2024年10月22日

「在宅医療・介護連携推進事業」はどこまで定着したか?-医師会の関心を高めた成果、現場には「研修疲れ」の傾向も

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~「在宅医療・介護連携推進事業」はどこまで定着したか?~

自宅で暮らす高齢者などに対し、切れ目のない医療・介護サービスの提供を目指す「在宅医療・介護連携推進事業」が発足して概ね10年になる。これは2015年度改正(法改正は2014年)を通じて発足した事業であり、▽地域の医療・介護の資源の把握、▽医療・介護関係者の情報共有の支援、▽医療・介護関係者の研修、▽地域住民への普及啓発――など8つの取り組みを市町村に義務付けることで、医療と介護の一体的な提供を目指している。

この事業が創設された頃と比べると、報酬改定における加算の誘導と相俟って、現場では多職種連携が一般的になりつつある。特に同事業の成果として、地区医師会が医療・介護連携に関心を持つ契機になったと考えられ、関係者や専門職による「顔の見える関係づくり」の形成に向けて、同事業は一定程度の効果を果たしたと考えられる。

一方、多職種連携の交流会や研修の実施が目的化している結果、市町村や医療・介護の現場では「研修疲れ」「事業疲れ」の傾向も見受けられる。さらに、人工呼吸器などを付けて暮らす「医療的ケア児」に対する支援など、在宅ケアや多職種連携の対象は高齢者にとどまらない広がりを見せており、筆者は同事業について、「これまでの蓄積を踏まえつつ、一段の工夫が必要になっている」と考えている。本稿では、在宅医療・介護連携推進事業に着目し、目的や経緯を考察するとともに、想定される現場の改善策などを探る。

2――在宅医療・介護連携推進事業の内容や経緯、内容

2――在宅医療・介護連携推進事業の内容や経緯、内容

1|在宅医療・介護連携推進事業の内容
まず、在宅医療・介護連携推進事業の内容を簡単に整理する。同事業は介護保険料を高齢者福祉分野に「転用」する「地域支援事業」1の一つとして、2015年度改正で創設された。その内容は図表1の通り、(1)地域の医療・介護の資源の把握、(2)在宅医療・介護連携の課題の抽出と対応策の検討、(3)切れ目のない在宅医療と在宅介護の提供体制の構築推進、(4)医療・介護関係者の情報共有の支援、(5)在宅医療・介護連携に関する相談支援、(6)医療・介護関係者の研修、(7)地域住民への普及啓発、(8)在宅医療・介護連携に関する関係市区町村の連携――という8つの取り組みで構成している。
図表1:在宅医療・介護連携推進事業で求められている8つの取り組み
このうち、1つ目の地域の医療・介護の資源の把握では、地域の医療機関の分布、医療機能を把握してリスト化またはマッピングし、在宅医療の取り組み状況などを共有することに力点が置かれている。

2つ目では、地域の医療・介護関係者などが参画する会議を開くことで、在宅医療・介護連携の取り組みの現状を把握し、課題の抽出、対応策を検討するとしている。

3点目は切れ目のない在宅医療と在宅介護の提供体制の構築推進であり、4番目の「医療・介護関係者の情報共有の支援」では、多職種が情報を共有する際のシート作成とか、円滑な入退院支援などを図る「地域連携パス」を作成することで、関係者の意思疎通を密にすることが重視されている。

さらに、5点目の「在宅医療・介護連携に関する相談支援」では、相談窓口の設置とか、関係者を繋ぐ「在宅医療介護連携コーディネーター」の配置などが想定されている。6番目の「医療・介護関係者の研修」では関係者のグループワークや研修会の開催などが企図されており、7つ目では看取りや在宅ケア、将来の医療やケアについて患者を中心に関係者が議論するACP(Advance Care Planning)などについて、住民を対象にしたシンポジウムや講演会の開催とか、パンフレットやチラシの作成などを通じた普及啓発が重視されている。

最後の「在宅医療・介護連携に関する関係市区町村の連携」では、人口20~30万人程度で区切られる「2次医療圏」という仕組みが関係する。ここで言う2次医療圏とは、都道府県を中心とする医療行政の基本単位。例えば病床再編や医師偏在是正では2次医療圏を基本に議論が進められている2

一方、介護保険財政は市町村単位で原則として運営されており、同じ2次医療圏に属する市町村が連携しないと、2次医療圏単位で医療・介護連携が図れなくなるリスクがあるため、同事業では関係市町村の連携が意識されている。要するに、「医療行政=都道府県(最小単位は2次医療圏)」「介護行政=市町村」という役割分担を橋渡しする目的が込められていると言える。
 
1 地域支援事業は2006年度改正で創設され、中学校区単位に設置されている地域包括支援センターの運営経費に充当された。さらに、2015年度改正では本稿のメインテーマである在宅医療・介護連携推進事業が地域支援事業の枠内で創設されたほか、軽度な要支援者の通所介護(デイサービス)や訪問介護を移管させた「介護予防・日常生活支援総合事業」、認知症施策に充当できる「認知症総合支援事業」、地域の支え合いづくりに向けて関係者を繋ぐ「生活支援体制整備整備事業」などが組み込まれた。しかし、介護保険料は要介護認定を受けた被保険者の給付に充てるのが基本であり、広く薄く受益が行き渡る事業には公費(税金)を充てるのがスジである。こうした運用が続いている背景として、公費(税金)の投入が予算査定で縛られている中、新しい課題に対応する必要に迫られているため、保険料の「転用」と使途拡大が相次いでいる。この点に関しては、2021年7月6日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る」を参照。
2 このうち、病床再編では「地域医療構想」という政策が進められており、2017年3月までに都道府県が作成した。これには人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年をターゲットに、医療提供体制改革を進めようという意図が込められている。具体的には、急性期病床の削減と回復期機能の充実、慢性期病床の削減と在宅医療の充実が必要と理解されており、基本的には2次医療圏単位で議論が進められている。さらに、医師偏在是正では「医師確保計画」「外来医療計画」という政策も進められており、前者では医師養成プロセスにおける偏在是正、後者では診療所の医師が多い地域での開業規制が想定されており、いずれも2次医療圏がベースとなっている。地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。医師確保計画などについては、2020年2月17日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(全2回、リンク先は第1回)を参照。
2|在宅医療・介護連携推進事業の背景
こうした仕組みが生まれた背景として、在宅ケアの充実には医療・介護連携が欠かせない点を指摘できる。一般的に医療・介護連携では、(1)日常の療養支援、(2)入退院支援、(3)急変時の対応、(4)看取り――という4つの場面が想定されるケースが多く、それぞれの場面で情報共有などが強化されれば、切れ目のない提供体制を構築できると期待されている。

こうした連携の重要性については、高齢者や家族の立場で考えれば一層、明瞭になる。例えば、自宅での療養生活で言うと、午前10時から医師が訪問診療に来て、体調などを尋ねられ、その30分後に自宅を訪ねた訪問看護師からも同じことを聞かれた後、介護保険サービスの調整などを担うケアマネジャー(介護支援専門員)が午後イチに来た時、患者や家族は「同じことを何回話せばいいのか」とウンザリするだろう。このため、専門職の間で療養生活における留意点などが共有されれば、患者や家族の負担は減る。

さらに、医師や看護師は医学的な側面、薬剤師は服薬指導、ケアマネジャーは高齢者の生活面での配慮や家族関係、リハビリテーション職は体力面など、それぞれの専門職が気付いた点などを共有することで、複雑で多面的な暮らしを支えることが可能になる。
3|在宅医療・介護連携推進事業の経緯
こうした観点の下、介護保険のケアマネジメントでは多職種の意見を取り入れる「サービス担当者会議」が制度創設時から組み込まれていたが、5年ほど経った時点で「(筆者注:ケアマネジメントはチームワークと)当初から言われてきましたが、実際にはそれをうまく機能していませんでした」といった評価が多く出ていた3

このため、医療・介護が同時期に見直された2006年度改正では、訪問診療を中心に手掛ける診療所を対象とした「在宅療養支援診療所」が診療報酬改定で制度化されたほか、介護報酬改定でも医療・介護を必要とする中・重度者向け報酬で加算措置などが講じられた。

その後、医療・介護同時見直しとなった2012年度を厚生労働省は「新生在宅医療介護元年」と位置付けるとともに、医療・介護の連携を促すテコ入れ策を制度改正と報酬改定の両面で講じた。具体的には、市町村や地区医師会などを中心に関係職種の連携を図るモデル事業として、「在宅医療連携拠点事業」が創設されるとともに、報酬改定でも医療機関と介護事業所の情報共有を促す見直しなどが実施された。こうした国の動きに合わせる形で、現場でも「顔の見える関係づくり」が一つのキーワードとなり、多職種の交流会や研修会などが開かれるようになった。

さらに、2015年度改正(法改正は2014年)でも、消費増税のタイミングと重なったことで、医療・介護両面に渡って大幅な見直しが入った4。この時、介護保険財源を「転用」して関連分野に充当する地域支援事業の使途が大幅に拡大されることになり、在宅医療連携拠点事業を恒久化する仕組みとして、在宅医療・介護連携推進事業が創設されるに至った。

その後、市町村や同事業を受託する地区医師会、地域包括支援センターを対象に、事業の進め方や評価方法などを解説する「在宅医療・介護連携推進事業の手引き」(以下、「手引き」)が2015年3月に策定され、PDCAサイクルを明確にする観点などに立ち、2020年9月までに2回改定された。さらに、民間シンクタンクや大学を通じた調査研究事業とか、都道府県や市町村の職員、地区医師会関係者などに対する研修事業も展開されている5

一方、最近の報酬改定でも「連携」はキーワードとなっており、2020年からの新型コロナウイルスへの対応でも、自宅療養患者への対応に関して、医療・介護連携が問われた。2006年度改正以降の医療・介護連携に関わる主な経緯については、末尾の「参考資料」で掲げた年表を参照して頂きたい6
 
3 2006年7月号『月刊介護保険』における池田省三龍谷大教授のコメント。
4 ここでは詳しく触れないが、消費増税分を用いた「地域医療介護総合確保基金」が都道府県単位に設置され、病床再編や医療・介護従事者の確保に予算が使えるようになった。
5 最近の成果物や動向として、富士通総研(2024)「在宅医療・介護連携推進支援事業に係る調査等事業実施内容報告書」、同(2023)「在宅医療・介護連携推進支援事業に係る調査等事業実施内容報告書」、埼玉県立大学(2023)「PDCAサイクルに沿った在宅医療・介護連携推進事業の具体的方策に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)など。
6 最近の改定については、2024年7月29日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(中)」、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」2021年5月14日拙稿「2021年度介護報酬を読み解く」、2021年5月14日拙稿「2018年度介護報酬改定を読み解く」を参照。

3――在宅医療・介護連携推進事業の効果

3――在宅医療・介護連携推進事業の効果

1|地区医師会を対象とした調査
では、在宅医療・介護連携推進事業がスタートして概ね10年が経過する中、どんな効果が得られたのだろうか。いくつかの調査を総合すると、地区医師会が医療・介護連携に関心を持つ契機になったことは間違いないと思われる。例えば、2023年度に実施された国の調査では、市町村による同事業の協議体に参加している地区医師会は92.2%に上る(有効回答数は1,110)。

さらに、国の委託研究による地区医師会に対するアンケート結果7では、同事業に対する認知度を問う質問に対し、「よく知っている」「事業の趣旨については一通り理解している」という回答が合計で76.5%に上った。さらに、同事業に参加していると答えた地区医師会に同事業の評価を聞いたところ、「非常に良い取り組みである」「まあ良い取り組みである」の合計は78.5%だった。

もちろん、全ての地域で順調に進んでいるわけではなく、調査での自由記述では「(筆者注:地区医師会に)任せきりで自治体の関与はほとんどない」という答えが出ているし、そうした声は筆者自身も見聞きしているが、それでも連携を促す累次の報酬改定による効果と相俟って、医療・介護連携の重要性などを地区医師会に周知できた効果は前向きに評価できる。

さらに、市町村が在宅医療や医療・介護連携について、地元医師会との関係を構築した点も成果の一つとして理解できる。それまで市町村は公立病院を運営している自治体を除けば、在宅医療や医療・介護連携に関わる機会が少なかった。さらに、健診・検診や要介護認定などについて、地区医師会の協力を仰いでいるため、管見の限り、市町村が地区医師会に遠慮している様子も垣間見えた。

しかし、同事業を通じて、市町村が在宅医療や医療・介護連携に関心を持ったり、地区医師会と連携したりする意味合いがあったと思われる。特に、市町村が「在宅医療介護資源マップ」といった冊子を住民向けに作ったり、看取りやACPなどをテーマに講演会を開いたりするようになった変化は分かりやすい効果と言えるかもしれない。同事業を活用しつつ、市医師会を中心に自治体や関係機関との連携を強化している新潟市など、好事例も数多く報告されるようになった。
 
7 未来研究所臥龍(2024)「かかりつけ医と多職種連携に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。同事業の認知度に関する有効回答数は187であり、「よく知っている」の答えが45.5%、「事業の趣旨については一通り理解している」という回答が31.0%だった、一方、同事業の評価に対する有効回答数は163であり、「非常に良い取り組みである」の回答が36.8%、「まあ良い取り組みである」の答えが41.7%だった。

(2024年10月22日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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