2023年07月24日

かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか-決着内容の意義や有効性を問うとともに、論争の経緯や今後の論点を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3全人的かつ継続的なケアが可能に
第3に、全人的かつ継続的なケアが可能になる意義が非常に大きいと考えられていた。高齢者は複数の疾患を持っているケースが多く、臓器・疾患別に細分化された複数の専門医に診てもらうよりも、全人的に診察や検査を受けた方が効率的であり、効果的である。例えば、臓器・疾患別に細分化された医師から別々に診断、処方を受けることで、複数の薬の飲み合わせの悪さが健康に悪影響を及ぼす「多剤投与」という問題も起きている。厚生労働省が2019年6月に公表した「高齢者の医薬品適正使用の指針」では、65~74 歳の3割と75歳以上の4割でそれぞれ5種類以上の薬剤が処方されているという調査が示されている。

さらに自宅療養を受けている高齢者の場合、継続的な医学管理に加えて、高齢者の性格や趣向などを踏まえる必要があり、全人的かつ継続的なケアを提供する医師の存在が重要になる。つまり、賛成派は登録制度を含めて、かかりつけ医の制度化を進めれば、患者にとっての責任主体が明らかになり、全人的かつ継続的な医学管理が可能になると期待していた。
4新興感染症など有事対応も可能に
第4に、今回の新型コロナウイルス禍で脆弱性が浮き彫りになった新興感染症も含めて、有事対応を強化できる可能性も指摘された。

例えば、草場氏は「今回のパンデミックのような場合には、『医療機関が、責任を持って診るべき患者』が決まっておらず、医療からこぼれ落ちる人が出てきてしまう。(略)その典型かつ致命的と言えるのが、そもそも発熱等があっても、受診に至らずに、孤独死をしたりした例」「医療側も『この方は、当院に登録している』と把握できるようになれば、災害などの危機対応では必ず(筆者注:患者と医師の)両者がつながる」「(筆者注:ワクチン接種についても)あらかじめ医療機関が登録されていれば、予約の問題をはじめ、スムーズに接種が進んだと思う」と述べている44

つまり、登録制度の採用など、かかりつけ医が制度化されれば、高齢者や基礎疾患を持っている患者、重症化リスクの高い人などを診療現場に近いところで把握しやすくなるため、日々の健康管理だけでなく、新興感染症の流行拡大など有事の際に役立つという指摘だった。
 
44 2021年12月28日『m3.com』配信記事における草場氏インタビュー。

15――制度化反対派の主張

15――制度化反対派の主張

1|受療の選択肢が狭くなる危険性
一方、日医など制度化に反対する意見を総合すると、患者の受療権が限定される点を重視していたと考えられる。この点について、ゲートキーパー機能を通じて、別の角度で論じてみる。例えば、必ずかかる医師を事前に指名する登録制度が導入されれば、患者は救急などのケースを除けば、原則として登録医しか受診できなくなる。そうなると、治療や検査を受けられるまでの待機時間が長くるかもしれないし、患者から見ると、「近所のA病院が混んでいたから、B診療所に行く」とか、「C診療所の医師とウマが合わないので、D病院に足を伸ばす」といった行動が簡単に取りにくくなり、受療の選択肢は狭くなる。

つまり、「医療機関・医師に関する患者の自由度確保」「ゲートキーパー機能の厳格化」の両立は難しい。実際、日医サイドからは登録制度に反対する説明として、「日本の場合、開業医でも病院の外来でもフリーアクセスでやってきたわけで、それを急に制限することになれば必ず混乱します」という声が以前から出ていた45し、今回の議論でも「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」といった意見が示された46

受療の選択肢を奪われる懸念については、制度化に賛成していた健保連の調査結果でも示されていた。調査によると、「体調不良時に、最初の受診は事前に選んで登録した医師に限定され、当該医師からの紹介状または救急時以外の病院を自由に受診できない」といた場合の不安の程度を聞く質問に対し、「まったく不安を感じない」「それほど不安を感じない」という答えは計34.9%だったのに対し、「やや不安を感じる」「非常に不安を感じる」という答えの合計は計59.5%に及んでいた47

しかも、プライマリ・ケア専門医である総合診療医を含めて、かかりつけ医機能を満たせる医師が少ない現状を踏まえると、かかりつけ医の制度化を強行した場合、受療の選択肢が奪われる患者の不満や不安が先行してしまう危険性があった。
 
45 2019年9月1日『社会保険旬報』No.2758における日医の横倉会長の発言。
46 2022年4月27日記者会見における日医の中川会長の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。
47 2021年3月29日、健康保険組合連合会「新型コロナウイルス感染症拡大期における受診意識調査報告書」。この設問の回答者数は計2,636人。回答の内訳は「まったく不安を感じない」が5.5%、「それほど不安を感じない」が29.4%、「やや不安を感じる」が41.9%、「非常に不安を感じる」が17.6%。
2|診療報酬の変更に対する抵抗感
このほか、かかりつけ医の制度化に絡む論点として、診療報酬制度も焦点となった。診療報酬制度は一般的に、▽それぞれの検査や治療を評価する出来高払い、▽登録人数や入院日数ごとに支払われる包括払い(定額制)、▽治療成績などに着目する成績払い――に大別可能であり、先に触れた通り、財務省は定額制の導入を訴えた。

確かに草場氏が財政審で指摘した通り、出来高払いでは健康維持が評価されにくいし、筆者自身の意見としても、プライマリ・ケアの部分には出来高払いがマッチしないと考えている。

だが、包括払いや人頭払いが中心となると、治療や検査を実施しなくても、医療機関の報酬は変わらなくなるため、必要な治療や検査が実施されない「過少診療」のリスクを伴う。さらに、診療所や中小病院の収入に直結するテーマであり、日医の強い反発も予想された。
3|医療の国家統制に対する嫌悪感
賛成派と反対派の意見対立が先鋭化した背景として、日医などの反対派が医療の国家統制に対し、強い嫌悪感を抱いている点も指摘できる。伝統的に日医の行動原理として、患者の健康に責任を持つ専門家としての自由や自治(professional freedom、professional autonomy)を重視する傾向が強い。このため、かかりつけ医を巡る議論に関しても、国家統制による「制度化」ではなく、フリーアクセスの下での患者の自由な選択と、医師の自主的な研鑽をベースに置く必要があるとの認識は以前から一貫している。

例えば、今回の議論では、「かかりつけ医は患者が選ぶもの」「医師と国民・患者の間で平時から身近で頼りになる関係をつくることが重要」48という意見が一貫して示されていた。さらに、「かかりつけ医は患者さんの自由な意思によって選択されます。どの医師が『かかりつけ医』かは、患者さんによってさまざまです。患者さんにもっともふさわしい医師が誰かを、数値化して測定することはできません」「かかりつけ医機能をさらに進化させるとともに、より温かみのあるものにしていきます」という資料も公表されていた49

決着後のインタビューでも、日医の松本会長は「かかりつけ医は、あくまで患者さん自身が選ぶものであり、あらかじめ誰かによって決められるものではありません」「制度によって縛っても、決してうまく行きません」「自己研鑽に励む、自己のレベルを上げていく、自己の持つ機能を広げていく(筆者注:ことが求められる)」と述べる一幕もあった50。これらは国家主導による「制度化」ではなく、専門職の自治と自由を貴ぶスタンスの現われと理解できる。

しかも、こうした意見は過去から共通している。先に触れた通り、かかりつけ医の位置付けが曖昧になったのは元々、1980年代中盤の「家庭医に関する懇談会」が失敗したことに起因しており、その時に日医代表は厚生省(当時)の意図について、「官僚統制を推進し、(筆者注:家庭医としての)認定権の掌握にあるコンサルタントしての家庭医を設定したうえで、その全面的支配を考えている」と批判していた51

その後、かかりつけ医という言葉が始まった1990年代半ばの日医会長による講演では「かかりつけ医を制度化して、国が縛ろうとする」「資格を持っている人に少し評価しようとする」「(筆者注:かかりつけ医機能を)制度化してお金を付けよう等の考え方をして、折角の患者さんの目から見た医療構造というのを違う視野から作りあげようとする」といった発言も示されていた52。これらは全て国家統制を嫌う日医の行動原理の表れと理解できる。

さらに、賛成派がイギリスの医療制度を例示したり、「家庭医」という言葉を好んで用いたりする傾向が意見対立に拍車を掛けた面がある。イギリスの医療制度は国家統制の色彩が濃く、医療機関選択に関する患者の自由や、医師の開業の自由が広く認められている日本の医療制度と大きく異なる。このため、賛成派の論考や提言などで、イギリスの医療制度に範を取るように求める意見が示されたことで、日医などの反対派を必要以上に刺激した面は否めない。

ここで、簡単にイギリスの医療制度について解説53すると、税財源をベースとしたイギリスの医療保障制度(NHS、National Health Service)では、全国民が診療所に登録することを義務付けられており、原則として患者は大病院をダイレクトに受診できない。その代わりに、診療所では家庭医(General Practitioner)と呼ばれるプライマリ・ケア専門医が身近な病気やケガの診察、治療に対応し、必要に応じて、2次医療機関や3次医療機関を紹介している。この結果、包括的なケアは提供しやすいが、患者は受療の自由を持っておらず、医師も開業の自由が認められていない。

このため、フリーアクセスによる患者の受療権と、開業の自由が認められている日本と比べると、国家統制の度合いが強く、専門職による自治や自由を重視する日医のスタンスと合わない面が多い。

さらに言うと、「家庭医」という言葉も反対意見を増幅させた面がある。これは登録制度と同様、イギリスの医療制度の特徴であり、感情的な反対を招きやすい。実際、家庭医構想が頓挫した頃を知るジャーナリストの書籍54では、当時の日医会長が厚生省に対して「家庭医という言葉を使うな」と迫っていた点や、(筆者注:かかりつけ医は)特別の技能を持った医師のことではなく、国民に選ばれた医師ということでいいんだ」と述べていたことなどが紹介されている。

さらに、1980年代後半に国費留学でプライマリ・ケアの研修を受けた医師も「(筆者注:海外留学の)経験を活かして家庭医になろうと帰国した」が、「帰国してからは家庭医を米国で学んだなどとは口にもできず、留学経験も活かせず、地下にもぐって『隠れ家庭医』として過ごしていた」などと、少し自重気味に記している55

以上のようなイギリスの医療制度に対するアレルギー、国家統制を嫌う日医の行動原理、家庭医を巡る過去の経緯が今回、議論を錯綜させた要因になったのは間違いない。
 
48 2022年11月2日、日医の松本会長記者会見における発言。同月20日『日医ニュース』を参照。
49 2022 年4月27日、日医の中川会長記者会見で配布された資料。2022年5月20日『日医ニュース』を参照。
50 2022年12月28日『m3.com』配信記事における日医の松本会長の発言。
51 厚生省健康政策局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規出版pp103-104における日医の松石久義常務理事の発言。
52 坪井栄孝(2004)『変革の時代の医師会とともに』春秋社p347。1997年3月1日に開催された八幡医師会創立八十周年特別講演会での発言。
53 イギリスの医療制度に関しては、Graham Easton(2016)“The Appointment”[葛西龍樹・栗木さつき訳(2017)『医者は患者をこう診ている』河出書房新社]、堀真奈美(2016)『政府はどこまで医療に介入すべきか』ミネルヴァ書房、澤憲明(2012)「これからの日本の医療制度と家庭医療」『社会保険旬報』No.2489・2491・2494・2497・2500・2513などを参照。
54 水野肇(2008)『誰も書かなかった日本医師会』ちくま文庫pp206-207。当時の日医会長は村瀬敏郎氏。
55 武藤正樹(2022)『コロナで変わる「かかりつけ医」制度』ぱる出版p4。

16――「神学論争」にも似た意見対立

16――「神学論争」にも似た意見対立

以上の議論を踏まえて、賛成派と反対派の意見対立が浮き彫りになったのではないだろうか。つまり、賛成派は患者―医師の関係性を固定化する登録制度などを通じて、医師が住民の健康管理などに責任を持てる仕組みを導入することで、ケアの包括性が高まる点を重視していた。

一方、反対派は「登録制度の導入がフリーアクセスの軌道修正に当たる」として、患者の受療に関する選択肢が狭くなる危険性を重視していた。言い換えると、「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」という二律背反が主な対立点だったと言える。さらに、国家統制に対する医療関係者の心理的な嫌悪感が対立を深めた面もある。

こうした論点が輻輳した結果、「神学論争」とも言えるような意見対立が続き、議論は嚙み合わなかった。つまり、賛成派が「ケアの包括性を高める上では、プライマリ・ケアを制度として定着させる必要があり、そのためには登録制度が必要」と言うと、反対派が「登録制度は患者の受療権が奪われるので、フリーアクセスは必要」と反論し、以前と同じような堂々巡りの議論が続いた印象である(しかも、この意見対立は約40年間に渡って続いている)。

さらに、制度化賛成論者がイギリスの仕組みを参照すると、反対派は受療権の制限や待ち時間の長さなどを問題視し、「イギリスの仕組みは日本に合わない」などと議論を入口で全否定するような傾向も見受けられた。

その結果、今回の議論では「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」という二律背反の利害得失が十分に吟味されたとは言えなかった。これは最早、「神学論争」の域に達していたように感じられる。

なお、筆者は「プライマリ・ケアの強化は医療制度改革で最も重視される必要がある」「かかりつけ医を巡る議論を考える上では、『どうやってプライマリ・ケアを医療制度に組み込むか』という点を意識する必要がある」と認識しており、高齢化に対応した医療提供体制に切り替えていく上では、「医療の入口」を何らかの形で絞り込む視点は重要と考えている。

しかし、フリーアクセスに慣れた日本では、イギリスのような厳格な登録制度は不向きとも考えており、「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」という二律背反の間でバランスを取りつつ、ケアの包括性を高めて行く必要があると考えている。そこで以下では「神学論争」を超える議論の枠組みを提示した上で、今後の一層の制度改正に向けた選択肢と利害得失を考察する。

17――「神学論争」を超えるための視座

17――「神学論争」を超えるための視座

1患者―医師の信頼関係をベースに制度を作る必要性
まず、医療制度の基本には患者―医師の信頼(信認)関係を据える必要がある。医療サービスは元々、(1)患者―医師の間で情報格差が大きく、患者は医療の質の良し悪しを理解しにくい、(2)同じサービスを同時に受けられないため、医療・医師の質を比較しにくい、(3)ニーズの発生が不確実なケースが多い――などの特性を有しており、通常の財やサービスと違って市場機能が成り立ちにくい。

むしろ、医療は信頼財(credence goods)としての側面が強く、医療制度の在り方を考える出発点として、患者―医師の信認(信頼)関係をベースに据える必要がある。
2|自然に信頼関係は生まれるのか
しかし、自然に信頼関係は生まれるのだろうか。つまり、「患者の選択や医師の自主性に委ねているだけで、信頼関係が生まれるのか」という問いである。ここで経済学の「プリンシパル・エージェント理論」という考え方を援用する56

この理論では「委託者」であるプリンシパル(principal)が一定の目的の下、「代理人」のエージェント(agent)に対して権限を委譲し、特定の事項を代行させる「プリンシパル=エージェント関係」に着目する。この関係性は株主と経営者、国民と政治家、政治家と官僚、顧客と弁護士、金融業界の信託(fiduciary)など様々な場面で見られ、今回の議論に当てはめれば、患者・国民が委託者、かかりつけ医が代理人になる。

しかし、プリンシパル=エージェント関係には面倒な問題がある。両者の利害は常に一致するわけではないし、代理人が委託者の期待に沿えなかったり、代理人が委託者を裏切ったりするリスクを伴う。このような現象は一般的に「道徳欠如(moral hazard)」または「エージェンシー問題」と呼ばれる。

分かりやすい例で言うと、ある政策に「反対」を掲げていた政治家が選挙後に前言を覆すような事例である。医療の場合でも、例えば頭痛でクリニックに駆け込んだ患者に対し、医師は患者のために最善の医療を尽くそうとする半面、もし患者から「CTで検査して下さい」と要望された場合、医師は「検査は不要」と判断しても、臨床的に許される範囲であれば、クリニックの経営的な判断を加味するかもしれない。その結果、不必要な医療を提供する「過剰診療」とか、逆に十分な報酬を受け取れない場合に必要な医療を提供しない「過少診療」などの問題が起こる可能性がある。

さらに、医療のように情報格差が大きい財やサービスでは、委託者が代理人の行動をチェックしにくいため、エージェンシー問題が起きやすいとされる。このため、一般的にエージェンシー問題を解決する手段としては、▽経済的なインセンティブで誘導、▽何らかの基準で質の担保など透明性の向上――などの仕組みが必要になる。
 
56 プリンシパル・エージェント議論を医療制度に当てはめる解説は多い。例えば、河口洋行(2020)『医療の経済学』日本評論社、津川友介(2020)『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』医学書院、真野俊樹(2006)『入門医療経済学』中公新書など。
3|選択肢が多いことが満足度に繋がるのか
さらに、医療のような信頼財の場合、選択肢が多いことが満足度に繋がるのか、一考の余地がある。一般的な市場原理の考え方に従えば、消費者にとっての選択肢は多い方がいいし、競争が商品やサービスの質を向上させる。

しかし、医療の場合には患者―医師の信頼関係が重要であり、包括性を高める必要がある。しかも、行動経済学や社会心理学の研究で、「幅広い選択肢には、たしかに良い面がある。だがそれでもわたしたちは混乱し、圧倒されて、お手上げ状態になる」と指摘57されている点も踏まえると、フリーアクセスで選択肢が多いことが最善とは言い切れない面がある。
 
57 Sheena Iyengar(2010)“The Art of Choosing”[櫻井祐子訳(2010)『選択の科学』文藝春秋p220]。
4信頼に足る能力を持つ医師を探せるのか
このほか、「患者が信頼に足る医師を探せるのか」という議論も必要である。日医が強調している通り、在宅医療の提供などを通じて、全ての機能ではないにせよ、かかりつけ医に期待される機能を果たしている医師は多いことは筆者も認識している。こうした医療界自身の自己研鑽は専門職のプロフェッショナリズムの現われであり、もっと評価されていいと考えている。

しかし、エージェンシー問題を解消する上では、制度的な担保も必要となる。その一つとして、「機能」と「能力」の違いに注目する。ここで言う「機能」と「能力」の違いは部外者にとって分かりにくいかもしれないが、今回の議論に限らず、日医が一貫して使っている言葉は「機能」あるいは「機能が発揮される制度整備」であり、基準や数字に裏付けられた「能力」ではない。

実際、2016年4月にスタートした日医の「かかりつけ医機能研修制度」についても、「患者さんにもっともふさわしい医師が誰かを、数値化して測定することはできません」と指摘している58通り、修了後に試験が実施されるわけではないし、「能力」を評価するための基準も示されていない。「能力」になった瞬間、国が基準を作ったり、認定したりすることになるため、「機能」という言葉が選ばれているのは、国家統制を嫌う日医の意向が反映していると思われる。

だが、患者―医師の信頼関係をベースにした制度にする上では、「信頼できる医師がどこにいるのか」という患者の疑問には対応する必要があるし、信頼に足る医師を増やす議論も欠かせない。

では、これらの論点について、どんな制度改正の選択肢が挙げられるだろうか。以下、(1)患者―医師の関係性に関する制度設計、(2)エージェンシー問題を解決するための工夫、(3)信頼できる医師を増やす方策――という3つについて、論点や選択肢を挙げる。
 
58 2022年4月27日記者会見における日医の中川会長の発言。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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