2021年05月14日

2021年度介護報酬改定を読み解く-難しい人材不足への対応、科学化や予防重視の利害得失を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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9――診療報酬との近似性が深まる問題点

1|極端な制度の複雑化
第1に、極端な制度の複雑化である24。診療報酬については、長い歴史を経る中で極端に複雑化しており、誰も全体像を把握していると思えない。これは2年に一度の改定に際して、日本医師会や健康保険組合連合会など利益集団(圧力団体)の意見を調整したり、財政当局の意見を反映させたりする過程で、足して2で割るような調整を繰り返した結果、「◎◎では加算」「××では減算」「加算の要件は△△を満たすこと」といった形でルールが細かく決まり、制度が複雑化している。

一方、介護報酬に関しても、制度創設から20年を経る中で、同じようなことが起きている。つまり、財務省は「給付の重点化・効率化」を主張し、厚生労働省が審議会で利益集団の意見を調整する過程で、制度が複雑化している状態である。実際、上記の説明を読んでウンザリした方は多かったのではないだろうか。恐らく制度の細部も含めて、全体像を理解している人は限られていると思われる(筆者も告示、省令レベルの全てを細かくチェックできているわけではない)。

ここで気を付けなければいけないのは医療と介護の違いである。医療の場合、患者―医師の間で情報の非対称性が存在しているため、患者は病気の理由、治療するための方策、その必要性や重症度などを判定できない。これに対し、介護では要介護状態になったことによる生活上の不便さを知っているのは利用者であり、医療に比べれば利用者が自己決定できる余地は大きい25。言い換えると、介護の場合、制度が余りに複雑化し過ぎると、利用者の自己決定権を侵害する危険性を孕んでいるため、制度複雑化の弊害は診療報酬よりも深刻と言える。

しかも深刻なことがある。今回の改定における介護給付費分科会の議論では、「簡素化」の方針が盛り込まれていたのに、上記のような細かい改定論議が続き、制度複雑化の流れが止まらなかった点である。例えば、制度複雑化を定量的に把握する手段として、ケアプランの作成に際して使われる「サービスコード」がある。これはサービスの種類や単価などを特定する6ケタの番号であり、その総数は制度創設時の2020年度時点の2万4,970項目から2021年度で2万5,247項目に増加した。これは制度創設時と比べると、約14.5倍に及んでおり、極端な複雑化が今回も止まらなかった。

確かに細かく見ると、介護職員処遇改善加算の加算区分を減らすなど簡素化の動きもあったし、財務省の資料26や厚生労働省の説明でもサービスコードの増加数を問題視する文言が出始めている。それにもかかわらず、結果的に項目数自体は変わらず、複雑化は止まらなかった。言い換えると、政策当局者が相当、制度の簡素化を意識しない限り、複雑化は止まらないと言える。厚生労働省OBの書籍では、日本医師会の当時の会長から「診療報酬みたいに複雑にしないでくれ」と言われたというエピソードが紹介されている27が、このままでは診療報酬と同様に複雑化して行くことは避けられない。その結果、複雑な制度に知悉した官僚や専門職と、複雑な制度に関する情報を入手しにくい国民や利用者の情報格差が広がり、利用者による自己選択を重視した制度創設の理念が失われかねない。
 
24 制度複雑化の弊害に関しては、介護保険20年を期した連載コラムの第23回で取り上げた。さらに、三原岳(2015)「報酬複雑化の過程と弊害」『介護保険情報』2015年7月号。学術的な考察としては、三原岳・郡司篤晃「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』第7巻1号も参照。(DOI:https://doi.org/10.24533/spls.7.1_175)。
25 ここでは詳しく触れないが、医療では患者―医師の間で情報格差が大きい分、対等な関係性を結べない前提になっており、一般的には患者―医師の間で準委任契約が成り立つと考えられている。一方、介護では対等な関係性に基づく契約制度が採用されている。詳細は介護保険20年を期した連載コラムの第6回第17回を参照。
26 例えば、2020年11月2日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)財政制度分科会に提出された資料では、「客観的なエビデンスに基づき、介護サービスの質や事業者の経営への効果・影響を検証するといったPDCAサイクルを確立し、真に有効な加算への重点化を行い、介護事業所・施設の事務負担の軽減と予見可能性の向上につなげるべき」との意見が示された。
27 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p301。
2データを重視し過ぎる弊害
第2に、データを重視し過ぎる弊害である。医療の場合、最終的には治療データとして成果を数字で評価しやすいが、介護の成果はデータで評価しにくい。もちろん、医療でも生活を支える在宅医療の質は図りにくいし、介護でも介護予防の充実による要介護度の改善などデータで把握できるため、「医療=データで全て把握できる」「介護=データで全て把握できない」とは言い切れない。ただ、それでも複雑で多様な生活を支える介護では、データ重視に限界があることは踏まえる必要がある。

この違いを踏まえて、今回の介護報酬改定を見ると、科学的介護の考え方が本格的かつ大々的に採用されたことで、データ重視の方針が鮮明になった点について、利害得失を整理する必要がある。

まず、プラス面の積極的な評価としては、身体的な改善を期待できる軽度者を中心に、リハビリテーションや機能訓練の情報を蓄積することで、より効果的な介護予防や重度化防止を進められる可能性が考えられる。

さらに、データを介護現場にフィードバックすることで、利用者とサービス提供事業者、事業者と市町村、市町村と都道府県、国と都道府県・市町村、国と業界団体がコミュニケーションを取る上で、データを活用できる意味合いも大きい。例えば、「定員数が同じ事業所を比べることで、利用者のADLがどれだけ変わったか」「同じ市町村内の事業所を比較し、利用者の要介護度がどれだけ変わったか」といった点を可視化し、関係者のコミュニケーションツールにすれば、利用者の納得度を増せるかもしれないし、介護職の意欲も引き出せる可能性があり、介護の質向上が期待される。このほか、高齢者本人の情報をベースにしつつ、個別ケアに反映させる意義も大きい。今後のAI(人工知能)の発達を見据えれば、人間では分からない相関関係を把握できる効果も期待できる。

しかし、マイナス面も指摘せざるを得ない。先に触れた通り、介護の基本は生活支援であり、データで測定できる範囲だけ見ようとすると、利用者の生活歴や生き甲斐などを見落とす結果になる。そもそもの言葉遣いとして、手元の辞書で「科学」の意味を調べると、「一定領域の対象を系統的に研究する活動。特に自然科学をさすことが多い」と記されているが、介護現場ではデータで把握し切れない個人の生活歴や趣味、生き甲斐などを踏まえることが重要であり、社会学や人類学、民俗学などのアプローチを加味する必要がある。

例えば、医療社会学の用語を使うと、科学的介護は「医療化」のリスクを伴う危険性がある。医療社会学では、医学で解決しなくて済む領域にまで医療が浸透する結果、患者が不必要に医師の命令に服したり、生活が制限されたりする状態を「医療化」と呼び、その危険性が論じられて来た28。つまり、介護を「科学」することで、介護の数値化を試みようとすると、数値で測定しやすい医学的な管理が重視されるようになり、医療が必要以上に生活に入り込んで来る危険性が想起される。

さらにデータ以外の側面に着目する取組として、医療人類学では患者の語り(ナラティブ)を重視する動きがある29ほか、利用者に対する聞き書きを通じて、利用者と介護職の理解を深める「介護民俗学」というアプローチもある30。筆者自身も2019年度、ケアプランの自己作成経験者・実践者を対象にインタビューを実施する調査研究活動に関わったが、対象者の生活は一括りできない複雑さとドラマ性を有していた31。データとナラティブは必ずしも排他的な関係ではないが、こうした「個」にこだわる視点が科学的介護を通じて軽視されないか、懸念を感じている。

このほか、データの利活用策について、必ずしも明快な説明が示されていない点も指摘できる。先に触れた通り、厚生労働省は科学的介護の導入を通じて、「計画書の作成→計画書に基づいたケアの実施→利用者の状態、ケアの実績などの評価・記録・入力→フィードバック情報による計画書の改善」というPDCAサイクルの構築を意識しており、厚生労働省が委託した『ケアの質の向上に向けた科学的介護情報システム(LIFE)利活用の手引き』32を見ると、データベースで作成される「フィードバック票」を通じて、ケアの質を評価できると説明されている。具体的には、フィードバック票は事業所と利用者の2種類で構成し、前者の事業所票では自事業所・施設の利用者像の把握、ケアの実施状況や結果の把握、ケアの改善、施設内の管理指標などに活用できるとされている。一方、後者の利用者票では利用者像の把握、ケアの実施状況や結果の把握、利用者や家族への説明、職員間での情報共有などが活用の事例として例示されている33

しかし、フィードバックの具体的なイメージは現時点で明確に示されておらず、現場ではデータ入力などに伴う負担増に対する不安の声を耳にする。今後は介護現場の意欲と関心を引き付けるため、「何のために情報を集めるのか」「どんな有効活用が考えられるのか」といった点を詳しく説明するとともに、データを現場の統制手段として考えるのではなく、要介護者の生活を支援している現場とのコミュニケーションツールとして活用する必要がある。言い換えると、利活用に関する説明がなければ、人手不足で手一杯な現場の負担感を増すだけでなく、「加算をもらえるから科学的介護に取り組む」という意識を現場に植え付ける危険性がある。
 
28 例えば、Ivan Illich(1976)"Limits to Medicine”[金子嗣郎訳(1998)『脱病院化社会』p11]は「医療機構そのものが健康に対する主要な脅威になりつつある」「専門家が医療をコントロールすることの破壊的影響はいまや流行病の規模にまでいたっている。医原病というのが新しい流行病の名である」などと指摘した。
29 例えば、診療現場では病気の原因や症状の初期段階、病気の経過、治療法などについて、患者自身の「物語」を引き出し、それに基づいたケアを提供するナラティブケアが注目されている。佐藤伸彦(2015)『ナラティブホームの物語』医学書院を参照、さらに、近年は医療人類学や心理学などの領域でも患者の語りや経験が重視されている。皆藤章編・監訳(2015)『ケアをすることの意味』誠信書房、森岡正芳編著(2015)『臨床ナラティヴアプローチ』ミネルヴァ書房、野口裕二(2002)『物語としてのケア』医学書院などを参照。
30 例えば、介護民俗学に関しては、六車由美(2018)『介護民俗学という希望』新潮文庫、同(2012)『驚きの介護民俗学』医学書院などを参照。
31 全国マイケアプラン・ネットワーク編(2020)「ヒアリング調査で見えてきた自己作成者の主体性と市民性」。詳細は下記のリンク先を参照。調査研究事業は公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団の助成を受けた。http://www.mycareplan-net.com/reference/yuubi.html
31 三菱総合研究所(2021)『ケアの質の向上に向けた科学的介護情報システム(LIFE)利活用の手引き』(老人保健事業推進費等補助金)。
32 このほか、三菱総合研究所(2021)「介護サービスにおける科学的介護に資するデータの収集・活用に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)、同(2021)「介護サービスの質の評価指標の開発に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を見ると、利活用策として身体的自立の側面が専ら想定されている。
 

10――ケアマネジメント改革の論点

10――ケアマネジメント改革の論点

最後に、ケアマネジメント改革について触れる。元々、ケアマネジメントは介護保険サービスを受ける際の「入口」に相当するだけでなく、介護保険サービスを超える幅の広さを持っている。具体的には、ケアマネジメントは本来、要介護高齢者の生き甲斐や目標、それを阻害する要因を分析した上で、介護保険サービスに限らず、様々な社会資源の活用も視野に入れつつ、生活支援を幅広く考えられる重要なツールである。

しかし、制度改正の度に「質の高いケアマネジメントの実現」とか、「ケアマネジャーの資質向上」が指摘されるなど、ケアマネジメントの見直しが論じられている33。筆者自身としては、その制度的な背景として、(1)介護保険サービスをケアプランに1つでも組み込まないと、ケアマネジメント費を受け取れない報酬を受け取れない、(2)居宅介護支援事業所が他の介護サービスに併設されており、独立性が十分に担保されていない――という2つの点が大きく影響していると考えている34

このうち、前者の課題を挙げると、現行制度では高齢者が「夕焼け小焼けを歌うような画一的なデイサービスはイヤだ」と拒否する高齢者に対し、ケアマネジャーが十分にアセスメントを実施した上で、その人の趣味に合った俳句サークルなどインフォーマルケアを紹介するようなケアプランを作っても、居宅介護支援費の報酬は発生しない。

さらにケアマネジャーが通院に付き添っても、ケアマネジャーは報酬を受け取れない仕組みとなっている上、ケアマネジャーが退院カンファレンスに参加しても、高齢者が回復したり、亡くなったりして、介護保険サービスを使わない場合、居宅介護支援費の報酬は発生しない限界がある。むしろ、介護保険サービスを受け取るため、福祉用具をケアプランに組み込むような現象さえ起きている35

そこで、今回の報酬改定では、特定事業所加算の要件にインフォーマルケアの実施状況が考慮されることになった。さらに通院時の情報連携に関して加算が付いたほか、退院時に必要なケアマジメント業務を実施している場合に関しても、退院後の状態変化でサービス利用の実績がなくても、一定の要件を満たせば、居宅介護支援費の算定が可能とされた。

後者の独立性に関して、同じ事業者のサービスを一定割合以上に入れた場合に減算する「特定事業所集中減算」という仕組みが作られているが、今回の改定では先に触れた通り、限度額に占める利用割合が高い場合、居宅介護支援事業所を抽出したり、併設事業所を特定したりする仕組みがスタートすることになった。この仕組みの下では、市町村が必要以上にケアプランの内容に介入することで、ケアマネジメントの独立性やサービス利用に関する利用者の権利性が損なわれる危険性を伴う反面、ケアマネジャーが併設事業所のサービス利用を誘発するような行動を抑制できる可能性もある。今後、今回の改定による現場への影響を見極める必要がある。
 
33 例えば、2019年12月の介護保険部会審議報告では「ケアマネジャーがその役割を効果的に果たしながら質の高いケアマネジメントを実現できる環境整備を進めることが必要」という考えが示されている。
34 ケアマネジメントの論点については、拙稿2020年7月16日「ケアプランの有料化で質は向上するのか」を参照。
35 例えば、医療経済研究機構(2020)「ケアマネジメントの公正中立性を確保するための取組や質に関する指標のあり方に関する調査研究報告書」(老人保健事業推進費等補助金)によると、「本来であればフォーマルサービスは不要と考えていたが、介護報酬算定のため、必要のない福祉用具貸与等によりプランを作成した」と答えたケアマネジャーは過去1年に経験ありと答えた人は計3.4%、見たり聞いたりしたことがあると答えた人は15.7%に上った。回答数は1,332人。さらに、財務省が2020年度に実施した「予算執行調査」でも、福祉用具貸与のみのケアプランが全体の6.1%を占めた。市町村に対して2018年4月分と2019年4月分のケアプランを調査しており、有効回答は12,603件。
 

11――おわりに

11――おわりに

以上、2021年度介護報酬改定の内容を詳しく見るとともに、その背景や論点を考察してきた。本稿を含めて、これまでも何度か述べてきた通り、介護保険は「人材」「財源」という2つの不足に直面しており、今回の報酬改定は問題解決に向けた動きがあったものの、解決策に至っていない。さらに、科学的介護の本格化に見られるような予防重視の方針が権利性を失わせる結果になりかねないなど、内在している矛盾が一層、大きくなる危険性も想定される。

一方、社会保障審議会の介護保険部会や介護給付費分科会では、利益集団との調整に終始するため、細かい議論に終始しがちであり、厚生労働省自身が3年に一度の制度改正・報酬改定に追われている印象も受ける。しかし、3年に一度の制度改正は別に必須ではない。今後は財源確保や給付範囲の縮小などの選択肢を視野に入れつつ、財源や人材の制約条件を踏まえた制度の在り方を議論する必要がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年05月14日「基礎研レポート」)

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