2022年10月25日

紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える-10月から引き上げ、医療機能分化に向けて新制度も開始

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと論点を考える~

中小病院や診療所で紹介状をもらわずに「大病院」を受診した場合、患者に課される追加負担が10月から7,000円に引き上げられた(9月までは5,000円)。この制度は2016年度以降、段階的に見直されてきた経緯があり、医療機関の役割分担明確化などの提供体制改革と密接に関連している。

しかし、どちらかと言うと、同時期に実施された後期高齢者医療の患者負担増に関心が集まり、この制度改正の内容や狙いがメディアで十分に取り上げられたとは言えない。

そこで、今回は「紹介状なし大病院受診の追加負担」について、その目的や経緯、論点を考える。併せて、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」機能の「制度化」論議が年末に向けた争点になると見られており、この点との関係性も踏まえつつ、今後の方向性を論じる。

2――紹介状なし大病院受診の追加負担に関する過去の経緯

2――紹介状なし大病院受診の追加負担に関する過去の経緯

1|2016年度改定以降、「大病院」の定義を拡大
まず、紹介状なし大病院受診追加負担の沿革から振り返ると、始まりは2016年度診療報酬改定にさかのぼる。この時は特定機能病院と500床以上の地域医療支援病院を対象に、5,000円の追加負担を取る措置が導入された。ここで言う「特定機能病院」とは高度医療の提供を担う医療機関、「地域医療支援病院」とは紹介患者への医療提供や医療機器の共同利用などを担当する医療機関を指す。

要するに、特定機能病院と500床以上の地域医療支援病院を「大病院」と見なし、診療所や中小病院から紹介状をもらわずに受診した患者を対象に、初診(救急は除く)は5,000円の追加負担徴収を義務付けることにしたわけだ1。紹介状なし大病院受診追加負担のイメージは図1の通りである。

さらに、2018年度改定では追加負担を徴収する地域医療支援病院の病床規模が「400床以上」に、2020年度改定では「200床以上」に相次いで引き下げられた。つまり、図1右側の「大病院」の範囲を拡大する措置が取られたと言える2

併せて、今年10月の制度改正では、5,000円の追加負担額が7,000円に引き上げられた3が、同じ時期に実施された後期高齢者医療制度の負担増4にメディアの関心が向かい、この制度改正は必ずしも注目を集めなかった。
図1.紹介状なしに大病院に行った場合の追加負担のイメージ
 
1 初診の歯科は3,000円。再診の場合、医科は2,500円、歯科は1,500円・今年10月以降、歯科は5,000円に引き上げられた。再診に関しても、医科は3,000円、歯科は1,900円に引き上げられた。
2 2018年度診療報酬改定に関しては、2018年5月2日拙稿「2018年度診療報酬改定を読み解く(下)」、2020年度診療報酬改定に関しては、2020年4月24日拙稿「2020年度診療報酬改定を読み解く」をそれぞれ参照。
3 この時の提案に沿って、新たに課される2,000円に関しては、医療機関の収入増になるのではなく、公的医療保険財源の収入に充てられることになった。
4 後期高齢者の患者負担増は今年1月12日拙稿「10月に予定されている高齢者の患者負担増を考える」を参照。
2|「紹介受診重点医療機関」の創設
それまでの病床数に着目する議論に別の流れも加わった。安倍晋三政権期の2019年12月に取りまとめられた全世代型社会保障検討会議の中間整理に沿って、2021年に成立した改正医療法で、「紹介受診重点医療機関」という新たな仕組みが創設された5

具体的には、国が制度化した「外来機能報告制度」に基づき、高額医療機器・設備を必要とする外来の患者数、診療所や中小病院との紹介や逆紹介の状況などについて、それぞれの医療機関が果たしている外来機能を可視化。その上で、都道府県を中心とする「協議の場」を通じて、外来受診重点医療機関を各地域で選定する流れが想定されており、患者が紹介状を持たないまま、紹介受診重点医療機関で診察や治療を受けた場合、追加負担を徴収されることになる。

ここで言う「協議の場」として主に想定されているのは「地域医療構想調整会議」である。地域医療構想調整会議とは、人口20~30万人を軸とした2次医療圏ごとに、都道府県や地区医師会、医療機関や介護事業所の経営者、市町村、住民などの関係者が集まる場を指しており、ここでの協議を通じて、急性期病床の削減や回復期機能の充実、在宅医療の整備などを目指す「地域医療構想」という提供体制改革を2次医療圏単位で推進することが想定されている6。つまり、病床や病院の役割分担に着目していた地域医療構想に加えて、外来機能報告制度と外来受診重点医療機関の創設を通じて、外来機能の見直しも新たに期待される形になったと言える。

実際の協議については、外来機能報告制度が本格始動していないため、実効性を含めて今後の議論を注視する必要がある。だが、2022年度診療報酬改定では、紹介受診重点医療機関に関する加算(紹介受診重点医療機関入院診療加算、800点、1点は10円)が創設された7。これには医療提供体制改革に期待している健康保険組合連合会(健保連)でさえ、「まだ制度が始まっていないのに先付的に、評価を決めること」について、「違和感があった」という感想8を漏らしており、この仕組みに対する厚生労働省の期待を読み取れる。

では、なぜ矢継ぎ早に制度改正が積み重ねられて来たのだろうか。その理由を次に考察する。
 
5 2021年改正医療法に関しては、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。
6 地域医療構想については、2017年11~12月拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日拙稿「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
7 2022年度診療報酬改定に関しては、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。
8 2022年5月1日『社会保険旬報』NO.2854における健保連の松本真人理事に対するインタビュー記事を参照。

3――紹介状なし大病院受診追加負担の背景

3――紹介状なし大病院受診追加負担の背景

1医療機関の役割分担明確化
一般的に医療サービスは日常的な病気やケガに対応する1次医療(プライマリ・ケア)、手術などに対応する2次医療、3次医療に分類され、それぞれの機能に応じた医療が提供されれば、コストは最適化され、患者も状態に応じた医療を受けられる可能性がある。さらに急性期病床で治療を受けた患者を回復期病床に転院させれば、急性期病床の機器や人員を効率的に利用できる上、回復期病床で十分なリハビリテーションを受ければ、患者は円滑に在宅に復帰できる。

しかし、日本の医療機関の役割分担は不明確であり、本来は2次医療、3次医療に対応するために高度な設備や人員を備えている大病院でさえ、外来患者を受け入れている。さらに、新型コロナウイルスへの対応では、重症者向け病床で治癒した患者を中等症、一般病床などに転院させれば、病床を効率的に運用できたが、実際には転院調整が捗らず、医療機関の逼迫に拍車を掛けた9

こうした背景の下、政府は紹介状なし大病院受診の追加負担を通じて、医療機関の役割分担を明確にしようとしている。
 
9 新型コロナウイルスへの対応と医療機関の役割分担の明確化の関係については、2021年10月26日拙稿「なぜ世界一の病床大国で医療が逼迫するのか」を参照。
2|地域医療構想など関連施策
こうした医療機関の役割分担明確化に関しては、過去にも様々な制度改正や施策が実施された。

一例を挙げると、先に触れた特定機能病院は1993年の医療法改正で、地域医療支援病院は1997年の医療法改正で、それぞれ創設された。2017年度から本格始動した地域医療構想についても、急性期病床の削減や回復期機能の充実、在宅医療の強化、医療機関同士の連携強化などを図ろうとしている点で、病院・病床の役割分担を明確にする狙いも込められていた。さらに、これらの動きを後押しするため、2年に一度の診療報酬改定に加え、引き上げられた消費税財源を用いて都道府県単位に設置されている「地域医療介護総合確保基金」などを通じた財政支援も講じられている。

このほか、厚生労働省は患者の受療行動を変えるため、「上手な医療のかかり方」を掲げることで、安易な大病院受診とか、夜間・休日の受診を控えるように国民に要請しており、同じような観点に立ち、2014年の医療法改正でも、▽医療機関の機能分担に関する重要性の理解、▽機能に応じた医療機関の選択と受診――などに関する国民の努力義務を規定した10

これらを「医療提供者に対する施策」「医療利用者(患者)に対する施策」で考えると、表1のように整理できる。つまり、地域医療構想の推進や紹介受診重点医療機関の選定、それを後押しする診療報酬改定や財政支援は医療提供者に対する働き掛けと整理できる。一方、紹介状なし大病院受診追加負担と上手な医療のかかり方は医療利用者(患者)の受療行動を変えることで、医療機関の役割分担を明確にしようとしている。

では、医療機関の役割分担明確化に向けた施策として、今後どんな展開が考えられるのだろうか。地域医療構想の推進や紹介受診重点医療機関の選定については、都道府県を中心とした現場レベルの動向も視野に入れる必要があるため、今回は国の制度改正の方向性に議論を絞ることにする。

以下、(1)身近な病気やケガに対応する「かかりつけ」機能の制度化、(2)紹介状なし大病院受診追加負担額の一層の引き上げの可能性――について、論点や方向性を検討する。
表1.医療機関の役割分担明確化に向けた施策
 
10 上手な医療のかかり方については、2020年2月5日拙稿「『上手な医療のかかり方』はどこまで可能か」を参照。

4――かかりつけ医機能の「制度化」の論点

4――かかりつけ医機能の「制度化」の論点

1|追加負担は単なる「罰金」?
まず、中小病院や診療所を中心に、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」機能の制度化、つまりプライマリ・ケアと呼ばれる1次医療への対応である。結論から先取りすると、これまでの役割分担の明確化に関する政策では、プライマリ・ケアへの手当が不十分だった。

そもそも、かかりつけ医の位置付けが明確とは言えない。日本医師会(日医)など診療団体が2013年8月に公表した提言11によると、かかりつけ医は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義されている。

ただ、その位置付けは曖昧であり、「かかりつけ医か否か」を決める明確な線引きは存在しない12。このため、新型コロナウイルスへの対応では、かかりつけ医で発熱相談に対応する方針が早くから示されたものの、発熱外来にたどり着けない「発熱難民」が生まれた。

実際、表1で整理した過去の施策でも、プライマリ・ケアの部分は中途半端になっている面は否めない。表1のうち、左側の医療提供者向けの施策では、2次医療や3次医療を担う医療機関が主な対象であり、1次医療に相当するプライマリ・ケアの部分が手当てされているとは言い難い。

さらに表1の右側の医療利用者(患者)サイドへの働き掛けに関しても、限界がある。元々、医療は患者―医師の間で情報格差が大きく、患者が自らの状態に適した医療を適切に選ぶのは難しい。例えば、ひどい急な頭痛に見舞われた患者が医師の手助けなしに、「これは命に関わる重大な疾患」「ストレス性の一時的な痛み」などと判断するのは極めて困難である。

こうした中、本来は身近な病気やケガに対応するプライマリ・ケアを強化する方向性を明らかにしなければ、不安を感じた患者が大病院に行く行動を止めにくいし、そうした受療行動を取ってしまう患者から追加負担を取っても、患者は「罰金」としか受け止めないであろう。

この感覚を裏付ける調査としても、2018年度から追加負担を徴収した大病院を受診した初診患者または家族に対し、追加負担の認知度を聞いたところ、「仕組みがあることは知っていたが、仕組みが設けられている理由は知らなかった」「仕組みがあることを知らなかった」と答えた人は計61.6%に及んだという結果がある13。健保連も「これら(筆者注:紹介状なし大病院受診の追加負担や紹介受診重点医療機関を指す)は本来、かかりつけ医機能の明確化・強化とセットで実施すべきであり、議論の進み方にギャップがある」と指摘している14
 
11 2013年8月8日、日本医師会・四病院団体協議会合同提言「医療提供体制のあり方」を参照。
12 かかりつけ医が曖昧な原因や歴史的な経緯に関しては、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す」を参照。
13 2019年3月27日、中央社会保険医療協議会部会資料、有効回答数112人。
14 2022年4月18日『週刊社会保障』No.3166における健保連の松本理事に対するインタビュー記事を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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