コラム
2020年09月28日

20年を迎えた介護保険の再考(15)「第2の国保」にしない工夫-保険料の年金天引き、財政安定化基金などの手立て

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~「第2の国保」にしない工夫~

加齢による要介護リスクをカバーするための社会保険制度として、介護保険制度が発足して4月で20年を迎えました。介護保険の論点や課題を考える連続コラムの第11回第12回13回は認知症ケアなどを取り上げつつ、市町村が主体性を発揮する必要性を強調しました。さらに、第14回は「地方分権の試金石」と呼ばれていた制度創設時の議論を考察しました。

しかし、市町村には「多額の財政負担を強いられていた国民健康保険(国保)のように介護保険の財政運営で苦労するのではないか」という不安が根強く、保険者(保険制度の運営者)になることに最後まで反対しました。

そこで、厚生省(現厚生労働省)は市町村の不安を軽減するための仕掛けを導入する一方、市町村の財政運営が安易に流れないような手立ても講じました。第15回は市町村を中心とした介護保険財政の詳細を取り上げます。

2――最後まで残った市町村の不安

介護保険法の成立を遅らせたのは市町村といってよいのです。(略)あらゆる手だてを講じて、市町村に迷惑をかけないような仕組みを考えようとし、厚生省も考えた――。介護保険制度の創設に関わった有識者の講演録を見ると、こうした一節が出ています1。つまり、市町村サイドの反対姿勢が根強く、調整が難航したというのです。実際、町村長による『全国町村会八十年史』の座談会でも「町村会は心の底からこれに賛意を表したことは一回もなかった」「市町村が介護保険を担当するのはやはり不適当」といった声が掲載されています2ので、介護保険の運営者(保険者)を市町村に担ってもらう際、市町村の反発をどう緩和させるかが大きなポイントだったと言えます。

ここでのポイントは冒頭のコメントに出ている「あらゆる手だて」「迷惑」です。先に「迷惑」という意味を整理すると、市町村としては「介護保険が『第2の国保』になるのではないか」と懸念していました。勤め人を対象とする被用者保険(健康保険組合など)と比べると、退職後の高齢者や自営業者などが加入する国保に関しては、1人当たり医療費が高い上、保険料の徴収率も低く、慢性的な赤字に苦しんでいます。さらに赤字が発生した場合、市町村は一般会計で穴埋めしていました(2018年度から財政運営の責任は都道府県に移行)。この負担が市町村財政を圧迫していたため、市町村としては介護保険が「第2の国保」のような存在となり、国保と同様の財政負担で苦しむのではないか、と懸念したわけです。これが冒頭の一節に出て来る「迷惑」です。

そこで、市町村を説得するため、「あらゆる手だて」が打たれました。以下、「あらゆる手だて」について、(1)保険料に関する仕組み、(2)財政支出に関する仕組み――という2つに整理して考えます。
 
1 大森彌編著(2002)『高齢者介護と自立支援』ミネルヴァ書房p14。
2 全国町村会編(2002)『全国町村会八十年史』全国町村会 pp10-11。

3――保険料に関する仕組み

1|年金からの天引き制度
第1に、65歳以上高齢者の保険料を基礎年金から天引きで差し引く「特別徴収」という仕組みが採用された点です。それ以前は「年金の公租公課(年金から税金や保険料を差し引くこと)」を禁じる規定との兼ね合いで、天引きの導入は難しいと見られていたのですが、高齢者の介護保険料に関しては、65歳以上の人が受け取る基礎年金から天引きされることになりました。

この結果、市町村が「普通徴収」として自ら保険料を徴収する対象については、「年金を受け取っていない」「年金の受取金額が少ない」などの条件を満たした高齢者に限定されることになり、市町村としては未納リスクに曝される可能性が減りました。

2018年度現在の数字で見ると、特別徴収の対象者数は約3,166万人、普通徴収対象者数は約339万人3になるため、日本語として「特別」が「普通」よりも多いのは奇怪な感じですが、天引きによる特別徴収は市町村に保険者を引き受けてもらう上での「切り札」と認識されていたそうです4
 
3 厚生労働省による2018年度版の「介護保険事務調査の集計結果」を参照。
4 介護保険制度史研究会編(2019)『介護保険制度史』東洋経済新報社p297。
図1:介護保険料の主な流れ 2|第2号被保険者は医療保険に上乗せ
第2に、40~64歳の人が支払う保険料についても、未納に伴う損失補填を防ぐ手立てが講じられました。具体的には、図1の通り、40~64歳の人が支払う保険料については、市町村が保険料の水準を自ら決定したり、徴収したりするのではなく、公的医療制度の保険者が徴収する形を取り、「納付金」という形で国(社会保険診療報酬支払基金)に支払い、最終的に市町村に対して交付金として分配される流れになりました。

分かりやすい身近な事例として、40歳以上の勤め人の方は給与明細をご覧下さい。医療保険料として天引きされている項目に「介護」「介」という形で内数が記されているか、「介護保険」という形で別記されているかもしれません。これが40~64歳の人が支払っている介護保険料であり、医療保険に上乗せされて支払っていることを表しています(ただし、保険組合ごとに書式が違うため、介護保険料を書いていない保険者もあるかもしれません)。

この結果、介護保険料の流れは2層構造となりました。つまり、65歳以上高齢者に関しては「地域保険」として市町村が保険料の水準を決定する一方、40~64歳は事実上の「国営保険」として一本の仕組みで運営されることになったわけです。

その後、2015年度制度改正を経て、40~64歳の人の保険料のうち、被用者保険に関する部分の徴収ルールが変わりました。具体的には、保険者に加入する人数に応じて保険料の金額を決定していた(加入者割)のですが、所得に基づいて設定する仕組み(総報酬割)に段階的に移行しました。これは「総報酬割への移行→協会けんぽの保険料負担削減、健康保険組合の保険料負担増→協会けんぽの国庫負担削減→国の社会保障費抑制」という経路を通じて、国の財政規模と社会保障費を見掛け上、減らす意図がありました5。この結果、40~64歳の保険料に関しては、被用者保険と国保で保険料の決定ルールが違う形になりましたが、「2層構造」自体は今も維持されています。

以上のような手立ての結果、制度創設時点で市町村が介護保険料を自ら徴収する部分は全体の5%程度にとどまりました。この点については、「『年金から天引きできない低所得者からは直接市町村長が保険料を取れ。未納者は捨てておけ』では、市町村長は未納者にとっては鬼のような存在となる」といった異論が一部で出ていました6が、こうした「あらゆる手立て」が多くの市町村関係者を説得する材料となり、介護保険制度が一定程度、安定的に運営されている一因になりました。

実際、未納率の解消が焦点となる国保に比べると、介護保険制度で保険料の未納が話題になることはほとんどありません。保険料の収納率(2018年度現在)を比べても、国保は92.85%ですが、特別徴収を含めた介護保険の徴収率は99.0%に及びます。
 
5 例えば、2017年11月14日拙稿「介護保険料引き上げの背景と問題点を考える」を参照。
6 土屋正忠(1999)『介護保険をどうする』日本経済新聞社pp53-54。当時、土屋氏は武蔵野市長であり、後に衆院議員に転じた。
3|「3原則」による保険料軽減の制限
その一方、市町村の財政運営が安易に流れないような手立ても講じられました。第14回で述べた通り、保険者となった市町村は住民に対して、サービスの水準に加えて、保険料の水準も決定、説明しなければならなくなりました。一方で、こうした「耳の痛い話」は選挙の時にマイナスになるため、首長や議員としては、税財源を用いた一般会計からの補填などを通じて、保険料を独自に軽減する行動に出るかもしれません。確かに住民から見れば負担は少ない方がいいですし、市町村の首長や議員から見ても保険料を低く設定できれば、選挙の時にPRできるためです。

しかし、それに要する追加的な税負担については、高齢者だけでなく全住民に課せられるため、負担と給付の関係が不明確になります。さらに、追加財源が地方交付税で賄われた場合、その負担は当該市町村の住民だけでなく、全国民に分散されます。これでは、他の自治体の住民に対して負担を押し付けられることになり、住民は真の負担構造を理解できなくなります。

そうなると折角、市町村が保険料やサービスの水準を決定できるようにするとともに、その妥当性を住民参加で判断、決定する仕組みを導入したのに、首長や議員も「負担は少なく、サービスは多く」という主張に傾く可能性があります。

そこで、厚生省は当時、保険料軽減に際して、厳しく臨みました。具体的には、(1)個別申請で判定する、(2)全額免除は行わない、(3)一般財源の繰入を行わない――という3つの原則を踏まえ、この範囲でしか保険料軽減を認めない方針を掲げました。これらは当時、3原則を標榜した担当幹部の名前を取って「堤三原則」と呼ばれていました。そのOBはインタビュー7に対して、制度スタート時に一部の自治体で保険料を軽減する動きが出てきたとして、「保険料を取らないで給付することを認めたら介護保険の自殺行為になってしまうので、頭を抱えた」「せっかくつくった制度がそこから崩れていくと、一般会計から補填するわけですからね」という危機感を抱いたそうです。その際、神戸市が「ただにはしない」「収入だけでは見ない」といった方針で臨んでいることを知り、それだったら許容範囲と考えて原則として位置付けたと説明しています。

2018年度現在で3原則に沿って、低所得者に対する単独減免を実施している保険者数は全体の約3割に相当する434に上ります8が、それでも保険料軽減の動きが野放図に拡大しているとは言えず、こうした歯止めが影響していると考えられます。
 
7 菅沼隆ほか編著(2018)『戦後社会保障の証言』有斐閣pp362-363。
8 厚生労働省による2018年度版の「介護保険事務調査の集計結果」を参照。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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