- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 子ども・子育て支援 >
- 「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~
「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~
生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
次に、企業から負担が及ぶのは誰であろうか。はじめにで述べたように、企業は社会保険や拠出金などを総額人件費として管理しているため、拠出金を引き上げれば、賃金など他の支出を抑えて全体を調整しようとする可能性がある。先行研究がその点を示している。
経済産業省は2009年度委託事業で企業へのアンケートを行い(三菱総合研究所が実施)、法人税や社会保険料等が過去5年間に上昇した時の対応と、将来上昇した場合の対応について実証分析を行った。アンケートは郵送で実施し、有効回収件数は3,986件だった27。
まず社会保障制度・社会保険料に対する不満を尋ねると、「保険料がたびたび上がり、先どまり感がない」との回答が7割を超えた。「社会保険料が高い」「事業環境が悪化したときも負担が生じる」もそれぞれ5割前後に上り、多くの企業が負担感を抱えていることが分かった(図表8)。
将来、保険料率が上昇した際の対応について、保険料の上積みを「単年度で0.5%」「5年で2.5%」「5年で5%」の3段階に分けて尋ねたところ、いずれにおいても同様の傾向が見られたが、「単年度で0.5%」よりも「5年で2.5%」「5年で5%」の方が、賃金や雇用を削減するという回答割合や、製品・商品サービスの価格を値上げするという回答割合が増加していた。これは、賃金や雇用、商品価格への転嫁は、短期的よりも中期的に、より進むことを示している。
「雇用量を削減」と回答した企業に具体的な手段について尋ねたところ、「正規雇用から非正規雇用への代替」との回答が約2割あった。この背景には、非正規雇用で働く人は、正規雇用に比べて社会保険の加入条件を満たさない人が多く、企業にとっては保険料負担を軽減させられることがあると思われる28。
以上のように、先行研究は、社会保険の負担が上昇すれば、少なくとも部分的に、賃金や雇用量、就業形態、労働時間などに影響を及ぼすことを示している。拠出金に特定した分析は見られないが、拠出金は社会保険と同様に、雇用に伴って企業から徴収されることから、同じ影響があると考えられる。中でも大きな影響が懸念されるのが、中小企業である。拠出金は、従業員総数が多い中小企業が大部分を負担すると見られるが、3-1|でみた中小企業団体の反発からも分かるように、体力が弱い中小企業にとっては、拠出金の引き上げは大きな負担になる。政府は今年の春闘で、企業に対して3%以上の賃上げを求めているが、拠出金引き上げによる負担の拡大を懸念し、賃上げを抑制する可能性もある。
以上の議論を整理すると、今国会の法改正によって子ども・子育て拠出金が引き上げられれば、恩恵を受けるのは、新たに企業主導型保育事業や認可保育施設を利用する人であり、金額に換算すると0歳児で年平均200万円前後、1~2歳児で年平均100万円超と試算される。これを一次的に負担するのが、子ども・子育て拠出金を支払う企業である。自ら企業主導型保育事業を開設できる一部の企業にはメリットもあるが、それができない地方の小規模企業等は負担が増えるだけである。その重い負担は、やがて労働者や消費者らに跳ね返ってくる。
27 企業規模別の内訳は明らかではないが、市場における優位度を尋ねると「価格、品質ともに市場をリードするリーディングカンパニーである」が10.1%、「市場をリードする企業群には入っているが、トップ企業ではない」32.5%、「市場をリードする企業にはなれておらず、熾烈な競争を強いられる」55.4%だった。
28 厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(2014年)によると、就業形態別の各種社会保険の適用割合は、厚生年金が正社員99.1%、非正規52%、健康保険が正社員99.3%、非正規54.7%などと正規雇用と非正規雇用では差がある。
29 社会保険の保険料徴収の対象を、月給だけでなく、ボーナスを含めた年収とする制度。
5―むすびにかえて
今後、企業主導型保育事業等の財源のあり方について議論するためには、地域ごとに、実際の利用者の人数や属性を調査し、子ども一人の保育に投じられる拠出金と利用者負担、設置企業の費用負担について、サンプルを公表する必要があるだろう。拠出金が労働者や消費者に帰着する可能性があることを前提にすれば、その負担割合について国民が納得する必要がある。もし納得を得られないなら、他の認可外保育所の保育料等とのバランスも考えて、利用者の負担を増やすなどの検討が必要である。
また、拠出金率については、都市部と地方で差を設けることも考えられる。待機児童が多い都市部に立地する企業の方が企業主導型保育事業を設置するのに有利であり、企業の都市部への集中が待機児童を発生させている要因でもあるからだ。
急増する待機児童に対し、認可保育所は土地や保育士の確保が難しいため、整備が追いついていない。そのような中で導入された企業主導型保育事業は、企業の力や土地建物を活用することで開設を促進してきた。事業自体は待機児童解消に力を発揮してきたと言える。しかし、社会全体で子育てを支援するという観点から言えば、利用者負担だけでは賄えない分の財源については、本来、拠出金ではなく、国民が広く負担する税で措置することがふさわしいと考える。経団連や日商も従来、税負担を主張してきた。
本稿に続く(下)では、少子化を改善するために企業にしかできない取り組みと、それを推進する政策について考えたい。
- KODAMA Naomi, YOKOYAMA Izumi(2017)‘Labour Market Impact of Labour Cost Increase without Productivity Gain: A natural experiment from the 2003 social insurance premium reform in Japan’ ”RIETI Discussion Paper Series 17-E-093”
- 経済産業省(2010)「平成21年度総合調査研究「企業負担の転嫁と帰着に係る調査研究」」(三菱総合研究所受託)
(2018年03月13日「基礎研レポート」)
03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/09/05 | シングルの年金受給の実態~男性は未婚と離別、女性は特に離別の低年金リスクが大きい~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
2024/08/05 | 老後の年金が「月10万円未満」の割合は50歳女性の6割弱、40歳女性の5割強~2024年「財政検証」で初めて示された女性の将来の年金見通し~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
2024/07/18 | 元祖「OL」たちは令和で管理職になれるか | 坊 美生子 | 研究員の眼 |
2024/07/17 | シングル高齢者の増加とその経済状況-未婚男性と離別女性が最も厳しい | 坊 美生子 | ニッセイ基礎研所報 |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年09月18日
日銀短観(9月調査)予測~大企業製造業の業況判断DIは1ポイント低下の12と予想、価格転嫁の勢いに注目 -
2024年09月18日
欧州経済見通し-景況感の回復に乏しく、成長は緩慢 -
2024年09月18日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その8)-リサージュ曲線・バラ曲線- -
2024年09月18日
貿易統計24年8月-円高、原油安で先行きの貿易赤字は縮小へ -
2024年09月18日
TikTokによる児童の個人情報違法収集事件-米国連邦政府による提訴
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~のレポート Topへ