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2024年度トリプル改定を読み解く(中)-重視された医療・介護連携と急性期見直し、政策誘導の傾向鮮明に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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こうした制度改正を「補助線」のように引くと、今回の改定内容の政策的な意味合いを理解できる。まず、地域医療構想を含めた医療提供体制改革の流れでは、入退院支援の円滑化とか、看取りや外来、在宅での医療・介護連携の強化を通じて、切れ目のない提供体制の構築を図ろうとする意図である。実際、中医協の議論に参加している日医常任理事の長島氏は「1つの医療機関だけで地域のかかりつけ医機能を全て担うのは現実的ではなく、地域での医療・介護連携を通じて面でとしてかかりつけ医機能を発揮することが求められる。この観点で、医師が日ごろからケアマネジャーと相談できる体制は不可欠」37と述べており、医療・介護連携を図る方向性は今後も継続されるとみられる。
このほか、リハビリテーション・口腔・栄養の連携強化についても、介護予防の強化という延長線で捉えれば、その意図が一層、明確になる。一例として、厚生労働省幹部は「一度落ちた機能が回復するには時間かかります」「(筆者注:運動できる状態になったら)すぐに開始して機能をできるだけ維持・回復していただくことが重要」「(筆者注:十分なリハビリテーションには)栄養状態はよくなければなりませんし、栄養を補給するためには、口から食べられることが大切」とした上で、今回の報酬改定を通じて、上記のような取り組みを急性期の段階でも実施して欲しいと説明している38。
以上のような議論を踏まえると、医療・介護連携が期待される場面が幅広くなっていると言える。どちらかと言うと、これまでの医療・介護連携では在宅における入退院支援、看取り対応、療養支援などに力点が置かれていたが、今回の同時改定では高齢者施設における救急とか、外来における情報共有、介護予防の強化など、医療・介護連携が求められる部分が深くなっており、切れ目のない提供体制を構築する上で重要な視点である。
さらに、近年は専門職同士の連携の幅が広がりつつある。具体的には、(下)で述べる通り、医療的ケア児の支援では医療と障害福祉サービスの連携も求められるようになっているほか、分野・属性を問わずに地域の支え合いを作ることを目指す「重層的支援体制整備事業」とか、家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者を指す「ヤングケアラー」の支援では、教育や雇用まで含めた連携も必要とされている。
このため、多職種・多機関連携の充実に向けて、現場における一層の実践と、制度面での充実が求められる。さらに、こうした専門職の活動を支える自治体の役割も大きくなる。特に高齢者分野では、多職種の研修や住民向け啓発などに関して市町村と地区医師会が連携する「在宅医療・介護連携推進事業」39とか、多職種による連携で個別課題の解決や地域課題の発見などを目指す「地域ケア会議」が制度化されており、こうした既存の仕組みを上手く使いつつ、市町村が連携を深化、拡大させることが求められる。
37 2024年5月号『日経ヘルスケア』におけるインタビューを参照。
38 2024年7月8日『週刊社会保障』No.3275における厚生労働省医療課長の眞鍋氏に対するインタビューを参照。
39 同事業は介護保険料を転用した「地域支援事業」の一部であり、市町村と地域医師会による事業が実施されている。
9――強まっている診療報酬改定による誘導の傾向
最後に、医療を中心に今後の提供体制改革を占う上で、今回の改定の意味合いを考察したい。現在、医療提供体制改革では、2040年を見通したポスト地域医療構想に加えて、かかりつけ医機能の強化や医師偏在是正の見直し論議が高まっているものの、いずれも現場の運用では、「地域の実情」に応じて、都道府県が中心的な役割を果たすことが期待されている40。言わば分権的な対応が期待されている。
しかし、今回で考察した診療報酬、介護報酬は全国一律であり、地域差を考慮できない。このため、今回の改定のように、診療報酬主導で急性期の集約化を進めようとすると、「地域の実情」に沿わない状況が生まれかねない。
実際、高齢者施設と医療機関の連携では、「地方では周辺に医療機関が少なく、協力医療機関探しに難渋する地域も目立つ」41との声が出ている。分かりやすい言葉で言うと、分権的な対応が求められる地域医療構想などの提供体制改革と、集権的に決まる報酬改定の「喰い合わせ」は悪いと言わざるを得ない42。
40 「地域の実情」という言葉は近年、医療・介護・福祉領域で頻繁に使用されている。その使われ方や自治体の実情、今後の方策や論点などについては、「地域の実情」という言葉に着目した拙稿コラムを参照(リンク先は第1回)ここで専ら取り上げた医療提供体制改革については、第4回を参照。
41 2024年5月号『日経ヘルスケア』における全国老人福祉施設協議会副会長の小泉氏インタビューを参照。
42 なお、この点を筆者は診療報酬改定の度、指摘している。詳細については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」、2020年4月24日拙稿「2020年度診療報酬改定を読み解く」、2018年5月1日拙稿「2018年度診療報酬改定を読み解く(上)」を参照。
しかも地域医療構想の淵源を辿ると、報酬改定による誘導の限界が意識されていた面があった。その証左として、現在の制度改革の流れを作った2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、下記のように報酬改定による誘導の限界が指摘されていた。
日本の提供体制への診療報酬・介護報酬による誘導は、確かにこれまで効き過ぎるとも言えるほどに効いてきた面があり、政策当局は、過去、そうした手段に頼って政策の方向を大きく転換することもあった。だが、そのような転換は、医療・介護サービスを経営する側からは梯子を外されるにも似た経験にも見え、経営上の不確実性として記憶に刻まれることになる。それは、政策変更リスクに備えて、いわゆる看護配置基準 7対1を満たす急性期病院の位置を確保しておいた方が安全、内部留保を十二分に抱えておかなければ不安、など過度に危機回避的な行動につながり、現在の提供体制の形を歪めている一因ともなっている。
要するに、報酬改定は医療・介護事業所の収入に影響する分、「効き過ぎる」ほど効果的であり、だからこそ厚生労働省が頻繁に政策誘導に使ってきた。しかし、それでは医療・介護事業所の経営者の予見可能性が高まらず、制度変更のリスクを回避するための行動に出るようになり、7対1基準の増加など医療・介護提供体制の歪みを生んでいる――という問題意識である。
その上で、報告書では病床区分など医療機関の体系を法的に定め直す必要性とか、地域差を考慮する報酬の体系的な見直しが必要との認識が披露されていた。ここで言及されている病床区分を定め直す部分については、地域医療構想に通じる考え方であり、報酬改定による誘導の「一本足打法」ではなく、地域医療構想を含めた政策手法の多様化の必要性が言及されていたことになる。
しかし、この時点で両者の喰い合わせの悪さは必ずしも論点になっていなかった。敢えて言うと、地域医療構想がスタートした頃、厚生労働省幹部が「(筆者注:地域医療構想が描く)医療提供体制に対し、診療報酬がどう支援するのか、どう寄り添うのか今後議論してもらう課題」43、「報酬算定のいろいろな選択肢を提供し、より変化しやすくする、あるいは変化を後押しする。それが『寄り添う』『支える』の意味。(略)診療報酬が『引っ張り回す』『実態がないところに、経済的な動機付けで誘導する』ことを主たる政策手段にした場合、いい結果に結び付かないと考えています」44と説明していた程度である。
しかも、この言説に従うと、地域医療構想を各地域で進めることが大前提であり、診療報酬は医療機関に選択肢を提示する役割を果たすと説明されていたことになる。
43 2017年1月25日、中医協総会議事録における厚生労働省保険局の迫井正深医療課長による発言。
44 2018年3月12日『m3.com』配信記事』における厚生労働省保険局医療課長の迫井氏の発言。
それにもかかわらず、報酬改定、特に診療報酬改定では政策誘導の傾向が強まっており、その背景として「地域医療構想の推進→病床削減、医療機関の機能分化→医療費抑制」の経路を期待する財務省によるプレッシャーを指摘できる。
これが端的に表れたのが2022年度改定だった。この時、日医は新型コロナ禍の影響などを理由に、小幅な改定を希望したが、既述した通り、スーパー急性期を評価する急性期充実体制加算が創設されるなど、思い切った改定に至った。このため、医療の関係団体から「入院医療を中心として、かなり大幅な改定が行われた。(略)大変遺憾」45、「現に実施されている医療政策の方向に医療機関を向かわせるための誘導型診療報酬改定になっている」46との声が出た。しかも、この時の改定では、予算案と改定率の決着に際して、財務相と厚生労働相が提供体制改革を加速させることで合意文を交わし、これを基に広範かつ大幅な見直しが入った。
2024年度改定では、2022年度改定ほど露骨な動きは見られなかったが、2023年5月と11月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の建議(意見書)では、地域医療構想を含めた医療提供体制改革を進めるため、7対1基準など看護師配置に過度に依存した報酬体系を見直す必要性が言及された。つまり、当初は「効き過ぎる」ほど依存していた報酬改定だけに依存せず、「地域の実情」に応じた自治体主体の体制整備が期待されていたのに、財務省のプレッシャーを受けて、再び「効き過ぎる」手段である報酬改定に頼る傾向が強まっていると言える。これらの経緯を踏まえると、「報酬改定で集権的に誘導するのか」「分権的な積み上げで見直すのか」という選択肢の間で、一貫性が見られない。
しかし、こうした状況は関係者の合理的な判断で生み出されている面がある。つまり、地域医療構想を含めた医療提供体制改革に際して、国や都道府県は医療・介護の事業主体や専門職に対して強制力をほとんど持っておらず、住民を含めた関係者の合意形成をベースに進めざるを得ない。このため、相応の時間が掛かるし、分権的な対応を期待している以上、自治体や現場の意識・行動次第で、地域格差が生まれることも避けられない。
その半面、地域医療構想の議論が進まないことに財務省が苛立ちを覚え、診療報酬改定によるテコ入れに期待する事情も一定程度、理解できる。言い換えると、報酬改定による誘導の傾向は必然の要素を持っており、恐らく今後も変わらないだろう。
その結果、診療体制の縮小などの影響を被る地域も出ることが予想されるし、こうした状況を防ぐため、調整会議などの場を通じた意思疎通とか、引き上げられた消費税収を活用した「地域医療介護総合確保基金」の活用など、「地域の実情」に沿って、医療では都道府県、介護では市町村が主体的に振る舞うことが期待される。さらに、高齢者医療確保法では都道府県が診療報酬を変更できる「地域別診療報酬制度」が制度化されており、この選択肢のメリットとデメリットを勘案しつつ、自治体に対する権限移譲の是非も検討する必要がある47。
45 2022年3月2日『m3.com』配信記事における城守国斗日医常任理事の発言。
46 2022年2月9日記者会見における日本病院会の相澤孝夫会長の発言。同月10日『m3.配信記事』を参照。
47 地域別診療報酬制度は2008年度制度改革で導入されたが、一度も発動されていない。中でも、最近は都道府県単位での負担と給付を均衡させる手段として、財務省が制度の活用を主張している。これに対し、負担と給付の関係が明確になる可能性を重視する賛成派と、医療費抑制に繋がることを懸念する反対派の見解が割れており、意見の統一を見ていない。地域別診療報酬制度の経緯や論点に関しては、2023年8月25日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(下)」を参照。
10――おわりに
このほか、高齢者救急の見直しに関しては、医療・介護連携の強化という側面だけでなく、急性期病床の適正化という目的が込められており、本稿ではICUの厳格化など関連する改定項目を細かく見た。その結果、地域医療構想など自治体の主体性が期待されていた提供体制改革を報酬改定で誘導しようとする傾向が一層、鮮明になった経緯や背景を考察した。こうした傾向は今後も続く可能性が高く、「地域の実情」に応じた体制整備が期待される自治体の主体性とともに、一層の制度改正も意識する必要がある。
トリプル改定を考察する3回シリーズの最終回では、医師の働き方改革に関する改定項目とか、感染症対策を巡る医療と介護の連携、医療と障害福祉の連携など、これまでに言及していない見直しの項目をピックアップする。その上で、診療報酬改定に関して、中医協をバイパスするような動きが続いている動向や背景を検討する。
(2024年07月29日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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