2023年02月13日

かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか(上)-年末に示された部会意見を読み解き、論点や方向性を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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9――今回の決着の課題(1)~それでも残るかかりつけ医の曖昧さ~

第1に、国民から見た「かかりつけ医とは、どんな医師なのか」という点が引き続き曖昧なまま残される。あくまでも今回の法定化は「かかりつけ医機能」であり、「かかりつけ医」ではない。このため、かかりつけ医になれるかどうかの基準が定められるわけではなく、患者の行動や意識に依拠する曖昧さは残された。

つまり、患者が「A医師はかかりつけ医」と思っていたとしても、その医師は「かかりつけの関係が成立していない」と思ってしまうかもしれない。確かに継続的な医学管理を必要とする患者については、書面交付という形で、「かかりつけの医師―患者」の関係が明らかになるが、それ以外の患者に関しては、かかりつけ医の曖昧さは残された形となった。

その背景には、医療の国家統制などを嫌う日医の意向が反映しており、この辺は歴史的な経緯を含めて、(下)で詳述する。

10――今回の決着の課題(2)

10――今回の決着の課題(2)~医療機能情報提供制度は機能するのか?~

第2に、「医療機能情報提供制度がどこまで機能するのか」という点も疑問が残る。患者から見ると、医療機能情報提供制度の「刷新」を通じて、医療機関が果たしている役割などが明らかになる意味は大きいと考えられる。

だが、医療サービスの特性として、患者―医師の情報格差が大きい点、患者が医療の質を評価しにくい点、ニーズの発生が不確実な点などがあり、他の財やサービスと異なり、市場の考え方が機能しにくい。このため、情報を開示されたとしても、患者は医療の質まで評価できない。

一例として、これまでも「上手な医療のかかり方」のキャンペーンの下、政府は国民に対し、「かかりつけ医を持って下さい」と働き掛けたり、夜間・休日の外来の安易な使用などを戒めたりしてい16が、そもそも上記のような構造を持つ医療サービスで、患者の決定だけに委ねることには限界がある。実際、政府から「かかりつけ医を持とう」「かかりつけ医で発熱外来は受けて下さい」などと呼び掛けられても、「かかりつけ医をどうやって選んでいいか分からない」と感じる国民は多かったのではないだろうか。新型コロナウイルスの発熱外来やワクチン接種に関して、国民がかかりつけ医を探して彷徨った様子は平時で起きていることが短期間、かつ顕著に表れたに過ぎない。

さらに現行制度では公表されている情報が正しいのかどうか、第3者的に評価する仕組みが存在しない。このため、実効性を高める上では、国民にとって分かりやすい情報提供が欠かせない上、行政による評価・認証なども必要となる。

その点で参考になるのはイギリスの仕組みであろう。イギリスの公的医療保障制度であるNHS(National Health Service)のウエブサイトでは、居住地域の住所や郵便番号を入力すると、住民は最寄りの診療所の住所や連絡先、待ち時間、定期的に実施されている患者向けアンケート調査の結果などを把握できる。さらに、近隣の診療所との比較、当該地域や全国平均とも比較できるようになっている。

別にイギリスの仕組みをダイレクトに採用する必要はないが、今回の制度改正の実効性を高める上では、患者の意思決定を後押しできるような分かりやすい情報提供と、正確性を担保する第3者による評価の仕掛けが欠かせない。
 
16 上手な医療のかかり方を巡る経緯や論点、限界については、2020年2月5日拙稿「『上手な医療のかかり方』はどこまで可能か」を参照。

11――今回の決着の課題(3)

11――今回の決着の課題(3)~かかりつけ医機能報告制度は機能するのか~

1|都道府県はどこまで運用できるか?
第3に、かかりつけ医機能報告制度の実効性についても課題は残されている。先に触れた通り、今回の制度改正を通じて、医療行政に関する都道府県の役割は一層、大きくなったが、地域医療構想に関する病床再編の議論がコロナ以前でも停滞気味だった点を踏まえると、どこまで都道府県が役割を果たせるのか疑問も残る。

さらに、かかりつけ医機能の一つには在宅医療が含まれており、都道府県は市町村との連携も意識する必要がある。具体的には、在宅医療を充実させる上で、介護・福祉との連携を強化する必要があり、専門職の情報共有などを促す医療・介護連携は最近の診療報酬改定や制度改正で論点の一つに位置付けられている17

このため、かかりつけ医機能を強化する上では、医療・介護連携が不可欠であり、かかりつけ医機能を含めた医療行政を地域で調整する都道府県と、介護・福祉行政を司る市町村の連携が従来以上に大きな課題となる。
 
17 例えば、2015年度制度改正を通じて、介護保険財源を転用する形で実施されている「在宅医療・介護連携推進事業」では、在宅ケアの資源マップの作成などが市町村に義務付けられている。2022年度診療報酬改定では、在宅医療を手掛ける医療機関の加算要件の一つに、同事業との連携が加えられた。2021年度介護報酬改定では、医学的管理や薬剤調整などについて、医療機関と介護事業所の連携強化を促す加算が創設された。詳細については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」、2021年5月14日拙稿「2021年度介護報酬改定を読み解く」、介護保険発足20年を期したコラムの第12回を参照。
2|地域医療連携推進法人は都市部で通用するのか?
かかりつけ医機能報告制度で明らかになった過不足を穴埋めする方策として期待されている地域医療連携推進法人制度についても、その有効性には一定の留保が必要であろう。

そもそも、かかりつけ医の定義を日医など診療団体が定めた際、当時の日医会長は「高い目標を掲げています。(筆者注:診療団体内部では)『こんなに高い目標はできません』と言われましたが、理想は高く掲げて、少しでもそこに近づこうという考え方です」と説明していた18

このため、多岐に渡るかかりつけ医の機能を1人の医師、1つの医療機関で担保することは現時点では非現実的であり、筆者も連携の必要性を感じているし、「地域医療連携推進法人を活用する方向性は重要」という部会意見の方向性も支持する。

特に新型コロナウイルスへの対応では、回復した重症患者を一般病床に転院させられずに「目詰まり」が起きるなど、医療機関の連携が課題とされた。これは平時モードの医療でも、急性期病床で改善した患者の円滑な在宅復帰を促す上では、リハビリテーションなどを提供する回復期病床に転院させる連携も論点となっている19。さらに既述した通り、在宅ケアの部分でも医療機関と介護事業所の連携が重視されている。こうした連携を後押しするための報酬改定や制度改正も実施されている。

しかし、これらの対応だけで連携が図れるのか、再考の余地がある。そもそも日本の医療制度では、患者が医療機関を自由に選べるフリーアクセスの下、それぞれの医療機関が患者獲得を巡って争っており、連携しにくい環境である。つまり、競争は連携を妨げる方向で働く。特に人口も、医療機関も多い都市部では、医療機関同士の連携が進みにくい。

さらに、患者は「A病院で心臓」「B病院で膝」といった形で、複数の医療機関を同時に選択できるため、医療機関とのファーストタッチである「医療の入口」を複数持てることになる。この状況では「医療の入口」に関する責任主体が明確になりにくく、「全ての訴えや問題に対応する」という「包括ケア」が担保されにくい。

例えば、プライマリ・ケアでは、▽予防、治療,リハビリテーションなどの機能、▽よくある日常的な病気を中心とした全科的医療、▽小児から老人まで幅広い年齢層に対応――などを意味する「包括性」(Comprehensiveness)が重視されており、プライマリ・ケアを担う医師が患者の「代理人」のような形で、幅広い健康問題に責任を持つことに力点が置かれる。

一方、プライマリ・ケアでは協調性(Coordination)も強く意識されており、▽専門医との密接な関係、▽チーム・メンバーとの協調、▽住民との協調――などが掲げられている20

しかし、「医療の入口」に関する選択肢が多いと、ケアの包括性が高まりにくく、その結果として、他の専門職はどこに相談したらいいか分からなくなり、連携も阻害する方向に働く。つまり、「医療の入口」が複数にまたがることを認めるフリーアクセスはケアの包括性を低くする方向に働く。

こうした状況を踏まえると、地域医療連携推進法人も「万能」とは言えない。もちろん、在宅医療での連携など都市部に応じた使い方も想定されるが、連携の強化を確実にする上では、フリーアクセスの軌道修正を通じて「医療の入口」を絞ることで、ケアの包括性を高める方向性も意識する必要がある。

しかし、「フリーアクセスが制限されるような制度化についてはこれを阻止し、必要な時に適切な医療にアクセスできる現在の仕組みを守る」21とする日医の意見に配慮する形で、こうした考え方自体が部会意見からは抜け落ちた。

むしろ、部会意見では「制度整備の検討及び実施に際しては、我が国の医療制度が、フリーアクセスの保障、国民皆保険、医師養成のあり方と自由開業制、人口当たりの病床数、といった様々な要素が微妙なバランスの上に成立していることに鑑み、エビデンスに基づく議論を行い、現在ある医療資源を踏まえ、性急な制度改革がなされないよう時間軸に十分に留意することが必要」という文言が盛り込まれている。これは日医の意見に配慮する形で、フリーアクセスの軌道修正に繋がるような議論を牽制している文言と読める。

その意味では、医療機関同士の連携を強化する方向性は示されたものの、日医の主張に配慮する形で、フリーアクセスを軌道修正する視点は反映されなかった点には留意する必要がある。

ただし、筆者は「ケアの包括性を高めつつ、連携を強化する上では、フリーアクセスの軌道修正が必要」と考えている半面、受療の選択肢が奪われる点にも留意する必要があると認識している。つまり、登録制、あるいは登録制に類した制度を導入すれば、「医療の入口」が明らかになることで、ケアの包括性は高まるが、医療機関の選択に関する患者の自由度は失われる。

言い換えると、「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」は相反する面があり、両者のバランスを取りつつ、制度改正の方向性を模索する必要があるという意見である。この辺りについては、今後の制度改正の選択肢も含めて、(下)で述べることにしたい。
 
18 2019年9月1日『社会保険旬報』No.2758における日医の横倉義武会長の発言。
19 コロナ対応と地域医療構想との共通点に関しては、2021年10月26日拙稿「なぜ世界一の病床大国で医療が逼迫するのか」を参照
20 プライマリ・ケアの「包括性」「協調性」の説明に関しては、日本プライマリ・ケア連合学会ウエブサイトを参照。プライマリ・ケアでは、患者にとっての身近さを示す近接性(Accessibility)、一貫したケアを提供する継続性(Continuity)、患者への説明など責任性(Accountability)も重視されている。本稿では、上記の包括性の定義に沿って、「包括ケア」「ケアの包括性」という言葉を使う。http://www.primary-care.or.jp/paramedic/
21 2022年6月26日の臨時代議員会における日医の松本吉郎会長発言。同日『m3.com』配信記事を参照。

12――今回の決着の課題(4)

12――今回の決着の課題(4)~書面交付制度は機能するのか~

1|かかりつけ薬剤師・薬局制度は先例になる?
書面交付制度を考える上で、一つの先例となるのは、かかりつけ薬剤師・薬局制度かもしれない。現在、薬剤師・薬局の分野では、調剤を中心とした対物業務から、在宅ケアなど対人業務にシフトチェンジする重要性が意識されており、様々な制度的な手当てが講じられている22

こうした制度改正の始まりとして、2016年度診療報酬改定で創設されたのが「かかりつけ薬剤師指導料」である。この仕組みでは、▽患者による同意の取得、▽患者1人に対して、1人の保険薬剤師のみがかかりつけ薬剤師指導料を算定、▽薬剤服用歴管理指導料に関する業務を実施、▽患者が受診している全ての保険医療機関、服用薬などの情報を把握――などの要件を満たせば、「かかりつけ薬剤師・薬局」として加算を受け取れる仕組みになっている。

このうち、「患者による同意の取得」が今回の書面交付に近い要素を持っている。さらに、かかりつけ薬剤師指導料では、患者1人に対して1人の保険薬剤師だけが算定できる仕組みになっており、患者にとっての「調剤・服薬指導の入口」が制度上、絞られている。
 
22 薬剤師と薬局の対人業務シフトに関しては、2021年10月15日拙稿「かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか」を参照。
2|書面の関係は1:1なのか、それとも複数なのか?
しかし、かかりつけ医に関する今回の制度改革案では、1人の患者に対して書面を交付できる医師が1人なのか、複数なのか定まっていない。具体的には、部会意見では、審議の過程で示された意見として、「情報の一元化やその調整窓口を想定し、患者と医師との関係は1対1にすべき」「複数の医療機関から書面の交付を可能とすべき」という間逆の内容を同時に言及しつつ、詳細は有識者などによる今後の検討に委ねるとされており、詳細が決まっていない。

この点は先に触れた「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」の二律背反で論点になり得る。例えば、1人の患者に対して書面を交付できる1人の医療機関に限定した場合、患者―医師の関係性が固定的になり、ケアの包括性を高める方向に働く半面、フリーアクセスの軌道修正に繋がる要素を持つことになる。

一方、複数の医療機関が1人の患者に対して書面を交付できるようにすれば、患者の受療の選択肢は確保されるが、ケアの包括性は高まりにくくなる。筆者自身は「かかりつけ薬剤師指導料の考え方を参考に、ケアの包括性を高めるため、1人の患者に対して1人しか書面を交付できない仕組みにする必要がある」と考えているが、この点は2024年度に実施される予定の診療報酬改定を含めて、今後の論点になる可能性が高い。

具体的には、かかりつけ医機能を評価しているとされる「地域包括診療加算」「機能強化加算」などの診療報酬が見直される際、取得要件の一つに書面交付が組み込まれるかどうか、その際には1対1の関係性になるかどうか、といった点がポイントとなりそうだ。

なお、筆者は医学的な管理を必要とする患者に対し、ケアの包括性を高める上で、1対1の関係性を担保することは欠かせないと考えている。一方、他の医療機関で受診することは引き続き認められている以上、書面交付を1対1の関係性に限定したとしても、フリーアクセスの大幅な軌道修正には当たらないと認識している。

さらに、かかりつけ医機能に関係する加算の要件の一つとして、1対1の書面交付を位置付ける程度であれば、患者の受療権を損なわないし、医師や医療機関の自由度も極端に制限されるわけではない。このため、2024年度診療報酬改定を含めた今後の制度化論議では、書面交付の関係を1対1に絞ることは不可欠と考えている。

13――おわりに

13――おわりに

本稿は2022年末に示された部会意見を基に、かかりつけ医機能強化の議論を考察した。部会意見では、かかりつけ医機能の定義の法定化、医療機能情報提供制度の刷新、かかりつけ医機能報告制度、それに基づく都道府県を中心とした合意形成の枠組み、さらに患者―医師が交わす書面交付の仕組みが盛り込まれた。

これらの仕組みの意味合いを評価すると、プライマリ・ケアが医療制度でほとんど位置付けられて来なかった歴史を踏まえれば、今回の制度整備は一定程度の意義があると考えられる(むしろ、筆者は遅きに失したと考えている)。

今後は「制度整備後も関係者による不断の改善をしていく必要がある」23、「かかりつけ医として国民に選ばれるための努力が、今まで以上に求められます」24というコメントが出ている通り、制度の実効性を高めるため、医療界や自治体による現場レベルでの積み上げが重要になる。

しかし、医療機能情報提供制度は改善の余地があるし、ケアの包括性や連携の強化に関しても、実効面で疑問が残る。書面交付についても、どこまでケアの包括性を高めるのかが課題として残されており、詳細がどうなるか、診療報酬改定でのテコ入れや有識者による議論を含めて、今後を注視する必要がある。

さらに、一層の制度改正に向けて不断の見直しも求められる。(下)では、2021年秋の財政審による問題提起から筆を起こす形で、関係者の調整や攻防、日医や健保連の提案などを振り返るとともに、主な対立点などを抽出する。その上で、一層の制度改正に向けた選択肢を提示する。
 
23 2022年12月16日、全世代型社会保障構築会議終了後の記者会見における後藤茂之経済財政担当相の発言。内閣府ウエブサイト「後藤内閣府特命担当大臣記者会見要旨」を参照。
24 2022年12月28日『m3.com』配信記事における日医の松本会長インタビューにおける発言。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2023年02月13日「基礎研レポート」)

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