コラム
2021年10月20日

医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因(上)-経路依存的な限界を踏まえつつ、制度改正の方向性を考える

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~「国の関与」が困難な2つの要因~

新型コロナウイルスへの対応策として、医療提供体制の拡充策が政治サイドで焦点となっています。9月29日に実施された自民党総裁選で焦点の一つになったほか、10月19日に公示された総選挙(同月31日投開票)の公約を見ると、いずれの党も医療提供体制の拡充を訴えています。中でも、今夏のような「第5波」のように医療が逼迫した場合、国が医療機関に対して、病床や医療従事者の確保を命令・勧告できるような権限の強化が話題になっています。筆者も一定程度の「国の関与」の強化は必要と考えています。

しかし、言うほど問題は簡単ではありません。例えば、医療提供体制の強化に際しては、医師・看護師など専門人材を揃える必要がありますし、現場や行政における専門性や経験値も重要になります。このため、制度を考える上では、「制度をどう設計するか」という点だけではなく、「制度をどう機能させるか」という視点も必要になります。その結果、医療制度改革に際しては、どうしても過去の経緯に引っ張られる面があり、医療提供体制における「国の関与」を考える上でも、(1)民間中心の提供体制、(2)分権的な制度――という現状に内在する2つの構造的な要因を意識する必要があると考えています。

そこで、今回から3回シリーズで、医療制度史の簡単な叙述を通じて、「国の関与」を強化する際の方向性や論点を整理します。(上)では自民党総裁選における議論や総選挙の公約など、医療提供体制に関する「国の関与」強化を巡る政治サイドの議論を紹介した上で、制度改革が過去の経緯に拘束される「経路依存性」(path dependence)とか、制度改正後の機能を重視する「作動学」という考え方を取り上げます。その上で、(中)では2つの構造のうち、「財源=官」「提供=民」という役割分担が戦後一貫している点など、民間中心の提供体制を巡る経緯や論点を考えるほか、(下)では分権的な制度の論点を論じます。

2――医療提供体制に対する「国の関与」強化論議

1自民党総裁選における議論
まず、医療提供体制に対する「国の関与」を強化させる政治サイドの論議を見て行きましょう。9月29日に実施された自民党総裁選では、新型コロナウイルス対策の一環として、逼迫する医療提供体制へのテコ入れ対策が争点の一つとなりました。

例えば、自民党総裁・首相に就任した岸田文雄氏の公約を見ると、▽国主導による臨時の医療施設の開設や大規模宿泊施設の借り上げ、▽国公立病院の重点病院化、▽発熱患者や自宅療養者については、地域の開業医の積極的な診療を通じたアクセス改善――などが短期的な施策として盛り込まれていました。中長期的な視点に立った感染症への対応策としても、▽人の流れの抑制や医療資源確保に向けて、国・自治体が強い権限を持てるための法改正、▽公衆衛生上の危機発生時に、国・地方を通じた強い司令塔機能を有する「健康危機管理庁(仮称)」の創設、▽臨床医療、疫学調査、基礎研究を一体的に取り扱う「健康危機管理機構(仮称)」の創設――なども挙げていました。

さらに、岸田氏は病床の確保策について「平時から診療報酬等の加算を行い、緊急時には半強制的に協力してもらう。応じなければ、罰則も考える。こうした仕掛けを平素から作っておく」という施策にも言及しました。このほかの候補についても、河野太郎氏は自衛隊の力を使って臨時病院を速やかに作れるようにすると発言。総裁選後、自民党政調会長に就いた高市早苗氏は「国や自治体が医療機関に病床確保を命令できる法案を次期通常国会に提出すると明言したほか、野田聖子氏も軽症、中等症の人の重症化を防ぐ病床の整備に言及していました1
 
1 自民党総裁選における発言に関しては、各候補のウエブサイトに加え、2021年9月23日『共同通信』配信記事を参照。
2|岸田氏の演説や与野党の公約
その後、首相に就いた岸田氏は10月4日の就任記者会見で、危機対応のボトルネックを早急に検証する考えを強調するとともに、法整備や司令塔機能の強化の必要性にも言及しました。さらに、岸田氏は8日の施政方針演説でも「司令塔機能の強化や人流抑制、医療資源確保のための法改正、国産ワクチンや治療薬の開発など、危機管理を抜本的に強化します」と表明。厚生労働相に就任した後藤茂之氏も就任インタビューで、「もう少ししっかりとして医療提供体制の整備が可能になるような仕組みを検討する必要がある」と述べた2と報じられており、新政権として「国の関与」による病床確保を重視している様子を見て取れます。

こうした情勢の下、総選挙における各党の公約でも「国の関与」による病床確保は一つの論点となっています。関係する部分を抽出すると、自民党は「『医療難民』を出すことがないよう、国・地方公共団体に与えられた権限をフル活用し、病床や人材確保に全力で取り組みます」「司令塔機能の強化など、公衆衛生分野の危機管理能力を抜本的に強化します」という文言を盛り込んだほか、医療提供体制の確保に向けた方策についても、「行政がより強い権限を持てるための法改正」に言及しました。

公明党も「感染拡大時でも『医療崩壊』を招かないよう、より強力な司令塔のもと、医療機関の役割分担や連携強化、病床や宿泊療養施設と医療従事者の確保などを迅速に行える体制をつくります」という考えを盛り込みました。

これに対し、野党の立憲民主党も「国が、病床などの確保に主体的・積極的に関与し、責任を持ちます」「つぎはぎだらけで混乱している感染症対策の体制と権限を、総理直轄で官房長官が担当する司令塔へと直ちに再編・集約します」という文言を公約に入れています。このほか、共産党は感染症病床や救急・救命体制に関する国の予算を2倍にする方針、日本維新の会はアメリカのCDC(疾病予防管理センター)に倣った組織を首都圏と関西圏に整備する考え、国民民主党は国立病院・地域医療機能推進機構の患者受入拡大と民間病院の受入指示法制化、日本版CDCの創設、れいわ新選組は「国の責任で医療体制を拡充」などをそれぞれ公約で言及しています。このため、10月19日に公示された総選挙(同月31日投開票)でも、与野党の論戦のテーマとなると思われます。

このほか、新政権が発足する直前の政府決定でも「国の関与」を強化する方針が盛り込まれました。具体的には、9月28日に開催された政府の新型コロナウイルス感染症対策本部では「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取組」が決定され、「国や自治体が迅速に必要な要請・指示をできるようにするための法的措置について速やかに検討」という文言が入っています。

以上のように見ると、医療提供体制に対する「国の関与」を何らかの形で強化する必要性については、政府・与党だけでなく、野党も含めた多くの関係者で認識が共有されていることになります。このため、総選挙の後には医療提供体制に対する「国の関与」強化を巡り、政府や国会で様々な議論が展開されることになりそうです。
 
2 2021年10月8日『朝日新聞デジタル』配信記事。
3|普段は地味な分野なのに…
このように医療提供体制の在り方がクローズアップされているわけですが、高齢化に対応した医療提供体制に改革する「地域医療構想」3の動向などを日常的にウオッチしてきた筆者は「普段は地味な話なのに、こんなに政治の檜舞台で注目されるなんて…」という意外感を持っています。

確かに地方選挙では公立病院の統廃合や再編が話題になるケースが散見されます4し、国政レベルでも「医療保険」を巡る負担問題が「政争」の火種になる時があります。例えば、2008年度にスタートした後期高齢者医療制度に対する批判が2009年の政権交代の「導火線」になったことをご記憶の方もいらっしゃるかもしれません5

それでも筆者の知る限り、これほど「医療提供体制」が国政選挙で真正面から論じられるのは極めて珍しいと思います。例えば、2019年の自民党参院選公約における医療の言及を見直すと、「小児・周産期・救急医療の確保」が「人生百年社会」の文脈で書かれている程度であり、その他の施策は小さな字で、その他大勢の一つの分野として、いくつかの施策が列挙されているにとどまっていました。それだけ今回は新型コロナウイルスの影響を受けて、医療提供体制に対する国民の関心が高まっていると言えます。

こうした状況の下、メディアやインターネットの言説などでも昨年来、医療提供体制の在り方を巡って様々な議論が展開されるようになっています。しかも、普段は医療制度をウオッチしていない評論家やジャーナリスト、研究者まで参入するようになった結果、「臨時病院をドンドン国主導で開設せよ」とか、「国直轄で感染症対策を進めよ」などと、やや専門バカ(?!)になっている筆者には思い付かないような意見やアイデアも展開されています。さらに、これらの意見は往々にして、「●●がサボタージュしている」とか、「××が利権をむさぼっている」といった形でスケープゴート探しに傾いている感もあります。

もちろん、国からの財政支援を多く受け取っている医療機関がコロナ患者を受け入れていない実情など、筆者が見ても不可解な話は数多くありますが、それでも誰かを悪者にしつつ、「全て国が担えばいい」と主張しても、良い制度ができるとは限りません。
 
3 地域医療構想については、2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
4 例えば、愛知県東栄町では町立診療所の再編が町長のリコール(解職請求)騒動に発展し、2021年8月に出直し選挙が実施された。
5 2008年度にスタートした後期高齢者医療制度に関しては、高齢者の支払う保険料が基礎年金から天引きとなった点などが批判され、2007年9月に発足した福田康夫政権は高齢者の負担軽減策などに追われた。その後、政権を獲得した民主党は「後期高齢者医療制度の廃止」を公約で掲げていたが、関係団体の利害調整などに手間取り、現在も制度自体は継続している。後期高齢者医療制度の論点については、2018年7~8月の拙稿「10年が過ぎた後期高齢者医療制度はどうなっているのか」(全2回、リンク先は第1回)を参照。
4国の関与強化は唯一の答えなのか?
実際、2020年度第3次補正予算の執行を巡り、「国の関与」強化論議が現場に混乱を引き起こす事例が見られました。政府は2020年度第1次補正予算以降、医療機関を後押しするための財政制度として、「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(以下、包括交付金)」という仕組みを創設しているのですが、第3次補正予算では包括交付金の一部の支給手続きについて、窓口が都道府県から国に切り替えられました。元々、第2次補正予算まで都道府県で支給手続きを担っていたものの、一部の都道府県で執行が遅れるなど、医療機関に対する交付にバラツキが出たため、一部の包括交付金に関しては、国による直接執行に切り替えられたわけです。

この背景について、当時の菅義偉首相は国会答弁で、「医療機関へ支援が届いていないとの多くの指摘があって、原因を調べて早く支給するよう何度も厚生労働省に対して厳しく指示してきた」「国から自治体に対しては早い段階で交付されていたにもかかわらず、その自治体の担当部局の業務が過剰になっていて現場に届かない事案を踏まえて、国から直接執行する仕組みも取り入れました」と説明していました6

しかし、直接執行に切り替えた反動として、厚生労働省に届いたはずの申請書類の一部が行方不明になっていると報じられています7。報道によると、行方不明の申請件数は数十件程度らしく、10万件を超える全体の申請から見ると決して多いとは言えないのですが、それでも申請した医療機関から見れば由々しき事態です。

こうした不可解なことが起きている一因として、デジタル化の遅れが挙げられます。それまでは医療機関が日常的に診療報酬などを受け取る際の窓口として使われている都道府県単位の「国民健康保険団体連合会(国保連)」のシステムを使っていたのですが、国の直接執行に切り替えた際、郵送で受け付けることにしたため、ヒューマンエラーが生まれてしまったとのことです。

さらに「都道府県で上手く行かないから国で」という制度改正は唯一の答えとはいえず、そうした単純な発想では現場が機能しない可能性も示唆しています。具体的には、いくら制度を変えたとしても、行政はルールに沿って動くことが宿命付けられている以上、組織・定員、予算、システム、仕事のフローを簡単に変えられるわけじゃありません、さらに現場を機能させる上では、スタッフの専門性や経験値も必要になるので、やはり現場で機能するような制度改正を意識する必要があります。

分かりやすく言えば、車や人の行進が急カーブするように医療制度は簡単に変えられません。むしろ、舵を切った大きな船がゆっくりと曲がるような形で、どうしても過去に拘束されつつ、制度を変更しなければならない難しさがあります。
 
6 2021年2月8日、第204回国会衆議院予算委員会における答弁。一部答弁を簡略化。
7 2021年9月19日、『朝日新聞デジタル』。

3――経路依存性と作動学

こうした過去に拘束される構造を説明する際、経済学や歴史学、政治学、行政学などでは、制度の「経路依存性」(path dependence)という概念を用いることがあります。ここでは一般的な用例として、「過去に辿って来た道(経路)に依存する部分が大きくなる分、ドラスティックな改革が難しい」という意味で用います。

もちろん、これは「改革するな」「見直しが要らない」という趣旨ではありません。新型コロナウイルス対策のような先例が通用しない案件に対しては、過去の経緯に囚われずに果断に見直しを講じることが必要ですが、現場がキチンと機能するような制度改正を考える上では、どうしても過去との継続性を意識する必要があります。

このため、医療提供体制に対する「国の関与」を強化するにしても、経路依存性に留意する必要があります。例えば、現場の医療機関との接点が少ない厚生労働省(出先機関の地方厚生局を含む)に対して、都道府県から国に権限を「逆移譲」しても、包括交付金の支給手続きの遅れに見られる通り、現場が機能するとは限りません。

増してや、ルールに拘束される行政の仕組みを変える際には法律や予算を変える手続きが必要になるため、「地方が機能しないから国で」という短兵急な考え方は新型コロナウイルス対策に奔走している現場を混乱させてしまう危険性があります。

以上のような形で、新しい制度に移行した後の円滑な運用を意識する考え方として、一部では「作動学」と呼ぶ議論もあります8。つまり、「どう改革を進めるか」という思考実験を重視する「改革学」ではなく、現場での運用とか、円滑な移行を意識する意見です。この観点で見ると、「国の関与」強化に絡む議論でも、「どう国の関与を強化するか」という議論だけでなく、「現場が機能(作動)するように、どうやって国の関与を強化するか」という観点が欠かせないことになります。この点を意識しない限り、威勢の良い議論に傾く「外野」と、目の前の事態に対応しなければならない現場の間の大きなギャップは解消されないように思います。
 
8 牧原出(2018)『崩れる政治を立て直す』講談社現代新書。

4――2つの構造的な限界を示した岸田氏の発言

では、経路依存性と作動学を踏まえると、医療提供体制に対する「国の関与」を巡り、どんな構造的な限界が見えて来るでしょうか。その一端については、10月14日の記者会見における岸田氏の発言に表れています。

岸田氏は解散総選挙に臨む14日の記者会見で、夏の2倍程度の感染力にも対応可能な医療体制を作る方針を掲げつつ、必要な病床確保を含めた「保健・医療提供体制確保計画」の策定を都道府県に要請するとともに、国立病院などに対する「要求」や大学病院などへの要請などに取り組む考えを示しました9。こうした方策は15日に開催された政府の新型コロナウイルス感染症対策本部で決定されており、筆者も必要な施策と思います。

一方、短期的に対応できる施策の限界を示しているとも言えます。第1に、国の権限行使が国立病院に限られているため、病床数の半数を占める民間医療機関に対して手を付けにくい構造です。第2に、都道府県を介して病床確保を促さなければならないという限界も示しています。実際、新型インフルエンザ対策等特別措置法は都道府県に対応を委ねており、厚生労働省が直轄で関われる範囲は限られています。言い換えると、中長期的に「国の関与」を強化する上でも、こうした経路依存性を意識しつつ、現場が機能(作動)する方策を考える必要があります。
 
9 2021年10月15日『朝日新聞デジタル』『m3.com』配信記事。

5――おわりに

今回は医療提供体制に対する「国の関与」強化を巡る政治サイドの議論を取り上げました。総選挙における公約など国会や政府の動きを見ている限り、政権の枠組みや与野党の新勢力図とは無関係に、「国の関与」強化を巡る議論が展開されるのは間違いないと思われます。しかも、与野党の間で大きな隔たりも見られない以上、国会の論戦では単なる「政争の具」にするのではなく、丁寧な合意形成を心掛けて欲しいと思います。

その際には、実効的な制度を作ることは決して簡単ではない点に留意する必要があります。制度の経路依存性と作動学の考え方を意識すると、「国の関与」を強化させる制度改正を現場で機能させる上では、過去に拘束される面があるためです。次回は医療提供体制に対する「国の関与」の強化を困難にしている医療提供体制の構造的な要因のうち「民間中心の提供体制」の経緯や構造を中心に論じ、制度改正の方向性を探りたいと思います。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2021年10月20日「研究員の眼」)

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