コラム
2024年07月18日

元祖「OL」たちは令和で管理職になれるか

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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現在では死語だと思うが、筆者が社会人になった2000年代前半までは、まだ「OL(Office Lady)」という言葉が、日常会話でもよく使われていた。ファッション誌にも頻繁に登場し、女子学生から見れば、社会人となった大人の女性をイメージする言葉で、憧れが含まれていたように思う。実はこの言葉は、高度成長期の1964年に、週刊誌『女性自身』が、それまで使われていた呼称「BG (Business Girl)」に代わる新しい呼び名として募集し、読者投票の結果、決定し、提唱した和製英語らしい1。同じく和製英語であったBGは、英語圏では「売春婦」を連想させ、誤解を招くからだという。

OLという言葉に正確な定義がある訳ではないが、概ね「オフィスで働く女性」、つまり内勤の女性事務職を想定していると思われる。戦前にも、教員や事務員、タイピスト、交換手など主にホワイトカラーの仕事で働く女性に対して「職業婦人」という呼称があったが、数はわずかだった2。OLという言葉の誕生と普及の背景には、戦後、産業構造の変化によって事務仕事が増加し、それに伴って、雇用で働く女性が急増してきたという経済社会の変化がある3
 
だが、事務職の男性に対して、例えば”Office Gentleman”というような呼称は存在しない。なぜなら男性は、ホワイトカラーであっても、オフィスで事務仕事をするよりも、外回りを担当することが多かったからだ4。例えば、女性事務職が多い銀行を例に、高度成長期の男女の職務分担がどうであったかを先行研究から見ると、男性は融資業務や得意先回りを担当し、女性は店舗で窓口業務を担当するなど、「男性が外(融資・得意先)で稼ぎ、女性が内(内部業務)を守る」という性別役割分担が形成されていた5。性別で職務を分けると、その後の昇給・昇進にも男女間の差が開くことになるが、近代家族の「外で働く夫と専業主婦の妻」というコンセプトとの親和性から、広く男女労働者に受け入れられていたという6

雇用管理の観点から、OLの重要な特徴をもう1点付け加えると、「寿退社」や「腰掛」という言葉があったように、結婚退職による短期雇用が想定されていた。大抵、「OL」と聞いて人々が抱くイメージも、若い女性だろう。OLという言葉の背後には、実はこのように、職場のジェンダーがあったのだ。
 
このようなOLの特徴を、現代のキャリア開発の視点から見ると、どんなことが言えるだろうか。短期雇用が想定されるということは、勤務先から、長期的な育成対象から外されることを意味する。男性の場合は、基本的に終身雇用を前提としているため、複数の基幹的ポストを人事異動ローテーションさせたり、研修を受講させたりして、長期的に育成し、昇給・昇進していく。しかしOLは、退職したら育成コストが無駄になるため、簡単な業務だけを担当させておくことになる。査定も無く、異動させると短期的には業務効率が下がるため、ずっと同じ仕事を担当させるというケースも多い。このような性別による差別は、経済学的には合理性があると考えられ、「統計的差別」と説明されてきた。
 
このような性差別にフォーマルに区切りをつけたのが、女子差別撤廃条約への批准を機とする、男女雇用機会均等法の施行(1986年)だった。これにより、募集・採用から配置、昇進、退職など、雇用管理のすべてのステージで男女差別が禁止された7

そこで、上述したような性で雇用管理を分ける仕組みに代わって、金融業や保険業、商社などを中心に導入された対策が、「コース別雇用管理制度」である。これは、採用時点で、学生自身に、主に基幹的業務を行う「総合職」に就くか、主に定型的、補助的業務を行う「一般職」に就くかを選択させ、別々のキャリアパスを歩ませるものである。総合職は概ね大卒以上が要件で、長期雇用が想定されるのに対し、一般職は短期雇用が想定された。

実際には、総合職に就くのは男性が多く、一般職の大半は女性であったため、「従前の性別雇用管理の制度化」という見方が多い。一般職に就いた女性は、結局、従来の女性事務職と同様に、単純な仕事を担当して、昇進・昇給の機会も少ない、というパターンが多かったからだ。通常、人々がイメージする「OL」は、一般職の方だろう。
 
ところで、当のOLたちは、そのような環境でどのように過ごしてきたかのだろうか。小笠原祐子氏が東京都内のOLなど100人以上に行ったインタビュー調査によると、昇進・昇給のチャンスがほとんど無いにも関わらず、一生懸命働いていた少数派の女性もいれば、出世競争から外された「傍観者」の立場を逆手にとって、適当に仕事をして楽しんでいた女性たちも多かったという8。即ち、仕事をしてもしなくても、どのみち昇進・昇給には結びつかず、職場で失うものもないので、男性社員たちのゴシップを集め、伝播させ、気に入らない男性社員に対しては、頼まれた仕事を断ったり、社内評にマイナスを与えたり、職場にインフォーマルな影響を与えていたという。男性社員から見ると「怖い」と思うかもしれないが、社内の位置づけを変えることができない、弱者としての“抵抗”だったとも言える。
 
小笠原氏の調査は均等法施行後のOLたちの世界を描き出したものだったが、その後、彼女たちはどのような経路をたどったのだろうか。小笠原氏の続刊は無いが、統計的には、2000年代前半までは、女性は出産を機に退職するパターンが主流だったため、多くは、企業側が想定していた通り、退職したと考えられる。しかし、全員がそうだった訳ではない。時代が移り、未婚化が進んだ。また、社会全体で少子化への危機感が強まったことから、出産・育児をしながら働き続けられるように、様々な両立支援策も講じられてきた。OLたちを取り巻く環境も少しずつ変化し、結果的に、一般職や事務職の女性たちの中にも、長期勤続の人たちが増えてきたのだ9

そこで、新たな課題が生じてきた。元祖OLの女性たちは、もともと幹部登用を見据えた育成対象から外されてきたために、勤続年数の割に職務経験が浅く、賃金上昇の幅が小さい10。企業側から見れば、人材として活用できていないということが言える。さらに、企業の「女性活躍」の度合いが注目されるようになった今、賃金水準の低い女性事務職が多いことで、組織内に大きな男女間賃金格差を生じている。統計的にも、過去に一般職として女性を多く採用してきた金融業や保険業が、現在、あらゆる産業の中で最も男女間賃金格差が大きいのだ11。 

OL個人の視点から見ると、長く勤めても、男性のように様々な仕事をするチャンスが与えられず、教育を受ける機会も少なく、大半が役職にも就かないまま、定年に近づいている12。老後の年金水準は、現役時代の賃金水準に影響を受けるため、シングルであれば、老後の暮らしが厳しいことも予想される。
 
今となっては、入り口で女性を一般職や総合職に選別するやり方は、課題が大きかったと言える。そもそも、個人のキャリア意識や働く環境は、時間とともに変化する。たとえ女性が総合職として入社しても、結婚・出産後に転勤や長時間労働に対応できず、退職することもあれば、一般職として入社しても、タフな職務を経験することで、キャリアへの意識が上がることもある。

例えば、大手スーパーで働く女性管理職への聞き取り調査によると、入社当時の彼女たちは、例外なく、結婚・出産退職を考えていた「ふつうの女性」だったが、売り場で「チーフ」と呼ばれる、やや重要な仕事を任されたことがきっかけに、意識が変わり、昇進へと目を向けるように変わったという13。このスーパーではコース別雇用管理制度が無かったため、「ふつうの女性」がチーフを経験し、マインドシフトするきっかけを得たが、一般職として企業に勤めている場合は、職務が固定され、このような機会にはなかなか恵まれないだろう。

男女関わらず、若いうちは仕事への意識も意欲も低かった社員が、重要な仕事やポジションを経験することによって大きく成長していったという事例は、組織で働いてきた人ならば、誰もが多く見聞きしてきたのではないだろうか。重要なのは職務経験と、それを経た現在の本人の意識であって、採用時のコースや職制ではないだろう。
 
また、定年後研究所とニッセイ基礎研究所が昨年10月、45歳以上の中高年女性会社員約1,300人を対象に行ったインターネット調査「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」でも、「総合職」の女性で管理職希望がある割合は33.4%だったのに対し、「一般職」の女性では23.1%であり、10ポイント差しかなかった14。つまり、中高年に到達した時点では、一般職の中にもキャリア意識の高い層がいることが分かったのだ。
 
近年では、コース別雇用管理制度への批判が強まり、制度を廃止したり、コースを統合したりと、企業側でも制度や運用を見直すケースが相次いでいる。「一般職」という名称も、今では変更された場合が多い。つまり、企業による旧一般職の活用は、徐々に変わってきていると言える。

逆に、企業が雇用管理の見直しを行わなければ、一般職や事務職の女性の離職リスクを上昇させるだろう。勤務先を離職した一般職女性へのインタビュー調査で、本当の離職理由はすべて「職務内容が単調で変化がない」「次のステップを描くことができない」といったキャリアの行き詰まりだったというものもある15。女性は出産・育児を理由とする退職が多いが、実はそれは「きっかけ」に過ぎず、背景には、男女差別による仕事への不満感や行き詰まり感がある、という分析もある16。つまり、合理的だと思われてきた「統計的差別」こそ、実は女性の離職率を上昇させてきたということだ。
 
今後、元祖OLの女性たちはどうなるのだろうか。単純な仕事を続け、キャリアアップすることなく定年を待つだけでは、企業から見れば生産性が低下するし、女性たちにとっても達成感を得られないのではないだろうか。今からでも、企業は彼女たちを育成対象とし、少しでも能力を発揮してもらうことが、労使双方にとってメリットになるのではないだろうか。
 
一般職や事務職として雇用されてきた元祖OLたちは、ジェンダー格差が大きい時代に社会人になり、働き続けてきた。華々しい職務経験は少ないが、事務方などとして組織運営に貢献してきたことは確かだろう。企業が育成に乗り出せば、期待に応えてくれる女性たちもいるだろう。女性の場合、50歳代に入って育児から解放され、仕事へのモチベーションを高める人たちもいると言われている17。彼女たちの中にも、管理職候補となる人材は出てくるだろう。
 
昭和、平成初期に採用された元祖OLたちが、令和で輝くことができるか――。女子学生の憧れだった元祖OLたちが、ミドルシニアになって、管理職になっても、ならなかったとしても、十分に能力を発揮し、再び若い女性たちのロールモデルとなってくれることを願いたい。
 
1 小笠原祐子(1998)『OLたちの<レジスタンス>』中公新書
2 脇坂明(2011)「均等法後の企業における女性の雇用管理の変遷」『日本労働研究雑誌』No.615。元の資料は中川清編(1995)『労働者生活調査資料集成』青史社、第5巻。
3 「女性事務職の賃金と就業行動―男女雇用機会均等法施行後の三時点比較」『人口学研究』によると、1953年には女性事務職は127万人だったが、2010年には777万人にまで拡大した。
4 2023年の労働力調査(総務省)によると、事務職の就業者約1,400万人のうち、男性が4割、女性が6割。
5 駒川智子(2014)「性別職務分離とキャリア形成における男女差―戦後から現代の銀行事務職を対象に」『日本労働研究雑誌』No.648
6 同上
7 ただし、募集・採用、配置、昇進についての男女均等は、1999年改正までは企業の努力義務だった。
8 小笠原祐子(1998)『OLたちの<レジスタンス>』中公新書
9 坊美生子(2024)「中高年の「一般職」女性は年収がなかなか上がらない~「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」より(2)」(基礎研レター)
10 同上。また女性事務職に関しては、寺村絵里子(2012)「女性事務職の賃金と就業行動―男女雇用機会均等法施行後の三時点比較」『人口学研究』で、30~40歳代が賃金ピークで、その後は低下することを示した。
11 坊美生子(2024)「『2024年女性版骨太』が金融業・保険業に迫る男女間賃金格差の是正~旧『一般職』女性のキャリア形成が課題に」(基礎研レポート)
12 坊美生子(2024)「女性と「定年」~男性との違いに着目して」(基礎研レポート)
13 中村恵(1994)「女子管理職の育成と『総合職』」『日本労働研究雑誌』No.415。
14 共同研究では、コース別雇用管理制度の有無に関わらず、職場において主に基幹的な業務を行っている女性を「総合職」、主に定型的な業務を行っている女性を「一般職」とカテゴリー分けして、分析した。
15 乙部由子(2015)「女性一般職が働き続けるために必要なこと」『椙山女学園大学教育学部紀要』
16 山口一男(2017)『働き方の男女不平等 理論と実証分析』日本経済新聞出版社
17 21世紀職業財団(2019)「女性正社員50代・60代におけるキャリアと働き方に関する調査―男女比較の観点からー」

(2024年07月18日「研究員の眼」)

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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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