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20年を迎えた介護保険の再考(23)制度の複雑化-住民参加などを阻害する弊害、財政問題で必然的に進行

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
5――制度複雑化の背景

例えば、総合事業に関しては、制度創設後に軽度者向け給付が増えている一方、制度の見直しを通じて軽度者の生活を激変させるわけにいかないため、その受け皿として総合事業が作られた点は否定できません。実際、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では「市町村が地域の実情に応じ、住民主体の取組等を積極的に活用しながら柔軟かつ効率的にサービスを提供できるよう、受け皿を確保しながら新たな地域包括推進事業(筆者注:当時の仮称)に段階的に移行」と記されており、「受け皿」という言葉が明示的に使われています。
確かに総合事業については、「要支援になる以前の方々が多様なサービスの担い手の一翼を担って頂く中で、それぞれ健康管理して頂く」「要支援になられた後も色々と活動すれば、そこから改善されて要支援から外れる方々もいる」と説明6されており、財政的な理由は否定されています。だが、総合事業創設の背景として財源問題があったことは紛れもない事実です。実際、財務省は社会保障費抑制の観点に立ち、総合事業の対象に要介護1~2の人を加えるように主張しています7。
サービスコードの増加についても、同じ点を指摘できます。3年に一度の介護報酬改定に際しては「重点化」「効率化」が話題となり、「××を実施したら加算」「△△の基準を満たさなければ減算」といった形でルールが加えられます。その結果、サービスコード数が膨張しているわけです。
5 中村秀一(2019)『平成の社会保障』社会保険出版社p307。
6 2014年2月21日、第186回国会衆議院厚生労働委員会における田村憲久厚生労働相の答弁。発言は文意を変えない範囲で適宜、修正した。
7 例えば、2020年11月25日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)建議では「軽度者へのサービスの地域支援事業への移行」の必要性が言及されている。
さらに業界団体との利害調整、あるいは現場の抜け穴探しが制度を複雑にしている面があります。具体的には、制度改正に際して、業界団体や自治体(政治学で言う「利益集団」)は様々な要望を審議会に提出し、利益の極大化、あるいは損失の最小化を図ろうとします。これは様々な意見を取り入れる民主主義国家では当然、必要なプロセスです。
しかし、財政面の制約条件などがあるため、国は全ての意見を取り入れるわけではありません。あるいは利益集団同士の意見が割れる時もあります。この結果、足して二で割るような解決策が模索され、新たなルールが生まれます。総合事業で言えば、軽度者向け給付の抑制を望む財政当局の意見を聞こうとすると、利用者の生活や現場への影響が大きくなるため、自治体や業界団体は反発します。その結果、厚生労働省としては新たな制度・ルールを作ったり、様々な経過措置を設けたりする必要に迫られ、制度が複雑化していくことになります。この点については、「被保険者・患者・利用者・サービス事業者の幅広い具体的要望に応えようとするあまり、サービスを規律する基準や報酬体系が加速度的に複雑化する」という指摘と符合します8。
さらに、現場は制度改正の影響を緩和するため、制度の「抜け穴」を探します。例えば、減算措置を回避したり、減算による損失を上回る需要を誘発したりする可能性です。これは第19回で述べた高齢者住宅の関係で見受けられます。具体的には、同じ建物に住む高齢者に対する訪問介護に関して、生活保護受給者を入居させるなど行き過ぎた事例が見られる「囲い込み」が問題視されています。
そこで、厚生労働省は2012年度介護報酬改定では、同じ建物(同一建物)に住む30人以上の高齢者に対して、訪問介護などを提供した場合、報酬を10%減算する措置を導入しました。ただ、規制対象が「同一建物」なので、道路を挟んだ反対の敷地など近隣に事業所を移したり、渡り廊下を取り外したりするケースが見られました9。そこで、厚生労働省は2015年度改定で、「同一建物」の基準を20人以上に引き下げるとともに、減算回避の行動を制限するため、「隣接する敷地内」も同一建物と見なす規制を導入しました。さらに2018年度改定でも、一定の要件の下で減算幅を拡大しました。つまり、新たな規則→抜け穴を探す対策→新たな規則→新たな対策…」という循環を通じて、新たなルールが付加されていったわけです。
8 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p59。
9 日本総合研究所(2013)「集合住宅における訪問系サービス等の評価のあり方に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)によると、都道府県向け調査(東日本大震災に被災した3県を除く44都道府県が対象)によると、2012年9~10月の時点で、回答した43都道府県のうち、減算措置を回避する事業者を把握している答えた比率は32.6%に上った。
以上のように考えると、制度の複雑化は利害調整で生まれる副産物であり、社会学の「コンフリクト・モデル」(Conflict Model)で説明できます10。
このモデルによると、(1)社会には様々な摩擦があり、摩擦ごとに解決するシステムが存在する、(2)システムに様々な目的(goal)や力(power)が入力されると、関係者(actor)が動員され、最終的に新しい規則(rule)が出力される、(3)そのプロセスは社会に対して「開かれたシステム」(open system)であり、様々な環境要因の影響を受けやすい、(4)システムが動き出すと関係者間で一定の規則が形成され、システムが作り出した規則が環境を再び形成し、不満が強いほどシステムは動き、次々と新たな規則を作り出していく――という内容です。
本来は経営者と労働者の関係を説明するモデルですが、介護報酬の複雑化プロセスに当てはまる部分が多いと思われます。具体的には、図5の通り、環境として介護費用の増加、国・自治体の財政悪化、人手不足などの問題が絶えず論じられており、資源配分に関する摩擦が起こり、アクター間の利害調整を通じて規則が出力され、サービスコードの追加など制度の複雑化が進んでいると言えます。
しかも、財源問題を含めて、介護現場には様々な問題が起きており、3年に一度の制度改正では山積する問題が論じられることになります。その際には、新たに生み出された規則の実施状況が話題になり、新たな環境を生み出すことで、新たなルールを生み出す回路が作動します。こうして制度複雑化のサイクルは回り続けるわけです。
10 Alton W.J Craig(1975)’A Framework for the Analysis of Industrial Relations Systems’ ”Industrial Relations and the Wider Society“8-20。
一方、近年の傾向として、簡素化の動きが見られることはプラス材料かもしれません。2018年度、2021年度の介護報酬改定では重点項目の中に「簡素化」という一文が入り、2021年度改定では加算が一部で見直される予定です。さらに、財務省も「真に有効な加算への重点化を行い、介護事業所・施設の事務負担の軽減と予見可能性の向上につなげるべき」と主張し始めました11。
ただ、制度複雑化の根底として、財源問題や人手不足という難題が横たわっている以上、制度複雑化のサイクルは止まりにくい環境です。実際、2021年度介護報酬改定では第22回で述べたような感染症対策や災害対策に対応する措置が創設されるほか、改定プロセスでは「◎◎の減算措置を緩和」「●●の加算措置の要件見直し」など、専門家と業界団体の関係者を除けば、誰も理解できない細かい議論が展開されました。言い換えると、政策立案者や利害関係者が制度複雑化の弊害を理解したり、制度簡素化の重要性を共有したりしない限り、制度複雑化のサイクルは永遠に回り続けてしまいます。
11 2020年11月2日財政制度等審議会財政制度分科会資料。
6――おわりに
この指摘は20年を迎えた介護保険にも当てはまります。つまり、制度が極度に複雑化している結果、ほとんどの利用者が無知(あるいは無関心)になっており、国や自治体、業界団体の関係者など一部の専門家しか分からないレベルに及ぶ危険性です。これが介護保険の大前提に反する点は言うまでもありません。もっと言うと、国民や国会の統制、メディアの監視が効きにくくなっている点で、民主的な政策決定が危機に瀕していると言えるかもしれません。
介護保険20年のコラムは残り2回で終わりたいと思います。昨年4月以降、20年を総括する(上)(下)、さらにデータで振り返るレポートに加えて、計23回に渡って介護保険の総論、各論を取り上げましたが、24~25回は映画の描写を通じて介護保険、あるいは高齢者福祉を多角的に考えます。
12 Friedrich August Hayek(1960)“The Constitution of libertyIII“[気賀健三・古賀勝次郎訳(2007)『自由の条件III 福祉国家における自由』春秋社pp51-53]。
(2021年03月10日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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