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保険業界が注目する“やせ薬”?-GLP-1は死亡率改善効果をもたらすのか
保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 植竹 康夫
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1――はじめに
以下、まずSwiss Reのレポートを整理しつつ、日本におけるGLP-1に対する規制等を概観していきたい。
2――Swiss Re のレポート
Swiss Reのレポート1に「やせ薬が、死亡率に大きな影響を与える可能性がある」と記載されていた。 楽観シナリオ・ベースライン・悲観シナリオと、様々なシナリオはあるが、楽観的シナリオでは、米国においてGLP-1の普及が進めば、2045年までの20年間の累積的な全死亡率(cumulative all-cause mortality)を最大で6.4%程度低下させうるとの推計が示されていた。 英国でも、同様の条件下では5.1%ほどの低下可能性が示された2。
英国よりも米国の方が大きな結果となっているのは、米国の方が英国より現時点の肥満率が高いことによるもののようである。肥満度の高いものほど“やせ薬”の効果が高いこと、人口の中での肥満度を反映するモデルを使用していることが要因のようだ。
なお、楽観・ベース・悲観などのシナリオの差異は、シナリオに使用した以下のような仮定が、どれほど効果的に進展するかに左右されるとのことだ。
- 対象となる肥満/過体重集団にGLP-1が広く普及すること
- 長期的に継続して服薬すること(中断・離脱率が低いこと)
- 服薬と併行してライフスタイルの改善(食事・運動など)がある程度定着すること
- 副作用リスクが想定範囲内に収まること
- 薬剤のコストや普及ペースが保険制度または社会医療制度上持続可能な水準にあること
1 https://www.swissre.com/press-release/GLP-1-drugs-may-reduce-mortality-by-up-to-6-4-in-the-US-by-2045/3f8ec083-2b76-4eea-88cb-e5af644e045d
2 ベース・シナリオでは、米国では約4.0%、英国では約3.2%程度、悲観シナリオでは、米国では約2.3%、英国では役1.8%程度の低下という結果となった。
Swiss Re自身も、その報告の中で、死亡率改善が保険事業・再保険事業に与える影響として、以下のような点を指摘している。
- 死亡率および罹患率(morbidity)が改善することで、生命保険・医療保険・傷害保険の保険金支払が減少する可能性がある
- 一方で、被保険者の寿命が延び、年金保険や終身保険のデュレーションや収支構造を再検討する必要が生じる可能性がある
特に、低死亡率時代の到来というパラダイム転換すらも見据え、保険・再保険業界は先手を打って検討すべきだという注目すべき見解も示されている。
もちろん、Swiss Reの報告はあくまで推計であり不確実性が内在している。特に、長期的なデータ蓄積が不十分な点、服薬の離脱・中断率の想定、体重のリバウンド現象、副作用リスク、普及制約(コストや規制)等が実際には推計以上の大きなバイアスをもたらす可能性があると認めている。
3――日本の現状
「GLP-1という“やせ薬”によって死亡率が変動する懸念がある」といったとき、一般的には “やせ薬”による無理な体重減少・副作用・長期使用リスクに伴う死亡率の“上昇”といった懸念が想起される。しかしSwiss Reのレポートでは逆に、死亡率を低下させる可能性を示唆しており、その規模(最大6.4%低下)にも正直なところ「そこまで効くというのか」という驚きがあった。
無論これはモデルによる仮定の話であり、現実には上述のとおり、GLP-1が普及することや、患者の服薬の中断・離脱率が低いことなど、各種の前提どおりに進むかはわからない。また、新しい薬品であるから、長期使用による耐性の発現なども影響を与える可能性もあり、楽観シナリオほどの結果を得られる可能性には疑いもある。それでも死亡率に大きな影響を与える可能性を保険業界が無視できないのは確かではないだろうか。
Swiss Reのレポートにあるような普及拡大シナリオを日本で実現するには、少なくとも制度的・規制的ハードルをクリアせねばならない。
厚生労働省による「GLP-1受容体作動薬および GIP/GLP-1 受容体作動薬の適正使用について」3には、次のような現状・制約が整理されている。
(1) 適応外使用に対する警鐘
GLP-1は現時点で 2 型糖尿病患者向けに承認されており、美容や体重減少を目的とした適応外使用は、安全性・有効性ともに十分確認されていないとされている。
(2) 在庫逼迫/限定出荷
需要増大に伴い、一部製剤で限定出荷が生じており、本来の2型糖尿病患者への供給に支障をきたす懸念が指摘されている。
(3) 医療広告規制・適正使用指針
承認外用途を暗示する広告表示の規制、適正使用推進ガイドライン整備、医療従事者への注意喚起が行われている。
(4) 保険適用の狭さ
日本では、肥満症治療薬としてのGLP-1(例:ウゴービ®セマグルチド注射剤)が2023年11月に薬価収載されたが、その適用対象は肥満症(BMI基準・合併症条件付き)に限定されている。
(5) 適応基準・使用中止基準
適正使用推進ガイドラインで、効果不十分時には中止の要件を設けるなど制限的な運用条件も付されている。
また、医師会も「GLP-1ダイエット」なる自由診療・適応外使用を強く批判しており、こうした動きは制度整合性・社会的信頼性の観点から、シナリオの前提であった「普及」の足かせとなり得る。
つまり、Swiss Reが仮定するような「普遍的普及・長期継続使用」が、日本でそのまま実現するハードルは決して低くない。
今までも医療技術の進歩や、食生活の改善、あるいは公衆衛生の向上により平均寿命は進展してきたが、薬品の使用有無によって直接的に肥満度ひいては死亡率の改善を図れるということは、保険会社にとって収支構造の変化や、シナリオ分析の複雑さをもたらすものと考えられる。死亡率改善がどの規模で実現するのかは定かではないが、それでもなお保険業界はこの動向に注視する必要がある。
また余談となるが、保険業界が注目すればするほど、美容目的のやせ薬としての効果を期待する人々の興味関心を不用意に高め、「保険業界が効果に対してお墨付きを与えている」などといった誤解が広まり本来の使用目的を逸脱する恐れもある。今後GLP-1が、真に必要とする2型糖尿病患者の救世主となるのかどうか、美容目的での使用に対する制限と供給が今後どのようになっていくのか、死亡率という枠を超えて興味のあるテーマでもあるが、用法・用量を守った利用がなされることを期待したい。
(2025年10月24日「研究員の眼」)
03-3512-1777
- 【職歴】
2007年 日本生命保険相互会社入社
2024年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・年金数理人
植竹 康夫のレポート
| 日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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