2021年08月20日

不動産投資の観点でみる地方都市の特性評価~市場規模と流動性に着目し、都市の特性を分類

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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1. はじめに

ニッセイ基礎研究所・価値総合研究所の推計1によれば、東京23区以外の地方都市における「投資適格不動産2」の市場規模は、オフィスでは約17.0兆円、住宅では約13.2兆円となる。「投資適格不動産」のうち、地方都市の占める割合はオフィスでは約4分の1を、住宅では約4割を占めており、投資対象となる収益不動産が地方都市にも多く所在していることを確認できる。最近では、地方都市への投資に特化したファンドも複数組成されるなど3、投資家の注目も高まっている。

また、RCA(Real Capital Analytics)のデータによると、不動産取引額に占める地方都市の割合(2007年~2020年の平均)は、オフィスで23%、住宅で39%となっている(図表1、図表2)。年次によって変動はみられるものの、上記の市場規模に応じた一定規模の活発な取引を確認できる。
図表1 オフィスの取引割合(東京/地方都市)/図表2 住宅の取引割合(東京/地方)
オフィスや住宅への投資において、収益不動産の集積度の高い東京が中心であることは変わらないが、リスク分散と収益安定化を図る目的から今後も地方都市への投資が拡大することが予想される。

そこで、本稿では、オフィスと住宅について、(1)投資適格不動産の「市場規模」と、(2)不動産売買市場の「市場流動性4」に着目し、地方10都市5を対象に、その特性を評価したい。
 
1 吉田資・室 剛朗『わが国の不動産投資市場規模(1)』(ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2021 年3 月12 日)
 吉田資・室 剛朗『わが国の不動産投資市場規模(2)』(ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2021 年4 月19日)
 吉田資・室 剛朗『わが国の不動産投資市場規模(3)』(ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2021 年5 月20日)
2 機関投資家の投資意欲が特に強いスペックや立地要件を満たす収益不動産で、事業者や個人に賃貸することで賃料収入を獲得できる不動産を言う。
3 東海道リート投資法人(2021年2月設立)、両備A.P.プライベート投資法人(2020年2月設立)、東祥リート投資法人(2020年1月設立)など。
4 投資適格不動産の「市場規模」に対する「平均年間取引額(07年~20年)」。「市場流動性」=「平均年間取引額」÷「市場規模」
5 札幌市、仙台市、川崎市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、福岡市の10都市

2. 不動産投資の観点でみる地方都市の特性評価

2. 不動産投資の観点でみる地方都市の特性評価

一般に、投資適格不動産の「市場規模」が大きい都市ほど、投資対象物件の選択の幅が広い。また、

不動産売買市場の「市場流動性」が高い都市ほど、物件売買が容易になると考えられる。したがって、「市場規模」と「市場流動性」がともに大きい都市は、相対的に投資しやすい都市だと言える。
2-1. 「市場規模」について。オフィス・住宅ともに「大阪市」がトップ。第2位の「名古屋市」を大きく引き離す
まず、オフィスと住宅の「市場規模」について確認する。ニッセイ基礎研究所・価値総合研究所の推計によれば、「オフィス市場規模」は、「大阪市」(6.4兆円)が最も大きく、次いで、「名古屋市」(2.2兆円)、「横浜市」(2.1兆円)、「福岡市」(1.6兆円)、「札幌市」(1.1兆円)の順となっている(図表3)。「大阪市」は、第2位「名古屋市」の約3倍の規模に達している。

また、「住宅市場規模」は、「大阪市」(3.2兆円)が最も大きく、次いで「名古屋市」(1.5兆円)、「横浜市」(1.5兆円)、「福岡市」(1.5兆円)、「川崎市」(1.1兆円)の順となっている(図表4)。「大阪市」は、第2位「名古屋市」の約2倍の規模で、オフィスと同様、2位以下を大きく引き離している。
 図表3 オフィスの市場規模(単位:兆円)/図表4 住宅の市場規模(単位:兆円)
ところで、収益不動産の「市場規模」は人口動態と密接な関係を有している。図表5は「オフィス市場規模」と「生産年齢人口(15~64歳)」の関係を、図表6は「住宅市場規模」と「世帯数」の関係を示しており、ともに相関が強く、直線に近い累乗近似曲線に従うことがわかる。具体的には、「生産年齢人口」が1%増加すると「オフィス市場規模」は約1.6%拡大、「世帯数」が1%増加すると「住宅市場規模」は約1.4%拡大する関係がみてとれる。

なお、「横浜市」は、オフィスの回帰線より大きく下方に、「大阪市」は、大きく上方に乖離している。「横浜市」の「生産年齢人口」は約240万人で10都市のなかで最多であるのに対して、「オフィス市場規模」は「大阪市」と「名古屋市」に次いで第3位に留まる。一方、「大阪市」の「生産年齢人口」は約170万人で第2位だが、「オフィス市場規模」は第2位「名古屋市」の約3倍の規模を有している。「横浜市」は東京の衛星都市としての機能があり、居住地ではない東京で就業する人の割合が高く、オフィスが少ない一方、「大阪市」は、市内に居住する就業者に加え、奈良県、兵庫県、京都府など周辺の都道府県から通勤する就業者も多く、オフィスが多いと考えられる。

また、「横浜市」については、住宅も回帰線より大きく下方に乖離している。「横浜市」の「世帯数」は約180万世帯と10都市のなかで最多であるのに対して、「住宅市場規模」は第3位に留まる。総務省「住宅・土地統計調査」によれば、「横浜市」の持ち家率は59%と10都市のなかで最も高く、相対的に賃貸が少ない。住居の所有形態が「住宅市場規模」に影響を及ぼしていると推察される。
図表5 「オフィス市場規模」と「生産年齢人口」/図表6 「住宅市場規模」と「世帯数」
2-2. 「市場流動性」について。オフィスでは「横浜市」がトップ、住宅では「仙台市」がトップ。
次に、オフィスと住宅の「市場流動性」を確認する。RCAのデータによると、オフィスの平均年間取引額は「大阪市」(1,850億円)が最も大きく、次いで「横浜市」(1,190億円)、「名古屋市」(500億円)、「福岡市」(320億円)、「川崎市」(260億円)の順となっている(図表7)。上記の「年間取引額」と「市場規模」をもとに「市場流動性」を算出すると、「横浜市」(5.8%)が最も高く、次いで「川崎市」(3.2%)、「大阪市」(2.9%)の順となった(図表8)。
図表7 オフィスの平均年間取引額(07年~20年)/図表8 オフィスの「市場流動性」
また、住宅の平均年間取引額は、「大阪市」(650億円)が最も多く、次いで、「名古屋市」(240億円)、「福岡市」(220億円)、「横浜市」(180億円)、「札幌市」(110億円)の順となっている(図表9)。

上記の「年間取引額」と「市場規模」をもとに「市場流動性」を算出すると、「仙台市」(2.3%)が最も高く、次いで「大阪市」(2.0%)、「名古屋市」(1.6%)の順となった(図表10)。

10都市の中で、オフィスでは「横浜市」、住宅では「仙台市」が「市場流動性」の最も高い都市であると言える。
図表9 住宅の平均年間取引額(07年~20年)/図表10 住宅の「市場流動性」
ところで、「市場流動性」は「不動産証券化」の進展と密接な関係を有している。図表11(オフィス)と図表12(住宅)はそれぞれ、「市場流動性」と投資適格不動産に占める「J-REIT保有比率」の関係を示しており、ともに相関が強く、線形関数に従うことがわかる。具体的には、「J-REIT保有比率」が1%上昇するとオフィスの「市場流動性」は約0.16%上昇、住宅の「市場流動性」は約0.11%上昇する関係がみてとれる。

また、回帰線の傾きは住宅の方がオフィスより緩やかで、「J-REIT保有比率」に対する「市場流動性」の変化率が小さい。住宅では、近年、取引額に占めるクロスボーダー取引の割合が高まっており、海外資金の動向が「市場流動性」に影響を及ぼしていると考えられる。
図表11 オフィスの「市場流動性」と「J-REIT保有比率」/図表12住宅の「市場流動性」と「J-REIT保有比率」
2-3. 「市場規模」と「市場流動性」に着目した地方10都市の特性を分類する
続いて、上記で確認した「市場規模」と「市場流動性」をもとに、地方10都市の特性を分類する。具体的には、図表13に示す通り、横軸に「市場規模」、縦軸に「市場流動性」をプロットし、平均値を基準にして、「A群」・「B群」・「C群」・「D群」の4つのカテゴリーに分類する。したがって、右上に位置する「A群」に位置する都市は、「市場規模」と「市場流動性」がともに高く、相対的に投資しやすい都市だと言える。
図表-13 「市場規模」と「市場流動性」に着目した分類
次頁の図表14(オフィス)と図表15(住宅)に、結果を示した。

「A群」に位置する都市は、オフィスでは「大阪市」・「横浜市」、住宅では「大阪市」・「名古屋市」・「福岡市」となり、「規模と流動性が大きい都市」と言える。

次に、「B群」に位置する都市は、「オフィス」では「名古屋市」、「住宅」では「横浜市」・「川崎市」となり、「規模は大きいが流動性の低い都市」と言える。

また、「C群」に位置する都市は、「オフィス」では「川崎市」・「仙台市」、「住宅」では「仙台市」となり、「規模は小さいが流動性の高い都市」と言える。

最後に、「D群」に位置する都市は、「オフィス」では「福岡市」・「札幌市」・「京都市」・「神戸市」・「広島市」、「住宅」では「札幌市」・「京都市」・「神戸市」・「広島市」となり、「規模と流動性が小さい都市」と言える。
図表14 市場規模と市場流動性<オフィス>/図表15 市場規模と市場流動性<住宅>

3. おわりに

3. おわりに

本稿では、投資適格不動産の「市場規模」と「市場流動性」に着目し、地方10都市を対象に、不動産投資の観点からその特性を評価した。

上記の特性はあくまで現時点であり、今後の人口動態の影響を受けて変化することが予想される。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」によると、生産年齢人口(2015年~2025年)は、多くの都市で減少するなか、「川崎市(+2.8%)」と「福岡市(+2.0%)」は増加する見通しである(図表16)。また、国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数将来推計(都道府県別)」によると、世帯数(2015年~2025年)は「北海道」を除いて増加し、なかでも、「愛知県(4.5%)」と「神奈川県(4.0%)」の伸び率が大きくなる見通しである(図表17)。また、今回のコロナ禍を経て、在宅勤務が浸透したことで、ワークプレイスや居住地に対する意識変化が生じており、それに呼応した人口動態の構造変化にも十分留意したい。

今後の地方都市への不動産投資は、現在の都市特性だけではなく将来の人口動態などを加味したうえで検討を進める必要がありそうだ。引き続き各都市の動向について、定期的なモニターを行い、有益な情報提供に努めていきたい。
図表16 生産年齢人口の見通し(2015年⇒2025年)/図表17 世帯数の見通し(2015年⇒2025年)
 
 

(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2021年08月20日「不動産投資レポート」)

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