2021年12月07日

なぜ世界一の病床大国で医療が逼迫するのか-提供体制の構造的な要因を考える

基礎研REPORT(冊子版)12月号[vol.297]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1―はじめに

新型コロナウイルスによる医療の逼迫を受け、10月31日投開票の総選挙では各党が医療提供体制の拡充を競って訴えた。
 
ただ、医療資源は有限であり、無尽蔵に増やせるわけではない。しかも、人口比で見た日本のベッド数は世界一であり、世界一の病床大国で医療が逼迫する構造的な要因を探る必要がある。
 
本稿では、(1)医療資源の集中が不徹底、(2)医療機関の役割分担が不明確――という2つの構造的な要因を挙げ、今後の方向性を模索する。

2―医療資源の集中が不徹底

医療資源の集中が不徹底な状況として、平時から患者を十分に受け入れていない急性期病床の存在を指摘できる。具体的には、診療報酬の単価が高く設定されている急性期の適用を受けているのに、十分に患者を受け入れていない医療機関が存在する点である。こうした病床は業界で「何ちゃって急性期」と呼ばれており、奈良県が可視化した。
 
具体的には、各医療機関が各都道府県に対して現状を報告する「病床機能報告」に基づき、奈良県が2016年時点の病床を集計したところ、急性期は6,977床だった。ただ、これは医療機関の報告ベースであり、実態を伴っているとは限らない。そこで、奈良県は独自の判断に基づき、「50床当たり手術と救急入院が1日2件以上かどうか」という目安で急性期の実態を可視化し、クリアしている病床保険・年金フォーカスを「重症急性期」、目安に達していない病床を「軽症急性期」という形で整理した。その結果、重症急性期は4,300床にとどまり、2,697床は目安をクリアしていなかった。こうした病床がコロナ禍でどういう役割を果たしているのか、実態は必ずしも明らかになっていないが、急性期が薄く広く存在している分、医療必要度の高いコロナ患者の受け入れが難しくなっている可能性がある。
 
さらに、規模が小さい医療機関が林立している点も見逃せない。2021年1月時点における厚生労働省の集計によると、「急性期病棟を有している」と報告している医療機関のうち、自治体が運営する公立、日赤などの公的等は7~8割で「受け入れ可能」と答えたのに対し、民間は約2割にとどまっていた。
 
ただ、これは止むを得ない事情もある。新型コロナウイルスへの対応では、密度の濃い医療を提供する必要があるほか、陽性者と非陽性者を分けるゾーニングが求められるため、一定規模以上の病床が必要となる。
 
そこで、先に触れた厚生労働省の資料を基に、「急性期病棟を有している」と国に報告している医療機関の規模を開設者別に整理すると、200床未満の病院では公立で48.9%、公的等で17.8%だが、民間は82.6%に上り、小規模な医療機関の林立が病床逼迫を生み出す一因となっている。

3―医療機関の役割分担が不明確

第2に、医療機関の役割が不明確な点を指摘できる。医療の機能は「プライマリ・ケア」と呼ばれる1次医療、高度な医療を提供する2次医療、3次医療に区分され、それぞれの状態に応じて医療を提供すれば、費用を最適化できる。新型コロナウイルスへの対応でも、症状が改善した患者を重症病床から転院させ、自宅・宿泊療養中に悪化した患者を受け入れれば、病床の逼迫は緩和される。
 
ただ、日本の医療機関の役割分担は不明確であり、医療機関同士の不十分な連携が新型コロナウイルス対応で目詰まりを起こす一因になっている。

4―おわりに~平時モードの改革を~

今回、取り上げた2つの構造((1)医療資源の集中が不徹底、(2)医療機関の役割分担が不明確)は平時モードの改革である「地域医療構想」と共通している。
 
例えば、(1)では急性期病床の統廃合・再編が意識されていたし、(2)でも治癒した急性期の患者を回復期に転院させ、さらに在宅に移行させる医療機関同士の連携が課題となっている。
 
つまり、新型コロナウイルスは日本の医療提供体制の構造的な問題を浮き彫りにしたと言える。その一方、新興感染症への脆弱性も課題として顕在化した。このため、今後は有事に対応できるバッファーとなる病床、人員を確保しつつ、平時モードの改革である地域医療構想も進める必要がある。
 
 
※本稿は2021年10月26日の拙稿を再構成した。紙幅の都合で地域医療構想との詳細な対比、医療機関連携の好事例、長期療養を前提とした病床の存在などを省略しており、詳細は下記を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69174?site=nli
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年12月07日「基礎研マンスリー」)

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