コラム
2025年03月06日

「老後シングル」は他人事か?~配偶関係ではなく、ライフステージとして捉え直す~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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高齢女性の貧困リスクが高いことを示すデータは多い。筆者は、公的年金の統計データから、女性の年金受給額の水準は男性より大幅に低いことを示し、年金水準を上げるために、女性のキャリアの質を向上させて、賃金水準を上げる必要があると主張してきた1。また、単独世帯の高齢女性の相対的貧困率が4割を超えるという研究成果2も、大手メディアで発信され、注目されてきた。しかし、未だに、「高齢女性の貧困リスク」という社会課題に対し、政治も社会全体も、今一つ切迫感がないように感じられる。それは、「シングルの女性は」、「単独世帯の女性は」という情報発信の影響もあって、老後の貧困リスクは、一部の独り身の女性だけの問題だと意識されているからではないだろうか。つまり、配偶者がいる女性については「夫の稼ぎで食べていける」、「夫婦の年金を合わせれば老後も何とかなる」という意識が、女性自身にも、雇用・社会保障政策を担う政策立案者や、働く女性の処遇を決める経営者たちにもあるからではないだろうか。
 
確かに、配偶者の収入があれば貧困リスクは下がる。しかし問題は、配偶関係は終生続くわけではなく、いつかは誰もがシングルになるかもしれない、ということだ。

日本は既に、長寿化と未婚化が同時進行した「長寿・おひとりさま社会」である。従来用いられてきた「生涯未婚率」(現在は「50歳時の未婚率」という呼称に変更)3をみると、男性28.4%、女性17.9%と2~3割に達しているが、シングルの構成割合だと、さらに離別と死別が加わる。総務省統計局の「令和2年国勢調査」からシニア層の配偶関係の構成割合をみると(図表1)、例えば「60歳男性」のシングル(「未婚」と「離別」と「死別」の合計)は25.8%であり、4人に1人の割合である。「60歳女性」のシングルも24.7%で、やはり4人に1人の割合である。男性は、80歳までは、年代が上がるとシングルの割合は低下していくが、女性の場合は大きく上昇していく。女性は男性よりも平均寿命が長く、高齢になるほど、夫と死別する人が大幅に増えていくためである。その結果、「65歳以上」の高齢者全体でみると、女性のおよそ2人に1人はシングルである。

しかも、今更説明するまでもないが、日本は世界的な長寿先進国である。厚生労働省の「令和5年簡易生命表の概況」によると、80歳まで生きる確率は、男性は63.0%、女性は81.2%に上る(図表1)。さらに女性に至っては、90歳まで生きる確率は50.1%。実に女性の2人に1人が90歳以上まで生き延びるということである。つまり「老後シングル」は決して一部の人の話ではなく、男性にとっても女性にとっても、他人事ではないのだ。この事実は、特に経済的リスクが大きい女性にとって重大だ。
 
しかしこの認識は、広く共有されているとは言えない。筆者の周りでは、ミドルシニアでシングルの女性は、老後の暮らしについて様々なシミュレーションを行って備えをしている人が多いが、有配偶女性はそうでもなく、「老いて一人になる」という想定をあまりしていないように思える。主婦の場合、日々、夫や子どもなど家族の世話を優先させて、自分自身の将来についてじっくり考えるのが、後回しになりがちなのかもしれない。そうした女性たちにも、「老後シングル」を自分事として考えてもらうには、どうしたら良いのだろうか。
図表1 高齢期の年代別にみた配偶関係の構成割合と生存率
筆者がひとつ、注目していることがある。それは、言葉の使い方だ。例えば、同じような言葉で「高齢」と「高齢」という表現がある。もしも、本や新聞、ウェブなどの記事に「高齢は~」と書かれていると、65歳以上や、それに近い人にとっては自分事として興味を持ちやすいが、若年層から見ると関係ない話のように映り、興味が逸れるかもしれない。さらには、年齢で境界を引くことによって、社会保障の「支える側」と「支えられる側」というような分断を社会に招き、利害衝突を起こしかねない。これに対し、もしも記事に「高齢期は~」と書かれていると、若年層にとっても、他人の話ではなく、「いつか行く道」と受け止めることができる。
 
実は、内閣府が高齢社会対策基本法に基づいて毎年策定している「高齢社会白書」は、平成30年版から、「高齢」に代わって、「高齢」という表現を多用している。例えば、「平成29年版高齢社会白書」には、「高齢の暮らし」というタイトルの節があり、経済状態や生活環境について取り上げているが、「平成30年版高齢社会白書」では、「高齢の暮らしの動向」というタイトルに変わっている。以降ずっと、「高齢」という表現が用いられている。

現在、40歳代の筆者から見ても、「高齢の暮らし」と書かれているよりも、「高齢の暮らし」と書かれている方が、同じ内容であっても、より関心が持てる。「高齢」という表現だと、特定の属性のグループを指すため、該当しない人にとっては他人事だが、「高齢」という表現だと、ライフステージを指すため、自分事になるからだ。一字違うだけだが、語感の違いは、与える印象を変える。
 
同じように、「シングル」という言葉も、独り身のグループを指すのではなく、「幼児期」や「学齢期」、「更年期」のように、ライフステージの一つだと認識されるようになれば、より多くの人が、自分事として捉えやすくなるのではないだろうか。もちろん、正確には、全員がシングルを経験するわけではないのだが、日本人の誰もが例外とは言えず、特に女性は、65歳以上の2人に1人がシングルなのだから、「いつか行く道」という意識を持っていた方が、備えに身が入るのではないだろうか。また、政策立案者や経営者にもそのような意識が広まれば、女性の雇用・社会保障政策、働く女性のキャリア支援についても、議論が活発化し、取組も充実するのではないだろうか。

シングルは独り身の集団を指すのではなく、誰もが通過するかもしれない、私たちの最後のライフステージ――。そう捉えることが、安心できる「長寿・おひとりさま社会」を迎えるための、第一歩のように感じられる。
 
1 坊美生子(2024)「『低年金をどうするか』という問いに対する視点~高齢期に入る前の働き方を充実させよ~」(研究員の眼)など。
2 阿部彩(2024)「相対的貧困率の動向(2022調査update)」JSPS22H05098。
3 総務省統計局「令和2年国勢調査」。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年03月06日「研究員の眼」)

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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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