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コラム
2025年05月30日

日本国民にも日本銀行にも国債を買う義務はない-お金を貸す側の視点から-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――あなたは自分のお金を貸そうと思うか

ここにAさんという人がいたとしよう。

Aさんの家計はここ何十年も「収入<支出」が続いている。しかし破産していない。何故ならば、無担保で低利率にも関わらず、たくさんの人がAさんにお金を貸しているからだ。期限がくるとAさんはきっちりと返済している。「収入<支出」ではあるけれど、ある借金の返済期限にはその貸主または別の貸主から同額あるいはそれ以上の借金ができるようだ。どうしてそんなことが続くのか理由は不明であるが、ともかくAさんはそれで上手くやってきた。

これまでAさんは「収入<支出」の状況について「少しずつでも改善します。収入が増えるよう、あるいは支出を減らすよう努力します」と言ってきた。しかしとうとう「努力はもうやめます。借金でやっていきます。これまでも上手くやってこれたのですし」と言い出した。

そのようなAさんに、あなたは自分の大切なお金を貸そうと思うだろうか。

2――国債を買う=政府にお金を貸す

Aさんに似た存在がわが国である。

国家財政として「収入<支出」の状態1が続いており、また、経済規模に比し債務残高の比率2が非常に高い。

国債とは国家が発行する債券であり、債券とは借金を定型的かつ多数の相手から行うための手段である。通例であれば貸主との間で契約条件を1つ1つ元本、利率、返済期限などと交渉していくところ、そのような交渉を複数人とそれぞれ行うことは大変な時間と労力を要する。そこで行政機関や大企業のように信用力のある組織は債券発行という手段を取る。一方の投資家にとっては、発行された債券を買うという形で、そこに記載された条件を受け入れて貸付を行うことになる。債券発行は単独の行為のように見えて、それを買う人がいないと意味を持たない。1対1で交渉する借り入れが双務契約であるのと同様に、お金を出す相手方が存在してこそ成り立つ。

昨今、わが国では消費税の減税が取り沙汰されている。実現した場合、従来の「収入<支出」の状態からさらに収入は少なくなる。そうなってはこれまでの行政サービスが維持できなくなるので、代替財源として一部から期待されているのが国債3である。前述の通り国債は詰まるところ借金であり、これ以上借金を増やして大丈夫なのかと不安視されるのは当然である。そのような不安に対し、国債で減税による収入減を代替しようと主張する立場から安心材料として掲げるのは、国債があくまで日本円で発行され日本円で消化されている限り問題はないとの理屈である。

外貨建てで国債を発行する場合、自国通貨の価値が下がってしまうと自国通貨ベースでの償還あるいは借金返済の金額が過大となってしまう。例えば1ドル=140円のときにドル建て国債を発行した後、償還あるいは返済時点で1ドル=300円になっていれば日本円での負担は2倍以上となる。よって外貨建ては財政上危険であるものの、日本円での国債発行に止まる限り安全との主張だ。

しかし前提とされる日本円での国債発行は常に可能なものだろうか。
 
1 財務省「日本の財政関係資料」(2025年4月)1~2頁によれば、令和7年度一般会計予算において、歳出約115億円に対し税収やその他収入で約4分の3しか賄えていない。
2 財務省「日本の財政関係資料」(2025年4月)15頁によれば、わが国の債務残高(中央政府、地方政府、社会保障基金を合わせたもの)は2022年でGDP比256.3%と世界186か国・地域中最下位。
3 厳密には「赤字国債」を指す。財政法第4条第1項ただし書きに基づき公共事業費、出資金及び貸付金の財源となる「建設国債」と対比され、特例公債法に基づき公共事業費以外の歳出に充てる資金を調達する「特例国債」は、その性質から「赤字国債」とも呼ばれる。

3――日本国民にも日本銀行にも国債を買う義務はない

国債に限定せず、外国の通貨で生きている外国の投資家が日本円の金融資産に投資するためには為替リスクを負う必要がある。1ドル=140円のときに日本円の金融商品に投資したが、戻ってくるときに1ドル=300円になっていれば、ドルでは投資したときの半分以下になってしまう。そのような危険を加味しても外国投資家が日本円の金融商品に投資するには、それだけの金融商品としての魅力が必要である。

わが国の国債に関して言えば、長期間、多くの他の国よりも低い金利しか出せていない。ゆえに為替リスクを負ってまで外国投資家がわが国の国債を買うことは期待できず、日本円で国債を買う投資家は基本的に日本円で生きている人たちに集約される。

さて、そのわが国が「収入<支出」の改善は目指さないと明言したとしよう。財政健全化というファイティングポーズすら取らなくなった国の国債に対し、わが国の投資家の中にはもう買わないと決める者が出てくる可能性もあろう。直ちにではないかもしれないが、過去に発行された国債は適宜償還すなわち国家による返済の時期が到来する。五年後でも十年後でも、そのときどきに償還される国債以上の金額で新たな国債が発行されて買われない限り、政府の財源はいずれ細っていくことになる。日本国憲法第29条における財産権の保障を持ち出すまでもなく、自国の国債だからといって日本国民にそれを買う義務はない。

現実としては既に国債のかなりの部分は中央銀行である日本銀行が買っている4のだが、日本銀行にも国債を買う義務はない。日本銀行法第3条で日本銀行の独立性は明記されている。これまでやってきたことを今後も続けるか否かは日本銀行の判断による。その判断は日本銀行の目的5である「物価の安定」と「金融システムの安定」に即して行われるため、必ず国債購入という結論が導かれるわけではない。「これまで上手くいってきた」状態は現時点の法律や制度で確実に担保されているわけではない点に注意が必要である。

わが国の財政と国債発行については、経済学上も様々な考え方があることは承知しており、これまで述べてきた内容に異論もあるだろう。とはいえ、日本円での国債発行は常に可能という前提の下、財政健全化を不要とまで断じるのは少々楽観が過ぎるのではないだろうか。
 
4 日本銀行調査統計局「参考図表2024年第4四半期の資金循環(速報)」(2025.3.21)12頁によれば、2024年12月末時点の国債・財投債の中央銀行(日本銀行)保有比率は52%強。
5 日本銀行HP「日本銀行の目的は何ですか?」
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/outline/a01.htm

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月30日「研究員の眼」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人 アフリカ協会
    一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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