コラム
2021年11月17日

医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因(下)-分権的な制度における司令塔機能などを考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~「国の関与」強化を困難にしている分権的な制度~

新型コロナウイルスへの対応策として、医療提供体制に対する「国の関与」の強化策が焦点となっています。10月31日投開票の総選挙では絶対安定多数を確保した自民党、公明党だけでなく、主な野党も公約で「国の関与」の強化を訴えており、筆者自身も一定程度の「国の関与」の強化は必要と考えています。

しかし、言うほど簡単ではない側面があります。具体的には、医療制度改革は過去の経緯に拘束される面があり、「制度をどう設計するか」という点だけではなく、「制度をどう機能(作動)させるか」という視点も必要になるためです。

そこで、3回シリーズの(上)では「国の関与」を強化するための制度改革を有効に機能させるための視座として、過去の経緯に引っ張られる「経路依存性」(path dependence)を踏まえる必要性を考察しました。さらに、(中)では「国の関与」強化を困難にしている構造として、「財源=官」「提供=民」という不可侵的な状況が生まれた歴史を考察し、民間医療機関の公共性を高める中長期的な改革策として契約制度の導入を提案しました。

最終回の(下)では、分権的な医療制度に着目することで、「国の関与」強化が困難である点を指摘した上で、こうした限界を踏まえつつ、今後の対応策として国の司令塔機能とか、都道府県の役割などを考えたいと思います。

2――分権的な制度の歴史的な経緯

1|OECDによる白書の一節
「優先施策を実施する時でさえ、(筆者注:国は)弱い権限をもつのみである。ある意味で、地方自治体(市区町村・都道府県)が優れている場合もあるが、その能力と、効果的かつ根拠に基づいた施策を、どの程度導入しているかの全体像は不明確」「各自治体の備えについての詳細な全体像が簡単には入手できないため、国全体の公衆衛生上の緊急事態への準備が、上手く行われているかどうか判断するのは難しくなっている」――。日本の公衆衛生制度について、OECDが2019年に公表した報告書では、こうした評価が示されています1。これは新型コロナウイルスの問題が顕在化する以前に刊行されたのですが、日本の公衆衛生制度が分権的である点、その結果として国全体の整合性を取りにくい点を指摘しています。

では、こうした分権的な制度はなぜできたのでしょうか。以下、厚生省を中心にした国―地方関係の歴史を簡単に振り返ります2
 
1 OECD(2019)“OECD Review of Public Health:JAPAN”[村澤秀樹訳『OECD公衆衛生白書:日本』明石書店p16]。
2 地方自治制度の歴史については、副田義也(2018)『内務省の社会史』東京大学出版会、市川喜好(2012)『日本の中央―地方関係』法律文化社、建設省五十年史編集委員会編(1998)『建設省五十年史』建設広報協議会、厚生省五十年史編集委員会編(1988)『厚生省五十年史』厚生問題研究会などを参照。
2|内務省解体後の建設省と厚生省の比較
戦前の地方自治制度では、現在の総務省、厚生労働省、国土交通省、警察庁にまたがっていた内務省の影響力が強く、知事には内務省の官僚が送り込まれていました。このため、他の中央省庁の地方出先機関は少なく、道府県が事実上の出先機関としての機能を果たしていました。第1次世界大戦の間に感染が拡大したインフルエンザ(通称、スペイン風邪)への対応でも、各道府県がマスクの着用、外出自粛などの感染防止対策を講じていたことが記録されています3

しかし、敗戦後の1947年、内務省は占領軍の指令で解体され、累次の機構改革を経て、自治省(現総務省)や建設省(現国土交通省)、警察庁などに分かれました。既に戦前の1938年、厚生省(現厚生労働省)は内務省から分離しており、敗戦後に労働省(現厚生労働省)が厚生省から分かれる形で創設されたため、内務省が所管していた行政分野は戦後、複数の省庁に細分化したことになります。

さらに、占領軍の指令で都道府県知事も現在のように公選になったことで、各省庁は地方に影響力を行使する方法として、1960年代以降に出先機関を本格的に整備して行きます。中でも積極的だったのは建設省であり、国直轄で整備・管理する道路、河川の対象を増やしました。例えば、河川に関しては、一部の主要河川を除いて、原則として都道府県が管理していたのですが、1964年の河川法大改正を経て、一つの水系を中小河川まで一貫して管理する考え方が導入されるとともに、主要な1級河川(水系)については、建設省の出先機関である地方建設局(現在の地方整備局)が原則として管理することになりました。例えば、1級水系の荒川・利根川に関しては、関東地方整備局(及び下部組織の河川国道事務所)で一貫的に管理しており、支流の神田川や隅田川は東京都の管理になっています。

一方、同じ内務省に源流を持つ厚生省は建設省のような選択肢を取らず、出先機関の拡大を余り重視しませんでした。その代わりに、厚生省は機関委任事務と地方事務官という仕組みを通じて、自治体をコントロールすることに腐心しました。

このうち、機関委任事務とは自治体を国の出先機関のように事務を執行させていた制度であり、地方事務官とは都道府県に所属しているのに事実上、国家公務員として運用されていた職員を指します。余談ですが、筆者が駆け出しの記者として高知県庁を取材していた1997年、県庁の幹部に名刺交換して回ったところ、保険・年金の関係課長は「何の用事?」という表情を見せ、そのうちの一人が「僕ら県庁の人間じゃないから」という趣旨のことを呟きました。当時、駆け出しの私は地方事務官という仕組みを知らなかったため、「変なことを言うな」「リアクションが他の県庁職員と違う」と感じた程度でしたが、今から思うと、彼らが地方事務官です。

こうした経路を経て、検疫、麻薬取締などに関わる部署を除けば、厚生省が直轄で関われる範囲は小さくなりました。この点に関しては、厚生省と労働省の対比でも浮き彫りになります。2001年の中央省庁再編を経て、2つの省は厚生労働省として一緒の役所になりましたが、労働省も厚生省と同様に地方事務官の仕組みを導入していた一方、ハローワーク(公共職業安定所)や労働基準監督署という直轄の部署も多く持っており、出先機関を余り持たない厚生省と異なる組織形態となっていました。

実際、厚生省OBは中央省庁再編の頃を振り返り、「労働行政は直轄行政」「(筆者注:自治体に事務を担ってもらう)厚生省とは文化が違っています」と述べています4。つまり、厚生省は元々、出先機関が弱く、「国の関与」は自治体を介した間接的な方法を取っていたことになります。なお、この辺りの対比に関しては、出先機関に関する定員数の比較など定量的な分析も必要になるので、どこかのタイミングで稿を改めて深堀したいと思います。
 
3 内務省衛生局編、西村秀一訳(2021)『現代語訳 流行性感冒』平凡社を参照。報告書は1921年発刊。
4 中村秀一(2019)『平成の社会保障』社会保険出版社p231。
3|2000年の地方分権改革による影響
その後、厚生省が地方の統制に用いていた手段は2000年の地方分権改革を経て、大きく変容します。まず、国と地方の役割分担を見直す観点に立ち、機関委任事務が廃止されました。その結果、自治体の事務は「法定受託事務」「自治事務」に区分されました。このうち、法定受託事務とは国が適正な処理を特に確保する必要がある事務を指します。一方、自治事務とは法定受託事務を除いた事務であり、法令に違反しない限り、自治体の判断で執行できるようになりました。例えば、新型コロナウイルス対策の根拠法となる新型インフルエンザ対策等特別措置法では、自治体の事務を「法定受託事務」とする旨が定められていますし、ワクチン接種の事務についても、予防接種法で法定受託と規定されています。これに対し、一般的な医療行政や介護行政は自治事務になります。

さらに、地方事務官も廃止され、職員は社会保険庁(現日本年金機構)などに移籍しました。つまり、地方分権改革を通じて、国と自治体の役割分担が見直される中で、厚生省は地方の統制に使っていた手段の相当な部分を失ったことになります。
4|近年の医療制度に関する制度改正の傾向
特に医療行政に関しては近年、都道府県の役割を強化する制度改正が相次いでいます。具体的には、少子高齢化に対応する医療提供体制に改革する「地域医療構想」、医師の超過勤務時間を制限する「医師の働き方改革」、医師偏在是正などを目指す「医師確保計画」の策定、外来医療機能の明確化、国民健康保険の都道府県化などです5

それぞれの制度改正には個別の事情があるため、ここでは詳述を避けますが、いずれも都道府県ごとの人口変動とか、医師数・病床数の差異が大きいことが背景にあり、地域の実情に応じた改革を進める上で、こうした方向性が志向されている面があります。
 
5 地域医療構想については、2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。医師偏在是正については、2020年2~3月の「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(2回シリーズ、リンク先は第1回)を参照。国民健康保険の都道府県化に関する最近の動向や歴史については、2018年4月掲載の拙稿「国保の都道府県化で何が変わるのか」(全3回、リンク先は第1回)。
5|分権的な構造を巡る論点
ところが、以上のような経路で生まれた分権的な構造は新型コロナウイルス対策で、「国の関与」強化を阻害する一つの要因になります。つまり、厚生労働省のうち、旧厚生省部門は国土交通省のような直轄部署を多く持っておらず、出先機関の地方厚生局は対策の中心になり得ない分、様々な対策は都道府県を介して講じられることになります。この結果、厚生労働省が新しいアクションを起こそうとすると、自治体に対する通知や事務連絡に頼ることになります。いわゆる「通知行政」です。

しかも、新型コロナウイルス対策に関する通知が数多く発出(乱発?)されている結果、その数は医療、保健、福祉、介護分野だけで1,500本を軽く超えています。このため、膨大な通知を前にすると、ウンザリする気持ちとともに、幾つかの疑問が沸き起こって来ます(余りにも膨大なので数える気が起きません。収束した段階で数えた上で、分析するかもしれませんが…)。

まず、「そもそも1,500本を超える通知の全体像を誰が把握しているのか」という疑問です。それぞれの通知は基本的に各局でバラバラに発出されているため、整合性が取れているとは思えません。第2に、政策立案のプロセスが官僚の裁量に委ねられているため、「国会を含めた民主的な統制が十分とは言えないのではないか」という疑問も沸き起こって来ます。第3に、国会審議などオープンな場で意思決定されないため、「この通知がなぜ発出されたのか」「通知が示された意図は何か」「過去の通知と何が違うのか」といった点が伝わりにくい点です。

第4に、先に触れた地方分権改革の結果、法定受託事務の通知は拘束性を有する事務処理基準、自治事務の通知は拘束力を有しない技術的助言と整理されているのですが、数多く発出(乱発?!)されている通知を抽出すると、両者の区分を意識しているようには見えず、「国による関与」の度合いが見えにくい点も指摘できます。

このように書くと、「一刻を争う感染症対策では機動性が必要になるため、通知が有効的」「各地域で医療資源や感染状況が異なる以上、自治体の裁量に委ねる方が現実的」という反論も返って来そうですし、一定程度は理解できます。それにしても膨大な通知の数々を見ると、溜息が出て来るのは筆者だけではないと思います。こうした構造が「自治体に丸投げ」「厚生労働省に主体性を感じられない」といった批判を生みやすくなっていることは間違いないと思います6

このほか、自治体の首長や職員の能力、民間医療機関との連携度合いなどに応じて、どうしても対策にバラツキが生まれやすくなっており、しかも対策が弱い部分から感染症は広がって行くため、「都道府県に任せるからダメなんだ」という言説を引き起こす要因になります。

一方で、積極的な検査や先手を打った病床確保に取り組んだ東京都墨田区とか、軽症者を受け入れる宿泊療養施設の充実に取り組んだ大阪府、積極的な検査に取り組んだ和歌山県など、地域には先行事例も数多くあるため、筆者は「自治体に委ねているからこそ、国の方針を先取りする(時には国の指示に逆らう?)形で独自の対応策を取るケースが出ているのに、どうして先進事例に目を向けず、できていないところだけ注目するのか」と思ってしまうのですが、こうした地域格差は「国の関与を強化せよ」という議論が生まれやすくなる土壌になっていると言えます。

この辺りのディレンマに関しては、新型コロナウイルスの初期対応を司った厚生労働省の政務官が「都道府県による対応の差が大きいこと、言い換えれば地方分権の課題が見えてきています」と述べていた点と符合しています7
 
6 例えば、鈴木一人(2020)「厚労省」アジア・パシフィック・イニシアティブ編『新型コロナ対応・民間臨時調査会調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワンp305では、「大量の通知等を連発した結果、保健所や医療機関等の限られたキャパシティでは対応しきれず、厚労省の戦略が意図どおりに伝わらない結果、前線機関の活動に結びつかないという事態が発生した」と論じられている。
7 2020 年8月4日『m3.com』配信記事における自見はなこ氏に対するインタビュー。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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