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2022年度診療報酬改定を読み解く(上)-新興感染症対応、リフィル処方箋、オンライン診療の初診緩和など

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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7――個別改定の内容(5)~その他の重要改定項目~
このほかにも、医療技術評価の充実や後発医薬品(ジェネリック)の使用促進など、様々な改定項目が盛り込まれているものの、複雑かつ膨大な診療報酬改定の全てを網羅する紙幅はない。ここでは筆者の関心事に沿って、「オンライン資格確認」「ヤングケアラーへの配慮」「医療的ケア児への支援」「仕事と療養の両立支援」「看護師の給与引き上げ」の順で、改定項目の概要を取り上げることにする。
オンライン資格確認とは、マイナンバーカードや健康保険証を用いることで、患者の保険資格を簡単に確認できるシステムを指す。政府の説明によると、顔認証付きカードリーダーとレセプト(診療報酬支払明細書)の請求に使うネットワークを通じて、医療機関や薬局は被保険者の資格を簡単に確認できるようになり、転職や退職、転居などで被保険者の資格が変わっていた場合でも、レセプトの差し戻し(いわゆる返戻)を減らせるメリットがある。
さらに患者にとっても、マイナンバーカードを保険証代わりに使う場合、患者が同意すれば、医療機関や薬局が過去に処方された薬剤の情報や特定健診(いわゆるメタボ健診)の結果などを閲覧できるようになるため、医療の質が向上する点がメリットして強調されている。
これを政府は「データヘルス改革」の基盤となるシステムとして重視しており、2023年3月末までに「概ね全ての医療機関・薬局での導入を目指す」という目標を設定している。さらに消費増税分を財源とした「医療情報化支援基金」を創設することで、医療機関や薬局による機器購入に対して助成を講じている。
その後、2021年10月からシステムの本格稼働が始まったものの、必ずしもシステムは普及していない。2022年1月23日時点で、顔認証付きカードリーダーを申し込んだ施設数は病院、医科・歯科診療所、薬局の56.9%に相当する13万39施設であるのに対し、運用を開始した施設は10.9%の2万5,043施設にとどまっている30。
こうした状況の下、2022年度診療報酬改定ではテコ入れ策として、加算措置が創設された。具体的には、▽オンライン資格確認システムを通じて患者の薬剤情報や特定健診などの情報を取得した上で診療した場合、「電子的保健医療情報活用加算」として、初診は7点、再診と外来診療は4点の加算を算定できるようになった。
さらに、2024年3月末までの時限的措置として、オンライン資格確認を通じても、▽診療情報などの取得が困難な場合、▽他の医療機関から患者情報の提供を受けた場合――でも、初診で3点を加算できることになった。こうした報酬上の加算を通じて、データヘルス改革の中心となるオンライン資格確認を進めようという意図を看取できる。
しかし、診療報酬で加算を設けた場合、費用の一定額は患者負担として必ず跳ね返る。例えば、電子的保健医療情報活用加算の初診は通常のケースで7点、つまり70円の上乗せになるため、3割負担の患者負担は単純計算で21円増えることになる。既に医療情報化基金を通じて、相当な税金(公費)が助成されている事実を併せて考えると、かなりの国民負担がシステム整備に投じられている。
このため、支払側が中医協総会の席上、「診断、治療の質向上という点で患者がメリットを感じられるような活用がなされるのか、導入促進の効果がある仕組みとなっているのか」と疑問を呈した指摘31は重く受け止める必要がある。どこまで国民の負担に見合ったシステムになるのか、今後を注視していく必要があるだろう。
30 2022年1月27日、第150回社会保障審議会医療保険部会資料を参照。
31 2022年1月26日、中医協総会における安藤伸樹委員(全国健康保険協会理事長)の発言。2022年1月28日『ミクスon-line』配信記事を参照。
そのほかの改定項目のうち、2番目はヤングケアラーに対する配慮を取り上げる。ここで言うヤングケアラーとは、一般的に両親や祖父母、兄弟姉妹などを世話しているケアラーのうち、若年の人を指す32。
国の調査では昨年、公立中学校2年生の5.7%、全日制の高校2年生で4.1%が「世話をしている家族がいる」という結果が明らかになっており、2021年6月に閣議決定された「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)では、「早期発見・把握、相談支援など支援策の推進、社会的認知度の向上などに取り組む」という文言が盛り込まれた。さらに、政府は2022年度から3年間を「集中取組期間」と位置付け、認知度向上とか、自治体による実態調査や研修の支援などを進める方針を掲げている。
自治体レベルでも、埼玉県が議員提案で「ケアラー支援条例」を2020年3月に制定した際、18歳未満のケアラーを「ヤングケアラー」と定義し、適切な教育機会の確保などをうたった。その後、三重県名張市や岡山県総社市などケアラー支援に関する独自の条例でも同様の規定が盛り込まれており、国・自治体の関心が高まっている。
今回の報酬改定では「入退院支援加算」の要件を変更することで、ヤングケアラーの支援に配慮した。ここで言う「入退院支援加算」とは病院に入院したり、病院から退院したり後も、外来や在宅医療を通じて継続的に支援できるようにするため、医療機関の連携を強化するための加算措置。現行の加算は2018年度改定で創設され、2022年度診療報酬改定では「家族に対する介助や介護等を日常的に行っている児童」などを加算の要件として追加することで、ヤングケアラーへの配慮を講じた。
具体的には、患者が医療機関に入退院する際、患者の家族などにヤングケアラーがいないかどうか把握するとともに、必要に応じて診療所や自治体の福祉窓口などに情報を提供した場合、入退院支援加算を受けられるようにした。
32 ヤングケアラーに関しては、澁谷智子編(2020)『ヤングケアラー わたしの語り』生活書院、同(2018)『ヤングケアラー』中公新書のほか、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2020)『ヤングケアラーへの早期対応に関する研究報告書』(子ども・子育て支援推進調査研究事業)などを参照。介護保険とケアラー支援の関係性については、介護保険20年を期した連載コラムの第21回でも論じた。
第3に、医療的ケア児に対する支援である。ここで言う医療的ケア児とは、「日常・社会生活を営むために恒常的に医療的ケアを受けることが不可欠である児童」を指す。
近年は医学の進歩に伴って、NICU(新生児特定集中治療室)などに長期入院した後、人工呼吸器や胃ろうなどを使いつつ、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアを受ける児童が増加しており、厚生労働省の調査研究では全国で約2万人に及ぶと推計されている。2021年6月には医療的ケア児やその家族に対する支援の必要性とか、国・自治体の責務などを盛り込んだ「医療的ケア児家族支援法」が議員立法で成立し、各自治体で相談窓口の設置などが進んでいる。3年に一度の障害者福祉サービスの報酬改定でも、医療的ケア児を受け入れる事業所に対する報酬などが2021年度から整備された。
2022年度診療報酬改定でも、医療的ケア児が学校に安心して通えるようにするため、医師が診療情報を保育所や児童相談所などに提供した場合、「診療情報提供料Ⅰ」という加算を受けられるようにした。このほか、医療的ケア児に対する専門的な薬学管理についても、加算措置が設けられた。
医療的ケア児の支援に際しては、医療だけでなく、母子保健、障害者福祉、児童福祉、教育、雇用など、医療的ケア児の成長に応じて幅広い関係者の連携が求められるため、こうした加算措置などを契機に現場での連携が深まることが期待される。
細かい改定だが、治療と仕事の両立支援に関しても制度改正が実施された。この関係では、がん患者の治療と仕事の両立を推進する観点に立ち、主治医が産業医と連携した場合、報酬上で評価する仕組みとして2018年度改定で「療養・就労両立支援指導料」が創設された。
その後、2020年度改定では加算の対象疾病として、脳卒中、肝疾患、指定難病を追加。2022年度改定では、心疾患、糖尿病、若年性認知症も対象に加えるなどの見直しが講じられた。
最後に、看護師の給与引き上げ33に関しては、2021年10月の岸田政権発足とともに争点として浮上した。具体的には、岸田氏が自民党総裁選で、看護師の給与引き上げに臨むと表明。その後、2022年2月から9月までの措置として、新型コロナウイルスへの対応に当たっている看護師の給与を平均4,000円引き上げるために必要な全額国費の経費が2021年度補正予算で盛り込まれた。
さらに、予算措置の期限が切れる2022年10月以降の財源に関しては、2022年度診療報酬改定を通じて0.2%分が振り向けられることが決まっているが、制度設計の詳細は決まっておらず、今後は中医協で議論が進む見通しだ。
33 看護師を含めたエッセンシャルワーカーの給与引き上げに関しては、2022年2月28日拙稿「エッセンシャルワーカーの給与引き上げで何が変わるのか」を参照。
8――おわりに
しかし、政府が診療報酬の点数で誘導しようとしても、実効性を高められるかどうか、現場の専門職による実践と工夫に掛かっている。むしろ、国が細かく加算の要件を定めるほど、医師の判断や医療機関の経営が制度に引っ張られてしまい、「目の前の患者よりも報酬上の加算」といった判断に流れてしまう危険性がある。
例えば、新興感染症への対応に関して言うと、診療所レベルでの加算措置とともに、病院や都道府県との連携も要件として加えられたが、加算の要件を満たすための見掛け上の「連携」ではなく、中身や実態を伴う形にしていく必要がある。つまり、診療報酬改定の加算・要件を見るだけでは意味がなく、社会情勢や医療制度全般の論議を踏まえることが重要である。
同様の点については、ヤングケアラーや医療的ケア児への支援など、その他のテーマでも共通して言えることである。改定内容を効果的にしていく上で、「報酬の要件にどう合わせるのか」という視点だけではなく、その背後にある判断や狙いなども意識しつつ、現場に即した関係者の工夫や連携などが重要となる。
(下)では、急性期病床の削減や在宅医療の充実を目指す地域医療構想や外来機能分化、医師の働き方改革など、医療提供体制に関する改定項目を一括して取り上げた上で、今後の論点を考察する。
(2022年05月16日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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