コラム
2023年05月30日

「貯蓄から投資へ」の推進に向けて目標利回り設定を

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――「すべて元本確保型商品」は必ずしも問題ではない

昨年11月に岸田政権が公表した資産所得倍増プランでは、現状、我が国の家庭金融資産における現金・預金の比率の高さ1を踏まえ、家庭金融資産を「貯蓄から投資へ」向かわせることに主眼が置かれている。

同様の趣旨から企業型DC(確定拠出年金)において問題視されているのは、すべてを元本確保型商品に投入している加入者がまだまだ多いという事実である。元本を確保したいがためにリターンの少ない預貯金や保険にばかり資金が向かっている、これでは投資が進まない、もっと加入者への投資教育を充実させないと、といった議論が長く行われてきた。運営管理機関連絡協議会が公表する確定拠出年金統計資料によれば、企業型DCにおいて元本確保型商品のみで運用している加入者の割合は、減少傾向にあるものの2022年3月末で29.1%となっている。
【図表1:企業型DCにおける元本確保型商品のみで運用している加入者の割合】
とはいえDCにおいて損失が出たとしても加入者の自己責任なのであるから、資金を何に振り向けようと、元本確保のために収益機会を逸したとしても加入者の自由である。加入者が明確に「とにもかくにもお金を一円も減らしたくないんです」という意思を持っているのであれば、すべて元本確保型商品は正解である。

先日「DB回帰も退職金制度の選択肢 -リスク性資産頼みの企業型DCを前に-」というレポートを登載し、この中で改めて企業型DC掛金の算出過程を示した。退職金制度の一つとしてスタートした企業型DCにおいては、まず退職金の一部を取り出し、それを各社の想定利回りで割り引くことで掛金が算出されている。よって自分の会社の想定利回り以上で運用ができなかったならば、実質的に退職金は目減りしたことになる。

企業型DCの設計においては基礎と言ってよい内容であるが、時は流れた。多くの企業では企業型DC導入後に入社した若者が今や中堅クラスとなり、自分の会社のDC掛金がどのような考え方で算出されたものか知られなくなってきた2のが実情と思われる。

もちろんこの算出過程を十分に理解した上で、それでも「過去にもらえたであろう退職金との比較なんかどうでもいいです。私は今あるお金を一円も減らしたくないんです」という意思が明確なのであれば、すべて元本確保型商品は引き続き正解である。

問題があるとすれば、そのような選択が熟慮の上になされたのではなく、ただ漠然と「お金が減るのはいやだなあ」くらいの気持ちだけで流されていった場合である。とはいえ誰しもお金は減らしたくないと思っている。面倒でも自ら投資を学び投資に資金を振り向けていく原動力は何か。それは国民一人一人が自らの資産運用の目標を持つことであろう。
 
1 資産所得倍増に関する基礎資料集(2022年10月、内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局)2頁によれば、日本が54.9%のところ米国12.8%、英国27.2%。
2 2011年3月のNPO法人確定拠出年金教育協会「確定拠出年金加入者の投資運用実態調査」によれば、この時点においても想定利回りという言葉に対する認知度は3割強であった。

2――目標があるからリスクを取れる

受験に例えてみたい。いくら勉強をしたところで志望校に合格できる保証はない。不合格になってしまえば、勉強に費やした時間も労力も、教材などを買った経済的負担も水泡に帰す。それでも受験するのは、志望校に合格したいという目標があるからだ。

では志望校はどうやって決めるのか。1年から2年かけてじっくり勉強に専念することが許されるなら、今の実力よりずっと高いところに設定するのも一策。アルバイトをしながら半年後にどうしても合格したいのであれば、今の実力プラス少しの努力で合格できるところにするのも一策。それぞれ自分の事情に応じて決めることになる。

資産運用における目標設定においても同様である。毎月いくら拠出できるか、老後まであと何年あるか、老後はどのような生活水準としたいのか、損失を被っても働いて稼ぐことでカバーできるかなどを考慮して、最終的には一人一人が決めていくしかない。また、その目標は自身のライフスタイルの変化などに基づいてタイムリーに見直していく必要がある。

その目標が元本確保型商品で達成される水準でない限り、投資した金額が毀損(元本割れ)する可能性が生じる。それでも熟慮の上に定められた目標であるからこそ、その危険を冒して投資に進むことができる。

税制優遇のある投資の仕組みを作ることも、長期の資産形成に資する運用商品の開発ももちろん重要ではあるが、政府や金融機関に対しては、まず国民が自らの資産運用の目標を設定するための情報提供が求められよう。提供された情報に基づいて、一度設定したものの実現可能性が低くリスクの高い目標が修正されることもあるだろう。

3――目標利回りが定まって、何にどのように投資するか考えられる

前述の通り個人がその様々な事情に基づいて資産運用の目標を考えていくところ、その目標は基本的に目標利回りの水準、1年間に何%の増加を目指すかに集約されていく。その水準に応じて投資の方針が違ってくるためだ。目標1%と5%では、何にどのような割合で投資するかは大きく異なるし、元本割れの危険度も同じではない。

例えば諸事情を考慮の上、毎月3万円の積立が可能、何とか20年で1000万円にしたいと考えたとする。金融庁HPの資産運用シミュレーションを用いて目標利回りを算出しよう。

「将来いくらになる?」を選択し、毎月の積立金額に「3」万円、積立期間「20年」を入力の上、最終積立金額が1000万円に達するまで想定利回り(年率)を動かしていく。想定利回り(年率)を3.2%にしたところで最終積立金額は1000万円を超える。よって利回り3.2%を目標に考えていけばよい。
【図表2:金融庁HP内の資産運用シミュレーション】
現在の金利環境ではすべて元本確保型商品で3.2%は到底望めない。株式などのハイリスク・ハイリターン商品の中から何をどれくらい入れていくか考えつつ、自分がそのリスクを受け止めることができるか判断しなくてはならない。

目標を定めリスクを承知して「貯蓄から投資へ」がスタートする。
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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

(2023年05月30日「研究員の眼」)

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