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医療と介護の国・地方関係を巡る2つの逆説-分権改革20年の節目の年に
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
1――はじめに~医療・介護の国・地方関係を巡る2つの逆説を節目の年に考える~
一方、今年は国・地方の関係を「上下・主従」の関係から「対等・協力」に変更した地方分権改革から20年に当たる。その視点で近年の動向を見ると、自治体は医療・介護分野の権限拡大を望まなかった経緯があり、「地方が望まない分野で分権が進む」という皮肉な状況が生まれている。さらに自治体に対する国の統制を強める制度改正も相次いでおり、「分権化と同時に、集権化が進む」という逆説的な傾向が見受けられる。
本稿では、地方分権改革から20年の節目の年に当たり、当時の議論を簡単に振り返りつつ、医療・介護で進む分権化の動きを取り上げる。その一方、「地方が望まない分野で分権が進む」「分権化と同時に、集権化が進む」という「2つの逆説」が生まれている理由として、「どうやって自治体の自主性を反映するか」という「自治」と、「国の政策を自治体にどこまで実行させるか」という「統治」の間で相克が見られる点を論じ、今後の方向性を探ることとする。
2――地方分権改革の概要
この時の国会に提出されていた地方分権一括法では、国が自治体を出先機関のように扱う「機関委任事務」の廃止などを盛り込んでいた。最終的に法律は2000年4月に施行され、国と地方の関係は「上下、主従」から「対等、協力」に変わり、自治体の事務は「法定受託事務」「自治事務」に区分された。このうち、法定受託事務とはパスポートの発給など国の仕事を自治体に委任する事務、後者の自治事務は法令に違反しない限り、自治体の判断で内容を決められる事務と整理され、本稿の主要テーマである医療行政の多くは自治事務に類型化された。
さらに「地方分権の先駆け」と位置付けられた介護保険制度も市町村を主体とし、同じ時期にスタートした(つまり、介護保険も同じく20年を迎えた。この歴史は機会を改めて詳しく論じる)。当時、政策立案に関わった有識者の書籍では「(筆者注:介護保険制度は)明確な形で分権の流れの中にあります。その最大の特色がどこに表れたかというと、保険者を市町村にしていることです」といった表記が見られる(大森彌編著『高齢者介護と自立支援』)。つまり、市町村が住民の意向を踏まえつつ、主体的に介護保険制度を運営することが期待されていたのである。
その後、国・地方の税財政関係を見直す小泉純一郎政権期の「三位一体改革」や、自治体行政に対する国の統制を緩める「義務付け・枠付け」の見直しなど地方分権改革は間断なく議論されており、近年は本稿のメインテーマである医療・介護行政に関しても分権化の傾向が一層、強まっている。ここでは医療・介護の国・地方関係について20年間の変化を簡単に振り返る。
3――医療・介護の国・地方関係における20年間の変化
医療行政では都道府県化という傾向が顕著に見られる。例えば、提供体制改革に関しては、病床削減などを目指す「地域医療構想」が医療計画の一環として2017年3月までに策定され、病床削減や在宅医療の拡大などを都道府県単位で進めることが期待されている1。さらに、医師偏在是正や医療人材の確保を目指すための「医師確保計画」も2019年度中に都道府県単位で策定される予定だ。
保険制度に関しては、2008年度と2018年度の改正を通じて、都道府県単位にする改革が進められてきた2。具体的には、2008年度改革では中小企業の従業員を対象とした協会けんぽの保険料が都道府県単位に変更され、75歳以上の高齢者が加入する後期高齢者医療制度の広域連合も都道府県単位に設置された。さらに国民健康保険については、2018年度の制度改正を経て、都道府県は市町村とともに制度を運営する立場となった。このほか、各保険者で構成する「保険者協議会」も都道府県単位に設置され、医療費適正化などを話し合う場として重視されつつある。
このように見ると、20年間における医療分野の制度改正の特徴として「都道府県化」が一つの共通点として浮かび上がる。
1 地域医療構想については、2017年11~12月の4回連載の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」、2019年5~6月の2回連載「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」。(いずれもリンク先は第1回)を参照。
2 保険制度の都道府県化については、2018年8月7日「10年が過ぎた後期高齢者医療制度はどうなっているのか(下)」、4月17日「国保の都道府県化で何が変わるのか(下)」を参照。
先に触れた通り、介護保険では元々、市町村が主体性を発揮することが期待されており、近年は介護予防を中心に、その役割を強化する傾向が鮮明となっている。具体的には、要介護認定率の引き下げに成功したとされる埼玉県和光市の事例を「横展開」するため、介護予防に力を入れる市町村を支援する「保険者機能強化推進交付金」(200億円)が2018年度予算で創設された。
さらに今年の通常国会に関連法案が提出される2021年度制度改正では、高齢者が気軽に運動などを楽しめる「通いの場」の拡充が重視されている。例えば、厚生労働省は2019年3月、『これからの地域づくり戦略』を公表し、市町村が介護予防に取り組む際の注意点や先進事例を紹介するなど、介護予防に関する市町村の取り組みに期待している。
こうした制度改正の背景としては、地域の独自性に考慮する「自治」と、国全体の動向を俯瞰する「統治」という2つの側面が挙げられる。まず、「自治」の観点とは、人口や高齢化率の地域差が大きいことを踏まえ、地域の自主性に期待する考え方である。例えば、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上となる2025年まで見通すと、東京都など大都市部では人口増加が続くが、殆どの道県では人口が減少する。さらに、高齢化率の格差も大きく、国一律による制度改正だけでは対応しにくくなっており、地域単位で政策を進めようという動きに繋がっている。
一方、「統治」の観点とは、医療・介護費用が増加している中、自治体にも給付抑制の責任を持たせるようとする考え方である。例えば、病床数が多いと医療費が増える傾向が見られる(医師需要誘発仮説)ため、国は地域医療構想を通じて都道府県に病床削減を進めさせる一方、国民健康保険改革で費用抑制にも関与させたい意向を持っている。この点については、2017年6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)が「都道府県の総合的なガバナンスの強化」を通じて、医療・介護行政の効果的・効率的な運営を進めると定めたことに表れている3。
しかし、この結果として「地方が望まない分野で分権が進んでいる」「分権化と同時に、集権化が進む」という2つの逆説が生まれている。以下、2つの点を論じて行くこととしよう。
3 都道府県の総合的なガバナンスの強化については、2018年2月23日拙稿「都道府県と市町村の連携は可能か」を参照。
4――地方が望まない分野で分権が進む逆説
介護保険に関しても、「赤字補填に悩まされている国民健康保険の二の舞になる」という不安が市町村に根強く、「町村会は心の底からこれに賛意を表したことは一回もなかった」「市町村が介護保険を担当するのはやはり不適当」と考えていた(『全国町村会八十年史』)市町村との調整が最も難航した。
つまり、自治体が望まない分野で分権が進んでいる逆説的な状況が生まれている。これは自治体レベルでの費用抑制を図るという「統治」の観点で制度改正を進めている国と、費用が増える医療・介護分野の役割拡大を嫌う自治体の「自治」(ワガママ?)の相克と言える。
5――分権化と同時に、集権化が進む逆説
例えば、国民健康保険については、都道府県化が進む傍らで、自治体による医療費適正化に向けた取り組みを評価、採点し、補助金の分配額を左右させる「保険者努力支援制度」(約1,000億円)が2018年度に創設された。介護保険でも同様の仕組みとして、「保険者機能強化推進交付金」(200億円)が2018年度に創設されている。これらは全て自治体の事情とは無関係に、国の配分基準に沿って自治体を動かすことを想定しており、集権化の側面を持っている。
こうした分権と集権が同時に進む理由も、やはり「統治」「自治」の相克に求めることができる。つまり、国は「統治」の視点で費用抑制の責任を自治体に持たせる反面、補助金の分配を通じて影響力を行使することで、自治体の行動を費用抑制に誘導しようとしている。
例えば、2020年度予算案では地域医療構想に関連し、病床削減で収入が減る医療機関を財政支援する予算として84億円を計上。さらに国民健康保険の保険者努力支援制度を500億円積み増したほか、介護保険に関しても自治体による予防・健康づくりを後押しする別の交付金(介護版の保険者努力支援制度)として200億円を盛り込んだ。こうした状況の下、20年前の地方分権改革で重視された「自治」が失われつつあると言える。
4 集権化と分権化の同時進行は2018年8月14日「分権と集権が同時に進む医療・介護改革の論点」を参照。
6――おわりに~国の統制は今後も強まる?~
しかし、医療・介護費用の増加が続く中、「統治」の視点に立った国の締め付けは今後、一層強まるだろう。実際、地域医療構想に関して、厚生労働省は2019年9月、「再編・統合が必要な公立・公的病院」の個別名を開示した5ほか、病床削減が遅れている地域に対し、国の職員を派遣する案も取り沙汰されている。
こうした「統治」の論理が先行する中、住民の関心が高い医療・介護に関して、自治体が「自治」の論理をどこまで貫徹できるか。分権改革から20年の節目を迎えた今年の一つの焦点となりそうだ。
5 公立・公的病院が名指しされた件は2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。
(2020年01月07日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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