2022年05月16日

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4――個別改定の内容(2)~オンライン診療~

1|オンライン診療を巡る経緯
次に、情報通信機器を用いたオンライン診療についての改定項目である。初診からオンライン診療が解禁されたのに伴い、情報通信機器を用いた場合の初診料として251点、再診料と外来診療科が73点に設定された。

ここで簡単にオンライン診療を巡る経緯を整理する16。元々、オンライン診療は2018年度診療報酬改定で初めて制度化されたが、「対面の補完」とする日医の主張を受け入れる形で、初診を対面で診察した患者に限定する「初診対面原則」が設定されたほか、対象疾病などで厳格な要件が設定された。

その後、2020年度診療報酬改定で要件が少し緩和されたものの、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、オンライン診療を巡る議論は政治サイドの思惑に翻弄されることになる。具体的には、院内感染などを防ぐ方策として、「オンライン診療を拡大すべき」「初診対面原則は撤廃すべき」といった議論が経済財政諮問会議や規制改革推進会議で強まった。

例えば、当時の安倍首相は2020年3月の経済財政諮問会議で、「患者の方々のみならず、コロナウイルスとの闘いの最前線で活躍されている医師・看護師の皆様を院内感染リスクから守るためにも、オンライン診療を活用していくことが重要」と指示した17

これに対し、安全性を理由に日医と厚生労働省は慎重姿勢を崩さず、厚生労働省は部分的に規制緩和に取り組む姿勢を示したが、政治主導で初診対面原則が2020年4月から特例的、時限的に撤廃された。

さらに、2020年9月に発足した菅政権がデジタル化を進める観点に立ち、初診対面原則を撤廃する特例を恒久化すると表明。厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」(以下、検討会)で調整が進み、「かかりつけの医師」に限り、初診対面原則の撤廃が決まった。その主な経緯は表2の通りである。

2022年度改定では、こうした政治主導の結論と検討会の議論を踏まえつつ、オンライン診療における初診対面の点数を付けることになったが、中医協では日医などの診療側と、健保連など支払側の意見が対立した。具体的には、支払側が通常の初診料288点と同じぐらいの水準を求めたのに対し、診療側は「対面診療と同じ点数と予定されているなら医師の技術料を覆す話なので到底受け入れることはできない」として新型コロナウイルス感染症対応の「時限的・特例的な対応」の214点を基準とするように主張18。最終的に、公益委員による裁定を経て、「288点と214点の中間程度の水準」ということで、251点が設定された。

一方、「1カ月当たりの再診料及びオンライン診療料の算定回数に占めるオンライン診療料の割合が1割以下」と定めた基準とか、「緊急時に概ね30分以内に対面診療が可能」とされていた時間・距離要件も撤廃された。
表2:オンライン診療を巡る主な経緯
 
16 オンライン診療の経緯や論点に関しては、2021年12月28日拙稿「オンライン診療の特例恒久化に向けた動向と論点」、2020年6月5日拙稿「オンライン診療を巡る議論を問い直す」を参照。
17 2020年3月31日、経済経済諮問会議議事要旨を参照。
18 2022年1月27日『日経メディカル』配信記事、同26日『m3.com』配信記事を参照。
2|改定の意味合いと狙い
では、オンライン診療の改定に関して、どんな意味合いと狙いを見て取れるだろうか。通常、診療報酬改定では支払側が低い点数を主張する一方、診療側が高い単価を要求するが、オンライン診療に関しては逆の構図となった。言い換えると、オンライン診療の拡大について、支払側は積極姿勢、診療側が慎重姿勢だったと総括できる。

しかも、この構図はオンライン診療の制度化から変わっておらず、支払側は患者にとってのアクセス改善、医療の効率化を期待しているのに対し、診療側は触診などで情報を十分に取れないことを理由に慎重姿勢を崩していない。このため、オンライン診療の普及に関して、支払側と診療側の意見が異なる場面は今後も続く可能性がある。

一方、筆者はオンライン診療について、「新型コロナウイルスを巡る喧噪や政治主導の議論の結果、初診対面原則の撤廃だけに関心が向かってしまい、『患者―医師の信頼関係構築に向けてオンライン診療を活用する』という最も重要な視点が抜けた」と感じている。

そもそも医療は情報の非対称性が大きい分、患者はサービスの質や是非を判断しにくく、自己決定できる余地が小さい。その結果、通常の財やサービスのように「規制を取り払えば、消費者の適切な選好を通じてサービスの質が改善する」とは言い切れない。

さらに医療の場合、治療行為や服薬の影響などについて患者の個体差が発生するため、患者だけでなく、医師自身も不確実な意思決定を強いられている。このため、触診などができないオンライン診療では患者の情報入手に限界が生じる面がある。

しかし、初診対面原則の特例を撤廃する問題に関しては、患者サイドのアクセス性に着目しているだけで、ユーザーである医師の視点は必ずしも重視されなかった。こうした状況で初診対面原則だけを争点にしても、オンライン診療の普及に弾みが付くか、筆者は疑問に感じている面がある。

実際、現場の経営者からは「やはり初診は対面診療が原則であり、それは揺るがない」「在宅療養中の高齢者に対する診療や、へき地の診療などで便利な選択肢が増えたというくらいで、医療全体に与える影響としては軽微」といった声が出ている19

むしろ、既述した医療サービスの特性を踏まえると、医療は「消費した後でも品質の評価が難しい財」とされる信頼財(credence goods)の側面を持つ点に留意する必要がある。つまり、医療サービスの基本は患者―医師の信頼関係に据える必要があり、オンライン診療の普及に際しても、医師と患者のコミュニケーションが円滑に進むような制度改正を意識することが求められる。

具体的には、地域の医療機関で情報を共有するEHR (Electronic Health Record)、患者が自ら保健・健康情報を管理するPHR(Personal Health Record)の充実などを通じて、かかりつけの医師でなくても医師が患者の情報にアクセスしやすくする制度改正とか、患者と医師の関係を固定化する「かかりつけ医」の制度化20などが必要と考えている。

今回の改定を通じて、初診対面原則の問題は一応の決着を見たが、厚生労働省はオンライン診療について、技術革新の状況などを踏まえ、指針を定期的に見直す方針を掲げており、中医協会長の小塩氏もオンライン診療に関して、「不透明なところが多く、動向を注視する必要がある」と述べている21。今後は「患者―医師の信頼関係を構築する手段の一つとして、オンライン診療を活用できるようにする」という視点で、普及に向けた議論が深まることに期待したい。
 
19 2022年3月29日『日経メディカル』配信記事における全日本病院協会長の猪口雄二氏に対するインタビュー。
20 かかりつけ医を巡る議論については、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
21 2022年4月4日『週刊社会保障』No.3164における小塩氏インタビューを参照。

5――個別改定の内容(3)

5――個別改定の内容(3)~リフィル処方箋~

1|改定内容の概要
第3のリフィル処方箋についても、2022年度診療報酬改定における重要な論点となった。中医協における議論の結果、リフィルに対応可能な形で処方箋の様式が変更された。

具体的には、▽処方箋の「リフィル可」の欄にチェックできる「レ点」を記入、▽総使用回数の上限を3回までに設定、▽1回当たり投薬・総投薬期間に関しては、医師が患者の病状などを踏まえつつ、個別に医学的に適切と判断した期間に設定――といった要件が設けられた。
2|改定の意味合いと狙い
リフィル処方箋の導入を通じて、どの程度の医師、薬剤師が積極的に導入するか、その影響は現時点で読み切れない。そもそも日医はリフィル処方箋の導入に反対してきた経緯があり、今回の改定に関しても、日医関係者からは「医師の判断によって処方し、健康観察も医学管理も医師が行う」「薬剤師はこれまで通り医師の処方に基づき、調剤を行う。薬剤師の医学的判断が介入する余地はない」22といった意見に加えて、「長期処方にはリスクが伴う。(略)慎重の上にも慎重に、そして丁寧に始めることが望ましい」23などの意見が示されている。

しかし、リフィル処方箋の導入を通じて、状態が安定的な患者は「処方箋だけをもらうために医療機関に行く」といった受療行動を取らなくても済むようになり、患者の利便性は高まる可能性が高い。さらに、昨年末の予算編成の時点では▲0.1%程度の医療費の減少に繋がると予想されている通り、再診料の減少などを通じて医療費の抑制効果も期待されており、鈴木俊一財務相は「リフィル処方箋(筆者注:の導入)は譲れなかった」と振り返っている24

その後も、財務省はリフィル処方箋の拡大に期待する姿勢を示しており、2022年4月の財政制度等審議会25では、「患者の希望やニーズの充足を阻害する動きがないかといった運用面を含めたフォローアップを徹底するとともに、制度の普及促進に向けて周知・広報を図るべき」とする資料を公表。さらに、保険者(健康保険組合など保険制度の運営者)に対する各種インセンティブ制度の活用も視野に入れることで、リフィル処方箋の普及を後退させないようにクギを刺した。

さらに「リフィル処方箋を広げるべき」という意見は経済財政諮問会議でも議論されており、2022年4月の会合26では、有識者委員が「投薬をはじめとする受診行動の変容を踏まえ、通院回数削減による患者負担軽減を図るため、リフィル処方箋の使用を、患者側の希望を確認・尊重する形で促進」する必要性を強調した。

筆者も、患者の利便性や費用対効果という点でリフィル処方箋が導入された意味合いは大きいという認識を持っており、安全性に留意しつつ、リフィル処方箋の拡大が望ましいと考えている。

このほか、リフィル処方箋の導入を薬局、薬剤師の機能見直しに結び付ける必要がある。薬局と薬剤師に関しては近年、医療機関の目の前に立地する「門前薬局」で処方箋の枚数を多く獲得する経営・業務ではなく、服薬指導など対人業務に力点を置く必要性が指摘されており、診療報酬に関する「かかりつけ薬剤師・薬局」の評価など制度改正が相次いで実施されている27。2022年度診療報酬改定でも対物評価と対人評価を切り分ける目的で、薬局・薬剤師業務の評価体系が大幅に見直されたほか、様々な加算措置が対人業務に付けられた。ここでは一例を挙げるにとどめるが、診療報酬上の「調剤料」が廃止され、対物業務の「薬剤調製料」と、対人中心の「調剤管理料」に再編された。

こうした流れを踏まえると、リフィル処方箋の導入も薬局、薬剤師の機能見直しに絡める必要があり、今後の制度改正として、▽処方箋への病名記入、▽一定の要件を満たした薬剤師に対して、一部の権限を医師から移譲するタスクシフト――などを通じて、薬剤師の裁量を広げる改革とか、薬局の機能見直しと整合的に進める必要がある。
 
 
22 2022年3月27日、日医代議員会における日医会長の中川氏の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。
23 2022年1月26日、中医協総会における日医常任理事の城守国斗氏の発言。2022年1月26日『m3.com』配信記事を参照。
24 2022年1月14日、『ミクスon-line』配信記事における鈴木俊一財務相インタビューを参照。
25 2022年4月13日、財政制度等審議会財政制度分科会資料を参照。
26 2022年4月13日、経済財政諮問会議における有識者議員資料を参照。
27 かかりつけ薬剤師・薬局に関しては、2021年10月15日拙稿「かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか」を参照。

6――個別改定の内容(4)

6――個別改定の内容(4)~不妊治療の保険適用~

第4の不妊治療の保険適用では、大幅な制度改正が実施された。元々、不妊の原因診断とか、治療は以前から保険診療の対象とされ、体外受精や男性の不妊治療など生殖補助医療についても、「特定不妊治療」という名称で、国の助成事業が設けられていた。一方、人工授精などの一般不妊治療に関しては、一部の自治体で費用助成の制度が設けられたものの、国としての支援策は講じられていなかった、

しかし、今回の診療報酬改定を通じて、一般不妊治療、生殖補助医療が保険適用の対象となり、所得制限や利用回数の上限なども撤廃されたことで、不妊治療のハードルが下がったと言える。

ここで不妊治療の保険適用を巡る経緯を簡単に振り返ると、直接の引き金となったのは2020年9月。自民党総裁選で勝利した菅氏が少子化対策の一環として、「出産を希望する世帯を支援するために不妊治療の支援拡大」を掲げたことだった。

その後、首相に就任した菅氏は2020年10月の所信表明演説で、「共働きで頑張っても、一人分の給料が不妊治療に消えてしまう。以前お話しした夫婦は、つらそうな表情で話してくれました。こうした方々の気持ちに寄り添い、所得制限を撤廃し、不妊治療への保険適用を早急に実現します。それまでの間、現在の助成措置を大幅に拡大してまいります」と発言28。この方針を踏まえ、生殖補助医療の制度見直しが2020年度第3次補正予算で先行的に図られたほか、2022年4月から保険適用がスタートした。

不妊治療の保険適用に振り向けられる財源は+0.43%となった本体改定率のうち、+0.2%分であり、診療報酬の点数については、それぞれの治療行為に点数が付けられた。具体的には、排卵のタイミングに合わせて指導する「タイミング法」は250点(3カ月に1回)、人工授精は1,820点、体外受精は4,200点などとなっている。

しかし、保険適用を通じて、不妊治療を定着させたとしても、年齢を重ねると効果が薄くなる傾向が見られる29ため、これだけで少子化対策として有効なのか疑問も残る。このため、筆者としては、早い段階での治療開始に加えて、不妊治療と仕事の両立支援、さらには長時間勤務の解消、仕事と育児の両立支援、保育所などの基盤整備、男性の育児取得促進など、出産・育児を選択しやすい環境の整備も欠かせないと考えている。
 
28 2020年10月26日、第203国会衆参両院本会議における菅義偉首相による所信表明演説。
29 年齢ごとの不妊治療の実績に関しては、野口晴子(2020)「不妊治療の保険適用拡大をめぐって」『週刊社会保障』No.3091を参照。併せて、ニッセイ基礎研究所ウエブサイト掲載の乾愛(2022)「日本の不妊治療の現状とは?」を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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【2022年度診療報酬改定を読み解く(上)-新興感染症対応、リフィル処方箋、オンライン診療の初診緩和など】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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