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「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(4)-同時並行で進む提供体制改革、求められる都道府県の対応は?
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
3――地域医療構想は見掛け上、達成済み?
一般的な傾向として、地域医療構想の進捗が語られる際、図表1で示した「2025年必要病床数」に現状がどれだけ近付いているか、という点が重視されて来ました。分かりやすく言うと、「約119万床」という数字を意識しつつ、「どれだけ病床が減ったか」という判断が進捗の基準になっていた感があります。
しかし、図表2の数字をご覧下さい。これは地域医療構想の推進に関して、厚生労働省の審議会で示された資料の抜粋であり、ここでは右側の数字に着目して下さい。右側の数字では2025年時点における予想として、「どんな医療機能を医療機関が果たそうとしているか」「どれぐらいの病床数になりそうか」といった見通しを医療機関に報告してもらった数字の合計が示されており、「約119万床」という数字が載っています。
確かに図表1中央の「2025年必要病床数」は定量的な数字、図表2の右側は医療機関の報告をベースとした定性的な数字(分かりやすく言うと、言い値ベース)なので、一概に単純比較できないのですが、トータルの病床数で帳尻が合っていることは要注目です。このため、「2013年のデータを基に病床の必要量を出した時、現在のままいくと152万床まで膨らむと言われていたことを考えれば、(略)地域医療構想は比較的うまくいっているのではないか」という指摘12が厚生労働省の審議会で示される背景も一定程度、理解できます。
しかし、病床機能の区分で比べると、高度急性期と急性期が多く、回復期が足りない数字になっています。このため、費用抑制を重視する健康保険組合連合会の代表は「(筆者注:診療報酬単価が高い)高度急性期、急性期は多いのではないかという印象が拭えない」とクギを刺しています13。
こうした中、都道府県はどのように振る舞う必要があるのでしょうか。まず、図表1~2の数字は地域ごとに違うため、「地域の実情」に沿って将来像を話し合う必要があることは言うまでもありません。
さらに言うと、数字だけに囚われない対応が求められます。例えば、今後は複数の慢性疾患を抱えつつ、自宅で療養する高齢者が増えるため、誤嚥性肺炎などの救急搬送に対応しつつ、リハビリテーションの提供や在宅復帰支援を担う救急機能(軽度救急と呼ばれる時があります)が求められます。
さらに、コロナへの対応では救急医療資源が集中されていないことが一つの課題となったため、高度な医療機能への集中が欠かせないという指摘も出ています14。
つまり、病床機能報告などの数字を追っ掛けることは大事なのですが、地域で起きている事例を踏まえないと、「地域の実情」に沿った見直しは進められないことになります。言い換えると、病床数の帳尻を合わせるだけでは、「地域の実情」を反映できないため、データ(マクロ)に加えて、事例(ミクロ)を加味することが求められます。
12 2023年5月25日、地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループ議事録における全日本病院協会の織田正道副会長の発言を引用。
13 同上における健康保険組合連合会の幸野庄司参与の発言を引用。
14 高久玲音(2023)「コロナ禍・コロナ後の医療提供体制」『健康保険』2023年9月号を参照。
4――「軍拡」から「軍縮」へのマインドセット
さらに、患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」の下、それぞれの医療機関は患者獲得を巡って競争しています。このため、他の医療機関と連携するよりも、自前で医療機能や診療科を持ちたがる傾向があります。こうした判断は医療機関の役割分担の明確化を目指す地域医療構想や外来機能分化のハードルになる可能性があります。
ここで、重要になるのが人口減少のインパクトの可視化と思われます。地域医療構想の目標年次である2025年、あるいは「団塊ジュニア」が65歳以上になる2040年を見通すると、日本のほとんどの地域では人口が減る見通しです。それに伴って入院需要だけでなく、外来の需要も落ち込むはずであり、医療機関としては、パイが小さくなる中、患者獲得を巡って争えなくなります。
このため、人口減少に見舞われる地域では、受療率や入院率の予想などを示すことで、民間医療機関の経営者の意識を「これ以上の競争は無理」「連携しないと生き残れない」と判断してもらえる対応が都道府県に求められます。
これを形容すると、「軍拡」から「軍縮」への転換と言えます。何やら「軍拡」「軍縮」という言葉は医療から縁遠いように見えるかもしれませんが、医療経済学では医療機関が高額な機器などを装備することで患者獲得を競い合う行動を「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)と呼ぶ時があります15。つまり、核兵器の増産・開発を競った冷戦期の米ソ両国のように、患者獲得を巡って争う医療機関が設備投資などを競い合う状態を指しており、日本の民間病院が急性期病床の維持などにこだわっている状況を説明できます(ただし、医療軍拡の実態は日本で実証研究されておらず、学術的な厳密性は割り引いて考える必要があります)。
しかし、希少な医療資源を有効に活用するためには、医療機関経営者の発想を軍縮モードに切り替えてもらうことが必要になります。実際、その必要性については、関係者の間で意識されており、地域医療構想の議論がスタートした頃には「共倒れや過当競争はやめていただきたい。そんな余裕は今の日本にはない。無駄の排除を含めて、(注:地域医療構想は)効率的な医療をみんなで提供して下さいという大事なフレームワーク」16、「このまま何もしなければ病院は共倒れになり、地域の人に迷惑をかける。協議しながら無駄を省いて連携することによって、安定的に医療を提供できないか。言い方を変えると許された談合」17といった発言が示されていました。
さらに、冷戦期の米ソによる核軍拡とか、最近の米中対立に見られる通り、相互不信は軍拡を招きやすい面があります。そこで、都道府県を中心に、関係者が対話できる環境整備も必要となると思われます。例えば、調整会議で取り上げにくい内容に関しては、非公開の会議や事前の調整で意思疎通を徹底する一方、逆に調整会議の議事録はオープンにして透明性を高める工夫が求められます。
合意形成に際しては、持ち株会社のような形態で、医療機関同士が「連携以上、統合未満」のネットワークを目指す「地域医療連携推進法人」の活用も選択肢の一つになり得ます。
このほか、同族経営の民間病院が少なくない点を踏まえると、「自分の親族に継がせたい」と考えている医療機関の経営者は将来の変化に対し、素早く対応する可能性もあります。実際、少子化でも日本の私立大学が破綻しない理由の一つに同族経営の柔軟さを挙げる書籍では、同じような現象が医療機関にも見受けられると論じられています18。つまり、文部科学省が大学の再編を促すため、新しい対策を講じても、私立大学は学部名の変更などで柔軟に対応しており、こうした行動は診療報酬改定など国の制度変更に対策を打ってきた民間医療機関と共通しているという指摘です。逆に言えば、都道府県の働き掛け方次第で、民間医療機関の意識や行動は変わるのではないでしょうか。
一方、人口減少が緩やかな都市部では、これらの対応が単純に当てはまりません。それでも「軍拡」を作り出す相互不信を払拭する努力は可能であり、コロナ対応で生まれた地域連携の継続・拡充とか、疾病別の入退院支援ルールの整備など、地道な連携の積み上げが考えられます。
15 医療軍拡と地域医療構想の関係性については、2017年12月6日拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(3)」を参照。
16 2016年10月24日『m3.com』配信記事における厚生労働省の迫井正深保険局医療課長インタビューから引用。
17 2016年1月1日『社会保険旬報』No.2626における全日本病院協会の西沢寛俊会長の発言から引用。
18 Jeremy Breaden et.al(2020)“Family-Run Universities in Japan”[石澤麻子訳(2021)『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』中公叢書]を参照。
5――国の制度改正の影響緩和が重要に?
その後、地域医療構想に基づく議論が各地で始まったものの、地域医療構想の推進→病床削減→歳出抑制という経路を期待する財務省は2022年度診療報酬改定に際して、医療提供体制改革の加速を要請。実際の報酬改定でも、急性期病床に関する基準の厳格化など、医療提供体制改革に関する内容が数多く盛り込まれました20。こうした傾向は今後も継続すると思われます。
しかし、診療報酬改定の影響は全国一律であり、地域差を考慮できません。例えば、膨らんでいる急性期病床をスリムにするため、救急患者の受け入れ実績に関する診療報酬の基準が厳しく設定された場合、人口が少ない地域では急性期病床を維持できなくなるかもしれません。このため、「地域の実情」に沿って、診療報酬改定の影響を緩和するような配慮として、医療提供体制改革に使える補助金である「地域医療介護総合確保基金」を使った支援とか、他の医療機関との連携を促すなどの対応が都道府県に求められます。
さらに、医師の働き方改革の影響も見逃せません。この改革では、厚生労働省は違反した際の罰則に加えて、労働基準監督署の指摘や査察を通じて、地域の医療提供体制を変えられる強制力を持ったことになり、診療体制の見直しなどに繋がる可能性があります。例えば、働き方改革を通じて、医師の超過勤務で確保されている救急や外来を維持できなくなるかもしれません。こうした状況で、都道府県は調整会議などの場を通じて、「月曜日から水曜日はA病院で外来に対応する一方、残りの日はB医療機関で対応」といった役割分担や連携が進むようにバックアップする必要があります。
さらに、超過勤務時間が制限されることで、人手不足になった大学病院が地域の医療機関に派遣している若手医師を引き揚げる可能性が懸念されており、医師偏在是正との関係性も強まります。以上のように考えると、筆者は「医師の働き方改革を通じて、好むと好まないにかかわらず、何らかの形で医療提供体制の変容を強いられる」と予想しています。都道府県としては、同時並行で進む様々な提供体制改革や国の制度改正による影響などを見極めつつ、主体的に行動することが求められます。
19 2016年5月24日『m3.com』配信記事における保険局医療課の迫井課長に対するインタビュー記事から引用。
20 具体的には、医療資源を集中させた高度な急性期機能を評価する加算が創設されるなど、医療提供体制改革を加速する内容が盛り込まれた。詳細は2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。診療報酬改定で財務省のプレッシャーが及ぼした影響に関しては、2022年1月17日拙稿「2022年度の社会保障予算を分析する」を参照。
6――おわりに
第5回となる次回は高齢者介護に関して、主に市町村に求められるスタンスを考察します。
(2023年11月30日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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