コラム
2025年04月03日

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CRE戦略とは何か

「CRE(Corporate Real Estate:企業不動産)」とは、企業が事業を継続するために使用するすべての不動産を指す。ここで言うCREとは、事業活動において継続利用している(=事業に供している)「事業用不動産」1を指し、自社の本業に供していない遊休地や賃貸用に供する「投資用不動産」は含まない。特に遊休地の保有は本来一時的状況と捉えるべきであり、用途転換などによる事業用としての利用が難しければ、売却や賃貸用への転用などCREの「出口戦略(exit)」を考えるべきだ。

「企業がCREを重要な経営資源の一つに位置付け、その活用・管理・取引(取得、売却、賃貸借)に際して、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)を踏まえた上で最適な選択を行い、結果として企業価値最大化に資する経営戦略」を、筆者は「CRE(企業不動産)戦略」2と呼んでいる。CRE戦略に取り組むには、まずはCRE戦略が踏まえるべきCSRへの十分な理解が欠かせない。
 
1 社員寮や研修センターなど福利厚生施設は、人的資本経営などに資する施設であり、事業用不動産=CREに含まれる。
2 CRE戦略に関わる最近の参考文献としては、百嶋徹監修『日経ムック CRE 社会的価値を創出する企業不動産戦略』日本経済新聞出版2024年8月29日を参照されたい。関連する最近の論考として、拙稿「企業不動産(CRE)戦略:社会的価値を創造するプラットフォームとしてのオフィスなどのCRE」ダイヤモンド社『週刊ダイヤモンド』2023年3月11日号、同「行きたくなるオフィス再考」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2023年3月30日、同「人的資本経営の実践に資するオフィス戦略の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2024年3月29日も参照されたい。

企業の社会的責任・存在意義は社会的価値創出にあり

企業の社会的責任(CSR)や存在意義とは何か。筆者は、「企業の社会的責任や存在意義は、単に製品・サービスを提供することにとどまらず、あらゆる事業活動を通じて社会課題を解決し社会を良くするという『社会的ミッション』を実現すること、すなわち『社会的価値(social value)』を創出することにこそあり、結果としてそれと引き換えに経済的リターンを獲得できると考えるべきであり、経済的リターンありきではなく社会的ミッションを起点とする発想が求められる。このような社会的価値創出を経済的リターンに対する上位概念と捉える『社会的ミッション起点の真のCSR経営』は、従業員、顧客、取引先・サプライヤー、株主、債権者、地域社会、行政など『多様なステークホルダー(マルチステークホルダー)』との高い志の共有、いわば『共鳴の連鎖』があってこそ実践できる。経営者は、社会を豊かにする社会変革(ソーシャルイノベーション)をけん引すべく、強い使命感・気概・情熱を持って、沸き立つ高い志を多様なステークホルダーと共有し、社会的ミッションを成し遂げなければならない」と主張してきた。筆者は、このような「志の高い社会的ミッションを起点とする真のCSR経営」の考え方を企業経営の在るべき姿として、パーパス経営が提唱される以前の2008年頃からいち早く唱えてきた3

「社会的価値の創出」とは、最終的には、人々の快適性・利便性、心身の健康(ウェルネス)、安全・安心、幸福感(ウェルビーイング)など社会生活の質(QOL)を豊かにすることにつながることが重要であり、企業活動の「ソーシャルインパクト(社会全体への波及効果)」と捉えることができる。

「社会的ミッション起点の真のCSR経営」と言うと小難しく聞こえるかもしれないが、平たく言えば、「企業経営は世のため人のために行う」「企業経営は社会の役に立ってなんぼ」ということだ。また、「真のCSR実践においては、適切な『ガバナンス(G)』の下で、企業活動の一挙手一投足を『環境(E)や社会(S)への配慮』という『フィルター』にかけることが不可欠である」4ため、筆者が提唱する「社会的ミッション起点の真のCSR経営」は、「ESG経営」と言い換えることもできる。すなわち、「あらゆる企業行動がCSRにより規定される=CSRがあらゆる企業行動の拠り所となる」「CSRは、常にあらゆる経営戦略や企業活動に対する上位概念と位置付けられる」5と考えるべきだ。

あらゆる企業活動や経営戦略において、「社会的ミッション起点の真のCSR・ESG経営」を実践することが不可欠であるため、企業がCRE戦略を実践する上でも当然にCSR・ESGを踏まえなければならない。CSR・ESGを踏まえたCRE戦略では、とりわけ各種のワークプレイスやファシリティが立地する地域社会や都市との共生を図り、良き企業市民として、自然環境や景観などに十分に配慮しつつ、地域活性化や社会課題解決に貢献する視点が重要だ6
 
3 筆者は、志の高い社会的ミッションを企業経営の上位概念に据える考え方を拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.50(2008年6月)および同「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にていち早く体系的にまとめた。最近の論考としては、拙稿「ESGという言葉を使わなくていい世界を目指せ!」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2023年9月8日、同「エコノミストリポート/問われる『真のCSR経営』 蔓延する『株主至上主義』 従業員軽視は付加価値生まず」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2024年8月6日号、同「『社会的ミッション起点の真のCSR経営』の再提唱」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2025年3月31日を参照されたい。
4 拙稿「CSRとCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日にて指摘。
5 拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.50(2008年6月)にて指摘。
6 拙稿「CSRとCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日にて指摘。

CREは外部性を持つユニークな経営資源

本社、研究拠点、工場・製造拠点、営業店舗、物流拠点など各種のワークプレイス(働くための場・空間)やファシリティ(施設)を構成する建物・敷地といった不動産(CRE)は、「外部性」を持つ非常にユニークな経営資源である。

外部性とは、ある経済主体の活動が市場を介さずに、第三者に何らかの影響を及ぼすことを指す。CREの場合、「ある経済主体の活動」には「企業によるCREの利活用」、「第三者」には「企業が立地する地域社会」が当てはまる。外部性にはプラスとマイナスの両面の影響が想定され得るが、プラスの場合は「外部経済(効果)」、マイナスの場合は「外部不経済」と言う。筆者が提唱する「社会ミッション起点の真のCSR経営」では、外部不経済を最小化あるいはゼロ化するとともに、外部経済を創出して最大化することが併せて求められる。

「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカーは、1974年に刊行された名著『マネジメント』の中で「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは組織自体のためではない。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである」「社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって自らの利益とすることこそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能である」と指摘し、「自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割」の重要性を説いた7。これは、今日で言うところの「組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)」の在り方を提唱したものであるとともに、まさに「外部性への対処に向けた組織の在り方」をいち早く示唆したものであると言えよう。SRや外部性の議論を70年代前半に先取りしていたことは、ドラッカーの卓越した先見性を示している。
 
7 ピーター・F・ドラッカー『エッセンシャル版マネジメント』ダイヤモンド社、2001年より引用。

CREはCSR・ESG実践のプラットフォームへ進化すべき

外部性を持つCREは、とりわけ社会性に配慮した利活用が欠かせない。CREの中でも土地は地域に根ざした公共財的な性格を持ち、再生産することができない経営資源である。企業がそこに各種ファシリティを構築し、土地を開発・使用する段階において、地域社会の自然環境や景観に何らかの影響を与え、何の対策・配慮も講じなければ、外部不経済をもたらすことが多いだろう。

企業は、事業を行う上で地域コミュニティの理解と協力が欠かせない。そこでCRE戦略が果たすべき役割としては、地域社会の信頼を勝ち得るために、まずは自然環境や景観に配慮した適切な不動産管理が不可欠だ。これは、「外部不経済の最小化・ゼロ化」の視点だ。

環境配慮の取り組みの一例として、オフィスビルでの省エネ・創エネ対策が挙げられ、その具体策として、吹き抜けによる自然採光・自然換気の取り入れ、空調や照明など最新鋭の省エネ機器の導入、太陽光発電など再生可能エネルギーの活用、それらを備えた「グリーンビルディング」の構築などが挙げられる。景観配慮の取り組みでは、建物を構築する場合、近隣への圧迫感を軽減し、地域社会の景観に調和させるために、できるだけ低層のものとすることが一例として挙げられる。

企業は、このようにCREの利活用が地域社会の自然環境や景観に及ぼす「外部不経済」をしっかりと抑制・解消する一方で、そのような環境・景観に配慮した物的な不動産管理にとどまらず、構築した拠点を起点に事業活動を通じて地域社会に生み出す地域活性化や社会課題解決など「外部経済効果」を最大限に引き出すことが求められる。これは、「外部経済効果の創出」の視点だ。

CREの利活用が地域社会に外部経済効果を生み出す一例として、企業が社会課題解決に資する製品を開発・生産する拠点を立地・操業するケースが挙げられる。このような開発・生産拠点の立地は、サプライヤーなどの関連企業群の立地や行政による工業インフラ(電力・工業用水などの用役(ユーティリティ)関係や道路・港湾などの交通インフラ)の整備を誘発・促進し、それがさらなる企業立地をもたらし、地域社会に「集積が集積を呼ぶ好循環(産業集積の好循環)」を起こし得る。企業の開発・製造拠点の立地がドライバーとなって、地域社会に継続的な産業集積や工業インフラの充実、ひいては雇用創出や税収増、産業構造の転換・高度化などの波及効果(外部経済効果による社会的インパクト)を継続的にもたらし得る、と考えられる。

CRE戦略の目的としては、地域社会との共生という視点の下で、良き企業市民として、CREの利活用が地域社会に及ぼす「外部不経済の除去」と、CREを起点とした事業活動による地域活性化など「外部経済効果の創出」を図ることこそが不変の「原理原則」である、と筆者は考えている。すなわち、CREは、筆者がいち早く提唱してきた「社会的価値を追求する社会的ミッション起点のCSR経営(ESG経営)」を実践するための「プラットフォーム(基盤)」の役割へ進化を果たすことが求められる。

<参考文献>

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月03日「研究員の眼」)

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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レポート紹介

【企業不動産(CRE)は社会的価値創出のプラットフォームに-「外部不経済」の除去と「外部経済効果」の創出】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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