2023年03月30日

文字サイズ

2基本モデルに注入すべき「魂」はワークスタイル変革と経営理念
クリエイティブオフィスの基本モデルは、テンプレートのような「器」であるため、経営理念とワークスタイル変革という「魂」を吹き込んで初めて、個社仕様にカスタマイズして実際に起動させることができる、と筆者は考えている13。オフィスに経営理念を吹き込むとは、経営理念にふさわしい「オフィスのロケーションの選択」、「インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築」、「オフィスの愛称の選択」などを各々実践することだ。経営理念にふさわしい各々の具体例としては、「オフィスのロケーション」では創業の地、「内装を含めた不動産としての設え」では、上下関係にこだわらないフラットな組織を志向する経営トップが島型対向レイアウトではなく、ひな壇を排したフラットなレイアウトであるユニバーサルプランを選択すること、「オフィスの愛称」では、創業の精神、今後の経営の方向性、オフィスの設計コンセプトなどを連想できるようなもの(例:街をモチーフとした設計デザインであれば、「シティ」という言葉を入れ込む)、などが挙げられる。

ワークスタイル変革の先進事例としては、グーグルが挙げられる。同社では、勤務時間の20%を自由に使って好きなことに取り組める「20%ルール」を制度化しており、従業員は自分でプロジェクトを立ち上げたり、他のプロジェクトチームに参加したりすることができるという。従業員各々の担当業務については、勤務時間の80%で完了させ、残りの20%は担当業務を離れて、各々の能力や創造性を存分に解き放って、グーグルの未来について考え抜いて欲しい、との経営陣の思いが込められているのではないだろうか。また同社では、働きやすい環境づくりや社内イベントなどを通じて社内文化の醸成に取り組む担当役員として、チーフ・カルチャー・オフィサー(CCO)を置いている。

「仏作って魂を入れず」では、どんなにクリエイティブオフィスを標榜しても、それはただのハコになってしまう。そうではなく、経営理念とワークスタイル変革という魂を注入したオフィスこそが重要なのだ。
 
13 筆者は、このような考え方を拙稿「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日にて提示した。
3行きたくなるオフィスの構築・運用にいち早く取り組んできた米国の巨大ハイテク企業
GAFA(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム)やマイクロソフトといった米国の巨大ハイテク企業(デジタル・プラットフォーマー)は、「メインオフィスの重要性」を熟知し、それをこれまで使いこなし、従業員が行きたくなるようなオフィスをいち早く構築・運用してきた。

自社所有の大規模な本社ビルをクリエイティブオフィスとして構え、イノベーション創出の起点や経営理念・企業文化の象徴と位置付けてきた。これらの巨大ハイテク企業の本社は、そこで生活できるくらい多くの機能を備えた、まさに「フルパッケージ型」の大規模施設として広大な敷地に構築されることが多いため、大学になぞらえて、本社施設全体を「キャンパス」と呼ぶことが多い。クリエイティブオフィスの基本モデルを貫く大原則は、「オフィス全体を街や都市などのコミュニティと捉える設計コンセプトに基づくことである」と述べたが、まさに巨大な社屋の中に一つの街が再現されたかのような施設がキャンパスだ。このような巨大な本社施設は、都市の非常に重要な要素を構成しており、テクノロジーを駆使した「先端型企業城下町」を形成している、とも言える。

米国でハイテク企業が多く集積するシリコンバレーやシアトルなどでは、「War for Talent(人材獲得戦争)」とまで言われるほど、企業間で人材の争奪戦が激しく繰り広げられており、企業は優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない、という側面も大きい。

米国の巨大ハイテク企業のキャンパスの最先端事例の1つが、アップルの本社屋Apple Parkだ14。アップルは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万m2)に新本社屋としてApple Parkを構築した。総工費は50億ドルと言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。この新本社屋の構築は、創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が指揮・主導したプロジェクトだった。

Apple Parkのメインのオフィス棟は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われた円環状(ドーナツ状)をした低層の4階建ての壮大かつ巨大な建物(床面積は約26万㎡)であり、宇宙船のようなリング形の建築のため、「リング(指輪)」と呼ばれる。Apple Park内には、リングの他に、Apple Store(アップル直営の小売店舗)、一般にも開放されるカフェを併設したビジターセンター、10万平方フィート(=約9,290m2)規模の社員向けフィットネスセンター、セキュリティで管理された研究開発施設、「Steve Jobs Theater」と命名された席数1,000のシアターなどが設置されている。また、リング内側の広大な緑地部分(中庭)には、社員用として各々2マイル(=約3.2km)の長さに及ぶウォーキングコースおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられている。「Apple Park にはフルーツの木が生い茂り、構内のカフェテリア『Caffe Macs』では、実際にランチやディナーでそのフルーツを使っている」15という。

環境面では、乾燥に強い約9,000本ものカリフォルニア原産の樹木をキャンパス内に植樹している。屋上部分に17メガワット分のソーラーパネルを設置したApple Parkは、敷地内で太陽エネルギーを運用する世界最大規模の施設になるという。この太陽光パネル設備や4メガワットのバイオガス燃料電池などの再生可能エネルギーで使用電力の100%を賄っている。また、自然換気型の建物としては世界最大で、1年のうち9か月間は暖房も冷房も不要になると見込まれている。これらの環境配慮の取組みにより、Apple Parkは、今や北米最大のLEEDプラチナ16認証取得オフィスビルとなっているという。

このように最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業員の創造性やコラボレーション、ウェルネス、気候変動対策の促進に重点を置いた、最先端の壮大なキャンパスであるApple Parkの構築は、ジョブズ氏にとってクリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。
 
14 Apple Parkに関わる詳細な考察については、拙稿「健康に配慮するオフィス戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レター』2020年3月31日、同「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)を参照されたい。Apple Parkの施設概要に関わる以下の記述については、アップル「Apple Parkを社員向けに4月オープン」『プレスリリース』2017年2月22日を引用・参考とした。
15 Business Insider2018年6月15日「全員にスタンディングデスク、アップルが新本社に導入した理由とは?」より引用。
16 LEEDプラチナは、米国発の国際的な建築物の環境性能評価制度「LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)」における最高評価レベルである。米国の認証機関 GBCI(Green Business Certification Inc.)が認証を手掛ける。

6――おわりに

6――おわりに

台頭するオフィス再定義論で強調される「従業員間の交流を促す機能」は、イノベーションを起こすための「アイデア生成回路」の非常に重要なスイッチとして、メインオフィスに勿論欠かせないものだが、メインオフィスがその機能だけに特化してしまうと、逆にイノベーションを起こしにくくなったり、また企業文化や会社への帰属意識も醸成しにくくなるのではないか、と本稿で疑問を投げかけた。イノベーション創出の起点と企業文化の象徴として従業員の帰属意識を高める場は、いずれもメインオフィスが本来担うべき最も重要な機能だ。

このことは、従業員が出社したくなるようなオフィスを考えた場合、それを従業員間の交流促進といった単一の機能だけで形成することが難しいことを示唆している。訪れると誰もがワクワクできる多様性・利便性に富んだ街・都市をモチーフとした設計デザインの下で、様々な利用シーンを想定してできるだけ多様なスペースを取り入れた「フルパッケージ型」のオフィスこそが、コロナ後のメインオフィスの在り方にふさわしい、と本稿で提唱した。

アフターコロナの在り方として、従業員間の交流はオフィス、一人で集中するなどのソロワークは在宅勤務というように、オフィスワークと在宅勤務の役割・機能をわざわざ厳格に切り分けたり、分断したりする必要はない、と筆者は考えている。人間は本来、リアルな場に集い直接のコミュニケーションを交わしながら信頼関係を醸成し、協働して画期的なアイデアやイノベーションを生むことで社会を豊かにしてきた。このことは、変えようとしても変わらない「人間の本性に根差した人間社会本来の在り方」だ。多様な働き方の選択肢の1つでありBCPの有力な手段でもある、在宅勤務でのテレワークは勿論今後も積極的に活用すべきだが、それだけではイノベーション創出は完結しないし、企業文化や帰属意識を醸成することもできない。アイデアの生成プロセスのように、同じオフィス内にて一気通貫で進めた方が効率的である業務については、在宅勤務とオフィスワークでわざわざ工程を分断すべきではない。コロナ後は、これまでリアルな場でコミュニケーションを交わしコラボレーションをしてきた人間の本性に逆らうべきではないだろう。

行きたくなるオフィスを考えるなら、是非、筆者が提唱する「フルパッケージ型オフィス」の考え方を取り入れるとともに、「クリエイティブオフィスの基本モデル」をリファレンスモデルとしてオフィスづくりに活かして頂きたい。

<参考文献>
(※弊社媒体の筆者の論考は、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい)
 
  • アップル「Apple Park を社員向けに 4 月オープン」『プレスリリース』2017年2月22日
  • 国土交通省『平成30年度首都圏整備に関する年次報告(令和元年版首都圏白書)』2019年6月
  • 西日本新聞 2021年6月15日「フカボリ!変わる転勤の在り方」
  • 日本経済新聞 2021年6月28日夕刊「デンシバ Spotlight /コロナ後のオフィス戦略 創造性重視で機能見直し」
  • 日本経済新聞 2022年1月28日「アフターコロナのオフィス戦略 ウェブセミナー 新たな価値生む場所へ」
  • 日本経済新聞電子版 2021年7月4日「出世ナビ デンシバ Spotlight /アフターコロナのオフィス、創造性発揮へ見直し相次ぐ」
  • Business Insider2018年6月15日「全員にスタンディングデスク、アップルが新本社に導入した理由とは?」
  • Sundar Pichai,CEO of Google and Alphabet“COMPANY ANNOUNCEMENTS:Investing in America in 2021”blog.google
  • 百嶋徹「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日
  • 同「イノベーション促進のためのオフィス戦略」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT(冊子版)』2011年8月号
  • 同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日
  • 同「クリエイティブオフィスの時代へ」 ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日
  • 同「第7章・第1節イノベーション促進のためのオフィス戦略」『研究開発体制の再編とイノベーションを生む研究所の作り方』技術情報協会2017年10月
  • 同「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2018年3月14日
  • 同「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)
  • 同「健康に配慮するオフィス戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レター』2020年3月31日
  • 同「今、企業に求められるサテライトオフィス活用~新型コロナウイルスがもたらすワークプレイス変革」日本経済新聞朝刊2020年6月30日
  • 同「コロナ後を見据えた企業経営の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2020年8月28日
  • 同「特別レポート:コロナ後を見据えた企業経営の在り方」日本生命保険相互会社(協力:ニッセイ基礎研究所)『ニッセイ景況アンケート調査結果-2020年度調査』2020年12月8日
  • 同「アフターコロナを見据えた働き方とオフィス戦略の在り方(前編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2021年3月30日
  • 同「アフターコロナを見据えた働き方とオフィス戦略の在り方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT(冊子版)』2021年6月号
  • 同「巻頭特集1:ウェルネスに配慮した働き方とオフィス戦略の在り方」(公社)全日本不動産協会・(公社)不動産保証協会『月刊不動産』2021年6月号(2021年6月15日)
  • 同「アフターコロナを見据えた働き方とオフィス戦略の在り方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.65(2021年7月)
  • 同「コロナ後のオフィス アマゾン、グーグルが増床計画 引き出したい従業員の創造性」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2021年8月31日号
  • 同「コロナ後を見据えた企業経営の在り方」第一法規『会社法務A2Z』2021年12月号
  • 同「アフターコロナを見据えた企業経営のあり方」商工中金経済研究所『商工ジャーナル』2022年No.562(2022年1月号)、
  • 同「第10章・第1節 ニューノーマル時代における研究所などオフィス戦略の在り方」『研究開発部門の新しい“働き方改革”の進め方』技術情報協会2022年3月
  • 同「組織スラック型経営vsリーン型偏重経営(1)─自動車産業など製造業でのBCP視点」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2022年6月30日
  • 同「ウェルネスに配慮する働き方とオフィス戦略の在り方」(公社)ロングライフビル推進協会(BELCA)『BELCA NEWS』通巻182号(2023年1月号)
  • 同「行きたくなるオフィスとは何か?」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研Report(冊子版)』2023年2月号(2023年2月1日発行)
  • 毎日新聞2021年12月22日「論点/コロナ時代の働き方」
  • 読売新聞2021年8月4日「<関西経済/潮流深層>『越境テレワーク』増える選択肢」
Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2023年03月30日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【行きたくなるオフィス再考-「フルパッケージ型」オフィスのすすめ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

行きたくなるオフィス再考-「フルパッケージ型」オフィスのすすめのレポート Topへ