コラム
2021年02月19日

20年を迎えた介護保険の再考(21)ケアラー支援-介護離職対策に関心、現金給付は創設時に論争に

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~ケアラー(介護者)支援の論点を探る~

加齢による要介護リスクをカバーする社会保険制度として、介護保険制度が発足して昨年4月で20年を迎えました。介護保険制度の創設時、必ずしも意識されなかったテーマとして、第19回は住まい、第20回は介護人材の問題を取り上げましたが、今回は「制度創設時に論じられたが、余り手が付けられなかった問題」として、要介護者の家族などのケアラー(介護者)支援を取り上げます。

そもそも介護保険は導入に際して、高齢者自身の「自己選択」を重視したため、ケアラー支援は必ずしも意識されず、要介護者の家族に対する現金給付も導入されませんでした。一方、前政権が掲げた「介護離職ゼロ」の方針とか、埼玉県議会によるケアラー支援条例の制定などの動きが出て来たので、制度創設時の経緯も振り返りつつ、ケアラー支援の問題を考えたいと思います。

2――介護離職を巡る動向

1|前政権は「介護離職ゼロ」を打ち出したが…
些か旧聞に属する話ですが、安倍晋三前政権が掲げた「新三本の矢」をご記憶でしょうか。これは2015年9月に示された方針で、「2020年の名目GDP600兆円」「合計特殊出生率を1.8に回復」と並んで、「介護離職者ゼロ」の考え方が盛り込まれました。その後、2016年6月に政府がまとめた「ニッポン一億総活躍プラン」では、介護離職者ゼロに向けた方策として、介護の受け皿拡大(38万人分以上から50万人分以上)に加えて、第20回で述べた介護人材の処遇改善などを盛り込みました。
図1:「介護」を理由に離職した人の推移 ここでデータを確認すると、介護を理由にした離職した人の数は大幅に増えたり、劇的に減ったりしているわけではありません。図1は厚生労働省の「雇用動向調査」をベースに作成した数字であり、最近は概ね10万人前後で推移していることが分かります。

しかし、当事者にとっては大問題ですし、「長時間介護」「被介護者との同居」「仕事をしない」という献身的な介護がメンタルヘルスの悪化に繋がるという実証研究が示されています1。さらに、「ニッポン一億総活躍プラン」では「日本の大黒柱、 団塊ジュニア世代が大量離職すれば、経済社会は成り立たない」として、介護と仕事の両立が必要と指摘しており、介護離職に伴う所得損失としても、年2,700億円程度、経済損失は年6,500億円程度に及ぶという経済産業省の試算も公表されています2

そこで、政府は2017年1月に改正育児・介護休業法を施行させ、従業員が介護を理由にした休業や休暇、短時間勤務などを柔軟に取得できるようにする制度改正を実施。さらに、厚生労働省が2018年3月、中学校区単位に設置されている地域包括支援センターを中心に家族介護者を支援するためのマニュアルを公表するなど、いくつかの施策が展開されました。こうした流れを受けて、介護離職対策に取り組む企業が増えており、「好事例」と紹介されている事例を総合すると、▽相談窓口の設置、▽介護休暇・休業制度の創設、▽介護セミナーの開催――などの共通点が見られます3
 
1 小塩隆士(2021)『日本人の健康を社会科学で考える』日本経済新聞出版を参照。
2 2018年9月21回産業構造審議会2050経済社会構造部会資料を参照。
3 2020年9月2日に開催された労働政策研究・研修機構の「第109回労働政策フォーラム」などを参照。
2|介護離職支援の難しさ
ただ、一口に「介護離職に対する支援」と言っても、実行が難しい面があります。元々、介護を巡る状況については、「家族と同居しているか否か」「ケアラーの居住地は要介護者の住んでいる地域から遠距離か、近距離か」「要介護者はどんな状態か」といった点で個別性が大きく、一律による支援は難しいためです。このため、会社としては、介護休暇・休業制度の拡大などに加えて、勤務時間の弾力化やワークシェア、人事面談での状況確認、人事異動の配慮など個別対応が求められると思います。

さらに第14回で述べた通り、介護保険はコミュニティをベースとした制度であり、職域レベルの対応を全く想定していません。このため、専門職や自治体が支援の手を差し伸べにくい難しさがあります。この問題では規制改革推進会議が2019年5月の意見書で、ケアマネジャー(介護支援専門員)が就労している家族の勤務実態も踏まえて、情報提供を強化する必要性を指摘しましたが、こうした提案が出ること自体、地域と職域の分断が起きている裏返しと言えます。このため、企業や労働局、都道府県、市町村など関係者の連携が重要になって来ると思います4
 
4 介護離職防止のポイントについては、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2020)「介護離職防止のための地域包括支援センターと労働施策等との連携に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)、同(2020)「市町村、地域包括支援センターにおける家族介護者の就労継続支援に関わる取組ポイント」(老人保健健康増進等事業)などを参照。

3――ケアラー支援の動き

1|埼玉県のケアラー支援条例
最近、メディアでは「ケアラー」という言葉を目にする機会が増えているかもしれません。その以前から日本ケアラー連盟が独自の支援法案を策定・提案するなど様々な動きがあったのですが、最近では埼玉県議会の「ケアラー支援条例」が関係者の関心を集めました5。これは2020年3月、議員提案で成立した条例であり、「全てのケアラーが個人として尊重され、健康で文化的な生活を営むことができるように行われなければならない」といった理念を明記。さらに、ケアラー支援策の総合的かつ計画的な実施を県の責務として規定したほか、県民、事業者、関係機関の役割なども列挙しています。

まず、ここではケアラーの定義に注目したいと思います。埼玉県の条例では「高齢、身体上又は精神上の障害又は疾病等により援助を必要とする親族、友人その他の身近な人に対して、無償で介護、看護、日常生活上の世話その他の援助を提供する者」と定義されており、ケアラーは高齢者介護に限った話ではなく、障害者分野も視野に入っていることが分かります。

さらにケアラーと呼ばれる対象者に関しても、条例は「提供する者」と定めており、家族だけでなく知人や友人なども含んでいます。このほか、18歳未満のケアラーを「ヤングケアラー」と定義し、条例では教育面、健康面などの支援を規定しています。本コラムでは高齢者介護、介護家族を想定していますが、ケアラーとは本来、幅広い単語であることは理解する必要があります。

以上のような条例制定を契機に、埼玉県では学識者などで構成する「県ケアラー支援に関する有識者会議」が2020年6月に設置されたほか、2021年3月にも「県ケアラー支援計画」が策定される運びとなり、施策が少しずつ動き始めています。さらに、こうした条例は今後、他の地域でも議論される可能性が想定されるほか、厚生労働省もヤングケアラーの実態調査に乗り出す6と報じられており、今後は国・自治体レベルで様々な取り組みがスタートする可能性があります。
 
5 埼玉県のケアラー支援条例については、2020年12月6日『毎日新聞』、同4月28日『朝日新聞』配信記事のほか、条例制定を主導した議員による吉良英敏(2020)「埼玉県ケアラー支援条例」『自治体法務研究』2020年秋号などを参照。
6 2020年10月5日『共同通信』配信記事。
2|ヤングケアラーの問題
中でも、注目を集めているのがヤングケアラーの問題です7。つまり、若年者が両親や祖父母のケアに関わっていることで、成長や進学、就職などに影響を与える可能性が問題視されており、家庭内の問題として見なされがちなため、実態把握の難しさも指摘されています。

ただ、問題化していることは間違いありません。例えば、推進計画の策定に向けた埼玉県の調査8によると、4.1%の高校生が「自身がヤングケアラーである、または過去にそうであったと思う」と回答しています(有効回答は4万8,261人)。さらに、日本ケアラー連盟が2017年6月に公表した調査9では、神奈川県藤沢市の公立小中学校と特別支援学校に勤務する教職員(有効回答は1,098人)のうち、48.6%に当たる534人が「これまでに教員としてかかわった児童・生徒の中で家族のケアをしているのではないかと感じた子どもがいる(いた)」と答えたとされています。
 
7 ヤングケアラーについては、澁谷智子編(2020)『ヤングケアラー わたしの語り』生活書院、同(2018)『ヤングケアラー』中公新書のほか、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2020)『ヤングケアラーへの早期対応に関する研究報告書』(子ども・子育て支援推進調査研究事業)などを参照。
8 2020年11月25日「埼玉県ケアラー支援計画のためのヤングケアラー実態調査結果」を参照。
9 日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクト編(2017)「藤沢市 ケアを担う子ども(ヤングケアラー)についての調査≪教員調査≫報告書」を参照。
図2:ダブルケアが始まった後の業務量や労働時間の変化 3|ダブルケアの問題
子育てと介護が同時に到来する「ダブルケア」も問題になっています10。これは兄弟姉妹数や近所付き合いの減少、非正規雇用の増加などの社会経済情勢の変化が影響しており、主に30~50歳代の人、中でも女性に起きている現象です。例えば、内閣府の委託調査11によると、約25万人(女性約17万人、男性約8万人)と推定され、図2の通りに調査では回答した女性のうち、業務量や労働時間を「減らした」「無職になった」と答えた人は合計で約4割に及んでおり、ダブルケアが女性にとって離職または収入減のリスク要因となっている様子を見て取れます。
 
10 ダブルケアについては、相馬直子・山下順子(2017)「ダブルケア(ケアの複合化)」『医療と社会』第27巻1号、同(2016)「ダブルケアとは何か」『調査季報』No.178などを参照。
11 NTTデータ経営研究所(2016)「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査」(内閣府受託調査)を参照。

4――ケアラー支援を巡る他国の施策

ここで他国の制度を概観すると、ケアラー支援について何らかの形で取り組んでいる国は多い印象を受けます12。例えば、イギリス、フランスなど欧州諸国では介護者の社会的孤立を防ぐ観点に立った施策が展開されており、世界でいち早く介護保険制度を作ったオランダ、ドイツも家族に対する現金給付の仕組みがあります。このほか、韓国でも施設が足りない地域などに住む家族のうち、一定の資格を得た人は「家族療養保護士」として、保険財源から現金を受け取れる仕組みが整備されています。

ただ、日本ではケアラー支援が十分とは言えません。これは介護保険制度の創設に際して、ドイツのような介護家族に対する現金給付が争点となったことと無関係とは言えません。以下、高齢者介護の家族問題にスポットを当てつつ、当時の議論を振り返ります。
 
12 海外の動向については、金明中(2020)「韓国の老人長期療養保険制度の現状と課題」『基礎研レポート』2020年3月30日発行、齋藤香里(2013)「ドイツの介護者支援」『海外社会保障研究』No.184、中澤克佳(2018)「介護保険制度の持続可能性」(海外行政実態調査報告書)、三富紀敬(2016)『介護者支援政策の国際展開』ミネルヴァ書房、同(2010)『欧米の介護保障と介護者支援』ミネルヴァ書房、森周子(2020)「介護手当と家族介護」『日本労働研究雑誌』No.719などを参照。

5――家族介護を巡る議論

1|制度創設時の議論
まず、制度創設の流れを作った1994年12月の高齢者介護・自立支援システム研究会報告書を読むと、「家族はまさに『介護疲れ』の状態」「今日の高齢者介護は,家族が全てを担えるような水準を超えており、(略)家族のみの介護には限界がある」といった問題認識を披露しており、家族介護の担い手だった女性の負担軽減にも言及しています。その上で、「外部サービスを利用しているケースとの公平性の観点、介護に伴う支出増などといった経済面を考慮し、一定の現金支給が検討されるべきである」と定めていました。つまり、現金給付は選択肢の一つに入っていたと言えます。

ここで、留意すべきは介護保険制度が最終的に現金給付の仕組みになった点です。具体的には、医療保険と介護保険を対比させた第17回で述べた通り、医療保険が純粋な現物給付であるのに対し、介護保険は現金給付をベースとしつつ、実際にはサービス提供者が保険者から代理で費用を受け取る「代理受領方式」を採用する形で現物給付となっている違いがあります。このため、家庭内で介護に携わる無償労働について、サービスの代わりに現金を給付するアイデア自体、不自然とは言えません。

しかし、結論を先取りすると、「介護の社会化に反する」という考えが強まり、現金給付は見送られました。例えば、数多くの論点に関して両論併記、多論並列となった1996年4月の老人保健福祉審議会(厚相の諮問機関)最終報告を見ると、現金給付の積極的な意見として、▽高齢者や家族の選択の幅が広がる、▽外部サービスを利用している事例との公平性を図る必要がある、▽家族が介護しているケースが大半であり、介護に伴う家計支出が増大している実態もある――といった点を指摘。一方、消極的な意見としても、▽現金の支給が適切な介護に結び付くとは限らない、▽家族介護が固定化され、特に女性が家族介護に拘束される恐れがある、▽介護を家族だけに委ねると、身体的精神的負担が過重になり、介護の質も確保できない恐れがある――などを挙げ、「広範な国民的議論が期待される」として結論を出しませんでした。

さらに当時はサービス基盤の整備が課題となっていたため、「現金給付が拡大すると、サービス基盤の拡充に繋がらない」といった意見も示されていました13。こうした賛否両論がある中で、最終報告は結論を先送りしたわけです。国会議事録を紐解くと、当時の論点が見えて来ます14
 
家族介護につきましてどういう対応をするかということも、法案成立過程におきまして、いろいろ議論のあったところでございます。(略)現在、まだサービス基盤をもっともっと整備しなければいかぬ状況でございますので、その限られた財源をサービス基盤の充実に振り向けることが適当というようなことで制度を整理しているわけでございます。ドイツにおきましては、(略)現金給付が行われております。これは現物給付の場合の半分ぐらいの水準で行われております。

ただ、(略)我が国の現在置かれている状況を見ますと、まずはそういう基盤整備を充実することが大切ではないか、そして、家族にも現物給付の形で何らかの形で活用してもらう、そういう形が適当ではないかというふうに判断しているところでございます。

ここでは「先行例とされたドイツでも家族への現金給付が導入されているので検討に値するが、サービスが未整備の日本では時期尚早」と考えられた点が強調されています。同様の認識は新聞紙面でも見て取れます。例えば、介護保険の議論がスタートした頃の新聞15では、約8割の市町村と約半数の都道府県が「介護手当」を支給しているという独自の調査結果を明らかにした上で、「国民から強制的に保険料を新たに徴収し、支給する手当をさらに増やすだけでは、家族の『介護地獄』は解消しない」と指摘しました。要するに、家族への現金給付を通じて、サービス基盤の整備が遅れたり、家族介護(中でも女性の負担)が固定化したりする懸念が強く示されたわけです。

実際、連立政権を構成する自民、社会、さきがけの3党は1996年9月、「現金給付については、当面行わないこととし、介護基盤整備への資金投入を優先する」と決めました。つまり、「現金給付vsサービスの充実」「家族介護vs介護の社会化」という対立が続き、現金給付が見送られたわけです16

しかし、実はわずかに現金給付が認められている部分があります。これは「要介護4または5の要介護者を介護する家族が1年間、介護保険制度サービスを利用していない」などいくつかの要件を満たした人に年10万円(自治体によって金額が違います)を支給する「介護家族慰労金」という仕組みであり、こちらが作られる時も一悶着がありました。以下、この経緯を振り返ります。
 
13 京極高宣(1997)『介護保険の戦略』中央法規出版p93を参照。
14 1997年2月28日、第140回国会衆議院厚生委員会における厚生省の江利川毅官房審議官の発言。
15 1995年10月21日『朝日新聞』。
16 これとは別に、財政当局が歳出拡大に繋がる懸念を持っていたことも制度化見送りの理由に挙げられるという。増田雅暢(2003)『介護保険見直しの争点』法律文化社p178。さらに千葉県野田市が独自の現金給付を実施し、賛否両論の意見が示された。『地方分権』2020年2月号などを参照。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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