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「在宅医療・介護連携推進事業」はどこまで定着したか?-医師会の関心を高めた成果、現場には「研修疲れ」の傾向も

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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一方、市町村に対する調査では、ノウハウや人材の不足が主な課題として挙げられている。例えば、2022年度に実施された民間シンクタンクの受託調査8では、同事業を実施する際の課題を複数回答可で尋ねており、上位の回答には「本事業を総合的に進めることができるような人材の育成」が71.8%、「事業実施のためのノウハウの不足」が70.7%、「指標設定等の事業評価のしにくさ」が66.1%、「地域の医療・介護資源の不足」が64.7%となっていた。
こうした回答の傾向は余り変わっておらず、同じシンクタンクによる2021年度調査9では、「事業実施のためのノウハウ不足」が72.8%でトップ、「指標設定等の事業評価のしにくさ」が70.1%、「本事業を総合的に進めることができるような人材の育成」が69.7%だった。2019年度調査10でも指標設定の問題が70.6%で1位、ノウハウ不足が68.9%で2位、資源の不足が66.9%で3位を占めていた。
このほか、2018年に実施された別の調査結果11でも、列挙された「課題」の項目に対し、市町村が「1位=5点」「2位=4点」「3位=3点」「4位=2点」「5位=1点」という重み付けで各課題の深刻度をスコア化した結果が出ており、資源の不足が1位、ノウハウの不足が2位だった。
ただ、これらの論点を解決する上では、日頃の積み重ねや実践、改善の努力が重要であり、何かクリアカットな解決策が存在するわけではない。このため、市町村が地区医師会や介護事業者、住民など関係者との連携の下、「地域の実情」に応じて、事業の内容や進め方を具体的に検討する必要がある。
例えば、多職種連携の会議が自発的に開かれているような地域では、市町村が働き掛けなくてもいいかもしれないし、多職種連携の促進などを目指す「地域ケア会議」12が市町村や地域包括支援センターで頻繁に開催されている地域では、わざわざ同事業を大々的に展開する必要はないだろう。
しかし、4つの場面について専門職の関心が高まった場合、同事業の枠組みを活用する方策も考えられる。要するに、市町村が地域の状況や住民の意識、専門職の関心事などを踏まえ、優先順位を付けつつ、同事業を進めることが望ましい。
その際には、国や都道府県が提供するデータだけでなく、現場の事例などを加味し、「地域の実情」を立体的に把握した上で、日常的な療養支援など4つの場面に応じたケースをイメージしつつ、市町村が戦略的に施策を立案、推進する必要がある13。
さらに、筆者は現場における同事業の運用について、(1)市町村や現場の「研修疲れ」「事業疲れ」、(2)多職種連携の対象が高齢者にとどまらない範囲に拡大――という2つの理由で、「過去の成果を生かしつつ、一段の工夫が必要」と考えている。以下、2つに関して、今後の運用改善策を考える。
8 富士通総研(2023)「在宅医療・介護連携推進支援事業に係る調査等事業実施内容報告書」を参照。有効回答数は1,741。
9 同上(2022)「在宅医療介護連携推進事業全国実施状況」を参照。有効回答数は1,717。
10 同上(2020)「在宅医療・介護連携推進事業全国実施状況」を参照。有効回答数は1,739。
11 野村総合研究所(2019)「地域包括ケアシステムにおける在宅医療・介護連携推進事業のあり方に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。有効回答数は1,741。
12 2015年度見直しで制度化された仕組みであり、▽個別課題解決、▽ネットワーク構築、▽地域課題発見、▽地域づくり・資源開発、▽政策形成――の5つの機能が想定されている。
13 データと事例の融合の重要性などについては、審議会資料で多用されている「地域の実情」という言葉に着目したコラムの第5回で触れたので、詳述を避ける。
4――工夫が求められる理由(1)~市町村や現場の「研修疲れ」「事業疲れ」~
1番目の「研修疲れ」「事業疲れ」とは、研修や事業の実施が自己目的化することで、市町村や現場職員が疲弊している点である。これまで述べた通り、在宅医療・介護連携推進事業などを通じて、多職種が集まる機会が増え、関係者との間で「顔の見える関係」が構築されたのは事実である。
しかし、担当者の人事異動などで当初の目的が引き継がれず、研修や事業の実施が自己目的化している傾向が見られる。しかも集まるメンバーも固定化しており、現場では「何のために集まっているのか分からない」といった悩みを頻繁に耳にする。その一例として、先に触れた「手引き」では「残念なできごと」として興味深い一節が出ている(文章は一部を加筆修正)。
〇 在宅医療・介護連携推進事業の担当部署が「認知症」をテーマに、医療・介護関係者の研修を実施した。数日後、認知症総合支援事業を所管する部署が関係者を集めて研修を行ったことを知り、内容を確認すると、こちらも「認知症」「医療と介護の連携」をテーマにしていたことが判明。テーマが似通っていたため、現場の参加者も同じであった。
〇 毎年、住民への啓発や医療・介護関係者への研修を数多く実施し、アンケートは「概ね好評」なので、事業評価は「良好」としていたが、実は啓発や研修内容が参加者に浸透していなかった。
つまり、前者の事例では、同事業による研修が実施された後、ほぼ同趣旨の研修が認知症総合支援事業でも開かれ、招かれた医療・介護専門職は同じ顔触れだったというオチである。後者では、何度も研修を実施し、アンケートでは好結果なのに、内容が伝わっていなかったという話である。
いずれも現場サイドで聞いた話を匿名化した上で、少し加工していると考えられ、筆者が市町村支援のプログラム14などで見聞きしている話と一致している。こうした会議に何度も呼ばれる専門職にはいい迷惑だし、形式主義的な研修を運営している職員の疲労感も増すことになる。
しかも、KPI(Key Performance Indicator)に基づく国の事業評価では、数字上は「研修◎回」「事業実施済み」といった形で集計されるため、こうした内実が見えにくくなっている面がある。むしろ、市町村の事業実施を定量的に評価する国の「介護保険保険者努力支援交付金」(保険者機能強化推進交付金と併せて、「インセンティブ交付金」と総称される)では、同事業に関して研修会や検討会を開催すると、国の採点結果が上乗せされ、インセンティブ交付金も増えるカラクリとなっている。このため、形式主義的な会議が開催されやすい構造を内在させており、「研修疲れ」「事業疲れ」の傾向に拍車を掛ける要因となっている15。
さらに言えば、しばしば論じられる「好事例の横展開」も「研修疲れ」「事業疲れ」に影響している可能性がある。具体的には、国の会議で地域の好事例が紹介される際、その背景や当事者の思い、試行錯誤などが説明されないまま、「会議の開催」「事業の実施」など表面的な内容が語られがちである。その結果、好事例を「輸入」(国の視点で見れば「横展開」)しようとした市町村では、背景や経緯などが考慮されないまま、その「地域の実情」に合わない会議や研修が実施される危険性を伴う。
14 藤田医科大、愛知県豊明市を中心とした市町村支援プログラム(老人保健事業推進費等)。2022年度以降、政策形成支援、組織開発にシフトした内容となった。
http://www.fujita-hu.ac.jp/~chuukaku/kyouikushien/kyouikushien-96009/index.html
15 インセンティブ交付金のうち、保険者機能強化推進交付金が2018年度に創設された際、介護予防の取り組みを通じて、要介護認定率を下げたとされる埼玉県和光市の事例を広げることが重視された。経緯は2017年12月20日拙稿「『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か」を参照。一方、保険者努力支援制度は2019年3月、安倍晋三首相が「高齢者の集いの場の整備や高齢者の就労促進を図ります」と述べた点から始まった。2019年3月20日未来投資会議議事録を参照。だが、鈴木亘(2023)「保険者機能強化推進交付金・介護保険保険者努力支援交付金の政策評価に関する基礎的研究」『学習院大学 経済論集』第59巻第4号では、交付金の指標が給付削減に繋がっていないと指摘されている。さらに、当初は採点を通じて市町村の差異を明らかにすることで、市町村の意欲を引き出すことが重視されていたが、厚生労働省は「自治体の取組の適否を表すものではありません」としつつ、関係者間の対話ツールである点を強調しており、創設時の意図と食い違いが生じている。筆者はインセンティブ交付金に関して、「段階的な縮減、廃止が必要」という意見を持っている。
そこで、想定される現場の改善策として、市町村が研修や事業の目的を「そもそも論」から考え直すことが考えられる。その上で、研修や事業の優先順位が低いと判断できる場合、開催頻度を減らすとか、他の研修と一体的に運用するといった工夫を通じて、負担を最小化しつつ、事業の効果を最大限にする努力が求められる。
さらに、見直しに際しては、市町村職員だけで考えるのではなく、地域包括支援センターや地区医師会、医療・介護専門職などの関係者の意見を聞くのも一案である。もし事業や研修の見直しに対して、反対意見が聞かれた場合でも、従来の事業名などを維持しつつ、後述する新たな課題に内容を実質的に変えてしまう工夫も検討して欲しいところである。
このほか、他の部署との連携も欠かせない。もし「残念なできごと」のような形で、多職種連携の研修が他の部署で企画されているのであれば、在宅医療・介護連携推進事業の研修では「看取り対応」「中・重度者への対応」に特化するなど、様々な工夫が必要である。
5――工夫が求められる理由(2)~多職種連携の対象が高齢者にとどまらない範囲に拡大~
もちろん、既存の8つの取組も含めて在宅医療・介護連携推進事業のコンセプトは重要だし、これまでの蓄積を生かす必要があるが、市町村や地域包括支援センター、地区医師会が「地域の実情」に応じて、進め方や優先順位を変えつつ、新しいテーマに対応する必要がある。
16 例えば、2021年9月に施行された医療的ケア児・家族支援法では、連携機関として、医療、保健、福祉、教育、労働の団体が示されており、診療報酬改定でも情報共有などについて加算が創設または拡充されている。2024年9月11日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(下)」、2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(上)」を参照。
6――おわりに
しかし、現場では事業や研修の実施が自己目的化しているような事象が見られ、国のインセンティブ交付金が拍車を掛けている。こうした状況は誰かの不作為で生まれているのではなく、むしろ関係者がマジメに施策や事業、研修に取り組んでいる分、深刻かもしれない。さらに、医療的ケア児など新しいテーマへの対応も求められており、過去の蓄積を生かしつつ、多職種連携の幅を広げるような工夫も必要となっている。
このため、市町村や地域包括支援センターには「何のための事業や研修なのか」「その目的のため、今の事業や研修は必要なのか」といった形で一度、事業や研修の進め方を考え直す機会が求められる。少なくとも「8つの事業をどう回すか」「好事例をどうやって『横展開』するか」という発想だけでは、「事業疲れ」「研修疲れ」に対応できるとは思えない。地区医師会を含めた現場の一層の工夫に期待したい。国としても、インセンティブ交付金の見直しも含めて、こうした現場の工夫を後押しするような支援(例:人材育成、情報提供など)が求められるし、都道府県による市町村支援とか、医療計画との整合性確保も一層、必要になる。
(2024年10月22日「保険・年金フォーカス」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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