コラム
2020年01月30日

保険者機能とは「保健」機能だけなのか-公的医療保険の運営者に期待される役割を再考する

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~保険者機能とは「保健」の機能なのか~

近年の医療制度改正では「保険者機能」という言葉を目にする機会が多い。これは保険制度の運営主体(保険者)が健康づくり(保健)に取り組むことが主に想定されており、2020年度政府予算案では健康寿命の延伸などに取り組む自治体を支援するため、国民健康保険の「保険者努力支援制度」が拡充された1。しかし、保険者機能とは本来、保険者が契約主体として、被保険者の資格管理や診療報酬支払明細書(レセプト)のチェックなど幅広い業務について、主体性を発揮することを指しており、実は健康づくり(保健)の機能はごく僅かに過ぎない。

本稿では「保険者機能」という言葉の意味を再確認し、最近の制度改正では健康づくり(保健)の側面が重視されている点を指摘する。その上で、保険者機能の強化による利害得失を論じ、費用抑制と安定的なサービス提供でバランスを取らなければならない保険者の主体的な役割の重要性を考える。
 
1 本稿は医療保険制度を主に論じるが、介護保険でも保険者機能は専ら「予防」「健康づくり」と理解されている。

2――保険者機能を巡る理論

1|「保険者機能」という言葉の定義
まず、「保険者機能」という言葉を改めて考える。先行研究2では保険者が被保険者の利害を代弁しつつ、医療のアクセス改善や質・効率性の調整を通じて、医療提供体制などに影響を及ぼし得る立場にあるとした上で、保険者機能を「医療制度における契約主体の1人として責任と権限の範囲内で活動できる能力」、保険者機能の発揮を「保険者が自立し、医療制度における他のプレーヤーと直接かつ対等に十分な対話ができること」と定義している。

ここでポイントとなるのは「契約」「直接かつ対等に対話」と思われる。病院や診療所が公的医療保険制度に基づいてサービスを提供する際、厚生労働相から保険医療機関としての指定を受ける必要がある3。さらに厚生労働相から保険医療機関の指定を受けると、保険医療機関は療養を給付、つまり医療サービスを提供しなければならず、保険者は療養の給付に対して診療報酬を支払わなければならない。こうした診療報酬の支払い、保険医療機関の指定などは契約の現われと見なされる4

一見すると、こうした議論は奇異に映るかもしれない。日本の公的医療保険制度は約100年に及ぶ歴史を経て、国の役割が非常に大きい。例えば、保険診療の範囲や診療報酬の決定、保険医療機関の指定に関する権限は厚生労働相に委ねられており、保険者は全く関与していない。さらに、保険医療機関から保険者に送られて来る診療報酬支払明細書(レセプト)についても、審査事務のほとんど全てが社会保険診療報酬支払基金か、国民健康保険連合会に委託されている。民間で自主的に運営されている健康保険組合でさえも、つい最近までの「健康保険組合事業運営基準」では「本来国が行うべき健康保険事業を国に代わって行う代行的性格を有する機関」とされていた5。保険料率についても、国が上限を設定しており、保険者の自主性が様々な場面で制限されている。

しかし、保険者機能の根本論に立ち返ると、保険者が直接かつ対等な関係性の下、被保険者や民間医療機関と向き合うことが重要であり、別の書籍 62は保険者機能が発揮される事務として、加入者管理や保険料の賦課・徴収、サービスに関する情報提供、適切な受診行動の奨励、医療費の審査・支払いなどを挙げている。そのイメージは図のように整理できる。これを見れば、「契約」「直接かつ対等」というイメージを掴めるのではないだろうか。
図:公的医療保険制度における保険者機能のイメージ
 
2 山崎泰彦(2003)「保険者機能と医療制度改革」山崎泰彦・尾形裕也編著『医療制度改革と保険者機能』東洋経済新報社pp8-9を参照。
3 医療機関の指定だけでなく、診療を担当する医師としての指定も必要である。
4 公的医療保険制度における契約関係については、加藤智章ほか著(2017)『社会保障法』有斐閣、石田道彦(2009)「医療保険制度と契約」『季刊・社会保障研究』Vol.45 No.1を参照した。
5 厚生労働省編(2003)『健康保険法の解釈と運用』法研pp191-192。その後、2017年改定版では「代行機関」の文言が削除されている。
6 泉田信行(2009)「保険者機能の強化について」田近栄治・尾形裕也編著『次世代医療制度改革』ミネルヴァ書房。このほか、みずほ情報総研(2013)「保険者機能のあり方と評価に関する調査研究報告書」p5では、(1)被保険者の適用(資格管理)、(2)保険料の設定・徴収、(3)保険給付、(4)審査・支払、(5)保健事業を通じた被保険者の健康管理、(6)医療の質や効率性を向上させるための医療機関への働き掛け――を挙げている。
2保険者機能を巡る経緯
次に「保険者機能」という言葉が論じられた経緯を取り上げる。この単語が使われるようになったのは1990年代後半から2000年代前半であり、医療分野に市場原理を取り入れることが意識されていた。具体的には、保険者が医療サービスの内容に関与することを通じて、質向上や費用抑制を目指すアメリカの「マネジドケア」(managed care)が注目されたほか、保険者同士の競争を取り入れることで、保険者の交渉力向上を重視したオランダやドイツの公的医療保険制度改革も紹介された。

こうした形で保険者機能が元々、市場原理と関わっていたことを示す文言として、小泉純一郎政権期の2001年6月に決定された「骨太方針2001」が挙げられる。該当部分の文言は以下の通りである。
 
患者の選択による医療機関相互の競争の促進を進めるとともに、保険者機能の強化を図る。このため、保険者の権限を強化し、保険者と医療機関との契約や保険者と医療機関の連携強化(健診、予防)、レセプト審査、支払事務等の抜本的効率化を進める。

ここでも「健診」「予防」の文言が入っているが、「患者の選択」「競争の促進」「効率化」などの文言から市場原理を意識していた様子が分かる7

その後、2008年度の医療保険制度改革に際して、医療費適正化の手段として、生活習慣病の予防を目指す「特定健康診査」(通称、メタボ健診)が導入され、各保険者は40~74歳の全国民に対してメタボ健診の実施を義務付けられた。さらに、メタボ健診の実施率などに応じて、保険者に課せられる後期高齢者支援金(0~74歳の国民が75歳以上の医療費を負担し合う制度)が増減する仕組みも採用されたことで、支援金の支払額を抑えたい保険者が生活習慣病対策に乗り出し始めた。この結果、「保険者機能=健康づくり(保健)」という理解が一般化するようになった。
 
7 このほか、規制改革の文脈でレセプト審査が争点になり、調剤の審査に関しては規制が緩和された。民間の動きとしては、健康保険組合の有志で構成する「保険者機能を推進する会」が2001年に発足し、情報共有などに取り組んでいる。

3――保険者機能に関する最近の動向

さらに、「保険者機能=健康づくり(保健)」と考える傾向は近年の制度改正でも続いている。例えば、2020年度予算案では2018年度にスタートした国民健康保険の「保険者努力支援制度」が増額される。これは▽メタボ健診の実施率、▽糖尿病の重症化予防、▽収納率の向上――などに関する都道府県、市町村の取り組みを採点し、国からの補助金を増減させる仕組みであり、同制度の拡充は財務省の予算説明資料で「保険者の予防・健康づくり等の取組強化」の一環に位置付けられている8

しかし、本来の考え方に立ち返れば、保険者は医療提供者と向き合うことも視野に入れつつ、図に掲げたような機能が求められている。その一例として、協会けんぽ(全国健康保険協会)は2008年、国直営から公法人に改組した後、保険者機能に力を入れており、自立性を少しずつ高めている。具体的には、3年周期で改定している「保険者機能強化アクションプラン」では、保険者の仕事を「基盤的保険者機能」「戦略的保険者機能」に切り分け、前者では保険料の徴収など保険者が基本的に果たすべき機能、後者を被保険者や医療提供者などに対して積極的に働き掛ける機能と整理しており、後者の部分では近年、病床再編を目指す「地域医療構想」の策定プロセスに際して、協会けんぽの都道府県支部が関与する動きが見られた。

さらに2018年度に国民健康保険が都道府県化する際、奈良県が独自の方式を模索した。具体的には、▽地域医療構想による病床数の適正化、▽国民健康保険の追加的な赤字補填(法定外繰入)の段階的な解消、▽国民健康保険料の水準を県内で統一、▽医療費適正化計画による抑制的な目標の設定――を通じて、負担と給付の関係を明確にするとともに、医療費が増加した場合のオプションとして、保険料を引き上げるだけでなく、都道府県別で診療報酬の単価を調整する「地域別診療報酬制度」の活用も視野に入れている。つまり、国民健康保険の財政責任が都道府県に移ったのを機に、県内における医療費の負担と給付の牽制を図ることで、保険者の役割を果たそうとしていると理解できる。
 
8 2020年度予算案では介護保険に関しても、同じ名前の制度が200億円規模で創設される。ここでもメインで意識されているのは介護予防や健康づくりである。

4――保険者機能強化のマイナス面

ただ、こうした保険者機能の強化はマイナス面もある。例えば、先行したアメリカのマネジドケアでは費用抑制を重視し過ぎた結果、必要な医療が提供されない点が批判を呼んだ。この様子については、マイケル・ムーアが2007年に製作した映画『Sicko(シッコ)』で描写されている。映画では、国民皆保険を実現した「オバマ・ケア」以前のアメリカの悲惨な医療の実態、中でも低・無保険の国民が良質な医療サービスを受けられない実態を描いており、その一環としてマネジドケアで創設されたHMO(健康維持組織、Health Maintenance Organization)という組織が繰り返し登場する。

ここで言うHMOとはマネジドケアで中心となった組織形態であり、費用抑制と質向上の両立を企図していたが、結果的には費用抑制を重視し過ぎたことで、病気がある人を保険の適用外にする「リスク選択」の状態が起きたり、審査を必要以上に厳しく査定したりして、必要な医療サーヒスが提供されない副作用を招いた。実際、映画は保険の適用外になる症状や病気を契約書に細かくびっしりと書いている様子を皮肉るため、適用外となる病名の一覧を『スター・ウォーズ』の冒頭のシーンやメロディとともに紹介するなど、マネジドケアやHMOを厳しく糾弾している。

つまり、保険者が費用抑制だけでなく、サービスの提供についてもバランスを取らなければ、被保険者の利益が損なわれる危険性がある。例えば、「医療行政の都道府県化」が進む中、国民健康保険の運営主体になった都道府県が保険料の軽減に繋がる費用抑制策を考えるだけでなく、在宅医療の充実や医師の確保などを通じて、サービス提供体制の充実も併せて考えることが求められる。こうした観点で見ても、「保険者機能=健康づくり(保健)」と見なす議論が如何に一面的か分かる。

5――おわりに~保険者機能は「健」か、「険」か~

以上、述べた通り、保険者機能を考える上で、最も大事なのは保険者の主体性である。国に義務付けられたメタボ健診を実施することだけが保険者の仕事ではないし、被保険者のために費用抑制とサービスの質の両立を考えなければならない点で言えば、かなり難しい調整を要求されることになる。

もちろん、国の関与を含めて様々な制限が設けられている中で、保険者機能の強化と言っても「両手両足を縛られて上手に泳げというに近い状態」9であり、自立性を高める制度改正も検討しなければならない。都道府県や保険者協議会10を中心とした制度改正の在り方は今後、稿を改めて述べることとしたいが、少なくとも「保険者機能」という言葉を健康づくり(保健)に限定した理解は誤りである。同じ「ホケン」という言葉でも、それが本来の意味の「保『険』者機能」を表しているのか、健康づくり(保「健」)を意味しているのか、関係者は常に留意すべきであろう。
 
9 堤修三(2004)『社会保障の構造転換』社会保険研究所p47。
10 協会けんぽ、健康保険組合、自治体など関係者で構成する組織で、都道府県単位に設置されている。2015年に法定化されたほか、都道府県が医療計画や医療費適正化計画を策定する際、保険者協議会の意見反映が義務付けられるなど、少しずつ機能の強化が図られている。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年01月30日「研究員の眼」)

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