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異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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4――高額療養費見直しの経緯(2)~二転三転した国会での議論~
年齢にかかわらず適切に支え合うことを目指す全世代型社会保障の理念に則り、改革工程に沿って着実に進めます。高額療養費制度の見直しなどにより、保険料負担の抑制につなげます――。2025年1月24日に開会した通常国会の施政方針演説で、このように石破首相は述べた。ここでも全世代型社会保障の理念とともに、保険料の負担軽減策の一つとして、高額療養費の見直しが必要と強調されていたことになる。その前日に開催された医療保険部会でも、当初の見直し案について、健保連の委員が賛意を示すなど、特段の反対意見は出なかった。
一方、この頃から患者団体の運動が広がりを見せていた。52のがん患者団体などで構成する全国がん患者団体連合会(以下、全がん連)は2024年12月24日、負担上限額引き上げの軽減などを求める要望書を福岡厚生労働相らに提出していたが、2025年になって活動が活発になった。
具体的には、2025年1月17~19日に集まった3,623人の声を同月20日に公表し、「子どもの将来のためにお金を少しでも残す方がいいのか追い詰められている」「金銭負担がさらに増えてしまっては社会復帰など夢のまた夢」といった切実な声を訴えた。さらに、同月29日から反対の緊急署名を実施し、2月2日までの5日間で7万人を超える賛同を集めた。
こうした声を踏まえて、2025年度当初予算案の審議が衆院予算委員会に移ると、野党の追及が強まり、政府は防戦を強いられた。例えば、1月31日に開かれた衆院予算委員会では、自らもがんサバイバーである立憲民主党の酒井菜摘議員の質問に対し、石破首相が「高額な薬剤がものすごいスピードで増えている。この制度をどうやって続けていくことができるか。所得の低い方については、負担能力に応じて当然最大限の配慮する」と述べつつ、「実際にそういう経験された方の話は、私ども謙虚に真摯に承る。一番苦しんでおられる方々の声を聞かずにこのような制度を決めるとは思わない。きちんと聞いた上で、そういう方々に対して不安を払拭することも政府の務めだ」などと述べた。さらに、福岡厚生労働相が「様々な立場の有識者で構成される専門家の審議会で、4回の議論を行うなど丁寧なプロセスを経た」と理解を求める一幕もあった。
その後、2月4日の衆院予算委員会の首相答弁では、福岡厚生労働相が患者団体と面談すると表明。同じ日に開かれた自民、公明両党の幹事長会談でも高額療養費の見直しが議論の俎上に上り、がん患者ら長期治療が必要な人には柔軟な対応を検討する方針が確認された。この辺りから修正に向けた動きが加速するとともに、政局的な要素が強まっていく。
2月7日には厚生労働省の事務方が全がん連の天野慎介理事長らと面談。天野理事長ら患者団体は引き上げの凍結を訴えた。具体的には、高額療養費の負担上限額引き上げを「最後の手段」としつつ、給付抑制の代替策として、OTC類似薬の保険給付見直しや、風邪に対する抗菌薬治療など健康上の利益に関するエビデンスが乏しい医療を保険収載から除外するように要望した。その上で、特に留意する点として、▽多数回該当の引き上げを見送る、▽中間層の負担軽減、▽現役世代の患者や家族の参画――などを強調した。
さらに、2月12日、2月14日と相次いで福岡厚生労働相が天野理事長らと面談。このうち、2月12日の面談では、天野理事長が「限度額の引き上げ幅が大きく、長期療養の患者・家族にとって過重な負担を強いる」「医療保険部会で制度を利用している現役世代の患者・家族に対するデータの検討やヒアリングが実施されていない」と問題点を指摘し、限度額引き上げの凍結を改めて主張した。
これに対し、福岡厚生労働相が2月14日の面談で、多数回該当を引き上げの対象から外す考えを表明。石破首相も2月17日の衆院予算委員会で、同じ考えを示した。
今から振り返ると、これが1回目の修正であり、この時点で政府・与党としては、修正を多数回該当にとどめることで、図表1で掲げた当初の見直し案自体は維持する考えだった。実際、福岡厚生労働相は2月14日の面談で、「高額療養費制度は日本が誇るべきセーフティネットであり、受け続けられる環境を維持していかなければならない。保険料負担が上昇しているなかで、ギリギリの判断」と説明していた。石破首相も2月17日の衆院予算委員会で、「長期間治療が続き、先が見えない中で経済的な不安を感じている方々の負担額は変わらない」と述べつつも、「大切なセーフティネットを次の世代にも持続可能にしたい」と述べ、制度全体の見直しは必要と主張していた。
しかし、撤回を求める患者団体との溝は埋まっていなかった。この頃からテレビで高額療養費の見直しが取り上げられ始め、SNSなどでも政府の方針に対する批判が大きくなった。国会では立憲民主党が2月14日、2025年度当初予算案の修正案を提出し、高額療養費の引き上げ凍結で200億円増額するなどの内容を盛り込んだ。1回目の修正案決定までの過程は図表6の通りである。
多数回該当を外す修正を決めたにもかかわらず、野党の攻勢は収まらず、国会では立憲民主党が2月19日、健康保険法などの改正案を提出した。この案では、限度額引き上げに際して患者の実態調査などの手続きを政府に義務付けるとともに、手続きが完了するまでの間、引き上げを停止するように求めていた。
さらに、日本胃癌学会など関係学会から慎重な意見を求める要望書が公表されたほか、地方議会でも慎重な審議を求める意見書が採択されるなど、国会の外でも修正案に対する逆風が続いた。
一方、政府・与党は当初予算の年度内成立を確実にするため、与野党協議を並行して進めていた。通常、3月2日までに衆院を通過させれば、憲法の規定に沿って、参院の審議結果や対応にかかわらず、年度内成立が可能になるためだ。
ただ、年度末を過ぎると、国政の運営に必要な経費を執行できるように一定期間に限って作る暫定予算の編成を強いられるため、政府・与党としては、当初予算案の衆院通過を確実にしたい思惑があった11。
こうした状況の下、石破首相は2月28日の衆院予算委員会で、新たな修正案を示した。つまり、2025年8月の上限引き上げは実施するものの、2026年8月以降の引き上げは見送ることとし、その対応は2025年秋までに再検討するという内容である。これが2回目の修正である。
しかし、批判は収まらなかった。例えば、全がん連の天野理事長は2月28日の記者会見で、その前日夜の一部メディアで、「政府が見直し案の凍結で最終調整」という記事が流れた点を引き合いに出しつつ、「(筆者注:患者団体の内部では)『これで安心して治療を受けられる』『やっとまともな判断になった』などと安堵、喜びの声が聞かれたが、わずか1日で覆り、”解凍”という状況になってしまった」と語った。
さらに、立憲民主党の野田佳彦代表も同日の衆院予算委員会で、「中身にも、プロセスにも大きな問題がある」と指摘するとともに、見直しを1年間延期することで、患者団体も交えて検討し直すように求めた。この結果、立憲民主党と合意できる可能性は遠退いた。
そこで、浮上したのが日本維新の会との連携だった。自民、公明両党は予算の年度内成立を目指して、日本維新の会との間で教育無償化に関する政策協議を進めており、その合意が2月25日に交わされた。3党の責任者による署名付きの合意文では、医療に関して、OTC類似薬の見直しや医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などを含めて、下記のような文言が入った。
社会保障改革による国民負担の軽減を実現するため、主要な政策決定が可能なレベルの代表者によって構成される3党の協議体を設置する。
以下の点を含む、現役世代の増加する保険料負担を含む国民負担を軽減するための具体的について、令和7年度末までの予算編成過程(診療報酬改定を含む)で論点の十分な検討を行い、早期に実現が可能なものについては、令和8年度から実行に移す。
- OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し
- 現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底
- 医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現
- 医療介護産業の成長産業化
さらに、政府・与党として改革工程の記載内容、公明党は2024年9月20日に策定した「公明党2040ビジョン(中間とりまとめ)」で予防の強化などを盛り込んだ点、日本維新の会は2025年2月20日に公表した「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で年間最低4兆円を削減するとしている点に言及しつつ、検討に際しては念頭に置くとされた。つまり、今後も3党の主張を擦り合わせることで、医療給付費の効率化に向けた合意点を見出していく方向性が確認されたわけだ。
こうした合意や議論を踏まえ、2025年度当初予算案が修正された結果、多数回該当の引き上げ見送りに伴って、国費(国の税金)が55億円の増額となった。さらに、日本維新の会が求めた高校無償化などの経費も計上され、修正された当初予算案は3月4日に衆院を通過し、参院に送付された。
衆院で当初予算案が修正されるのは1996年度の第1次橋本龍太郎内閣以来、29年ぶり。減額修正は1955年の第2次鳩山一郎内閣以来70年ぶりの出来事となった12。この時点で年度内成立は微妙な状況となっていたが、暫定予算の編成は免れると見られていた。
衆院通過直前の3月3日の衆院予算委員会で、石破首相は「高額療養費がこの先も増えていく時に、疾病に苦しむ方々により少ない負担で療養を受けてもらうためにどうすればいいかを考え、今回の結論に至っている」と理解を求めた。2回目の修正案決定に至る過程は図表7の通りである。
11 ただ、実際には3~4日程度、空白の期間が発生しても執行上、大きな問題は生じない。予算の空白や暫定予算に関する論点については、星正彦(2018)「予算の成立時期に関わる諸問題」『経済のプリズム』No.172を参照。
12 高額療養費の見直しは増額要因となるが、衆院通過時点では、別の要因で予算の増減が起きた。具体的には、自民、公明両党と日本維新の会の合意を踏まえ、高校授業料無償化の先行措置として、2025年度から所得制限を撤廃するとともに、国公私立を問わず全世帯に年11万8,800円の就学支援金を支給することが決まった。一方、国民民主党との協議では、所得課税負担が生じる「103万円の壁」の見直しが焦点となり、合意には至らなかったが、課税最低額を160万円まで引き上げることが盛り込まれた。これに伴い、トータルでは3,437億円の減額となった。
(2025年04月10日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/10 | 異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題 | 三原 岳 | 基礎研レポート |
2025/04/08 | 政策形成の「L」と「R」で高額療養費の見直しを再考する-意思決定過程を検証し、問題の真の原因を探る | 三原 岳 | 基礎研マンスリー |
2025/03/19 | 孤独・孤立対策の推進で必要な手立ては?-自治体は既存の資源や仕組みの活用を、多様な場づくりに向けて民間の役割も重要に | 三原 岳 | 研究員の眼 |
2025/02/17 | 政策形成の「L」と「R」で高額療養費の見直しを再考する-意思決定過程を詳しく検討し、問題の真の原因を探る | 三原 岳 | 研究員の眼 |
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