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コラム
2025年06月12日

寿命の限界と生命保険~限界寿命の延伸というパラダイムシフト~

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 植竹 康夫

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日本は世界に名だたる長寿国である。そんなことはもはや言うまでもない。「人生100年時代」という言葉が耳慣れて久しい。毎年のように平均寿命が更新されたことが報じられ、いったいどこまで平均寿命は延びていくのだろうかと思わずにはいられない。

そんな中、2025年5月20日にロンドンで開催されたLIFE ILS Conference2025の基調講演1において、ブライトン大学のリチャード・ファラーガー教授が、哺乳類の老化を引き起こすメカニズムの一部が既に解明されていることや、将来的には現在のような死亡率の仮定が崩壊する可能性について言及した。

私は医学の専門家ではないのでメカニズムについての詳細はさておき、ただでさえ日進月歩で伸びていく人類の寿命について、「死亡率の仮定が崩壊」とはまた大げさなことを言うなと思い、それでは死亡率がどのような変遷をたどってきたのか、すなわち死亡率の改善の推移と平均寿命の延伸について調べてみた。
 
データは厚生労働省の公表している『完全生命表』を用いた。国民生命表は5年ごとの国勢調査に合わせて作成される生命表2であり、1891~1898年の死亡概況を表した第1回から、戦後1947年の第8回生命表(第7回は欠番)を経て現在最新の第23回生命表へと至る。

この生命表は生存者数の実数を表記したものではなく、出生者数が10万人とした場合の各年齢の生存数・死亡数などの推移を男女別に記載したものとなる。各年齢には、生存数・死亡数のほかに、生存率・死亡率・平均余命などが記載されている。0歳時点の平均余命が平均寿命である。

第1回と、第8回から視覚的煩雑さを避けるべく5回置き(8・13・18・23回)の完全生命表による年齢ごとの生存者数のグラフを見てみよう。
完全生命表による年齢ごとの生存者数のグラフ
第1回(戦前)・第8回とそれ以外とでは男女ともに大きな違いがある。言うまでもなく新生児の死亡率が戦後劇的に改善されたことが要因と推察される。戦前・戦後直後では直線的に生存数が減少していたものが、(新生児の死亡率改善を差し引いても)若齢層ではほぼ死亡しなくなり、一定のラインを超えると加速度的に生存数が減少するという傾向が見てとれる。概形としては三角形から台形へと変化したと言えるだろう。最終年齢は、変化していないとまでは言わないまでも、生存数がほぼ0となる年齢は大きくは変わっていないように見える。なお、表示していない回についても、徐々に死亡率が改善するように前後の回の間に概ね収まっている形である。

以下は、完全生命表に記載の最終年齢と、その年齢での平均余命をまとめた表である。こちらは視覚的な煩雑さがないため第8回以降各回を表示している。
平均寿命と最終年齢(男)
平均寿命と最終年齢(女)
完全生命表において、「最終年齢の死亡率」が1になっていない場合があったため、表示上の最終年齢(①)に最終年齢における平均余命(②)を加えた年齢(①+②)を各回の完全生命表における最終年齢と見なした。あくまで完全生命表から評価される最終年齢であって、その時代の実在する最高年齢者を表すものではない点や、テールの情報なので確度は相応に下がってしまうことは十分理解および注意が必要だが、完全生命表から得られる「この時代の死亡率によると概ねこの年齢まで生存者がいると想定される年齢」の参考にはなるかと思う。

この表を見て、最終年齢も延び続けていると捉えるか、頭打ちになっていると捉えるかは、人による部分もあろうかと思うが、筆者には「(女性の平均寿命は第21回が最大であるものの)平均寿命は緩やかに伸び続け、一方最終年齢は頭打ち」という印象を受けた。上の生存数のグラフでいうと、やはり最終年齢の位置はほとんど動かず、台形が長方形に近づいていく(それによって平均寿命は緩やかに延びる)というイメージだ。

2016年に英科学誌ネイチャーに発表された研究3によると『人間の寿命の限界は115歳(くらい)』とのことだ。これはまさに第23回完全生命表の時点でほとんど限界に近付いており、「頭打ち」の印象を補佐するものと言えるのかもしれない。

人類の寿命は乳幼児の死亡率の改善、医療・公衆衛生の発展、生活環境の改善などを受けて延伸し続けてきた。従来の寿命の延伸は「人類の死ぬ要因の排除」と言えるのかもしれない。人間の潜在的な生きる能力を最大限に引き出した、と言い換えるのであればその最大限が「およそ115歳」という結果であり、『限界寿命』と表現すべきものなのかもしれない。
 
冒頭に記載した技術は、『潜在的な生きる能力』に直接的かつ外的に手を加えられる可能性を示唆しているものと思われる。老化を引き起こすメカニズムを解明し、老化を抑制する技術が生まれたならば、それは確かに「現在の死亡率の仮定が崩壊する可能性」と言えるのだろう。115歳と思われた限界年齢が、130歳や200歳、はたまたもっと高い年齢に到達する人間が続々と出現してきた場合に、生命保険の世界はどのようになるのだろうか。

少なくとも終身年金は現在の保険料水準では収支の均衡が保てないことは明らかであるが、このように老化現象に手を加えられるようになった場合に、最終年齢がどうなるのかといった懸念以前に「年齢別死亡率」を使用することの妥当性すらも疑わしいものとなるだろう。老化抑制を行った50歳と老化抑制を行わない50歳とで、同様の死亡率とは考えにくいからだ(仮に同じ死亡率水準であるとしたら、老化抑制を行ったところで100歳の3割程度は1年以内に死亡する4こととなり、結局寿命は変わらないことになる)。さらに、例えば10歳から40年間老化抑制を受けてきた50歳と、30歳から20年老化抑制を受けてきた50歳とでも死亡率に有意な差異が生じることなども想像される。

生存数の概形が『三角形から台形へ、台形から長方形へ』と変遷してきた旨の記載をしたが、この長方形が、老化抑制に伴って際限なく横に伸びていくのかもしれないし、やはりそれでも限界はあってどこかで頭打ちになるのかもしれない。老化抑制を実施した人とそうでない人が混在する社会になるのであれば、横長の長方形と現在の115歳あたりを最終年齢とした長方形の重ね合わせたような形になるのかもしれない。

妄想はどこまでも広がるが、仮に老化抑制のメカニズムが実用化されたとしたら、生命保険会社はいつの日かこの問題に直面する可能性がないとは言えない。その時は、現在使用されている男女別・年齢別死亡率の見直しの検討であるとか、すでに生命保険に締結済みの保険契約について保障を完遂できるのかどうかという財務上の問題に対する対応などに追われるのかもしれない。

本内容がSFのような空想にとどまるのか、あるいは実際に近未来の現実として迫っているのか、現時点では定かではないが、もし老化の抑制(≒寿命の延伸)が実現すると、社会全体に大変な影響が出てくる。生命保険事業関係も例にもれず大きな影響を受けるが、現在の公的年金制度は根底から揺るがされる事態になりそうである。
 
1 https://lifeils.london/
2 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/23th/index.html
3 https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-37571028
4 第23回完全死亡率では、100歳男性の死亡率は33.324%、100歳女性の死亡率は28.385%

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月12日「研究員の眼」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

植竹 康夫 (うえたけ やすお)

研究・専門分野
保険計理・保険会計

経歴
  • 【職歴】
    2007年 日本生命保険相互会社入社
    2024年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・日本アクチュアリー会 正会員
    ・年金数理人

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