2025年05月28日

4月から始まった「かかりつけ医」の新制度は機能するのか-地域の自治と実践をベースに機能充実を目指す仕組み、最後は診療報酬で誘導?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|期待される都道府県と市町村の工夫
都道府県や市町村が上記のような役割を果たす上では、「地域の実情」に応じた創意工夫が欠かせない。例えば、2次医療圏単位で見ると、地域医療構想に基づく病床再編の議論が進んでいるものの、一部の地域では、かかりつけ医機能や在宅医療の手当が不十分になっているのであれば、今回の新制度を使って議論を喚起することなどが考えられる。

市町村に関しても、「A地域は市町村と地域の医師会の関係が良好なので、かかりつけ医機能報告の協議の場を新たに発足させず、既存の検討組織を活用する」「B地域では在宅医療・介護連携推進事業が機能しているので、かかりつけ医の新制度のための協議の場は置かない」といった形で、既存の取り組みを上手く活かす方向で、都道府県や地域の医師会と連携することが求められる。

さらに、自治体を支援する国や地方団体の役割も重要である。このうち、厚生労働省は自治体支援の場を作っている29が、単なる制度の説明に終わらせるのではなく、参加者が「地域の実情」に応じた課題を自ら発見し、仮説を立てて行動できる人材の育成や組織開発を支援することが欠かせない。

さらに、総務省や全国知事会、全国市長会、全国町村会の積極的な対応も欠かせない。管見の限り、今回の新たな制度だけでなく、総務省や地方団体が自治体に対し、医療・介護・福祉分野で主体的な役割を担うように促したケースは少ない30。このため、総務省や地方団体による働き掛けや自治体支援なども求められる。
 
29 都道府県の医療政策の担当者を対象とした「医療政策研修会」に加えて、市町村職員向けの「市町村職員を対象とするセミナー」でも医療・介護政策が取り上げられている。さらに、厚生労働省所管の保健医療科学院でも、自治体職員を対象とした研修が実施されている。このほか、介護予防の取り組みなどを後押しする「地域づくり加速化事業」による伴走支援に加えて、藤田医科大学を中心に市町村を支援するプログラムなどが老健事業の枠組みで継続されている。
30 公立病院の関係では、総務省によるガイドライン策定や地方交付税の財政支援などが講じられているが、医療・介護提供体制の見直しに関わる動きは積極的とは言えない。例外的な機会として、総務省が音頭を取る形で、「地域医療に関する国と地方の協議の場」が2019年10月から2021年12月まで計7回開かれたほか、全国知事会と日医の意見交換会も不定期で開催されている。
3|好事例は拡大かつ永続するのか?
しかし、こうした創意工夫が全ての都道府県と市町村、地域の医師会で講じられるのか、疑問と言わざるを得ない。実際問題として、2017年度から本格始動した地域医療構想に基づく取り組みには地域差が見られるし、繰り返し述べている通り、今回の新制度が自治と実践をベースに据えた以上、地域格差が生まれることは避けられない。具体的には、都道府県と医師会の関係とか、都道府県の担当職員の能力や意欲、地域の医師会の対応力などで格差が生じる可能性である。

しかも、地域の好事例を「横展開」することは相当、困難と言わざるを得ない。地域の好事例は関係者の工夫と実践、文脈の上に成り立っており、そうした好事例を単に模倣しても、上手く行く可能性は低くならざるを得ない。そもそも「地域の実情」に応じた体制整備と言っているのに、好事例を「横」に「展開」しようとすることは本質的に矛盾している。

さらに、「好事例が永続するかどうか」という点も疑問である。これまでの介護を含めた地域の好事例を見ると、専門職や自治体職員など個人のキャラクターや能力に頼っている部分が大きい。以上の点を踏まえると、筆者は自治体や地域の医師会による自治と実践に強く期待しつつも、「かかりつけ医機能が全国津々浦々に広がり、かつ取り組みが永続する可能性は低い」と考えている。

8――新たな制度は機能するのか?(4)

8――新たな制度は機能するのか?(4)

第4に、事業所の経営者や現場スタッフなど介護従事者から見た視点である。介護従事者は近年、医療との連携を取ることが実践、制度の両面で期待されており、その範囲も広がっている。

まず、実践面で言うと、在宅介護の提供では医療との連携が不可欠であり、中でも介護保険の調整などを担うケアマネジャーは切れ目のない提供体制を構築する上で、在宅医療を展開する医師や看護師、リハビリテーション職などとの情報交換が求められている。さらに制度面でも、既述した在宅医療・介護連携推進事業に加えて、情報共有に取り組んだ事業所に対する加算などの報酬改定も相次いでいる。2024年度報酬改定では医療・介護連携の対象が在宅ケアに限らず、介護施設と医療機関の連携などにも広げられた31

こうした中、医療との連携を強化したい介護従事者にとっては、かかりつけ医機能に関する新制度の下、地域の現状が可視化されることで、「X診療所はY病院よりも、介護との連携に熱心」といった情報を入手しやすくなることが期待される(もちろん、元々の情報の正確性に疑問は残るが)。

さらに、新制度で開催される協議の場でも、介護サイドが医療側に対し、「A地域で医療側が介護との連携を強化してもらえれば、切れ目のない提供体制を構築できる」といった形で、意見を言える可能性が広がる。以上のように考えると、介護従事者にとって、新制度のメリットは大きく、積極的に活用することが期待される。

しかし、かかりつけ医の新制度に関して、介護の業界団体が何か言及しているのを寡聞にして聞いたことがない。このため、介護の業界団体としても、かかりつけ医に関する今回の新制度について関心を持って欲しいし、現場の経営者や専門職に対する周知の機会を作るなど工夫が求められる。特に医療・介護連携に際して、介護側の窓口を担っているケアマネジャーの業界団体には一層の対応を期待したい。
 
31 2024年度は2年に1回の診療報酬改定と、3年に一度の介護報酬見直しが同時に到来したため、医療と介護の連携を促す細かい改定が積み重ねられた。今回のテーマに関わる案件としては、かかりつけ医機能を評価する「地域包括診療科」の要件が修正され、ケアマネジャーや相談支援専門員に対する情報提供が加えられた。さらに、施設に入所する高齢者の救急医療を逼迫しないようにするため、高齢者の急変時に対応してもらう診療所や中小病院を「協力医療機関」として指定することが介護施設に義務付けられた。詳細については、2024年7月9日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(中)」を参照。

9――新たな制度は機能するのか?(5)

9――新たな制度は機能するのか?(5)~保険者の視点~

第5に、保険者の視点である。教科書的に言うと、保険者は「被保険者の代理人」として、医療制度の効率的かつ効果的な運営で役割(いわゆる保険者機能)を果たす必要32があり、健保連幹部は今回の新制度に関して、多様化・複合化するニーズへの対応や重複投薬の改善など医療提供体制の最適化の必要性を挙げつつ、「国民・患者が適切な医療機関を選ぶための環境整備として一定の前進」33と評価している。

このため、保険者及び保険者の団体に対しては、▽かかりつけ医を選択する患者に対する情報提供、▽協議の場への参画、▽都道府県や市町村に対するレセプト(支払明細書)のデータ提供、▽都道府県単位で設置されている「保険者協議会」による情報共有――などの対応が求められる34

しかし、現実的に保険者の権限は極めて小さく、「保険者機能」も専ら「保健」、すなわち健康づくりに特化して理解されている。このため、かかりつけ医に関する新たな制度に関して、どこまで保険者が主要な役割を発揮できるか微妙と言わざるを得ない。

以上、主体別に整理しつつ、新制度の意味合いや役割を挙げた。筆者自身は自治と実践に力点を置く仕組みに期待しつつも、その取り組みが拡大かつ永続するのは難しいと考えている。このため、国として都道府県や地域の医師会の実践を支援する機会を作るとともに、何らかの形で強制力を伴う政策誘導も必要になると考えている。

以下、今後のテコ入れ策として、(1)現場の自治と実践を支える国や関係団体の支援、(2)政策誘導の選択肢――という2つを考える。
 
32 保険者機能に関しては、みずほ情報総研(2013)「保険者機能のあり方と評価に関する調査研究報告書」、田近栄治・尾形裕也編著(2009)『次世代医療制度改革』ミネルヴァ書房、山崎泰彦・尾形裕也(2003)編著『医療制度改革と保険者機能』東洋経済新報社などを参照。2020年1月30日拙稿「保険者機能とは『保健』機能だけなのか」を参照。
33 『健康保険』2024年10月号における河本専務理事に対するインタビュー。
34 保険者協議会とは、協会けんぽや都道府県などの保険者や各種職能団体、学識者などが参加する形で、都道府県単位に設置されている組織。元々は健診の円滑な実施などを議論する場として、2004年に設置されたが、最近は役割を大きくする制度改正が相次いでいる。2023年通常国会では、保険者協議会が法定化された。過去の経緯などについては、2024年8月5日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(下)」を参照。

10――今後のテコ入れ策(1)

10――今後のテコ入れ策(1)~現場の自治と実践を支える国や関係団体の支援~

まず、現場の自治と実践を支える国や関係団体の支援である。ここで言う「国」とは厚生労働省だけでなく、総務省も含まれるし、「関係団体」には日医、病院関係団体、地方団体、介護業界の団体が該当する。

特に、今回の新制度はプロフェッショナル・オートノミーを重視する日医の意向を踏まえて作られている以上、日医の役割は非常に重要であり、かかりつけ医機能研修制度の充実や新制度への積極的な参加の働き掛けなどに期待したい。

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(2025年05月28日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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