面改正に際して、適正な養育、生活の保障、心身の健やかな成長などとともに、「自立が図られること」を児童の権利として列挙しました。
こうした自立の多義性を理解する上で、少し一例を挙げましょう。2017年6月の骨太方針では「自立」の言葉が計12回出て来ます。以下では、3つを抽出します(下線は筆者)。
- 障害、いじめ・不登校、日本語能力の不足など様々な制約を克服し、子供が社会において自立できる力を育成する。
- 健康管理と病気・介護予防、自立支援に軸足を置いた、新しい予防・医療・介護システムを構築する。
- 生活保護世帯の子供の大学等への進学を含めた自立支援に、必要な財源を確保しつつ取り組む。
1つ目と3つ目は就学・生活の難しさに直面している子どもを支援することで、子どもたちの「自立」を目指すとしており、どちらかと言うと、社会への適応とか、自らの生活費を自分で稼げるようにする状態を意味しています。これに対し、2つ目はリハビリテーションなどの介護予防を通じて、他人の支援を受けない意味で自立を用いているように映ります。いずれの「自立」も間違いではありませんが、要は「自立」という言葉が多義的で便利なため、様々な文脈で用いられているわけです。
3 2019年2月8日拙稿「社会保障関係法の『自立』を考える」を参照。
4 小山進次郎(1951)『改訂増補 生活保護法の解釈と運用』中央社会福祉協議会を参照。
では、介護保険の自立はなぜ変容したのでしょうか。それは介護保険制度の足取りを振り返る(下)や拙稿で述べた通り、財政の逼迫が影響しています。つまり、介護保険財政が厳しさを増す中、給付カットや負担増が必要になっていますが、こうした選択肢は国民の反発を招きやすいため、「自立」を目指す介護予防が重視されるようになったわけです。
もちろん、第2回で述べた要介護認定の結果、介護保険サービスが要らないと判断された場合、「非該当(自立)」と呼ばれるため、こうした自立の使い方を間違いとは言い切れません。実際、高齢者が要介護認定を受けた後、リハビリテーションを通じて、元の状態に戻れると期待できる場合、他人の支援を受けずに暮らせる身体的な「自立」が重視されることは一定程度、理解できます。
しかし、この考え方に立つと、生まれ付き重度な障害のある人は永遠に「自立」できなくなりますし、年を取れば何かしら心身に不具合を感じるようになるわけですから、多くの高齢者は「自立」していないことになります。
一方、介護サービスを利用したり、周囲の支援を受けたりしつつ、生活環境を自ら決めている人は「自立」していないと言い切れるでしょうか。ひょっとすると、身体的に「自立」している人よりも、幸せに生きているかもしれないし、その人生が「自立」していないなんて誰も決められません。
つまり、「自立」という言葉は多義的かつ曖昧であり、「個人が自立しているか否かについては、本人基準と客観基準が存在しており、両者は必ずしも符合しない」5のです。こうした状況で、役人や有識者、専門家が「自立」を一方的に決めるのは変な話です。さらに、その多義性や曖昧さが災いし、話している人と聞いている人の間で「自立」という言葉の定義が食い違う危険性も想定されます。
別に偏屈な私でさえ、知人との雑談で「自立」という言葉が出た時、「その自立は何を指すの?」などと質問するわけではありませんが、国の政策担当者や自治体職員が政策を議論したり、現場の専門家が支援計画を作成したりする場面では、その多義性は看過できなくなります。多義性を放置すると、議論が噛み合わなかったり、政策やケア実践の目標設定、評価が難しくなったりするためです。
少し面倒臭いかもしれませんが、政策立案やケアの実践に関わる方々は「自立」という言葉を耳にした時、その多義性に留意するとともに、どんな文脈で使われているのか、なぜ「自立」という言葉が使われているのか、どういう状態を「自立」と呼んでいるのか、立ち止まって考えて欲しいと思います。
5 品田充儀(2008)「社会保障法における『自立』の意義」菊地馨実編著『自立支援と社会保障』日本加除出版p40。
(2020年08月13日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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