2021年07月06日

20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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9――20年の変化(4)~制度の複雑化~

図5:介護保険の財政構造 1|負担と給付の関係明確化
最後に、制度の複雑化である57。介護保険制度は当初、被保険者が保険料とサービスの水準を理解できるように、図5で示した負担と給付の関係がシンプルに作られている。

この点については、同じ地域保険である国民健康保険との比較で明確になる。国民健康保険の場合、介護保険と同様、公費(税金)と保険料の比率は50:50とされているが、保険料軽減や赤字補填などの名目で市町村から追加的な財政支出(法定外繰入)が講じられており、医療費と保険料の水準は必ずしも一致しない。

これに対し、介護保険制度では法定外繰入が認められておらず、赤字が出た場合、都道府県単位に設置されている「財政安定化基金」で不足額を交付または貸付する仕組みとなっている。

さらに制度創設に際しては、一部の市町村で保険料減免の動きが広がったため、(1)保険料の全額免除は不適当、(2)負担能力を収入のみで判断して一律に減免することは不適当、(3)保険料の減免分を一般財源からの繰り入れで補填することは不適当――とする3原則を徹底させた。当時の幹部は「保険料を取らないで、給付することを認めたら、介護保険の自殺行為になってしまう」「保険料をまけられるということは、いちばん琴線に触れる部分だった」と振り返っている58
 
57 制度複雑化に関しては、介護保険20年を期した連載コラムの第23回を参照。
58 当時、官房審議官だった堤修三氏が提唱したため、「堤三原則」と呼ばれた。菅沼隆ほか編著(2018)『戦後社会保障の証言』有斐閣pp362-364を参照。
2|財政構造の複雑化
しかし、制度は複雑化しつつある。例えば、図5で示した円グラフのうち、税金(公費)部分が二重となり、施設系と在宅系で都道府県の負担割合が異なるようになったのは2006年度である。この時は国・地方税財政を見直す「三位一体改革」が進んでいる時であり、国の補助金を縮減させる流れの中で、特別養護老人ホームなど施設系サービスに関しては、国の財政負担割合を5%減らす一方、施設を認可する都道府県の負担割合を増やした。

第2に、低所得者向け保険料軽減である。引き上げた消費税財源のうち、国・地方合わせて約1,600億円を活用する形で、低所得者向け保険料を軽減する措置を段階的に導入した。確かに介護保険料が上昇していく中、こうした対応策は必要かもしれないが、少なくとも制度創設に際して、自治体に対して介護保険料の軽減を厳しく戒めていたこととの整合性が論じられた形跡は見受けられない。

さらに、介護保険の財政構造に関する厚生労働省の説明資料を見ても、低所得者の保険料軽減措置は示されていない。例えば、2021年度制度改正を審議する際、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会に提出された総論資料のうち、財源構成の全体像を説明するスライドでは、低所得者向け保険料軽減の措置を盛り込んでいない59。さらに、自治体が住民向けに配布している介護保険制度のパンフレットをいくつか見ても、追加的な財源措置の記述は見られない。

つまり、あくまでも「別枠」扱い、誤解を恐れずに言えば「裏から入っている公費(税金)」であり、パッチワーク的な制度を積み重ねた結果、負担と給付の関係が不明確になって来ていると言える。
 
59 2019年2月25日に開催された介護保険部会資料。
3|サービスコードの複雑化
財政構造だけでなく、人員の配置基準や報酬のルールが複雑化している。具体的には、3年に一度の介護報酬改定に際して、ガイドラインや通知、「Q&A」と呼ばれる疑義解釈など、かなりの書類が現場の事業所に示されており、こうした複雑化を端的に表すのが「サービスコード」の増加である60

ここで言うサービスコードとは、言わば介護保険サービスの「メニュー表」である。具体的には、介護保険法に基づく告示(省令)として、サービスの種類・内容、単価を細かく定めており、ケアプラン作成の際、どんなサービスを使っているかを示す。

コードは原則として6ケタ。このうち、上2ケタでサービスの種類、下4ケタではケアの行為やサービスの内容、人員・施設基準などに応じて番号が細かく割り当てられている。例えば、訪問介護は「11」、訪問看護は「13」といった形で、サービスの種類ごとに2ケタの番号が振られており、このうち訪問介護の「身体介護20分以上30分未満」は「1111」という4ケタの番号が続く。つまり、身体介護20分以上30分未満の場合、「111111」というサービスコードが割り振られている。そして、ケアマネジャーはケアプランのうち、サービス利用票別表の「サービス内容/種類」欄を記入する際、身体介護20分以上30分未満を意味する「身体介護1」、サービスコードの欄に「111111」を記入する。

さらに、それぞれのサービスコードには単価が割り振られており、「身体介護20分以上30分未満 サービスコード111111」には250単位という単価が設定されている。これがケアプラン作成の給付管理で使われている61。具体的には、月単位の利用日数のほか、1単位当たり原則として10円を乗じ、保険給付額や自己負担額を確定する。例えば、月に10回、訪問介護の身体介護20分以上30分未満を受ける場合、250単位×10回=2,500単位、つまり2万5,000円がサービス総額としてカウントされ、そこから原則10%の自己負担分(2,500円)を差し引いた2万2,500円が介護保険の給付費から支給されることになる。こうしたサービスコードを使った介護報酬の計算は本来、自らの負担と紐付けて介護保険給付を理解できる点で非常に重要である62
図6:介護報酬のサービスコード数の推移
しかし、このサービスコードは図6の通り、20年間で増加の一途を辿っている。具体的には、当初は1,745項目でスタートしたが、ほぼ右肩上がりで増加している結果、最新の2021年度で2万5,427項目と約14倍に膨れ上がっている。

では、こうした形で複雑化している理由は何か。考えられる理由としては、新しいサービス類型が付加された影響である。確かに2006年度の増加については、「地域密着型サービス」の創設などが影響しているが、その後の増加を見ると、サービスの多様化だけで説明しにくい。

むしろ、厚生労働省が給付を抑制するため、3年に一度の介護報酬改定に際して、「××を実施したら加算」「△△の基準を満たさなければ減算」「◎◎の加算を取得できる要件を見直す」といった形で、単価や基準、要件などを細かく変更している影響の方が大きい。例えば、例示した訪問介護の「身体介護1 20分以上30分未満」の場合、表4の通り、夜間早朝の場合は313単位、深夜の場合は375単位、2人の介護職員が従事した場合は500単位に細分化されており、それぞれに訪問介護を意味する「11」から始まる6ケタのサービスコードが振られている。さらに訪問介護の場合、単価が時間ごとに区分されており、それぞれの区分で表4のようなサービス内容と算定項目が設定されているほか、生活援助だけの訪問介護についても、「11」で始まる6ケタのサービスコードが別に割り振られており、訪問介護だけでサービスコード数は2021年4月現在で1,418項目に及ぶ。
表4:サービスコードの一例(訪問介護の身体介護20分以上30分未満の場合)
表2で示した制度改正、報酬改定の経緯のうち、「効率化」「重点化」と書かれた部分の多くは加算、減算を増やして来た部分であり、専ら給付抑制を図る中でサービスコードの数が膨張したと言える。

さらに「被保険者・患者・利用者・サービス事業者の幅広い具体的要望に応えようとするあまり、サービスを規律する基準や報酬体系が加速度的に複雑化する」という指摘63の通り、業界団体など関係者の意見を取り入れる中で、各種加算措置などが創設された側面もある。つまり、財政逼迫への対応を含めて、様々な問題を解決しようとした必然の結果として、サービスコードの数がほぼ右肩上がりで増加しているのである。

しかし、こうした複雑な制度を理解しようとすると、相当な機会費用(手間暇)を要するため、制度に精通していない住民やサービス利用者が制度を理解する上での「参入障壁」となりかねない。その結果、介護保険制度の創設時に重視された「高齢者の自己決定」「住民参加」が妨げられることになりかねない。

実際、「被保険者が介護報酬に基づく給付費と関連づけて保険料の妥当性を判断することがますます難しくなる」という指摘が出ている64。サービスコードの膨張に関しては、介護報酬を審議する給付費分科会、あるいは財政審で話題になる65など、政策当局者の間で意識されつつあるが、2021年度改定を経てもコード数は増加しており、制度複雑化の流れを止めるのは容易ではないと言える。こうした制度の複雑化も20年間の変化と言える。
 
60 サービスコードの複雑化の過程や問題点に関する分析については、三原岳(2015)「報酬複雑化の過程と弊害」『介護保険情報』2015年7月号。学術的な考察としては、三原岳・郡司篤晃「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』第7巻1号も参照。(DOI:https://doi.org/10.24533/spls.7.1_175)。
61 給付管理の基本的な内容については、介護保険20年を期した連載コラムの第8回を参照。
62 単位は原則として10円だが、地域によって異なる。
63 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p59。
64 堤(2010)前掲書p74。
65 介護給付費分科会の審議報告で「簡素化」が言及された。さらに財務省は2020年11月の財制審で、「真に有効な加算への重点化を行い、介護事業所・施設の事務負担の軽減と予見可能性の向上につなげるべき」と訴えた。
 

10――有効な解決策が見えない人手不足

10――有効な解決策が見えない人手不足

これまで述べて来た通り、過去の制度改正では財政逼迫への対応が焦点となっていたが、ここにきて顕在化しつつあるのが人手不足の問題である66。介護職員の給与引き上げが争点となったのは2008年以降であり、最近の経緯を簡単に振り返ろう。

元々の始まりは表5の通り、衆参両院で多数党が異なる「ねじれ国会」だった頃、野党の民主党(当時)が介護職員の給与を引き上げるための法案を議員立法で提出した時にさかのぼる。この時点で十分な財源措置が考えられていたとは思えないが、金額を明示しない形で給与引き上げの必要性を示す「介護従事者等人材確保処遇法」が超党派で成立した。さらに、リーマン・ショックを受けた経済対策の一環として、民主党への政権交代直前に編成された2009年度第1次補正予算で、「介護職員処遇改善交付金」が創設された。

しかし、介護職員処遇改善交付金は3カ年の時限措置だったため、「例外的かつ経過的な取り扱い」として2012年度改定で加算措置が介護報酬本体に取り込まれた。その後、引き上げられた消費税財源を活用するなど、加算額は少しずつ段階的に引き上げられてきた。

このほか、厚生労働省は介護職員に関するキャリアアップのコースを示したり、介護現場の魅力をPRしたりする事業にも取り組んできた。2019年末に決着した2021年度制度改正でも人材確保は大きなテーマとなり、▽外国人人材の活用、▽介護ロボットの普及、▽高齢者ボランティアの活用、▽文書削減による事務の効率化――などが論点となった。2021年度介護報酬改定でも人材不足に対応するため、ICT機器を導入した場合の加算・人員基準の見直しなどが講じられた。

それでも介護現場の人手不足感は強く、介護労働安定センターの2019年度「介護労働実態調査」によると、介護サ-ビスに従事する従業員の過不足状況について、「大いに不足」「不足」「やや不足」と答えた事業者は計65.3%に及んでいる(回答数7,046 事業所)。この数字は直近5~6年で変化しておらず「不足している理由」を尋ねたところ、「採用が困難である」が 90.0%で1位となり、次いで「離職率が高い」が18.4%だった(回答数4,602事業所、複数回答可)。
表5:介護職員の給与引き上げに関する主な出来事
さらに、20年を迎えて実施した自治体向け大手メディアの調査でも、人手不足が最大の課題に挙がっている。例えば、読売新聞の調査67では今後10年間を見通した制度の持続可能性を尋ねる問いに対し、計9割の自治体が「困難」「どちらかというと困難」と回答し、そのうちの約7割が「人材や事業所の不足」を挙げたという。さらに共同通信の調査68でも制度の問題点を尋ねる問い(複数回答可)に対し、9割の自治体が「介護現場の人手不足」を課題に挙げたとされている。厚生労働省の試算によると、人口的なボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年には介護需要が増加する中で、約55万人が不足するとされており、こうした状況が自治体の危機感に繋がっていると言える。

しかし、現時点で有効な打開策は示されておらず、筆者自身も明確な答えを持っていない。何よりも制度創設時点で「例外的かつ経過的」とされた加算措置が10年近く続いていることからも、その窮状が見て取れる。

さらに給与を引き上げても課題が解決するとは限らない。例えば、先に触れた介護労働安定センターの2019年度調査では介護労働者に対してもアンケートを実施しており、この中の「前職の仕事をやめた理由」を尋ねた設問では、「結婚・妊娠・出産・育児のため」が 26.0%と最も高く、「職場の人間関係に問題があったため」が16.3%、「自分の将来の見込みが立たなかったため」が15.6%と続いており、「収入が少なかったため」(12.3%)の回答よりも多かった(回答者数1万6,882人、複数回答可)。つまり、人手不足の解消は介護職員の給与引き上げだけで解決するとは限らず、出産・育児との両立やキャリアアップのコース確立、働きやすい職場づくりといった対応策も必要であり、これまでに挙げた施策などを展開しつつ、総合的な対応策が求められる。
 
66 人手不足の論点に関しては、介護保険20年を期した連載コラムの第20回を参照。
67 2020年3月23日『読売新聞』。都道府県の県庁所在市、政令市、中核市、東京特別区の計102自治体から回答を得たという。
68 2020年3月29日『共同通信』配信記事。都道府県庁所在地の自治体(東京都は都庁の立地する新宿区)と政令市のうち、計50自治体から回答を得たという。
 

11――おわりに

11――おわりに

拙稿では20年に及ぶ介護保険制度の歴史を振り返って来た。前半に述べた通り、制度創設に際しては様々な関係者の意見を取り入れたことで、比較的スムーズに定着したと言えるが、高齢化に伴う要介護者の増加を受けて、費用膨張の事態に直面している。その一方、認知症ケアなど新しいニーズに対応する必要に迫られており、本来は租税財源で手当てすべき「地域支援事業」を介護保険の制度内に創設したり、これを拡充したりする流れが強まっている。

さらに、こうした傾向は介護保険制度の運用にも影響しており、自己選択を意味していた「自立」の変容、市町村の関与拡大、制度の複雑化など、制度創設時とは異なる傾向が鮮明となっている。こうした中、人手不足が顕在化しており、介護保険は「財源」「人手」という「2つの不足」に直面し、大きな曲がり角を迎えている。

しかし、3年に一度の制度改正で少しずつ課題解決に取り組む現在の方法では、地域支援事業を拡充する流れが一層強まったり、制度の複雑化が進展したりする危険性がある。介護保険制度は元々、負担と給付の関係が明確であることを考えれば、いたずらに制度を複雑にさせるのではなく、持続可能な制度の確立に向けて、「負担増で給付を維持するのか」「給付抑制で負担を維持するのか」といった形で国民に選択肢を提示していくことが求められる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年07月06日「ニッセイ基礎研所報」)

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