コラム
2020年10月12日

20年を迎えた介護保険の再考(16)準市場の功罪-民間参入を促した狙いと効果、マイナス面

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~準市場の功罪を考える~

加齢による要介護リスクをカバーするための社会保険制度として、介護保険制度が発足して4月で20年を迎えました。介護保険の論点や課題を考える連続コラムの第14回では、介護保険制度が「地方分権の試金石」と位置付けられた点を考察し、第15回では財政運営を司ることになった市町村の不安に配慮するための仕掛けを取り上げました。

第16回では「準市場」(quasi-market)という考え方が介護保険に採用された点を紹介します。準市場とは、行政を中心に計画経済的に運営される福祉分野に、市場原理の要素を部分的に取り入れることを指しており、介護保険では第6回で述べた通り、利用者本人の自己決定をベースとした契約制度が採用されたほか、営利法人を含めた民間事業者の参入が認められました。

しかし、行き過ぎた営利主義など準市場にもマイナス面はあります。そこで、今回は準市場の狙いと功罪を取り上げることにします。

2――準市場とは何か

1|準市場の基本的な考え方
まず、「準市場」という考え方を最初に取り上げます。準市場の概念は元々、イギリスに遡ります。制度改革の詳細は省きますが、政府の役割が大きいNHS(国民保健サービス)を改革する際、市場メカニズムを部分的に採用し、効率化を目指そうとしたのです。これをブレア政権のブレーンだったル・グランという社会学者が「準市場」と名付けました1

ただ、準市場の解釈には少し幅が見られるため、ここでは一般的な意味として、「多様な供給主体により一定の競争状態を公共領域で発生させること」と定義します2。つまり、サービス提供主体の多様化・市場化を意味する言葉であり、こうした準市場の考え方は介護保険制度、さらに同時期にスタートした社会福祉基礎構造改革の制度設計に組み込まれています。社会福祉基礎構造改革について、厚生省OBを中心に綴られた政策過程の記録では、下記のように書かれています3
 
(筆者注:検討が進むにつれて)市場原理は、決して「自由放任」を意味するのではなく、所得が少ないために必要なサービスが購入できない人には政府が所得を移転することによって対応するなどの公的関与を含めた意味であることが明らかになっていった。また、福祉サービスの場合には、利用者自身の判断がうまく働かないケースもありうるので、市場原理の適用に当たっては、例えば成年後見人制度のような利用者によるサービスの選択・利用をサポートするためのシステムが必要であるとの議論も行われた。

そのような前提の下で、福祉サービスの分野においても、利用者の選択を尊重し、利用者側の要望とサービス供給側の都合とを調整する手段として、具体的なサービス提供の側面において市場の持つ機能を活用していくという考え方が受け入れられていった。

つまり、「計画経済か、市場原理か」という二律背反ではなく、利用者の意向と提供者の都合を調整する手段として、市場メカニズムを部分的に導入する考え方に傾斜したと書かれています。ややもすると、医療・福祉の世界では市場メカニズムを嫌がる人が多く、中には「市場原理」という言葉を口にした瞬間、「市場原理主義者」「新自由主義者」という攻撃を受けるような雰囲気さえあるのですが、利用者本人の自己決定をベースにしつつ、営利法人を含めた多様な提供主体の参入を認めることで、利用者の選択肢を広げる準市場の発想自体、それほど問題があるとは思えません。しかも、ここで書かれている通り、準市場は「自由放任」を意味しているわけではありません。

以下、介護保険制度の準市場的な要素として、(1)利用者による契約制度、(2)営利法人やNPOを含めた提供主体の多様化――という2点で議論を進めます。
 
1 Julian Le Grand(2007)“The Other Invisible Hand”[後房雄訳(2010)『準市場』法律文化社]などを参照。
2 狭間直樹(2018)『準市場の条件整備』福村出版p23を参照。
3 炭谷茂編著(2003)『社会福祉基礎構造改革の視座』ぎょうせいp28。
2|契約制度の採用
契約制度については、既に第6回で説明しましたので、多くを述べません。それまでの市町村を中心とする措置制度では、高齢者に自己決定権が担保されないとして、介護保険制度では利用者自らの自己決定を重視しました。さらに、利用者とサービス提供者の対等な立場を担保する制度として、契約制度が採用されました。先の引用で言うと「供給者との契約により、自らその対価を負担して購入する」という部分になります。
3|営利法人やNPOを含めた提供主体の多様化
第2に、営利法人やNPOを含めて、提供主体を多様化した点です。介護保険制度創設の流れを作った1994年12月の「高齢者介護・自立支援システム研究会」の報告書では、「高齢者や家族に対しニーズに応じた多様で良質な介護サービスが十分に提供されるよう、多様な事業主体の参加を求め、市場における適切な競争を通じて、サービスの供給量の拡大と質の向上が図られる必要がある」と定めました。つまり、早い段階から営利法人を含めた幅広い主体の参入が企図されていたことになります。

さらに、こうした考え方については、当時の時代背景が影響していました。第1に、第14回で述べた地方分権改革に繋がる「小さな政府論」の影響です。日本では1980年代の中盤以降、政府の役割を小さくする「小さな政府論」が勢いを増し、「国の仕事を自治体や民間企業に委ねるべき」という議論が強まりました。こうした機運の中で、地方分権改革の論議が進む一方、地方分権改革との関連が意識された介護保険制度についても、営利法人を含めた幅広いセクターの参入が早い段階から意識されていたと言えます。

第2に、1995年1月の阪神大震災を契機に、ボランティアの役割が注目されるようになった点です。それまでは政党や労働団体、宗教団体などに限定されていたボランティアの裾野が拡大し、ボランティアの法人格を認める特定非営利活動促進法(NPO法)が1998年に制定されるに至りました。

こうした中で重視されたのは「官(政府セクター)、あるいは「民」(営利セクター)でもない形で、非営利の目的のために貢献する市民の存在です。さらに第14回で述べた通り、介護保険は市民参加を重視していたため、「ボランティア団体も指定業者になり介護保険サービスを提供すれば、保険から介護報酬が支払われ、安定的な収入が見込める」といった形で、ボランティアの参入が積極的に評価されていました4

このほか、介護保険20年の足取りを振り返る拙稿でも考察した通り、制度創設に際しては保険料だけ支払ってサービスを受け取れない「保険あってサービスなし」の状態が危惧されたため、幅広いセクターに参入してもらうことで、少しでもサービスの「担い手」を増やしたいという思惑も働いていたと思われます。この辺りについては、厚生省(当時)が民間事業者とフランクに意見交換する場として、「介護関連事業振興政策会議」を開催していたことと符合します5

実際、提供主体は20年間で多様化しました。この点は介護保険20年の足取りを振り返る拙稿でも取り上げたところですが、20年で最も伸びた訪問介護、通所介護(デイサービス)に着目すると、営利法人が訪問介護の66.2%、デイサービスの48.5%を占めています。これを2000年度の同じ調査と比べると、少し統計の区分が違うのですが、「会社」の比率は訪問介護で30.3%、通所介護は4.5%でした。このため、営利法人の参入が在宅サービスの拡大に寄与した様子を見て取れます。

しかし、準市場にはマイナス面もあります。ここでは、(1)営利至上主義、(2)自己決定できない人への対応欠如――という2点を取り上げます。
 
4 渋川智明(2001)『福祉NPO』岩波新書p45。
5 2000年6月11日『社会保険旬報』No.2063、1999年10月11日『国保実務』No.2175を参照。

3――準市場のマイナス面(1)~行き過ぎた営利至上主義~

1|通常の財やサービスとの違い
第1に、ややもすると市場原理が営利至上主義に傾く点です。営利法人の性格上、株主への配当を優先せざるを得ないとはいえ、福祉の基本は「個人へのケア」なので、営利主義が優先し過ぎると、本来の趣旨から外れることになります(これは別に福祉に限らず、全ての会社に言えることですが)。

さらに、福祉というサービスが通常の財やサービスと異なる点も踏まえる必要があります。例えば、我々は普段から「あそこのラーメンは質が落ちたよね」とか、「あの店は従業員を減らしてコスト削減ばっかりやっている」といった会話を交わしていますし、こうした判断を消費者が下すことで、利益が少なくなれば、サービス改善のインセンティブが働きます。これが市場原理の利点です。

しかし、福祉サービスの利用者は「サービスは気に入らないけど、要介護の父親の面倒を見てもらえないかもしれないので、事業所を変えにくい」といった判断を迫られる可能性があります。

さらに通常の財やサービスであれば、市場の動向を見つつ、サービス提供者が値段や店舗・従業員の配置を変えることができますが、介護保険では全て国がコントロールしており、民間事業者の裁量は小さいと言わざるを得ません。この結果、介護職を低賃金で働かせるとか、十分な研修を受けさせないとか、従業員を使い捨てにするような経営者が現れる危険性があります。
2|行き過ぎた営利主義の事例
行き過ぎた営利主義の事例として、グッドウィル・グループに属していたコムスンの事件が挙げられます。コムスンは制度創設当初、「過疎地を含めた24時間訪問介護」を掲げていたのですが、間もなく過疎地からの撤退や従業員の解雇などを決断し、物議を醸しました。

さらに2007年には介護報酬の不正請求が相次いで発覚し、処分を逃れるための組織再編なども批判を浴びるようになり、厚生労働省は営業停止を命令。結局、コムスンが実施していたサービスは他の事業者に継承され、2009年度制度改正では事業者の法令順守強化も図られました。

さらに、「お泊まりデイ」の規制強化も話題になりました。お泊りデイとは、高齢者が自宅に帰った後のデイサービス事業所で、高齢者を夜間に受け入れるサービスを指します。これは介護保険の対象外なので、価格や人員基準を自由に設定できる上、「要介護者を預かってほしい」という家族のニーズにも機動的に対応できるため、2010年頃から急速に増えました。しかし、夜間の人員配置が不十分な点などが指摘されるようになり、2015年度改正では「お泊まりデイ」を提供する小規模な通所介護事業者を規制するため、▽小規模な事業所を地域密着型サービスに移行し、市町村によるチェックを強化、▽「お泊りデイサービス」の届出制度の導入――といった制度改正が実施されました。
3|配当流出の違いだけ?
しかし、こうした営利主義の問題点は介護保険に限った話でしょうか。例えば、医療保険では営利法人の参入を認めていませんが、民間の医療法人は利益を考慮していないでしょうか。さらに言えば、「数は少ないはず」と信じたいですが、過剰検査、過剰診断など不必要な医療を提供して営利至上主義に走っている医療法人も存在するはずです。

本来は非営利の社会福祉法人に関しても、2014年頃に多額の積立金が計上されていることが問題視され、地域貢献などを促す社会福祉法改正がなされました。言い換えると、「地域貢献せよ」と国が言わなきゃならないほど、社会福祉法人が非営利性に沿った活動に取り組んでいなかったと言えます(もちろん、素晴らしいケアの実践や地域貢献に取り組んでいる社会福祉法人も少なくないのですが)。

つまり、行き過ぎた営利主義の問題は営利法人を締め出している医療保険とか、営利を目的としてない社会福祉法人でも起こり得るわけです。コムスンのような事件が起きると、往々にして福祉関係者から「営利法人を入れたのが失敗」「福祉は営利に合わない」といった意見を耳にしますが、私のような外野の眼から見ると、どうして組織形態の違いだけで是非を議論するのか不思議で仕方がありません。

敢えて違いを挙げるとすると、株式会社は配当を通じて外部に利益が流出します。これに対し、社会福祉法人やNPO法人では利益の外部流出が起きず、解散する時の残余財産についても、自由に分配することは許されていません。このため、「保険料や税金で稼いだ収益が配当の形で外部に流出することはけしからん」という営利法人に対する批判は傾聴に値します6

そこで、介護保険給付で得た営利法人の利益に関しては、国債の利回りや上場会社の平均配当利回りなどを参考にしつつ、配当額の基準を設定するのも一案かもしれません。
 
6 ここでは詳しく触れないが、医療法人でも利益の外部流出が起き得る。具体的には、約7割を占める「持分有」の医療法人が解散する際、その残余財産は持ち分を出した出資者(会社で言えば株主)に分与される仕組みであり、株式会社と同様の構造となっている。こうした状態を改善するため、厚生労働省は2007年度以降、持分有の医療法人新設を認めておらず、既存の法人についても「持分無」への移行を促している。このほか、調剤薬局の大手も営利法人であり、外部流出が起き得る。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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