2023年11月14日

気候変動と紛争の相関-環境悪化が紛争につながる経路とは...

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

1――はじめに

気候変動問題への注目が高まっている。地球温暖化が進み、ハリケーンや台風、豪雨、海面水位の上昇、山林火災、干ばつなど、さまざまな形で、極端な気象の影響があらわれつつある。

気候変動は、人々にさまざまな影響を与えている。その大きなものの1つが、紛争の勃発だ。例えば、干ばつに見舞われて水資源を巡る争いが起きる、といったケースが世界各地で発生している。

国連をはじめ、国際赤十字や各国の研究機関が、こうした紛争の発生に警鐘を鳴らしている。本稿では、気候変動と紛争の関係について、見ていくこととしよう。

2――紛争の定義と起こりやすい状況

2――紛争の定義と起こりやすい状況

ひと口に紛争と言っても、主体、形態、背景や経緯など、その内容はケースごとに異なる。本章では、紛争の定義を取り上げる。そのうえで、紛争が起こりやすい状況について、簡単に見ていく。
1|紛争には、主体、形態、背景などの点で、さまざまなものがある
まず、紛争とはどういうものか。独立行政法人国際協力機構(JICA)の報告書では、スウェーデンの政治学者ウォーレンスティーン氏の著書に記載の「少なくとも2つ以上の主体が、希少な資源(富や権力など)を同時に獲得しようとして相争う社会状況」という定義を採用している。民間・非営利の国際組織セーブ・ザ・チルドレンは、「政府軍や武装勢力などの2つ以上の勢力が、武力を用いて争い、戦闘により年間25人以上の犠牲者が出た場合」を紛争と定義している。2

紛争の主体は国家とは限らず、暴力を伴う形態ばかりとも限らない。宗教紛争、民族紛争、国境紛争、民衆の政権に対する不満から発展する紛争、軍のクーデターを起因に生じる紛争などがある。他にも、水、農耕地、レアメタル等の資源をめぐる紛争や、移民が原因で発生する紛争などがある。
 
1 「紛争終結国の平和構築に資するインフラ整備に関する研究」吉田恒昭氏 (独立行政法人国際協力機構 国際協力総合研修所, 平成18年度 独立行政法人国際協力機構 客員研究員報告書, 平成19年3月)
2 「紛争とは?その原因や子どもたちへの影響」大野容子氏 (公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン)
2|紛争が発生しやすい国の特徴として、安全保障、行政、正統性の3つのギャップがあげられる
紛争には、起こりやすい状況がある。先ほどのJICAの報告書によると、紛争が起こりやすい国の特徴として、安全保障、行政能力、正統性の3つのギャップがあげられるという。

(1) 安全保障のギャップ
政府が、国民の安全保障を確立できていない状況。このような状況では、国民は、武装勢力や他国などから、さまざまなリスクにさらされる。

(2) 行政能力のギャップ
政府が、国民に行政サービスを提供する能力を保持していない状況。このような状況では、国民の生活が悪化する。その結果、国家に対する不信、政権に対する不満が生じる可能性がある。

(3) 正統性のギャップ
正統で責任能力を保持するとみなされる制度が欠如している状況。このような状況では、異なる集団の利害関係の調整や、紛争が発生した場合の調停が困難となる。

これらのギャップは、連動したり、連鎖したりすることがあり、紛争の発生や拡大へと悪循環をもたらす場合がある。
3|非国家間の紛争が増加している
ここで、近年の紛争数の推移を見ておこう。スウェーデンのウプサラ大学平和紛争研究学部・紛争データプログラム(UCDP)と、ノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)が公表している、世界の紛争数の年次推移を見ると、次の通りとなる。
図表1. 世界の紛争数の推移

3――気候変動と紛争

3――気候変動と紛争

気候変動と紛争の関連性について研究、提言している報告は多数ある。紛争には、ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラム組織ハマスとイスラエルの軍事衝突のような歴史や宗教を背景とした国際的な広がりをもつものがある。一方、開発途上国での内戦や軍事クーデターに見られるような、資源や権力の奪い合いとして地域限定的に発生する紛争もある。本稿では、いくつかの報告書等を参考にして、後者の紛争について、気候変動との関係を見ていく。
1|赤十字国際委員会は、7つのことをあげている
まず、赤十字国際委員会(ICRC)が2020年に公表したレポートから見ていこう。そのなかで、気候変動と紛争について知っておくべきこと、が7つ示されている。2つめの「間接的に紛争のリスクを高める可能性」については、気候の変化により減少する資源を共有利用する例として、放牧を行う牛飼いと農業を営む農家の間で、土地資源を巡って緊張が高まるケースがあげられている。
図表2. ICRCがあげた「気候変動と紛争について知っておくべきこと」
2|ストックホルム国際平和研究所は、環境悪化が紛争につながる経路を4つあげている
次に、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2022年に公表したレポートを見ていこう。そのなかで、リスクの新たな時代に関する部分で、環境悪化が紛争につながる経路、が4つあげられている。
図表3. SIPRIがあげた「環境悪化が紛争につながる経路」
筆者が、この4つを一連の流れとしてまとめると、次のようになる。

気候変動により生活環境が悪化することで、限られた資源の奪い合いが発生し、紛争に発展する。

人々が、より暮らしやすい環境を求めて、移住・移動をすることで、環境の悪化が進んでいない場所でも、移住者と受け入れ先コミュニティの間で紛争が起こる。つまり、紛争地域が拡大していく。

そして、困窮した人々は、武装勢力の戦闘員の採用対象として目を付けられる。戦闘員となって、戦闘に加われば、その点でも紛争拡大に寄与してしまう。

さらに、国のエリート層が資源を詐取したり、不当に処理したりすることで、紛争による混乱の収拾は見通せなくなる…。
3|紛争が既存の気候変動リスクを悪化させる可能性もある
紛争が起こることで、既存の気候変動の問題が悪化することもある。PRIOのブハウグ特任教授によれば、気候から紛争への関係は穏当だが、紛争から気候脆弱性への関係は非常に強いという。3

具体的には、紛争は人々の経済活動や生活を破壊する。それは気候変動で既に生じていた食料安全保障を脅かす。紛争が、市場と公共財の供給を妨害し、重要なインフラに損害を与え、人々の強制移住を引き起こす。その結果、環境災害に対処、適応するための地域の能力が損なわれる。
 
3 “Armed conflict and climate change: how these two threats play out in Africa”Halvard Buhaug (Peace Research Institute Oslo (PRIO)
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【気候変動と紛争の相関-環境悪化が紛争につながる経路とは...】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

気候変動と紛争の相関-環境悪化が紛争につながる経路とは...のレポート Topへ