コラム
2021年02月04日

20年を迎えた介護保険の再考(20)人材確保問題-制度の制約条件となりつつある人手不足

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~制度の制約条件となりつつある人手不足~

加齢による要介護リスクをカバーする社会保険制度として、介護保険制度が発足して昨年4月で20年を迎えました。昨年まで計19回のコラムを継続しましたが、今年度末までに残り5~6回続けます。第19回は介護保険制度の創設時、必ずしも意識されなかったテーマとして住まいの問題を取り上げましたが、今回は介護人材の問題を考えます。

この問題に関して、高齢化で要介護者が増加を続けている中、介護現場は慢性的な人手不足の状況にあります。これに対し、政府としても処遇改善などに取り組んでいますが、根本的な解決に至っていません。さらに生産年齢人口の減少に伴い、人材確保に苦労している地域も増えており、制度の制約条件となりつつあります。なかなか「解」が見えないテーマですが、論点を提示したいと思います。

2――介護人材の現状

1|介護労働者数の推移
まず、介護現場で働く労働者は約20年で増えました。具体的には、図1の通り、制度創設時は約54万9,000人だったのですが、2017年度現在で約186万8,000人に増加しました。

これを見ると、介護保険制度の創設を受けて、介護業界の裾野が広がったことは間違いないと言えそうです。
図1:介護職員の推移
2|人手不足の現状
しかし、介護現場の人手不足は恒常化しています。介護労働安定センターが毎年実施している「介護労働実態調査」では、介護事業所に対して人手不足の感覚を尋ねる質問があり、過去10年を振り返ると、図2の通りに「大いに不足」「不足」「やや不足」を足し上げた数字は2009年度を除き、全ての年度で半数を超えています。中でも「大いに不足」「不足」が年々、増加傾向にあることが分かります。

さらにサービスの種類別に見ると、訪問介護の人手不足感が突出しています。例えば、最近の数字を拾うと、2019年度、2018年度ともに「大いに不足」「不足」「やや不足」を足し上げた数字は81.2%に上ります。
図2:介護現場の人手不足感の推移
3|事業所の休業や倒産の増加
こうした人手不足の下、介護事業所の休業や倒産が増えています。東京商工リサーチが2021年1月、公表した調査1によると、「老人福祉・介護事業」の休廃業・解散は455件に上り、過去最多の2018年(445件)を更新し、倒産(負債1,000万円以上)も過去最多の118件を記録したとされています。

こうした苦境が続く理由として、東京商工リサーチは「新型コロナ感染拡大の収束が見えず、経営者の事業継続意欲の低下や高齢化なども影響した」「大手との競合や人手不足、ノウハウ不足などで事業継続が厳しく、淘汰される事業者が増えている」と分析しています。さらに、コロナ禍が始まる前の2019年の倒産件数も111件に及んでおり、特に人手不足感が突出している訪問介護事業所の倒産件数が58件を占めていました。このため、東京商工リサーチは「特にヘルパー不足が深刻な訪問介護事業者の倒産が急増し、全体を押し上げている」と分析していました2。つまり、コロナ禍の前から人材確保に関する苦境は続いていることになります。

実際、過疎地を持つ自治体関係者からも「ヘルパーが足りないので、サービスを提供できなくなっている」との声を聞きます。制度創設時には新規参入者が増えない場合、保険料は強制徴収されるのにサービスを受けられない「保険あってサービスなし」の状態が生まれる危険性が論じられていましたが、人手不足を受けて形を変えて同じ問題が顕在化していると言えます。

こうした事態に対応するため、多くの自治体が介護人材を募るためのフェアを開催したり、助成金を出したりしていますが、生産年齢人口が減少する中で、「人材の奪い合い」になっており、必ずしも有効な手立てとは言えません。人手不足は財源問題と並んで制度の制約条件になりつつあります。
 
1 2021年1月20日、東京商工リサーチ「2020年『老人福祉・介護事業』の休廃業・解散調査」。
2 2020年1月7日、東京商工リサーチ「2019年『老人福祉・介護事業』倒産状
4|人手不足の原因は収入だけか?
こうした人手不足を生み出している一因として、給与水準の低さを挙げることができます。後述する通り、介護職員の処遇改善に向けて取り組みが積み重ねられているのですが、介護業界で働く人で構成するNCCU(日本介護クラフトユニオン)の「2020年度 就業意識実態調査」3によると、2019年の組合員平均年収は359.8万円であり、NCCUは全産業の平均(463.4万円)と比べて、「まだ100万円程度の差がある」としています。

実際、介護労働安定センターの介護労働実態調査によると、2019年度の離職率は15.3%であり、全産業の平均離職率14.6%(2018年度、雇用動向調査結果)よりも高くなっています。このため、介護市場の労働者確保・定着が進まない一因として、給与水準の低さがあると理解されています。

しかし、「給与を上げれば人手不足が解決する」とも言い切れない面があります。例えば、先に触れた介護労働安定センターの介護労働実態調査では、介護関係の仕事経験がある人に対して離職の理由を尋ねる設問(複数回答可、5,579人が回答)があり、「収入が少なかったため」という回答は15.5%にとどまります。一方、「職場の人間関係に問題があったため」という回答が23.2%でトップになっています。このため、魅力ある職場づくりとか、風通しの良い職場環境の整備も必要になります。

さらに、同じ調査では「結婚・妊娠・出産・育児のため」という離職理由が20.4%となっており、これを理解する上では介護労働者の特性を踏まえる必要があります。具体的には、2019年版の介護労働実態調査によると、生計維持者が本人と回答した介護職は4割弱であり、介護労働者の多くが生計維持者ではない既婚女性が多いと理解されています4。このため、離職対策としては、出産・育児支援や復職支援など別の手立ても講じる必要があります。

このほか、離職理由では「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため」という回答が17.4%、「自分の将来の見込みが立たなかったため」という回答が16.4%となっており、経営理念の明確化とか、キャリアアップ、昇給制度の導入など事業所のマネジメント改革も求められます。

労働市場との関係で言うと、景気回復の局面では介護労働市場の人手不足が深刻化する事情もあります。図3は全産業の有効求人倍率、介護労働市場の有効求人倍率、完全失業率の推移を比較しています。

2020年に入った後の新型コロナウイルスによる影響は現時点で見極めるのは難しそうですが、全体的な傾向としては、全体の完全失業率が下がると、全体の有効求人倍率の伸びを大幅に上回る形で、介護関係職の有効求人倍率が伸びている様子を見て取れます。

こうした現象が生まれる一因として、介護労働市場の特性が挙げられます5。具体的には、通常の労働市場の場合、人手不足の局面では労働力に対する需要が高まる分、賃金が上昇傾向となるなど、市場メカニズムによる裁定が働きます。しかし、介護市場は第16回で述べた通り、市場経済と計画経済の中間である「準市場」を採用しており、介護サービスの単価は公定価格である介護報酬で決められています。この結果、市場メカニズムの裁定が働かず、他の産業で賃金が上がると、介護市場の人手不足感が高まりやすい構造を有しています。
図3:介護職関係の有効求人倍率と完全実業率の推移
 
3 2020年11月20日。NCCU「『2020年度就業意識実態調査』について」。
4 花岡智恵(2015)「介護労働力不足はなぜ生じているのか」『日本労働研究雑誌』No.658。
5 同上。
図4:介護福祉士の受験者数、合格者数、合格率の推移 5|専門職の受験者数減少
専門人材の確保という点で見ると、1988年度にスタートした介護福祉士、介護保険制度の創設とともに生まれたケアマネジャー(介護支援専門員)の受験者数が減少傾向となっている点も見逃せません。
図5:ケアマネジャーの受験者数、合格者数、合格率の推移 まず、介護福祉士に関しては、図4の通り、受験者数は2006年以降、10万人を超える水準で推移していましたが、2017年に急減しました。これは現場でスキルを磨きつつ資格取得を目指す「実務経験ルート」の要件の厳格化が影響し、費用や試験の負担が嫌われたとされています6

さらに、ケアマネジャーの受験者数、合格者数についても、図5の通り、2018年度に急減している様子を見て取れます。こちらもヘルパー経験者などを除外する受験資格の変更が影響7しているとされ、いずれも専門性の向上を目的としたとはいえ、人材不足感に拍車を掛けた面は否めません。

以上の数字や状況を踏まえると、介護人材の不足は給与の低さだけでなく、事業所のマネジメント不足やキャリアパスルートの未整備、経済状況、介護労働者の特性、試験制度の変更など、幾つかの要因が影響しており、給与引き上げだけが解決策とは言えない難しさがあります。
 
6 2020年3月25日『Joint介護』配信記事。
7 2021年1月7日『ケアマネジメントオンライン』配信記事、2020年11月2日、3月23日『Joint介護』配信記事。このほか、ケアマネジャーが後述する処遇改善加算の対象に含まれていない影響、さらに試験日に台風や新型コロナウイルスが重なった影響も指摘されている。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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